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    私がまだ小学校に入りたてのころの話だ。

    その日、私は家族とファミリーレストランへ食事に行った。
    私はメニューとにらめっこして何にするかさんざん悩んだ。
    結局、お子様ランチから卒業したいと言う子供特有の背伸びの心から私はパスタを選んだ。
    そして、一緒に居た妹は迷いなくお子様ランチを頼んでいた。

    しばらくして頼んだ料理が運ばれてきた。
    私はおぼつかない手つきでパスタを食べつつ、自分はもう大人などと言う小さな満足感を得ていた。
    だが、ふと前を見ると妹が満面の笑みでお子様ランチのハンバーグを口に含んでいた。
    ハンバーグとエビフライとデザート。
    これぞお子様ランチと言わんばかりの、子供が好きなものばかりが妹の皿に並んでいた。

    その時なぜか、まだ妹が手をつけていなかったエビフライが目に入った。
    エビフライがそこまで好物だと言うわけでもなかった。
    だけど、何故だろう。
    妹がとっておいてあるであろう、そのエビフライがとても美味しそうに見えた。
    なぜか、我慢が出来なかった。
    どうしても食べたかった。
    その衝動に突き動かされるまま、私は悩むこともなく妹の皿にフォークを伸ばし、エビフライに突き刺した。
    そして妹が何かを言う前に私はそのままそれを口に入れた。


    そのエビフライはこの世にこんな物があったのかと思うぐらい、美味しかった。
    この年になって考えても、私の人生でその時のエビフライより美味しいエビフライに出会ったことはない。

    妹は最初ぽかんとしていたが、しばらくすると状況が飲み込めてきたのか泣き始めた。
    母に叱られた。妹のものを盗るなんて、と強く叱られた。
    父にも叱られたが、最終的に父は私と妹の頭を撫でつつ、別皿でエビフライを頼んでくれた。
    妹は新たに運ばれてきたエビフライを食べて機嫌を取り戻していた。

    そして妹はひとつ食べていいよ、と私にエビフライの皿を差し出した。
    父と母はその姿を嬉しそうに見ていた。
    私も妹の言葉にお礼を言いつつ、もう一度フォークで突き刺し、口に入れた。


    だが、なぜかそのエビフライはそこまで美味しく感じられなかった。



    それからだろうか。
    私はなぜか人が食べているものをみるとなぜか無性に自分も食べたくなった。
    誰かと一緒に食事に行っても、誰かと一緒にお菓子を食べていても。
    なぜか一口だけでもそれを食べたくて仕方がなくなる。

    同じものを頼めばいいだろう、とたしなめられたこともある。
    だけど、それでは駄目なのだ。
    人の皿にあるものではないと、私は満足できない。
    だからいつも無意識的にそれに手を伸ばしてしまう。

    その瞬間は特に罪悪感は感じない。
    その後、その行動を咎められたりした時に初めて悪いことをした、と思う。
    だけど、その欲求はどうしても止められなかった。

    本当に小さなころから続く私の「それ」はいまだに私の心に巣食っている。

    何故、いまさらこんなことを思い出したのだろうか。
    何故、今この状況と全く場違いなことが頭をよぎったのか。

    「お姉ちゃん、紹介するね。京ちゃん……須賀京太郎君。その、私の、彼氏」

    目の前の妹が恥ずかしそうに言ったこの一言のせいだろうか?

    「ど、どうも。はじめまして、須賀京太郎っていいます。そ、その、妹さんとお付き合いさせてもらって、ます」

    同じように恥ずかしがりつつも緊張した面持ちのこの男の子のせいだろうか?

    ようやく関係を修復した、妹が会わせたい人がいるといって連れてきたのが目の前の男の子だった。
    別段、特異な何かは感じなかった。いたって普通の男の子だった。
    ぱっと見る限り、咲が何故この男の子と恋人になったのかは分からなかった。

    「わ、私と京ちゃんはね、その、中学校から一緒で、その、あぁ、でも付き合い始めたのは高校に入ってからで」

    「咲、落ち着けって……ほら、深呼吸深呼吸」

    「あ、ありがとう。京ちゃん」

    「ほら、お茶飲んで落ち着け」

    「う、うん……ふぅ」

    「大丈夫か?」

    「う、うん。もう大丈夫」

    緊張しすぎて訳が分からないことになっている妹をその男の子は優しく窘めた。
    それに対して嬉しそうに礼を言う妹の姿を見て、少しだけどわかった。

    男の子はちょっと軽そうな印象だけど随分としっかりしているようだ。
    妹はその子を強く信頼しているようだ。
    きっと、妹の足りないところを彼が埋めてくれているんだろう。
    妹は私と一緒で何かと抜けている。
    彼がそれを支えてくれているんだろう。

    それを見て、私はふと思った。



    ――あぁ

    ――少し羨ましいな


    そう思った時、私の中の「それ」が目を覚ました気がした。

    「それでね、お姉ちゃんにもやっぱり紹介しておこうと思って」

    妹がしゃべっているが、あまり耳に入らない。
    男の子に目線をやる。
    目が合ったので、軽く笑ってみた。

    「っ!」

    恥かしそうに視線を逸らした。
    緊張しているのだろうか、そもそも女性があまり得意ではないのだろうか?
    可愛らしいところも、あるみたいだ。

    なんだろう、この感情は。
    まるで目の前に好きなお菓子を並べられたときみたいな。
    そんな胸の高鳴りを感じた。

    いや、違う。
    それとはもっと違う。
    心の底からぐらぐらと、何かが煮立つかのような。
    ちょっと違う感情だった。

    心の中を何か言いようのない感情が私を支配していく。
    目の前で恥ずかしがる男の子を見ているとそれが止められない。

    「お姉ちゃん?」

    何処か様子がおかしい私の様子を見て怪訝に思ったのか、妹が声をかけてくる。
    いけない。すこし、考え込みすぎていたようだ。

    「ん。大丈夫だよ、咲」

    私はそういった後、男の子……須賀君に向き直った。

    「始めまして。宮永照です」



    私の心の中で



    「よろしくね、須賀君」





    『それ』がちろりと舌を出した。










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京太郎「毒婦」