スーガーナチュラル



――助けてっ…!助けてっ…!助けてぇっ…!

もう叫ぶこともできない喉の代わりに、頭のなかで必死に喚いた。

体育の時間でもここまで全力で走り続けた経験はなかった。
まして運動用でもない靴で、慣れない草むらの中でこんなに足を動かすことなど。

胸は焼けたように痛い。
荒くなった息ですら酸性を帯びたように気道にしみる。

それでも逃げなければ

――あれはすぐに追いつく!

少女の心身はもう限界だった。

特に足の筋肉に至っては、疲労から主人への背信行為を働くほどだ。

――あっ!

あがりきらなかったつま先が地面を蹴ってしまい、そのまま少女は倒れてしまった。

――ああぁぁぁ……!いやぁっ…!!

周囲よりも暗い絶望の闇が胸から全身へ回った。
そして、彼女の後ろには「あれ」がもう迫っていた。


「しずー、猫達こっちにきたの?」

「うーん…小さいのもいたし、そんなに遠くまで行ってないはずなのに」

町外れの野原に野良猫の親子が捨てられていたのを発見したと穏乃から聞いて
駆けつけたはいいものの憧が到着する前に突然逃げ出してしまい、
保護のために探し始めてから一時間が経っていた。

もう陽は沈みかけて、山際から凝縮された光線を阿知賀に照射している。

「ねえしず…私だって見つけたいけど、暗くなっちゃう前に引き上げないと…」

「あっ!憧、あそこ!草が動いてる!きっと猫だよ!」

確かにがさがさと動いている影が見えた。
また逃げられないように、慎重に近づく。

だが、距離を縮めていくうちに様子がおかしいことに気がついた。

「しず……あんなに大きい猫、なの…?」

穏乃は驚いた表情で首を横に振った。

「犬…?なにか食べているの…?」

食べていると呟いたそばから憧たちの頭に、猫という言葉が連想された。

はっとなって駆け出したのは穏乃だった。
最悪の事を考えたら今すぐ助けなければと体が動いたのだ。

しかし、更に近づくとその異常を認識していく。

犬にしても大きく、黒い毛皮の後ろ姿から生えている尻尾は細長く、どこか見覚えがあった。

向こうも音に気づいて振り返った。

その顔は想像していたものとは全く違っていた。




「ネズミ…!?」

細長い鼻に黒い眼、大きな前歯
その口からごろりと落ちた猫の首…

更に想像を超えていたのは振り返ったその巨大なネズミの後ろから

もう二匹同じ大きさのネズミが出てきた事だった。

「憧っ!!逃げて!!早く!!」

呆然と目の前の惨事を見ていた憧も親友の叫びで我に返った。

駆け出す二人の後を追うネズミ達。

と、ここで穏乃が走りながら石を拾い、ネズミたちに投げた。

「さあこっちだよ!!私を追ってこい!!」

「しず!?」

呼び出した自分に責任があると思ったが為の行動だった。
怒らせて、憧から離れて走れば少なくとも彼女は助かる。
思惑通りネズミ達は穏乃に狙いをつけた。

しかし二匹だけだった

残り一匹はこちらの体力のほうが劣っていて捕まえやすいと判断したか、憧を追った。

「きゃあああああああ!!!」

「憧ぉぉっ!!走って!!走ってぇぇ!!!」

もう陽は最後の残光を投げかけるばかりだった。


―――・・・


倒れた自分にも容赦なく距離をつめてくるネズミを見た憧はパニックを通り越して
頭が冷えた状態になった。

――もうわたしは駄目だ……穏乃は大丈夫かな…

死にゆくこの身が願うのは親友には死んで欲しくないということだけだった。


そのとき


「おい!悪食ネズミ!」

男の声がした。

そして

バァン…と強烈な破裂音。

倒れるネズミ。

巨体が除けられた向こうから白い光が憧の目に入った。

眩しさに思わず手をかざす。

と、彼女の体に衝撃がきた。



「憧っ!!あこぉぉ…よかったぁ…!!」

涙で顔をくしゃくしゃにした親友が抱きついてきたのだった。

「しず…?  しずっ!!」

二人してその場で身を寄せ合って泣き始めた。

その光景をみて男は呟く。

「ああ……えと…ありがとうの言葉はその後でいいよ」


「それでね憧、もう駄目だってときにこの人が助けてくれたんだ!
 あの大きいのを二匹とも!バンバーンって!もうかっこよかったー!」

「う…うん」

「バンっ!バーン!」

銃を撃つ仕草をする穏乃から前を歩く男の背中に目を移す。

片手に持っているライトの光が夜闇に浮かばせる後ろ姿。

染めているのか頭は金髪、革のジャケットを着るその体は大きい。

女子ばかりの世界で生きてきた憧に男性の背の高さは新鮮だった。
自分の父でさえここまで高身長ではない。

そして颯爽とあらわれて自分達を救ってくれたその勇敢さも。


「あの…どうしてこの町に来たんですか?」

隣で五体無事にはしゃぐ親友をひとまず置いて、気になったことを質問した。

「んー?ああ、まあ…こういう仕事なんだ…」

「狩人なの?
 私、動物を殺す人たちってあまり好きになれなかったけど、
 でもこういうのも仕事なんだよね」

穏乃も話に加わった。

「狩人…ああ、そうだな
 うーん、まあもう見てしまったし、ここを出たら説明するよ」

その後、野原を出た一同は彼が停めていたらしい大型バイクの前でさっきの怪物ネズミについての話を聞いた。

バイクについて語ろうとした彼を制止して。


旧鼠(きゅうそ)
大きく成長したネズミの妖怪で、猫や人間を襲って食べる。
長く生きたネズミが変化するといわれ、古くはここ奈良県での目撃談も多かった。


「まあ猫だって十年生きれば人語を解すって話もあるくらいだ、

 寿命を間違えた動物は化け物になる
 超自然な化け物は霊長類の長の座を奪おうと人間を攻撃する」

「妖怪、超自然って……」

「すごーい」

「まあすぐには飲み込めない話だ、でも信じられない世界は常にあるんだ
 俺はそういう危険な超自然的存在

 ――スーパーナチュラルを狩るのが仕事だ

 この町で最近になって旧鼠が出たらしいって話を聞いて、この…」

男はバイクをぽんぽんと優しく叩く。

「ボスホス、シボレーV8エンジン搭載!出力はなんと驚きの…」

「バイクにのってこの町にきてくれたんでしょ!ありがとう!」

「…6000CC超えで……うん、そうだよ

 さて、送っていくよ
 しっかりつかまってくれよ四人乗りなんてはじめてだからな」

「え…?四人、ですか?」

憧が当然の疑問を口にすると、男は閉じていたジャケットの前を開いて

「おお、ほれ…このチビ助も一緒に連れていってやらないとな」

「あっ…!子猫」

「わあっ、一緒に助けてくれてたんだ!!」

「お、知り合いみたいだなー、よかったなお前ー
 お母さんに死なれてつらいだろうが…頑張れよ」

にゃあ、と子猫は応えた。



「二人ともここでいいのかい?」

「はい…あんな体験したので、今夜は穏乃の家に泊まります
 助けてくれて本当にありがとうございました」

「えへへ…また会えるかな?」

「ああ、そのときまでにはそっちの子にはもう少し男に慣れて欲しいな…」


ただでさえ三人乗りは気を遣うものではあるが、今回は男性を怖がる憧を乗せたのだ。
いくら助けてもらったとはいえ、初めて会った男の背中にしがみつくのに抵抗がある彼女を
乗せての走行は自然、安全運転の見本のようなものになった。

その点、穏乃は小さい体がすっぽり男の前側におさまったので楽ではあった。
運転者に気遣ってか、妙におとなしくなったのも。



「それとな、敬語はやめてくれよ
 俺、これでも15歳なんだ」

「えっ」

「じゃあ私達と同い年なんだねー!」

「へっ?…そっちのポニ子……15歳?
 ツイン子のほうは俺と同学年かなとは思ったけど…」

「あー!なにそれ!
 それに私はポニ子じゃなくって穏乃っていうんだよ!
 あ、そういえば名前聞いていなかったよね?」

「えっ、15歳…で、こんな大きなバイク?
 えっでも免許とかは…あれ?
 って、いうか散弾銃も…」

「おう、そうだったな
 俺の名前は須賀京太郎、長野県から来たんだ
 そんでこれが…携帯の番号な
 またおかしな事件があったり、長野に遊びにくることがあったら連絡くれよ

 免許?偽造のなら持ってるよ
 銃は子供のころからちょっと仕込まれててね」

「へー長野なんだ京太郎!遠いねー!
 私達にも長野に友達がいるんだよ」

「ぎ、偽造…?
 子供のころから、銃…?」



「そんじゃ、そろそろ行くわ

 その猫にもいい飼い主見つかればいいな」

「うん!絶対会おうね京太郎ー!ほら、憧!」

「あ、あぁ…えっと…捕まらないでね」

憧の言葉にサムズアップを返すとフルフェイスヘルメットを被り、京太郎は出発していった。

「はぁ…かっこいい人だったね
 あれで15歳かー、ねっ、憧」

「う、うん…」

「あれ?憧…?ああ、疲れちゃったよね、うん
 もう中に入ろう、ほらチビも今夜はここに泊まろうねー」

穏乃に促されて家に入りながら憧の胸中を色んな想いが巡った。

須賀京太郎…

金髪の同い年の男の子…

私達を助けてくれた男の子…

超自然的存在を教えてくれた男の子…

銃と偽造免許を持った男の子…

かっこいい…男の子…


「しず…」

「ん?」

「須賀君、かっこよかったよね」

「うん!」


また会いたい男の子…




「ああ、ハギヨシさん?
 ネズミ退治終わりましたよ…ああ、いえいえ

 想像以上に大物でした、旧鼠は記録にあるのもせいぜい30kgほど
 犬でいえばラブラドールレトリーバーぐらい
 でもアイツらは…はい、複数でしたが全員倒しました

 そんな、謝らないでください
 そんなこと分かるわけなかったんですから
 俺は大丈夫でしたし、もう危険もなくなりました

 そんでアイツらなんですがどう見ても土佐犬ぐらいはありました
 はい、うちのカピバラを見る目が変わりそうですよ

 ええ…やはり全国にオカルト持ちの雀士が目立ってきたのと何か関連がありますよ
 魔物が強くなってきている…


 もう3時間で長野に着きます

 え?透華さんが?今度ディナーに?

 ああ、あはは
 はい、えーっと…考えておきますね
 それじゃ」


カンッ