本スレ622の修正版

告白された京ちゃんとモヤモヤする咲さん



だから嫌なんだ…

「ねえ宮永さん、ちょっといいかな?」

2時間目が終わってすぐに声をかけられた
用件は察しがついている
特に仲が良いわけでもないクラスメイトが私に用があるという時
それは現在の学校生活のなかで私が一番嫌いな時間だ

「あの、私の友達がね…」

ああ、こっちのパターンか
昨夜読んだシャーロック・ホームズだったらずばりと言ってしまうんだろうな

”落ち着きたまえ、私はまだ君が喘息もちでフリーメーソンの会員で独身の弁護士だということしか分からない”みたいにね

何だか意地悪なことを考えてしまうのも次の言葉が本当に予測できてしまうからだ
表情に出ていなければいいけれど

「須賀君のことが…」



「京ちゃん、部活いこっ」

話しかけると机に突っ伏していた京ちゃんがゆっくりと首を起こしていく

6時間目の数学の残り15分というところで漕いでいた舟から落ちてしまった京ちゃんは
子供みたいな大きいあくびをして凝った両肩を伸ばした

「咲ぃ…僕なんだか眠いんだ」

「ルーベンスの絵もないし、天使もいない、何より私は犬じゃないよ!ほら、早く」

「可愛いアロアが待ってるなら…」

「優希ちゃんは掃除で遅れるってさっきメールが来てたよ」

「咲、俺は可愛いアロアって言ったんだぞ?」

もー、と私は呆れながらいつもの京ちゃんがここにいることが嬉しかった
ふざけ合って笑いあういつもの私と京ちゃん、今日も失われなかった喜び

”あなたが羨ましいよ…”

――そんなこと言われても仕方ないじゃない…これが須賀京太郎と宮永咲の関係なんだから


部室に向かいながら前を歩く京ちゃんの後姿を見つめる

”咲は俺の背中を見て歩けよ、そうしたら迷わないからな”

迷子になった私をぽんこつ呼ばわりしたあとにこう言われた事があった
その言葉にはあまり従っていない、同年代なのに子供扱いされるのが嫌だという気持ちもあるけれど

…隣に立ちたいから

そっちのほうが大きな理由だ

でも”いつでも咲のことを守ってやる”っていう意味にもとらえられるから、
言われたこと、それ事態は嫌いじゃない

今こうして後ろからじっくり京ちゃんを観察すると、本当に……かっこいい人だって分かる
カーペンターズの歌に遥かなる影という歌がある

”あなたが生まれた日 天使たちが集まって願いが叶うようにしたのね

 だから金色の髪には月の雫 青い瞳には星が輝いてるのよ”

…京ちゃんの瞳は青くないけど、15歳でこの恵まれた身長と長い足、端正な顔、明るい性格
本当に天使に祝福されたような普通の女の子が考える理想の男の子そのもの
原題のClose to youを遥かなる影と訳した人は私のことを知っていたのかな、と変なことを考えてしまう

だって、この歌はどこまでも私の気持ちを……

「咲、着いたぞ」

ぼーっと考えている間に部室のドアの前に来ていた、
また本のことでも考えていたんだろ?お前はそればっかりだからな、とニヤニヤして私の顔を覗き込む

「そんなことないもん」

昔からのくせでむっとした表情で返してしまう

京ちゃんのこんな顔は私にしか見せない、私だけの京ちゃんの顔
他の人が見たくても見れない顔を私はいつでも見れる、だから可愛げない表情をしたっていいの

それが私の特権なんだから




部活中、ちょっとした事件が起こった
部室に女の子が来た、麻雀部に入りたいという事だったので部長が対応していた

申し訳ないけれど今は忙しくて新しい子を見る余裕がないの、ごめんなさい

確かこんなことを言って説得していた、でもあきらめきれない様子で

「だったらマネージャーになります!」

そんなことまで言い出した
困った顔で少し部室内を振り返ってから部長は女の子と一緒に廊下へ出て行った

「なんか麻雀が目的ってわけじゃなさそうだなー」と、優希ちゃん

「となると誰かが目当てなのかのう」と卓からはなれて立っていた染谷先輩が私たちに少し近づいて見回した

そして事情を察してしまったようだ

一年生、女の子、突然の入部希望、そして…パソコンでネット麻雀の画面を見れず気まずそうに下を向いている京ちゃん
誰かが目当て、などとうっかり口にしてしまったことに気まずさを覚えた染谷先輩も黙ってしまった
優希ちゃんの手もタコスに伸びなくなった

「み、宮永さん少し喉が渇きませんか?」

変な空気になった部室を換気するように和ちゃんが立ち上がってお茶の用意をしようとした

「あ、和!俺がやるから座ってなよ」

真っ先に京ちゃんがそれに乗った

まるで原因は自分にあるから償わせてくれと言わんばかりに

「あ…」和ちゃんが止める間もなくすっかり慣れた手つきで飲み物をいれていく京ちゃん

そんな京ちゃんと同じくらい、私の心にもモヤモヤがあったけれど、ただじっと黙って座っていた


「やれやれ、恋する女の子は一直線ね」

卓に戻った部長が一言こぼした
京ちゃんは部室に戻ってきた部長にも飲み物をいれようとしてけれど

「あ、須賀くん悪いんだけど今日は炭酸な気分なの、ちょっと買ってきてくれる?」と言われて部屋を後にしていった

えー、と苦笑いの表情を浮かべていたけれども心のなかでは感謝していたのだと思う
おつかいを頼まれれば自然に外の空気を吸いにいく口実ができるからだ

「それでどんな話をしたんじゃ?」

染谷先輩がみんなにかわって聞きたいことを訊いてくれた

「単純よ、今日須賀君に告白したけど玉砕、フったわけを尋ねたら部活に集中したいって理由が出てきたもんだから納得できなくて、
 部室に押しかけて無理にでも須賀君と一緒にいる時間を作ろうとしていたって、最後はもう可哀想なぐらい泣いちゃってね
 須賀君に振り向いてもらえないのは分かっていたのに悲しい、好きな気持ちがどうしても消えなくて悲しいって」


部室のなかにまた沈黙の空気が訪れた

部長の話には出てこなかったけれど、きっとこんなことも言っていたのだと思う

「宮永咲が羨ましい」

京ちゃんが告白される事は何度かあった
中学生のころから数えたら両手の指をオーバーするぐらいはあったと思う
私の知らないところで誰かに迫られていたのかもしれないし、実際の数は分からない

そして彼女たちの想いが実ることは一度もなかった
その度にどこからか「あの子、咲ちゃんが羨ましいってつぶやいていたんだって」という話を耳にしてしまう

今日のあの子も京ちゃんを誘い出した下駄箱から自分の教室へ泣きながら戻っていく時、
私とすれちがってしまった

そのときに囁かれた「羨ましい」と

私が京ちゃんへの告白の相談をされるのが嫌なのは、勿論もしかしたら京ちゃんがとられるかもしれないという嫉妬まじりの不安もある
だけどもうひとつ、悲しむ女の子を見るごとに…まるで未来の自分を見せられているようで……苦しくて……


「俺は本当に酷い男だ」一緒の帰り道で何度も自分を責める京ちゃん

告白されて、振って、女の子を泣かせてしまう度に
こうしてその子と同じだけの痛みを自分にも与えたがる

「いっつもだ…もっと、傷つけないで済むように言えたら…はぁ」

「京ちゃん、もう終わったことだから…それに毎度言ってるでしょ
 女の子は強いの、振られても泣いてスッキリしたら立ち直るって」

嘘だと思う
私だったらどれほどショックなのか想像もできない

「そうは言うけどさ…笑ってあきらめてくれるっていうのが一番いいと思わないか?
 それなのに俺ってやつは……はぁ、もう」

「もーいい加減ためいきはやめてよ」

あの後の部活動はぎこちないながらもお互いに空気を読みあって何とか解散した

京ちゃんが告白されたという事は私にとっては初めてではないけれど、
他の人たちにはそうでもなかったようで、

特に優希ちゃんの明らかに不機嫌な様子でいつも以上に京ちゃんへの当たりが強かった

普段は京ちゃんの事は何でもないという風に振るまっている和ちゃんも表情にわずかながら翳りが見えていた

染谷先輩も京ちゃんをいつも以上に気遣っているようで、雑用にいそしむ背中をじっと見ていた

部長も平常なら京ちゃんの心をほぐす意味も兼ねて何かしら冗談を言うはずなのに、女の子の話題は一切出さなかった

それにみんな配牌のときに牌を落としたり、待ちを見逃したり、ミスが目立っていた

麻雀部のみんなにとっても京ちゃんは”遥かなる影”だったんだ

相変わらずためいきが止められない京ちゃんを横目で見る

隣に立って歩いている時はじっくり見れないけれど、風になびく金髪、スラリと伸びた長い足、優しい瞳がすぐ傍にある

それに今日は憂いの表情もついてきている、もう満貫だ、どうしよう…また恋をしちゃう


…そういえば女の子を説得して戻ってきたときの部長の話で気になるところがあった

京ちゃんは振った理由を部活が忙しいと答えていたという
でもそれは高校からで、中学時代はどうだったんだろう
私はそこまで聞いたことはない
詳しくなんて聞きたくなかったから

やっぱり同じ部活を理由にしてたのかな、それとも…

――もし私が告白したら、何度も何度も考えたことだ
失敗したら私の特権は失われるかもしれないし、立ち直れなくなるぐらい傷つくかもしれない

それでも…

でも…

やっぱり…



夕闇の向こうの空に星がきらきら見える

隣の京ちゃんのためいきは止まっていた
空を仰いで星を見て「綺麗だなー」なんて呟いている

――京ちゃんの瞳のほうが綺麗だよって言いたくなった


”だから街中の女の子があなたについていきたがるの
 あなたのそばにいたいのね
 あなたのそばに”

あなたのそばに



カンッ