434 名前:名無しさん@お腹いっぱい。:2009/06/26(金) 01:26:13 ID:avU1sQ+D
「禍は河、伯は白、霊峰に満ちたる氣は八紘九野を渡るべし」
老人の手がカン山に伸びる。白の三枚落とし。それもツモ切りではない。北をカンした彼の捨て牌は、それだけで異常と言うには十分だった。
「そんな・・・」
和の上ずった声。京太郎は歯軋りをしてその様子を見守る。
「──即ち理なり。因果の祖たる天帝の配下が一。其は捲簾大将也。而して白は北。五行
において西也――」
パチリ。皺だらけで節くれだった指が牌をめくる。ドラ表示牌は西。これで北ドラ3。
「そんなオカルト」
ありえない。その言葉をついに言えなかった和が、小さく震えているのがわかった。
(なんでこんなことに・・・)
日の光があまり届かない一室。どこからか漂う香のかおりのなかに京太郎たちはいた。
檜で作られたという特別こしらえの麻雀卓を囲むのは、和、咲、部長、そしてこの、枯れた
上に涸れたような老人だった。
異国風の衣装を身にまとったこの老人は先ほどからありえないツモを連発している。既に
最初の半莊で飛ばされたタコスの意識はなく、京太郎のとなりに横たえられていた。

「次でどなたかが居なくなれば、これは三人で打つことになりましょうか──」

老人の声はねばりつくように地を這う。
この勝負に賭けられているのは、点棒でも金銭でもなく、精気そのものだった。
「オカルトというのは、人知では計り知れない事柄のことでしょうか・・・。最近ではよく耳にしますが──これはそういう類のものではありませんよお嬢さん。貴女の言う、統計そのものなのです。かつて砂漠の砂粒の数ほど時間を費やし、同じだけ命を賭して築き上げた歴史の塊なんです。ですから、そういうものとは違いますな。月の障りは月の満ち欠けに関係がありましょう。それと同じこと。五行というのはそういうこと」

暗い。

裸電球では老人の顔が良く見えず、落ち窪んだ眼窩がやけに黒かった。
(なぜこんなことに)
京太郎は、今や過ぎ去った遠い昔のような日々を思い出していた。



「ちょっとー。はやく来ないと置いてくわよー!」
部長の声が遠くから聞こえる。昨日からひとりはしゃいでいた熱がまだ冷めやらぬようで、京太郎たち後輩をおいて我先にと目的地へむかっていく。
「部長、やっぱ嬉しいんだな」京太郎がそう言うと「部活らしいことをやるのが目標のひとつだったみたいですから」と和が応えた。
彼女はなぜか隣を歩く咲と手をつないでいる。複雑な気分になりながらも京太郎はまぶしげにそれを見つめるのだった。
「良かったんですか?」
歩きながらマコに聞く。
「もう古い建物じゃけ、最後に・・・言うてね。近場で合宿っていうのもパッとせんけん、ちょうどええじゃろって部長も言っとったわ」
確かに遠い。
京太郎は旅程を思い返しながらそう思った。長野から名古屋まで電車を乗り継ぎ、そのまま新幹線で西へ、景色をずいぶん様変わりさせながらようやく辿り着いたのがこの島だった。
瀬戸内海に浮かぶ小さな小島。そこは部の先輩でもある染谷まこの遠い親戚が住む地だという。
「タコあるかな」
タコスは先ほどからそれが気になるらしい。
「瀬戸内の幸・・・と言うほど豪勢にはいかんかも知れんけど、さすがに新鮮なもんしか手に入らんけん、楽しみにしときんさい」
やったじぇー! とブイサインをこちらに向けるタコスを華麗にスルーして、京太郎はマコを見る。
いつになく影のある表情が少しだけ気になっていたからだ。
「先輩はこちらへはよく来るんですか?」
「いいや、子供の頃ちょっとだけ・・・かな。どうしたん?」
「えと・・・なんか、その、あまり元気がないみたいだったから・・・」
正直な気持ちだった。
「海の香り。懐かしいわ」
そう応えるマコを見ながら、京太郎はわけもなく一抹の不安がよぎるのを感じた。
かすかにウェーブのかかるマコの髪は、遠くに見える海と同じく暗い紺碧色で、しっとりと風をはらんでいるようだった。

「京ちゃん見て! イーソウ」
と咲が指差した咲には丸に鳥のような模様が掘り込まれた門があった。必要以上に巨大な木の門の、その扉の両方に掘り込まれているソレは、確かに麻雀牌の模様に似ていた。
「でかい門だなぁ・・・ほんとにイーソウみたいだ」見上げてためいきをついているとマコが「これは家紋。ちなみに鳥じゃのぅてアゲハ蝶なんよ」と説明を付け加える。
揚羽蝶。
言われて見るとそうも見える。
「あ、羽をたたんでるのか・・・」
「葉っぱに止まってるのね・・・葵かしら。徳川系?」
部長が言った。
「まさか。そんなたいそうなモンとは違うじゃろ。ホラ、中は片付けといてもろうとるけん、入りんさいや」
ぐいぐいと木の門を押し、マコはそのまま入って行ってしまった。
「・・・でっかいなぁ。タコさんの家紋ならあたしも欲しいかも」
「いらねぇよそんなモンよぉ」
文句をたれるタコスの荷物を持ちつつ京太郎もあとに続いた。
「何にしても立派なお屋敷ですね。ご親戚の方はどちらでしょうか」和の問いには部長は「こっちは離れらしいから、本宅は奥になるらしいわよ」と言った。
「うぇ! まだ別棟があるんすか!?」
そう考えると恐ろしい広さの屋敷だ。今歩いている庭でさえちょっとした広場くらいはあるだろう。
「マコのご親戚はずっとここに住んでるみたいだから、いわゆる土地持ちなのねきっと。管理するのも大変そうだわ」
とても一人では管理できないだろう。掃除だけでもひと苦労だ。
「おじゃましまーす・・・うわっ」
ひとまず荷物を置くべく、離れの玄関に入った京太郎は突然の異臭に声をあげた。玄関は広い土間になっており、既にそこだけで京太郎の部屋よりも広い。
「どうしたの京ちゃん・・・ん。コレ・・・」
咲も異常を感じたようだ。
日常にない香りに驚きはしたが、それほどキツイ香りではない。どこか懐かしいような、そんな香りだった。
「コレは・・・樟脳ね」部長のつぶやきに「ショウノウ?」とタコスが反応した。この二人ははたから見ると姉妹のように見えるときがある。妙になついている様子が京太郎には微笑ましかった。
「ええ。タンスなんかに入れる・・・ホラ。着物なんかに虫が付かないようにする防虫剤ね」
そう言われれば着物の香りかもしれない。
「どうして家中・・・なんでしょうか」
和がつぶやく。
「さぁ・・・。防虫、じゃないわよね。匂い消しとか・・・かしら」
一同はそのまま、マコが戻ってくるまでの間無言で立ち尽くすことになる。
屋敷の中はややしめった空気がよどんでいて、あわい光がかすかに差し込んでいた。


「長野というと、島崎藤村の・・・」
そう言ったのは、まだ奥様と言うには若く見える婦人だった。名前は竹緒さんという。
「ええ、すこし外れますがそうです」
部長はやはり、こういうとき頼もしい。京太郎はそう思った。マコに通された座敷は京太郎の常識を打ち破る広さで、これは言うまでもなく京太郎以外の者も同様に驚きを隠せていなかった。
コウジモト。
竹緒婦人はみずからをそう紹介した。
「マコちゃんがこうやってまた来てくれるなんてね。想像できんかったわ。染谷の本家はどんな?」
「どんな、言うても変わりはありません。うちはずっとあのまんま。コウジモトのはどんなですか」
そんな、何やら謎の符丁のような会話が繰り広げられた。
それからいくつかの注意事項のようなものを聞き、最後に「また昔みたいになれたらええね」と婦人が言ったとき、マコはなぜか俯いて「ええほんまに」とだけ返した。

「コウジモトってのが名字ですか?」
京太郎の質問にマコは首をふった。
「それは屋号。名字は同じ染谷になるんよ」
「あー。それで先輩のトコが本家で」
とするとマコの実家はもっと豪勢なんだろうか。ガラにもなく興味がわく。
「いや、本来の本家いうのはここなんじゃけどね」
「え?でもさっき先輩に本家がどうとか・・・」
「うちにはね。本家が二つあるんよ・・・一つが長野で、もうひとつがコウジモト」
本家が、二つ。
それはなぜか異様な雰囲気をもった言葉だった。


「タコス投げだじぇー!」
テンション高く叫んだタコスの声と同時に枕がみだれ飛んだ。合宿といえば定番の枕投げだそうで、こういうのは大概運のない者とトロい者にあたると相場がきまっている。つまりは京太郎と咲に命中した。
「ぶふぉ」
「宮永さん大丈夫ですか!? 傷になったら大変です、大至急お風呂に!」
執拗に咲を風呂に誘っている和をみるにつけ、京太郎は複雑な気分になる。
「犬が的にならないから咲ちゃんが痛い目にあうのだ! 情けないじぇ犬!」
「俺のせいかよ! つか犬違うわ!」
「うるさいうるさい! つべこべ言ってると和ちゃんのおっぱいで枕ガトリングするじょ!」タコスの必殺技宣言はすぐさま「できません」という和の一言に否定された。
「え? 原村さんそんなことできるの!?」
「だからできません!」

「いいお湯だったわよー」
貸し切り状態の風呂に行っていた部長とマコが戻ってくる。離れの風呂は構造上、半分露天のようになっていて、それが和をして咲を風呂に行かせようとしている原因だった。なぜかカメラ持参なのは誰もつっこまない。
「はしゃいでる場合じゃないわよ。一応合宿ということで来てるんだから、今日は朝までやるわよ」
部長の声に和が眠そうな声を出す。
「朝までって・・・夜打つんですか?」
「当然。学校の施設なら絶対無理だけどせっかくだからやるわよ徹麻」
「やるって・・・そういえば卓がないですけど」
「それはね・・・」
ビッと部長が指を天に向ける。
「探すのよ!」「探すんですか・・・」思わず情けない声がでた。
「捨ててなければ、どっかにはあるはずじゃけん。みんなで探す予定。なんと手積みじゃ」
マコの声にえーっと言う部員の声が重なった。


「探せって言ってもそんな簡単にみつかるもんかね・・・」
京太郎と咲は二人で屋敷内を散策している。日はもう落ちていたので、早めに見つけて
さっさと開始したいところだったが、勝手のわからない屋敷のこと、そうそう上手くはいかない
のだった。
「むこうは部長と染谷先輩だろ? 真ん中はタコスと和。こっちにあればいいけどな」
『巨』の字型の座敷の、上の棒の部分を京太郎たちは探している。下の棒は部長、真ん中の
部屋はタコスたちが担当だった。
「そういえば、こっちの部屋数は原村さんたちが行ったところより一部屋少ないんだよね」
咲が言う。
「え?」
疑問をはさもうとした京太郎だったが、たしかに一部屋少ない段階で廊下は行き止まってしまった。
「いや、咲、見ろよここ。まだ続きがありそうだ」そう言って壁を叩く京太郎。木の板の向うから
ポコンと空洞のような音が返ってくる音を聞いて咲も「ほんとだ」と叩いてみる。
「おいここ、動きそうだ」
京太郎が壁の隅をずらすと、板戸の一部が微かにスライドした。
「そっか。寄木細工みたいになってるんだよ京ちゃん。ここをこうやって・・・きっとこの板一つ一つが
がカンヌキみたいになってるんだね」
咲はそう言いつつみるみるうちに寄木細工を動かしていく。単なる一枚の板壁だと思っていた
ソレは、実は細かな溝が縦横無尽に彫られており、上下にスライドさせることによってパズルの
ように動くのだった。
「ホラ、これで完成」「すごいなお前。トロいと思ってたのに意外な才能だよ」
咲は得意げに京太郎を見返す。
「おい、これ・・・」
完全に動かし終えた壁の板は、最終的にあの家紋の形を形成していた。
「すごいね・・・隠し扉だったんだ」
咲とともに頷いて、京太郎は扉を押し広げた。
「うわっ! なんだこれ!!」
そこにはもう一枚の壁。正確には両開きの扉があるのだが、明らかに異常な装飾を施されていた。
「なんだろうこれ・・・京ちゃん、ちょっと怖いよ」
脅える咲を後ろに下がらせ、京太郎はその扉を観察した。

天地玄気受福寿光無量
無上霊宝神剣大大加治
天元行体神変通力勝
天地玄妙行神変通力

小さな紙に一行ずつ書かれた、まるでお札のような張り紙が無数に貼り付けられている。10枚や
そこらではない。それこそ数千枚の勢いで、まるで扉を封印するかのように張り巡らされていた。
(やけに古いな・・・いつから貼られてるんだよ。いや・・・これは種類が違う)
その無数のお札のなかで、京太郎はひとつ毛色の違う文面の紙を見つける。
ボロボロの和紙に書かれたソレには「荒神元」とのみ書かれていた。
「あらがみ・・・なんだろうね京ちゃん」
「いや、これは・・・」
続きを言おうとした京太郎は、屋敷の反対側から鋭い悲鳴を聞いた。


「どうしたんですか!」
部長の元に駆けつけた京太郎はそのままツルツルの廊下をすべって派手に転んだ。
「いててて・・・うわぁぁあ!」
ぶつけた頭をさすりながら見上げると、すぐそばにシワだらけの老婆の顔があった。あまりの出来事に
妖怪と呟きそうになる自分をなんとか抑える。

「ホイトノコが、ぎょうさんで何しに来た」

老婆の声はまるで地獄から這い出たような恐ろしさがある。普段落ち着いた部長も夜中にコレを見た
んじゃ大声もだそうというものだ、と京太郎は納得した。見た目で判断するならば100歳はとうに超えて
いそうな雰囲気を持っていた。
「何なんだよアンタ・・・」ひとこと言ってやろうと立ち上がる京太郎は「お婆さま」というマコの声にぎょ
っとして振り向いた。見ると、今にも泣きそうなマコの姿がそこにあった。それはもう普段の不敵な様子
とはまるで違っていて、京太郎は急速に熱が醒めていくのを感じた。
「ミツクチが。戻ってきても何もできりゃぁせんじゃろうが。はよう往んでしまえ」
そういい残して老婆は去っていった。
「婆ぁの啼く夜は恐ろしいじぇ・・・」
「失礼すぎんだろお前・・・。染谷先輩、ホイトってのは・・・」
「・・・乞食のことじゃ。ミツクチ言うんは畜生のことよ。わしが子供の頃はそう呼ばれとった」
「そんな・・・」
京太郎は次の言葉がでてこなかった。
「いいわ。マコ、今日は寝ましょう」
部長はそう言ってマコに寄り添うように歩き。その日は予定を切り上げてみな床につくことになった。

(コウジモト・・・本家はそう呼ばれている。ここは本家だ。染谷先輩の家も本家だと言っていた)
京太郎は誰もいない部屋のでひとり布団に入り思考をめぐらせていた。
コウジモト。
それはここの本家の屋号だという。
そして先ほど、無数にお札が貼ってあった部屋には『荒神元』とあった。
やはりあれはアラガミではなくコウジンモトと読むのだろうか。咲には黙っていたが、京太郎はそのことに
思い当たっていた。
荒ぶる神の元。
やけに不吉なイメージを想起させる名前だ。おそらくは長い年月のあいだで言葉になまりが生じて
コウジモトと呼ばれるようになったのだろう。
(それにしてもあの婆さんは一体・・・)
人のことを浮浪者のように言ったかと思えば、犬畜生のようにマコを罵った。
あまりの出来事で本人には言及できずにいたが、改めて考えてもとんでもない事のように思える。
(昔なにかあったんだろうか)
それはおいそれとは聞けないだろう。
(いや・・・だとしても何でここに来ようと思ったんだろ)
なにやら見えない糸で絡め取られているような、そんな予感がした。


「京ちゃん起きて!」
そう言って咲が京太郎の部屋に入ってきたのは、かなり深夜になってからだった。京太郎は眠い目
を擦りながら「何だ?夜這いか」と場違いなことを言ってみぞおちにキツイ一撃をくらった。
「ててて・・・なんだよ一体」「ひとが死んでるの!」
その一言はあまりに切羽詰った語調で、京太郎の頭から眠気を綺麗サッパリ引き剥がした。
取るものもとりあえず京太郎たちは死体があるという中庭に走る。そこには既に部長、タコス、和の三人
と屋敷の竹緒婦人がいた。
「これは一体・・・」
唖然とする京太郎の目の前には、男の死体が無残にも木に吊るされていた。廊下の明かりに照らされ
わずかに風に揺れる様子は、それがもう既に生命のともし火を持っていないということを如実に物語っていた。
「ひとまず、遺体を降ろしていただけますか・・・今他のものは出払っていて」
京太郎たちは、駆けつけた近所の大人がぶら下がる遺体を降ろすのを、ただ黙って見つめていた。
「誰がこんなことを・・・」
部長が呟く。
「私たちがお風呂に行ったときにはありませんでした。だからこの遺体はそれ以降に吊るされたことになり
ますね・・・下に血溜まりができてることを考えると、他の場所で殺されたということはなさそうです」
「咲・・・」
こんなときによくそんなことが言える。という言葉を、京太郎は我慢した。
「じゃあ、咲ちゃんはあたしたちが寝たあとに誰かがここで殺したって言いたいのか?」
タコスは泣き出しそうな声でそう問うた。
「そうだね優希ちゃん。血液だけあとでまいた可能性もあるから、正確にここが殺害現場と断定することは
できないかもしれないけど、遺体を吊るし上げたのは私たちが寝たあと。竹緒さんは何をされていましたか?」
「私を疑っていらっしゃるんですか・・・」
やや乱れた髪を額口にはりつかせて、竹緒婦人はそう言った。
「私は母と一緒におりましたから、母が証人になると思います」
「ちょ・・・ちょっと待てよ」
慌てて京太郎は間に入る。
「今ここで質問してもどうにもならないだろ。警察を呼ぶのが先なんじゃないのか?」

「駄目なのよ」

今度は部長が間に入った。
「殺された方が私たちを連れてきてくれた船頭さん。この人が定期便で港まで送る役目のひとだったのよ。
昔は沢山いたそうだけど、今はこの人しか船を動かせない」
「電話は!?」「マコが確認してるわ。母屋の電話は使えなかった。近所の人も通じないって言ってるから、
たぶん島の集合線が切られてる可能性がある」
部長の声は鋭い。慌てて京太郎はポケットをまさぐるが、そこに携帯電話はなかった。島に入った時点で電波
が届いていないことを確認済みだったからだ。
「そ、それじゃあ・・・」
「漁業組合の連絡線がくるのが明後日です。それまでは誰もここから出られなくなりました」
竹緒婦人の言葉は、まるで死刑宣告のようにあたりにこだまする。

「ひっ!」

短く悲鳴をあげてタコスが意識を失う。慌てて体をささえた京太郎は今日もっともおぞましい物を見ることになる。
間近で見るその遺体は、肩から上の頭部がまるごと切り取られていた。


「まずいことになったわね・・・」
部員全員で部屋にあつまり、眠ることもできずポツポツと情報を整理している。
マコが確認したところ、島の入り口にある電柱がチェーンソーのようなもので切断され、電話の集合線が断たれて
いたそうだ。そのほか、モーターボートをはじめ港の装備はすべて放流されていた。
これで島の住人は外部からの通信手段をすべて失ったことになる。
「形だけでもアリバイが無いというのが俺だけですか・・・」
就寝時ひとりで過ごしていた京太郎には、いわゆるアリバイというものがなかった。
「まさか俺を疑ったりしませんよね?」
「しないわよ。そのかわり今日から寝るときはロープで手足を縛るから」「疑ってんじゃないですか!」
「そんなことよりも部長」
タコスに付き添っていた咲が戻ってくるなり口を開いた。
「なんであんな死体なんでしょうか・・・」
「何でって・・・なんでかしら」部長はアゴの下に指をあて、うーんと考えていたが、やがて「首なし死体のセオリーかな」
ともらした。
「セオリーって・・・そんなモンがあるんすかね」
京太郎は疑問を挟む。こういうときに女というのは肝がすわっていると感心することしきりだった。
「まずは死体の入れ替わり。頭が無いってことは顔がわからないわけだから・・・つまり殺されているのは船頭さん
じゃなくて別の人かもしれない」
「それは無さそうです。竹緒さんが確認していましたし」
咲の受け答えは堂々たるものだった。
「単純に狂ってるからじゃないすかね・・・」
もう既に京太郎は常識では考えられないと思っていた。
「それは早計だわ。殺すだけなら頭を切り取る必要が無いもの。重労働よアレは。入れ替わりじゃないとすると、
単純に邪魔だから。持ち運びに不便な頭部を切り落とした。頭部が邪魔で・・・いやそれはないわね。咲はどう
思うの?」
私は・・・と、言葉を一瞬飲んで咲は語り始める。

「必要だったから・・・ではないかと思っています」

「宮永・・・さん?」
突然なにを言い出すのかと和がつぶやく。
「原村さん聞いて。人間の体を切るなんて普通はできないよ。ノコギリだってそう簡単には切れないもの。だから
犯人は、部長もさっき言ったとおり、かなりの重労働をして切り取ったってことになる。それはやっぱり、そうしなけれ
ばならなかったんだと思うんだ。狭いスペースでもないから死体を切り取って細かくするなら手足も切ると思う。
じゃあ、なんで頭だけ切り取ったかって考えると・・・」

頭が何かに必要だったから、じゃないかな。

咲は短くそう呟いた。
「誰が!? 何のために? 咲、お前ちょっとおかしいぞっ、いま俺たちでそんなこと話し合っても埒があかない!」
「京ちゃんおちついて」「落ち着いてられるか! 黙ってたって明後日には警察がくるんだぞ!?」
「だってそれまでに誰か死んだらどうするんだよ京ちゃん!」
「あ・・・」
「そう。私たちは考えなくてはならないわ。だってこの島から脱出法がないんだもの。それは同時に」

犯人もまだ居る可能性がある、ということよ。

部長の声を京太郎は遠くで聞いていた。


「九字・・・これは、ヒフミショウモン・・・咲、あなたの言っていたことは案外あたっているかもしれないわ」
部長が綺麗なひたいにシワを寄せて呟いた。
「当って・・・ほしくないものです。京ちゃん。コレ、随分古いよね」
咲は淡々としている。糊付けしてあるお札はすべて、かなり年代モノのようだった。
午前中から昨日の件について話をしているうち、咲といっしょに見つけた隠し扉の件に思い当たったのだ。
部長が興味を示したので案内したところ、壁に貼り付けてある一枚の紙に注目していた。
「ヒフミ・・・なんですかそれ」
「呪文ね。ここに書いてあるのは全部呪文だわ。九字っていう、一般に九文字十文字の、簡単に言うと悪霊
を封じ込めるためのものね」
「悪霊って・・・」
京太郎は絶句する。たしかに禍々しいなにかを感じるたたずまいだ。
「一二三四五六七八九・・・これ確かに九文字ですけど、だたの数字ですよ? 何かに効くんですかね」
「数字は魔術の基本だわよ」
笑って部長は手を振った。その意味するところは京太郎にはわからない。
「そうだ。部長、コレ見てください」
京太郎はお札の中の一枚、先日見つけた「荒神元」というものを指し示した。
「コウジン・・・これって『コウジモト』ってことかしらね」
「で、それが一体なんになるんです?」
イマイチはっきりしない。京太郎と咲は首をひねっていた。
「え? 何って・・・そっかそういうことか・・・だんだん読めてきたわ」
突然部長は何かを思いついたようにひとりごちた。
「宮永さん! 大変ですっ」
京太郎がさらに質問しようとすると、こんどは廊下のむこうから和の叫び声が聞こえた。
「和、どうしたの? そんなに走って」
息をきらせて走りよる和を見て、今度は部長が首をひねる。確かにいつもの和はそこまで騒がしく動くことはない。
「それが・・・・・また死体が・・」
「なんだって!」
おもわず京太郎は大声をだす。昨日の今日でまた殺人・・・。不吉にも程があるとは思いはしたが、昨日殺された
とすれば京太郎のアリバイは成立していることになる。昨夜部長は本気で京太郎の手足を縛って同室で寝た
からだ。もっとも、命の心配というよりも女だらけの部屋で男が寝るのは困る、ということらしい。
「あの・・・お婆さんが」
和の言葉をそこまで聴くと咲はまっさきに走って行ってしまった。
「あいつ・・・やけに元気だな」
正直な感想だった。
「宮永さん。心配です」
和も、いつもと違う咲の様子に戸惑っているようだ。
「心配ないじぇ。咲ちゃんは巷で有名な麻雀探偵なのだ。彼女の行く先々では毎夜毎晩不幸な事件が続くと
言う・・・咲ちゃん、恐ろしい子・・・」
「嘘つけ初めて聞いたわっ。あいつを拘束したほうがいいんじゃないか・・・」
拘束、という言葉でなぜか和が頬を赤らめたのを京太郎は見逃さなかった。
「私たちも行きましょう。また・・・同じような死体なのかしら」
部長の心配は見事に的中することとなる。

京太郎たちが見た老婆の死体は、こんどは肩まで地中に埋められて首を切り落とされていた。


「染谷先輩」
月明かりの下、京太郎は広い屋敷の廊下をあるくマコを見つける。そこは中庭に続く渡り廊下で、
太鼓橋のようにややループがかかった細い橋の上だった。
「京太郎か。みんなはどうしたん?」
「風呂です。先輩は、何か知っているんじゃないですか?」
それは誰もが言い出せず、同時に誰もが避けていた話題だった。つねに事件の中心にいるはず
の彼女は、しかし殺害現場にはあまり近寄らずに話題として上ることも避けている。
「わしは──知っとるんじゃろうな。まだ確信はないけど・・・こんなことになるなら来るんじゃなかった」
「そんな。僕らは別に」
気にしていないというのは嘘だった。
「ここの家には本家が二つある。長野の染谷がひとつ、それからコウジモトの染谷がひとつ。両方
とも本家じゃけど、コウジモトは違うんよ。コウジモトにはな――」

──神様が、おるんよ。

マコの表情は陰になってうまく伺えない。京太郎はそこに得体の知れない人物がいるかのような
幻想を見た。それはいままで知っている学校の先輩とはまるで別人だった。
「神様って・・・」
「荒神、言うのは酷う恐ろしい神様のこと。祀る人間がおらんと荒れて、怒りんさる。コウジモトの本家は
その神様を祀る巫女の家なんよ」
「巫女――ですか」
「そう。私も子供のころの一時期はここに預けられてサイイン、言うお役目になったんよ。親元を離れる
わけじゃけん、辛かったけどコウジモトの本家の姉さんに可愛がってもろうて、今から思えば楽しかった。
当時は麻雀も内地から人がわざわざやりにくるほど人気で、サイインはその相手をするのが役目じゃった
んよ。子供の頃のわたしは──」
なんも知らんかった。
マコの声は小さく、細く、過ぎ去った時間の長さをたどるように辺りに流れた。
「お姉さんがいたんですか?」
「ここの娘さんがおってね。私と同じ年。今はおらんけど、みんなでよう遊んだわ。わらべ歌なんか歌って、
あんなことがあるまではずっとこうしていられると思っとった」
「あんなこと?」「京太郎!」
ぐい、とマコは京太郎に近づき、顔をよせて小さく耳打ちした。
「あんたらは逃げんさい。ボートが隠してあるけん。それで──」
「な、何言ってるんすか!? できるわけないじゃないですか!」
「じゃけど、ここにおったら駄目よ!」
「逃げません!」
「京太郎!」
「逃げないで、一緒に帰りましょう・・・俺たちはまだやらなきゃいけないことがあるでしょう」
風が吹いた。
潮のかおりを少しはらんだ香りがだたよう。
中庭の木々がさらさらと音をたて、月明かりのなかで二人は無言で見詰め合っていた。
「わしにだってやることがある。みんなには見て欲しゅうないんよ。あんた──」

死んでしまうよ。

マコはそう言って廊下をあとにした。


「オチウドってなんだ? のどちゃん」
タコスが間の抜けた声を出す。
「落人です。源氏と平家って、学校で習いましたよね?」
和が言う。たしか古典の時間かなにかで習った記憶がある。
「源平合戦・・・だっけか?」京太郎の言葉に「はい」と和は頷いた。
「それがどう関係するんだ?」
「私が思い出したのは平家物語です。それで調べてみたんですけど、いくつか気になるところがあって、
ここは瀬戸内だから・・・」
「壇ノ浦ね」部長があとに続けてそう言った。
「そうです」
「壇ノ浦・・・」
咲とタコスの頭の上に『?』マークが点滅している。この部分は京太郎もすこし知識があったので解説した。
「大昔の合戦の名前だな。壇ノ浦の合戦。源氏と平家が争って、最終的に・・・山口県だっけか? 壇ノ浦
まで勝負がもつれこんだ。平氏最後の戦の場だった・・・はずだ。それがどうしたんだ?」
「ええ。その戦いのあと、敗戦した平氏は各地に散り散りになって、瀬戸内を転々んとしたという逸話がある
んです。だから四国や山口広島あたりは平氏の落人と呼ばれるひとたちが作った村が点在する」
「和は、その集落のひとつがここじゃないかと言いたいわけね。根拠は?」
部長は楽しそうにしている。
「家紋です」
「イーソウ?」
咲が言う。
「ええ。あれは蝶だと言っていましたよね。平氏の家紋には蝶が意匠されているものがあると聞きます」
「その話はわしも聞いたことがあるわ。この島には落人の墓みたいなのもあるらしい」
黙って聞いていたマコがそう付け加えた。
「そっか・・・本家が二つってのは、そういうことなのかしら。平家物語ではその後の平氏の細かい部分までは
描写されていないわ。幼い安徳天皇を抱えた乳母は負け戦が決定した船の上で入水自殺を図った。
我が身は女なりともかたきの手にはかかるまじ極楽浄土とて、めでたき処に具し参らせさぶろうぞ──か」
部長が一節をそのまま暗唱した。
「うーん。じゃあ染谷先輩のおうちはかなり由緒正しいのかもしれませんね」
咲が言う。
「いいや、うちの家は長野の染谷じゃけん、こことは違うはずよ。本家は本家。うちはうち」
そういうものだろうか、と京太郎は思った。しかしマコの家もそう言う意味では本家のはずだ。たしかに
部長の言う本家が二つというのもうなづけるかもしれない。
「さすがのどちゃんだじぇ! タコ食うか」
岸壁でタコスが拾った(!)タコを調理した足を受け取って、京太郎は口にほうりこんだ。


マコが母屋の手伝いに向かったので京太郎は、先ほど聞いたマコの家のことを全員に話した。
逃げろといわれたことはふせて。
「サイイン? 加茂の齋院のことかしら・・・え?」
ガバリと立ち上がった部長は口に手をあて、しばらくうろうろと歩き回ったあと「そういうことか」と
呟いた。
「な、なんすか?」
「いや、待てよ。それでも動機が見つからないわ。とすると動機はまた別のところにある。だから
ひふみ唱文か。流れ流れて結びついたと考える・・・それで? 京太郎くん! マコは子供の頃
ここで麻雀をしたって言ったのよね!?」
「はい、言ってましたけど・・・」
「麻雀。麻雀・・・それって麻雀だったのかしら・・・いや、それよりも・・・」
ドカドカと部長はそのまま歩いて部屋を出て行ってしまった。部員も全員であとに続く。行き着いた先
はあの、咲が発見した隠し扉だった。
「またここですか・・・私ここはなんだか嫌な気分になります」
和が言う。部長はそれにかまわずに独り言をぶつぶつと呟いていた。
「悪霊を祓う。とんでもない。加茂の齋院なら話がまったく違うことになる。ならば──」

──ここには、一体なにが居るのよ。

恐ろしいものでも見るように、部長はそう呟いた。


「なんの御用でしょう・・・」
竹緒婦人が京太郎たちの部屋をおとずれたとき、既に日付は変わっていた。夜半より降りはじめた雨は、
瓦屋根を激しく叩いて徐々に強くなっていった。
「明日警察が来る前にはっきりさせておきたかったのでご足労願いました」
咲が立ち上がって婦人を招き入れる。
「込み入った話になるので染谷先輩とタコスは席をはずしてもらっています。最初に質問させていただき
たいのは、最初に殺人が起こったとき、竹緒さんはなにをやっていたかということです」
「ですから、私は母とおりましたと──」
「そうです。貴女はそうおっしゃった。当時、ここにいる京ちゃんは一人寂しく寝ていたのでちょうど
アリバイがありませんでした。しかし遺体を調べていて妙なことに気が付いたんです」
「妙な──こと」
まず最初に死後硬直についてお話しましょう。と咲は言った。
風が障子を叩き、うすぐらい部屋の中でオレンジ色の灯りだけがちいさく明滅している。
京太郎はその異常な空間のなかでこれから何がおこるのか、固唾をのんで見守っていた。
「死後硬直、という言葉があります。読んで字の如く、死後人体が硬直していくという現象のことです。
これは死後、人体への酸素供給が停止して代謝が阻害されるからで、そのままにしておくと筋肉中の
たんぱく質が強固に結合することになりますが──」
そこまでで一度くぎり、咲はぐるりとあたりを見回した。
バチリ。 雷鳴とともに部屋の明かりが消えた。
「停電・・・」
和がつぶやく。しゅっという、小さな音とともに蝋燭に火が入れられた。咲はそれを持ってゆっくりと歩く。
ちいさな灯りが皆の影をゆらし、車座ですわる一同の顔を照らした。
「──筋肉に乳酸がたまるのがだいたい2時間ほど。ここで死後硬直は完成します。その後数時間を
かけてゆっくりと硬直は弱まり──」
「待ってください」
竹緒婦人が声をあげた。
「それが・・・そのことが私と何の関係があるのでしょう」
「話はまだ続きます。硬直は一日から二日で解けはじめ──これを解硬といいますが、三日ほどで完全
に死後硬直は無効化します。ここで今回の件にあてはめると、妙なことになります」
「な、なんだよ・・・」
京太郎はのどが激しく乾くのを感じた。
「二人目の犠牲者である大奥様が亡くなったときの遺体です」
遺体。
土に埋まって首が無かった。
「あれを掘り出すときにどのくらいかかったでしょう。深くまで埋まっていたので、1時間ではきかなかった。
そうすると死後どのくらい絶っていたかを考えれば、十分に死後硬直がはじまっていい時間でした。
ところが、掘り出された遺体は硬直がなかった」
「なかった、のか」京太郎のひとりごとに「ええ。宮永さんと調べました」と和が応えた。
「完全に解けていたんだよ京ちゃん。そうするとおかしなことになる」
「なにが──でしょう」
竹緒婦人が言う。
「ご存知のはずです。死後硬直が3日で解けるのならば、大奥様が殺されたのは最初の犠牲者よりも
前の段階だという事になる。貴女は最初の事件のとき、私たちになんと言いましたか」

──私は、母とおりましたから。

「そうだ! そう言って──おい、それじゃあ」
「そうだよ京ちゃん。この人がそう言ったとき、すでに大奥様は殺されていたことになる。竹緒さん、
貴女はなぜそんな嘘をついたんですか?」
皆の視線が一同に夫人に集まる。
部屋の隅にすわったその人は、頭をふかく垂れて顔色をうかがうことは出来なかった。ただオレンジ
色のあかりに照らされてそこに座っていた。

「それは──私が殺したからです」

雨音が急に強くなった。
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