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―― 私にとって京ちゃんは苦手な相手だった。

幼稚園が一緒だった縁で知り合った京ちゃん。
でも、当時の私にとって彼はあまり好ましい相手じゃなかった。
それは彼が当時から強引かつお節介焼きだったからだろう。

―― 私は良いって言っているのに…外に連れ出した事なんて数知れない。

幼い頃から控えめで運動の苦手な私にとって、それは鬱陶しくて堪らない事だった。
幾ら運動の時間だと分かっていても、私にとっては目の前の絵本を読む事の方が大事だったのである。
しかし、京ちゃんはそんな私のパーソナルスペースを幾度となく侵し、近寄って来た。
どれだけ嫌がっても京ちゃんは私の手を繋いで…そして、一緒に遊んでくれたのである。

―― 今から思えば…それは先生の点数稼ぎだったんだろうけれどさ。

京ちゃんは子どもの頃からおませさんだった。
当時からおっぱい好きの傾向を見せていた彼は新任のおっぱいの大きな先生にメロメロだったのである。
私に構ってきたのも私ではなく先生に格好良い所を見せたかったからだろう。
それが当時の私に分かっていたかは覚えていないけれど…でも、デレデレする京ちゃんを見てイライラしたのは良く覚えていた。

―― 私にも…きっと分かっていたんだろう。

当時の私にとって友達と呼べる人は京ちゃんだけだった。
他の皆は付き合いの悪い私なんて放っといて、それぞれ仲の良い子と遊んでいたのである。
そんな輪の中に京ちゃんと一緒に入っていった事はあるが、あくまでそれだけ。
彼らとの付き合いは京ちゃんを通じてのものでしかなく、一人の時に誘ってくれる人がいなかった。

―― それでも鬱陶しいと思っていた京ちゃんが…私の中で変化したのはある事件があったからだ。

その日、私はいつも通り一人で本を読んでいた。
運動の時間だと言うのに一人部屋に篭って、本の世界に没頭していたのである。
そんな私に話しかけてきたのはその幼稚園の中でも飛び抜けて乱暴で、そして身体の大きな子だった。
良く先生に殴りかかっていた姿も見るその子に何を話しかけられたのかは良く覚えていない。
しかし、それでも私が上手くその子に返事を返す事が出来なかった事ははっきりと記憶していた。

―― それがその子には気に入らなかったのだろう。

急にムスっと拗ねるような顔つきになった彼はいきなり私の読んでいた本を取り上げた。
それに私は最初は呆然としたものの、数秒後にはハッとして何とかその本を取り返そうとしたのである。
だけど、私とは二回り以上も違う彼の手から、本を取り返せるはずがない。
それでも必死になって手を延ばす私が鬱陶しかったのか、その子は私の事を突き飛ばした。

―― それを見ていたのが京ちゃんだった。

瞬間、私の耳に届いたのは京ちゃんの怒声だった。
押しが強かったものの、決して声を荒上げる事のなかった彼の初めての声。
それに私が身を竦ませた頃には、京ちゃんは彼に近づいた。
そのまま本を返せと言う京ちゃんにその子はからかいの言葉を返したのである。

―― そして次の瞬間には喧嘩が始まった。

お互いに手加減せず、取っ組み合い、殴りあうその光景。
それに私が泣きだして少しした頃にはようやく先生たちも騒ぎに気づいたらしい。
取っ組み合う二人の間に入ったものの、本気で殴りあう二人は中々止まらなかった。
結局、数人がかりで引き離された頃には二人の顔はあざが出来、目尻には涙が浮かんでいたのである。

―― 私は泣きじゃくりながらも…出来るだけ先生に説明した。

そのお陰か、京ちゃんはそれほど深く怒られる事はなく、すぐさま先生たちから解放された。
そんな彼に私は何を言えばいいのか…まったく分からなかったのである。
ついこの間まで内心、疎ましく思っていた相手に助けられた私には彼に掛ける言葉が見当たらなかった。
そんな私に…京ちゃんは小さく笑いながら、そっと手を差し伸べてくれたのである。

―― でも、私にはそれを伝える勇気なんてなかった。

私には…分かっていたんだ。
誰よりも京ちゃんに近かった私には…彼が私の事をそういうふうには見ていないって事を。
手のかかる妹程度にしか思っていないって…そう理解していたのである。
だから…私はその気持ちに蓋をして…押し込めた。
今はまだその時じゃないって…京ちゃんに女の子として貰えるまで待つべきだって…そう思って。

―― だからこそ…私は自分を磨きはじめた。

料理を本格的に学び始め、寝坊助気味であった京ちゃんを起こせるように早起きに。
そんな私の変化に京ちゃんは最初、戸惑っていたみたいだった。
けれど、少しずつそれを受け入れてくれた彼の生活に『私』が入り込んでいく。
クラスの人気者で誰にも優しい京ちゃんが…私抜きでは生活できなくなっていくのだ。

―― それは、これまで京ちゃんに依存しっぱなしの私にとって新しい喜びだった。

そして…私はすぐさまそれに虜になった。
京ちゃんに頼られるように、私から依存するように…自分を磨き始めたのである。
それに著しい成果が出たとは…あんまり言い難いけれど…しかし、私は以前のように京ちゃんに頼りっぱなしではなくなった。
彼に頼った分を多少は返せるような女の子になれたのである。

―― でも、京ちゃんの意識はそれでも変わらなかった。

京ちゃんにとっては私は相変わらず手のかかる妹のままだった。
勿論、それは私の迷子癖なんかが変わらなかった事と無関係ではないのだろう。
私が努力した分、二人の関係は密接に結びついたものの…それだけだ。
私は未だ京ちゃんの恋愛対象にはなれないままに…中学校へと進学したのである。

―― そこでも京ちゃんは人気者になった。

それだけであれば…私はまだ安心する事が出来ただろう。
でも…最悪なのが…私と京ちゃんのクラスが離れてしまったという事だ。
小学校でもずっと一緒であり続けたのに…私は中学最初の一年で…幼馴染から引き離されたのである。
そして距離が出来る二人の間に…分別も何も分かっていない泥棒猫が…少しずつ入り込んできたのだ。

―― 京ちゃんの事なんて何も知らない癖に…。

そういう人たちは大抵、京ちゃんの事なんてろくに理解していない人たちだった。
ただ、京ちゃんの顔とか優しさとか家柄とかに引かれて尻尾を振っているだけの売女である。
京ちゃんの事を理解しているのは…幼馴染である私だけ。
幼稚園からずっと彼と体験を共有出来る私だけが…京ちゃんの事を本当に理解できているんだ。

―― だけど…当時の私にはそれに気づくのにちょっと時間がかかっちゃった。。

その当時の私にとって、京ちゃんと引き離された事だけがショックで冷静さを失っていたのだ。
否応なく彼と距離が出来る感覚に…私は打ちのめされていたのである。
京ちゃんの周りに私ではない女の子が増え、彼とろくに会話も出来ないという現実に…強く落ち込んでいたのだ。
その内、私は家の中の雰囲気が急激に悪くなっていくのに合わせて…ご飯も食べられなくなっていたのである。

―― それが改善したのは…ある雑誌を見つけたからだ。

一人トボトボと中学から帰る道すがら、立ち寄った公園に捨てられていたのは低俗な雑誌だった。
ゴシップなんかを中心に扱うそれを私は普段であればゴミとして見ていた事だろう。
いや、実際、私は途中までそれをただのゴミとして認識していたのだ。
それが変わったのは…それをゴミ箱に捨てようと拾いあげた私の目に、『盗聴器』という文字が入ったからである。

―― それは私にとって天啓にも近いものだった。

何せ、それがあれば私は京ちゃんの事を知る事が出来るのだから。
例え、距離が離れていても、京ちゃんがそれを持ってくれている限り…知り続ける事が出来る。
それはもう…日々、一人でいるのに疲れた私にとって抗えるものではなかった。
結果、私はそれを後生大事に家へと運んで…パラパラと目を通し始めたのである。

―― そこには簡単な盗聴器の作り方が書いてあった。

勿論、作りが簡単な分、傍受出来る範囲はそれほど広くない。
けれど、それでも同じ校舎にいれば彼の存在が感じ取れる。
その喜びに…私は心から打ち震え…そしてその通りに材料を揃え、作り始めた。
料理は人並み以上に出来るようになったとは言え、手先が不器用な私は何度も失敗を繰り返したのである。
けれど、数回のチャレンジを経て、私はようやく満足出来るレベルの盗聴器を完成させる事が出来たのだ。

―― それを京ちゃんに手渡すのは簡単だった。

多少、疎遠になったとは言え、私は京ちゃんにとって親友のままだ。
何より、京ちゃんは心の…ううん、愛情の篭ったプレゼントを蔑ろにする人じゃない。
彼が携帯を買い換えたのに合わせてプレゼントしたストラップを彼はすぐさま携帯につけてくれた。
お陰で私は彼の事をどこでも感じられるようになり、私の心労も大分、収まったのである。

―― それは京ちゃんが誰かになびく気配が欠片もなかったからだろう。

私の大好きな幼馴染は鈍感だ。
隣にこんなに彼の事が好きな子がいるのにまったく気づいてくれないんだから。
そんな京ちゃんが有象無象の誘惑に靡いたりするはずがない。
私よりも彼の事を知らない野良猫なんかに心を奪われるほど、京ちゃんは鈍くはないんだから。

―― でも…それだって何時まで続くか分からない。

少なくとも…以前のように自分が抑止力には働けてはいないのは確かだ。
お陰で京ちゃんの周りには彼の事を何も知らない馬鹿女ばっかりが集まってきている。
それを散らす為にも…ここらで誰が彼に一番、相応しいのか教えてやらなければいけない。
そう思った私は…二年次、一緒のクラスになった京ちゃんに告白したのである。

―― それを京ちゃんは受け入れてくれた。

勿論、それは遠回しな…それこそお試しみたいなものだった。
しかし、例えそうでも何とも思っていない相手に、京ちゃんは頷いたりはしないだろう。
実際、その後、幾つも送った盗聴器入りプレゼントからは告白を断る彼の声も届いていた。
そんな中、私の告白だけを受け入れてくれたのは…京ちゃんもまた理解してくれているからだろう。
京ちゃんの事を幸せに出来るのは私だけだって…幼馴染の女の子が一番だって…そう分かっているんだ。

―― でも…それは周りの下らないやじのお陰で終わっちゃった。

きっと皆は私たちの事に嫉妬していたんだ。
私達があんまりにも仲が良いから…世界で一番、幸せな夫婦になれるって分かってたから…邪魔したんだろう。
それにどれだけ私が腸を煮えくり返らせたかは…自分でも良く覚えていない。
ただ、確かなのは…それによって折角、少し前進した私たちの関係がギクシャクし始めた事だけ。

―― そのまま空中分解を防ぐ為にも…私は京ちゃんと一回、別れなきゃいけなかった。

京ちゃんは私の事を…とても意識してくれていた。
恋人同士になって始めて…京ちゃんは私を女の子として見てくれていたのである。
それを手放すのは…正直、涙を飲むほど悔しいし…悲しかった。
けれど、それを無理矢理続けていたら、京ちゃんの方から別れ話を切り出されてしまうかもしれない。
その想像だけで涙が出てくる私は…自分から京ちゃんとの関係を清算するしかなかったのだ。

―― でも…それがいけなかったんだろう。

別れた後、結局、私と京ちゃんは疎遠になってしまった。
クラスでは同じなのに以前のように積極的に話したりしなくなったのである。
それでも彼に渡したプレゼントのお陰で、京ちゃんの近況を知る事が出来た。
だからこそ、私はそこで気が狂ってしまいそうな不安に怯える事なく、京ちゃんの心が落ち着くまで待つことが出来たのだ。

―― 清澄に入ったのも…京ちゃんがそこに行くって…そう知ってたから。

そうして私たちは距離を取ったまま、一緒の高校に進学する事になった。
そこでも京ちゃんは人気者で…私の事をやきもきさせる。
もう私の事なんて忘れちゃったんじゃないかって…
私が一緒の高校に進学したことを知らないんじゃないかって…そう思うと苦しくって仕方がなかった。

―― でも、私のことを一番、揺さぶったのは原村和っていう…特大のメス猫の事だ。

そのメス猫は…最初、京ちゃんの事なんて何とも思っていなかった。
明確に目立った敵対心こそ持っていなかったものの、苦手意識はしっかりと持っていたのである。
だからこそ、私は彼女の態度に苛立ちながらも…明確に排除しようとはしなかった。
この子だけは絶対に京ちゃんと付き合ったりはしないってそう分かっていたからこそ…私は見逃してあげたのである。

―― でも…ダメだよね、ちゃんと害獣は駆除しておかないと。

そうやって私が目溢ししている間に…そのメス猫はどんどんと京ちゃんと仲良くなっていく。
それだけならばまだ良いものを…京ちゃんに媚びた視線を向け始めるようになったのだ。
一時期は校内で夫婦だと囃し立てられていた彼女の事を…私は決して許す事が出来なかった。
それは…京ちゃんがそのメス猫に…惹かれているって…そう分かっていたからだろう。

―― 確かに…原村さんは…今までの売女に比べればマシな部類だと思う。

幼稚園で京ちゃんが好きだった先生を彷彿とさせるスタイルの良さ。
それに相まって料理上手や控えめな態度は人を引き付けるのに十分なものなのかもしれない。
だけど…それでも原村さんは…あのメス猫は、ケダモノなのだ。
私と京ちゃんの間に入り込んできた異物なのである。
そんな奴に…京ちゃんが情けを掛けてしまったら…誤解しちゃう。
おっぱいが大きいくらいしか取り柄がない癖に…京ちゃんの恋人になれるんだって…夫婦になれるんだって…思い違いをしちゃうんだから。

―― 京ちゃんにはもう私って言う…幼馴染がいるんだから…原村さんの居場所なんてないのにね。

でも…彼女はそんな私の居場所を奪うようにどんどん京ちゃんと仲良くなっていった。
私がかつてから予約していた場所を…少しずつ侵食し、その穢らわしい身体で京ちゃんに滲み寄ってくるのだから。
まるで梅雨のカビのようなそのしつこさに…私はもう我慢出来ない。
今まで京ちゃんに言い寄ってきた有象無象のように…脅して京ちゃんに近寄れないようにしてやろう。
そう思った矢先に…私の目についたのは…原村さんを熱っぽく見つめる一人の男の子だった。

―― その人の背中を押すのは思いの外、簡単だった。

何せ、相手はあのメス猫のファンであり、そして異常なほどの執着心を示していたのだから。
その精神性はまったく理解出来ないけれど、京ちゃんの素晴らしさを教えてあげると顔を真っ赤にして怒りを見せる。
そのまま我慢出来ないと言わんばかりに走り去る男の背中を…私は暗い笑みと共に見送った。
これで私が手を汚す事はなく、京ちゃんの隣からあのメス猫を排除出来ると…そう思っていたのである。

―― でも、あの泥棒猫は…思った以上にやり手だった。

すぐさま被害者ぶって京ちゃんに泣きついたあの女は…危険な事件に彼を巻き込んだ。
お陰で京ちゃんは病院に運ばれるほどの大怪我を負う羽目になってしまったのである。
それを京ちゃんの家に仕掛けた盗聴器から知った時には…私がどれだけ恐ろしかった事か。
良かれと思ってやった事でもし京ちゃんが死んでしまったらどうしよう。
そう思うと私はその日、眠れなくて…学校に行く気も起こらなかった。

―― そして次の日、面会しても怪しまれない時間にすぐさま駆け込んで…。

そうやって久しぶりに対面した京ちゃんは…いつも通りだった。
その頭に包帯を巻いている様は痛々しかったものの…特におかしな様子はない。
それに安堵しながらも…私は我慢出来なかった。
あんな女の為にどうして命を賭けるような真似をしたんだって…そう罵るように言ってしまったのである。

―― それを…京ちゃんは受け止めてくれた。

いや、それどころか疎遠になっていた事を詫び、再び仲良くしたいと…そう言ってくれたのである。
彼がそんな風に思ってくれているだなんて欠片も思っていなかった私は…それが涙が出るほど嬉しかった。
そんな私を京ちゃんは慰めて…そして私に一杯、話をしてくれたのである。

―― そのほとんどは私も理解している事だった。

近況を伝えようとする彼の言葉は盗聴を続ける私にとって既に過去の情報だった。
だが、それでもそれを京ちゃんから伝えられるのは…やっぱり嬉しい。
また再び仲の良い幼馴染へと戻れる事を予感させるそれに…私は幸せを感じながら…耳を傾け続けたのだ。

―― そして…私は余計にあの泥棒猫の事が許せなくなった。

京ちゃんは…誰かを護る為ならば多少の無茶でもしてしまうような男の子なのだ。
そんな事さえ知らないあのメス猫が…京ちゃんの寵愛を受けるだなんて許せるはずがない。
それに何より…あの泥棒猫は京ちゃんのお見舞いにさえ来ようともしなかったのだ。
自分の所為で傷ついてしまった彼に対するあまりにもひどい仕打ちに…私はもう我慢出来ない。

―― だからこそ…私は二人の邪魔をするように徹底的に立ちまわった。

常日頃から京ちゃんのクラスに顔を出すようにしたし、出来るだけ彼の手を取り続けた。
勿論、京ちゃんと疎遠になっていた時期は一人で過ごしていた私にはもう以前のように迷子癖もない。
しっかりしているとは言わないまでも、ポンコツと京ちゃんにからかわれていた頃の宮永咲でもないのだ。
だけど、私と疎遠になっていた幼馴染は…それを知らない。
だからこそ、京ちゃんは私の演技にあっさりと騙され…再びその時間を私に費やしてくれるようになった。

―― それがどれだけ嬉しくて…そして愉快だった事か。

私が京ちゃんとの仲を取り戻せば取り戻すほど…あの泥棒猫は悔しそうな顔をするのだから。
本来ならば私のものだったそれを盗もうとしていたのに…そうやって苦しそうな表情を見せるのである。
それを見る為ならば、私はどんな事だって厭わずに行動する事が出来た。
デートの前日には冷水をかぶり続けてわざと風邪を引いた事だってそうだし…あれほど嫌いだった麻雀を部活にする事だってそう。
私は泥棒猫に奪われたものを奪い返す為ならば…嫌いなものと向き合う事だって容易く出来たのだ。

―― それは途中まで順調だった。

私から大事なものを奪おうとする泥棒猫にプレッシャーをかけ続ける日々。
それはとても愉快で…楽しいものだった。
ただ排除するのではなく、徹底的に自信とプライドをすりつぶすそれにどれだけ暗い喜びを得たか分からない。
けれど、それは…京ちゃんが泥棒猫に振られ…私が再び彼の恋人に戻った瞬間に…最高潮に達していた。

―― それからの日々は…幼稚園の頃と変わらないくらいキラキラしていた。

京ちゃんと再び恋人になり…大手を振って歩ける日々。
文字通り夢にまで見たそれに私は心を蕩けさせ…幸せに浸っていた。
その前では嫌いな麻雀をしなければいけないという事さえもまったく気にならない。
それが京ちゃんと恋人を続ける条件なのであれば、寧ろ進んでやりたいと…そう思えるくらいだったのだ。

―― ふふ…それに…京ちゃんも私の事…少しずつ意識してくれて…。

失恋の痛手というものは京ちゃんの心に隙間を作ったのだろう。
そこに入り込むような私の優しさに…少しずつ彼は私を異性として意識してくれるようになったのである。
中学の頃とはまったく違うその変化に…私は一人で歓喜し、涙すら漏らした。
これでようやく私も京ちゃんも幸せになれるんだって…そう思って…心震わせていたのである。

―― でも…それはまたあの泥棒猫に奪われた。

どうやらあのメス猫は…本格的に勘違いしていたみたい。
京ちゃんがあんまりにも優しすぎるから…自分の事を愛してくれるってそう勘違いしちゃったのだ。
それだけなら…それだけならまだ良い。
だけど…あの泥棒猫は…私が大事にとっていた京ちゃんの初めてまでも奪い去って…っ!!

―― しかも…脅迫まで…!

京ちゃんの優しさに漬け込んで…彼を自分のものにしようとするその手口。
それに私は思わず受信機を握り潰してしまった。
文字通り自分の全てを捧げて、京ちゃんを絡め取ろうとしていいのは私だけなのだから。
京ちゃんの事を世界の誰よりも理解している私だけが…それを許されているのである。
少なくとも…原村さんみたいなメス猫に許されるはずがないのに…彼女はそれを踏み越えたのだ。

―― それに私は憎しみを超えて…殺意を覚えた。

そのまま包丁を持って、二人のところへ乗り込もうと思った回数は数知れない。
しかし、今、こうして殺傷事件を起こしてしまったら一番に疑われるのは京ちゃんだ。
既に一度、ストーカー事件で彼に迷惑をかけている私には…それは出来ない。
だからこそ、私はその機会をじっと待ち続け…こうして彼女と『友達』を続けているのだ。

―― だって…京ちゃんは仲良くしてって…そう言ったんだもの。

友達の少ない私の事を気にしてくれたのか、或いはメスネコの事を気に掛けたのか。
京ちゃんはあの泥棒猫と仲良くして欲しいと、あのケダモノと出会ったばかりの私にそう言った。
それは京ちゃん以外に言われたのであれば、絶対に拒絶していたものだろう。
だけど、世界で誰よりも愛しい幼馴染が私にそう言うのであれば…その時までは『友達』を続けてやろうと…そう思うのだ。

―― それに…その方が絶望も大きいでしょう?

「ねぇ…『和ちゃん』」
「何ですか、『咲さん』」

私の呼びかけに泥棒猫はにこやかに応えた。
非の打ち所のないその笑みはきっと誰もが魅了されるものだろう。
でも、私は知っている。
私だけは…その奥にある狂気を知っている。
メラメラと煮えたぎり…自分も愛しい人すらも…燃やしつくしそうな炎がある事を…私にだけは伝わってくるのだから。

―― 『和ちゃん』も…『そう』なんだよね。

この泥棒猫もまた…京ちゃんへの愛しさ故に道を踏み外したのだ。
その気持ちだけは…正直、共感しない訳じゃない。
私だって今の自分が決して正気と言えない事くらい分かっているのだから。
しかし、だからこそ…私は決して『和ちゃん』とは相容れない。
水と油のようにお互いを弾き合い…愛しい人の隣を奪い合う道しか残されていないのだ。

「私達、『友達』だよね」
「えぇ。そうですよ」

その言葉はとても空虚なものだった。
それはきっとお互い分かっているのだろう。
もうすぐお互いが血を血で洗うような戦いをしなければいけない事を。
友達になんてなれない事を…理解し合っているのだ。

―― ふふ…でも…和ちゃん、私…知ってるんだよ?

この泥棒猫は…インターハイで優勝しなければいけない。
そうしなければ長野に居られないという足かせをつけてここに来ているのだ。
対して私には…そんな条件はまったくない。
お姉ちゃんに会いたかったのは事実だけれど、それは別に団体戦に拘る必要はないのだ。
個人戦への出場が決まった今、待っていればお姉ちゃんには絶対に会えるのだから。

―― じゃあ…私が決勝で負けちゃったら…どうなっちゃうのかなぁ…?

そうなったら、きっとこのメス猫は東京行きだ。
そうならなかったらならなかったで京ちゃんとの情事を親にばらしてやれば良い。
あそこの両親は頭が硬いタイプだから、やっきになって二人を引き離そうとするだろう。
その時に、この泥棒猫が完全に発狂するかもしれないけれど…私には関係ない。
その間、京ちゃんさえ保護しておけば、後は勝手に自滅するのだから。

「決勝、楽しみだよね」
「えぇ」

その言葉に頷く泥棒猫に私は笑みを浮かべる。
そうやって笑いあう二人はきっと和やかな雰囲気に見えている事だろう。
だけど、実際、私たちの心はドロドロとしたもので溢れ、けん制を続けているのだ。

―― ねぇ…もうちょっと待っててね…京ちゃん。

もうちょっとで…この薄汚い泥棒猫から助けてあげるから。
それが終わったら…ちょっと私のお部屋でお休みしようね。
そして…この泥棒猫に穢された身体を…私が隅から隅まで綺麗にしてあげる。
ちょっとそれに時間がかかっちゃうかもしれないけど…でも、大丈夫だよ。
私は京ちゃんの下のお世話だったら平気で出来ちゃうんだから。
そうやって…数ヶ月も暮らせば…浮気症な京ちゃんだって分かるよね?
京ちゃんが本当に必要とするべきは誰なのか…その身体に教えこんであげる。
大丈夫…ちょっとつらいかもしれないけれど…それは私が京ちゃんの事を愛してるからなんだから。
それが終わった後には…ちゃんと二人とも…幸せになれる未来が待っているんだからね。












「あぁ…本当に…楽しみだなぁ…」




-fin-