「京太郎!一緒に帰ろう!」

部活が終わり、一同が帰り支度を始めようと椅子から立ち上がったところでやたらと元気のいい声が部室に響き、
同時に京太郎の右腕に温かな感触とわずかな重みがかかった。
京太郎が驚きと既視感とともにそちらに顔を向けると穏乃がニコニコしながら腕を抱きしめている。

「俺は本と牌譜の整理があるから…」

「じゃあ待ってるね!」

「先に帰ってろ」という言葉を京太郎が口に出すより早く穏乃の言葉が割り込む。
出鼻をくじかれ、言うタイミングを失った言葉を飲み込みながら京太郎が助けを求めるように周りを見渡す。
しかし、先輩の玄と宥、灼はどころか穏乃の親友である憧までが温かい眼差しでこっちを見ていた。

(またか…)

…そう、『また』なのだ。
ここ最近、なぜか穏乃がやたらと京太郎に構いたがるのだが、そのたびに皆があの眼差しを二人に送ってくる。
意味はよくつかめなかったが京太郎にとってあまり清々しいものではない。
ギャグではなく。
そのうえ、あの眼をしている時の仲間達は決して京太郎を助けてはくれない。
今までの経験からそれを京太郎は嫌でも理解した。

(…仕方ないな)

仲間の助けを諦めた京太郎は仕方なく自分で説得しようと楽しそうに笑う穏乃に向きなおる。
心優しく世話焼きの京太郎にとって目をきらきらと輝かせて返答を待つ少女に拒絶の言葉をかけるのはつらく、胸が痛む。
だが言わなければならない。
京太郎は意を決して穏乃の視線に目を合わせ…

「…わかった」

京太郎は諦めと了承の言葉を発したのだった。




「終わった?」

穏乃が聞く。

「…まだ」

京太郎が答える。
皆が帰り、二人だけになった静かな部室で京太郎と穏乃の声だけが響く。
もう何度目になるかわからない。
京太郎の作業の手が止まるたびに繰り返される問答。
部活終了からそれなりの時間がたった。
にもかかわらず京太郎は未だ本と牌譜を整理し、穏乃はその様子をやはりニコニコしながら見守っている。
整理といっても京太郎が勉強のために広げた麻雀教本や牌譜を戻すだけなのでそう手間のかかるものではないのだが、
京太郎は時折、穏乃のほうをちらりと見ては居心地悪そうに作業に戻るを繰り返していたため手間以上の時間がかかっていた。

(やりづらい、みんな俺のことを見捨てやがって…それに、穏乃はなんであんな楽しそうなんだ?)

(…ってか、穏乃のやつ、最近なんでこんなに俺に構いたがるんだ?)

心の中で仲間達や穏乃にそんな愚痴にもならない愚痴と疑問をこぼしながら京太郎は作業を進めていく。
ここで勘違いしてはいけない、京太郎はこんなことを言っているが決して穏乃のことが嫌いではない。
小さく可愛らしいさながら小動物のような愛らしさを持つ穏乃をむしろ好ましく思っている。
そんな少女とコミュニケーションをとるのは京太郎としてもやぶさかでない。
一緒に帰るのを断ろうとしたのも理由は帰る時間が遅くなる穏乃のことを心配してのものであり、
本来ならば快く了承しているところだ。
しかしながら京太郎は居心地悪そうにしている。
理由は単純、『近い』のである。
何がではない。
純粋に、物理的に、ただ単に距離が近いのだ。
先ほどは説明しなかったが、穏乃は「終わった?」と京太郎に聞くたびその腕に抱きついている。
なにもこれは今だけではない。
最近の穏乃は京太郎に話しかけるたびに袖をつまんだり、手を握ったり、腕をハグしたり、京太郎をハグしているのである。
友達同士でも近すぎる距離。
男女であればなおさらだろう。




京太郎は大きなおもちが好きだ。
だが、京太郎は普通の男子高校生であり、悟りも開いていないしましてや仙人でもない。
かわいい女の子からこれだけ親密なスキンシップをとられれば意識してしまうのは当然だろう。
おもちが大きいからと言ってその女性を好きになるわけではないように、
おもちが小さくとも好きにならないわけではないのだ。
それに京太郎は常々おもちの大きさで女性の良し悪しを判断することは男として最低であると考えている。
好きになった女性ならばおもちが小さくとも良いものは良いのだ。
真のおもち好きは紳士である。…話がそれた。
そんな京太郎にとって穏乃の行動は意識せざるを得ないものである。
つまり、京太郎が居心地悪そうにしているのは、ただ単に穏乃のスキンシップに照れているのだ。

(仲良くしてくれんのは嬉しいが仲良くなったらみんなこんな調子じゃ男は勘違いしちまうだろうな…)

京太郎には穏乃のスキンシップに勘違いして玉砕していく男の姿が容易に想像できた。

(正直言って今の穏乃との距離が崩れちまうのはもったいない。けど、このままじゃ女の子として穏乃のためにも良くないし…)

(…ちょっと脅かして意識させてやるか)

穏乃のため、自分のため、そして京太郎の想像の中で玉砕した男のためにもそう決心した京太郎は作戦を立てつつ作業を進めることにした。
目的が定まったためか、整理は京太郎の雑用スキルが遺憾無く発揮され、実にスムーズに進んだ。
全く関係のないことを考えているにもかかわらずである。身に刻まれた技とは恐ろしいものだ。




作業の終わった京太郎が穏乃の方に視線を向けるとすぐさま穏乃と目があった。
穏乃は嬉しそうに笑いながらとてとてという擬音の似合いそうな小走りで京太郎に近づき、京太郎の腕を抱きしめる。

「終わった?」

愛らしく首を傾げながら穏乃が聞く。

(かかったな!)

と心中で叫び、京太郎はでニヤリと笑みを浮かべた。
罠だった。
穏乃の行動を諫めるために穏乃の方から動いてもらう必要があった京太郎はさっきから視線を向けるたびに抱きついてくる穏乃の行動を利用したのだ。

(いくぜ穏乃!!『部室でイケナイ部活動!? 穏乃恥ずかしくて真っ赤になっちゃうの!』作戦開始だ!!)

最低のネーミングだ。
京太郎とてそう思っている。
しかしこれは決してふざけて付けたわけではない。
いくら相手の為とはいえ自分を信頼してくれている相手を脅かすという行為は半端な覚悟ではできない。
この作戦名こそ穏乃の為にゲスな真似だってして見せるという京太郎の決意の表れなのだ。

(まずは作戦1ボディタッチだ!)

(自分から触れるのと相手から触れられるのではまったく違う!過剰なスキンシップの危険性をこれで知らしめるぜ!)

京太郎の手が穏乃の頬へと延び、そして触れる。
頬を選んだのは腕などに比べて触れられる事が少なく、かつ好意のない異性に触れられたら嫌な場所だと京太郎が独自に判断したためだ。
はたして効果はあった。
頬に触れられた穏乃は一瞬驚いた顔をしてすぐにうつむいてしまった。
よほど効果があったのだろう耳まで真っ赤になっている。

(効果抜群だな。穏乃め真赤になってうつむいちまった…)

(だが、今の修羅と化した俺はここでやめたりしないぜ!)

(次は作戦2精神攻撃だ!!)

そう心の中でつぶやき、うつむいた状態の穏乃の耳元に顔を近づける京太郎。

「二人っきりだな…」

「誰もいない部室に二人っきりになるってことはそういうことだよな?」


穏乃の耳元で囁くように問いかける。
いくら穏乃が純真とはいえこの状況でこの問いならば意味も理解できるだろう。
京太郎の吐息を感じたのか、穏乃は一瞬ぴくりと反応し京太郎を上目づかいで見つめてくる。
恐怖からか、嫌悪感からか京太郎には定かではないが京太郎の腕をつかむ穏乃の手にぎゅっと力が入った。

(くそっ!胃が痛くなってきやがった。でもこれも穏乃の為だ!俺は最後までやり遂げるぜ!)

(ラスト!作戦3!無理やりキスだぁっ!!!)

いくら元気娘の穏乃とはいえ男の腕力には勝てない。
ましてや京太郎は元々アウトドア派である。
インドアの部活に入った現在ですら雑用やら穏乃に付き合っての山登りやら旅館の手伝いやらで無駄に鍛えられている。
麻雀部なのに腹筋だって割れているし身長2メートル近い女性であろうと軽々とお姫様だっこできてしまうのだ。
そんなたくましい腕を細く小さな穏乃の腰へと回す。

「いままでだって抱きついてきたりしたのは穏乃だろ?」

抱きしめるような体勢になりながら上目遣いを続ける穏乃の目を見つめてつぶやく京太郎。
穏乃の体が震えているのが伝わってくる。
京太郎の心に申し訳なさが音をたてて湧きだしてくる。

(全部終わったら土下座しよう!)

京太郎の心に新たな決意が固まった。

(そのためには全部終わらせなくちゃな!)

湧き出す申し訳なさを抑え、京太郎の手が穏乃の顎へとそえられ、ついと穏乃の顔を上に向ける。
見つめあう京太郎と穏乃。

「…いいよな?」

問いかける京太郎。
自分が怯えさせてしまった震える穏乃を脳に焼きつけ、心の中で懺悔しながら京太郎は目を閉じる。
京太郎は目を閉じる直前、か細い声で微かに自分の名前が呼ばれた気がした。
ゆっくりと唇が近づき二人の影が重なり…




合わない!!

(流石にマジでキスするのはまずいからな。雰囲気だけ出してネタばらししよう)

そうして目を閉じて何秒たっただろうか。
目を閉じている京太郎に穏乃の顔は見えない。
しかし京太郎は自分の作戦の成功を確信していた。
脳に焼き付けた怯える穏乃の姿、不安そうに自分を見つめる瞳そのすべてが京太郎の作戦が成功していることを物語っていたからだ。
目を開ければ穏乃はきっと泣いているだろう。

(早くネタばらしして謝っちまおう…これ以上は俺がキツい)

耐えきれなくなった京太郎が目を開ける。
穏乃は…泣いていた。

だが様子がおかしい。
怖くて泣いているというふうではない。
いくら京太郎が顎に手をそえ、顔を上げさせたからといって顔を背けることはできるはずなのだ。
にもかかわらず、穏乃は京太郎の方に顔を向け目を閉じている。
穏乃のちいさな唇もよく見れば何かを求めるかのごとく窄まっているように見える。

(これはキス待ち顔というやつじゃないのか!?)

急速に冷静になる京太郎の頭。
冷静になってみれば他にもいくつかの違和感に気付く。
まず京太郎の腕をつかんでいたはずの穏乃の手は京太郎の背中に柔らかく回されている。

(あ、あれ?なんで襲われたのにその襲った奴に抱きついてるんだ?)

そしてなにより

(なんでつま先立ちしてるんだ!?)

身長差のあるカップルがキスするときにおこる必然的な現象つま先立ち。
アニメのキスシーンであれば顔を映さなくともキスしたとわかるアレ。
とはいえ、比較的高身長の京太郎に対し非常に小柄な穏乃では全く届いていないのだが。

(こ、これは、もしかして…)

京太郎の脳裏に恐ろしい結論が浮かぶ。
もしこの推理が当たっていたのなら、取り返しのつかないことをしてしまった。
京太郎の背中に冷や汗がにじむ。
何とか冷静になろうと、自分のくだらない推理を振り払おうと焦る京太郎を追い打つように、ゆるりと穏乃が目を開けた。
ふたたびしばし見つめあう二人。
今度は口を開いたのは穏乃の方だった。

「京太郎ぉ?」

甘えるようなその声に京太郎は答えることができず沈黙する。
京太郎にはなぜこんなにも自分が焦っているのか、穏乃の言葉に怯えているのかわからなかった。
穏乃の口が動き、京太郎の身体が強張る。

「チュウは?」

当初の作戦を外れた、推理通りの言葉。
鈍感な京太郎にもしかと伝わるほどの穏乃の好意を告げるその言葉。
血の気の失せるような冷静さの中、京太郎はようやく自らの失敗を理解した。




穏乃の為といって立てたこの作戦は京太郎の為だった。
自分以外の男と親密にしてほしくなかったのだ。
穏乃を脅かした罪悪感は京太郎に向けたものだった。
大切な人に偽りの言葉を吐く自身を呪っていたのだ。
スキンシップを勘違いしたのは京太郎だった。
そして京太郎の想像の中で穏乃に振られた男は…京太郎だったのだ。

裏があったとはいえ穏乃の為だった。
穏乃のことを思い行動したはずだった。
この愛しい少女を傷つけたくなどなかった。
にもかかわらず京太郎は自身の勝手な思い込みで少女の秘めた思いを知ってしまい、嘘に乗るか、真実を告げるかの最悪の二択を作ってしまった。
ここでこの状況に乗っても何も問題はないかもしれない。
「好きだ」そう一言告げるだけで自分の望み通りになる。
だれも責めはしない。

…だが、京太郎にはそれができなかった。
それは、穏乃に対する罪悪感からかもしれない。
はたまたこんなことをしてしまったことへの責任感からかもしれない。
詳しくは京太郎自身にもわからない。
ただ、京太郎は自分の気持ちを、本当の気持ちを嘘で作られたこの状況で告げたくなかった。
傍から見たら馬鹿だと思われるかもしれない。
どちらにせよ結果は同じなのだから。
真実を告げることで穏乃を傷つけてしまう。
許されないかもしれない。
二度と声を聞くこともできないかもしれない。
それでも京太郎は謝りたかったのだ。

「穏乃」

京太郎が穏やかな声でなだめるように穏乃に声をかける。
それは先ほどまでのすかしたような声とは違う本当にまじめな時に出す声。

「京太郎?」

それを感じ取ったのだろう穏乃も京太郎に視線を向ける。

「実は…」

そして、ゆっくりと京太郎は語りだした。




京太郎は順番に話し始めた。
初めは穏乃の注意を促すためのドッキリだったこと。
穏乃の言葉で自分の気持ちに気付いたこと。
どうしても穏乃に謝りたかったことを話した。
それはまるで教会で神父か神に行う懺悔のようだった。
話を聞いている間中、穏乃はずっと冷静で驚きもせず、泣きもせず、怒りもしない、ただずっと悲しそうだった。
そんな顔にさせてしまった自分が嫌で京太郎は何度も話をやめそうになった。
しかしそのたび自分を奮い立たせ何とか最後まで話し終えた。

「すみませんでした!本当に最低でひどいことをしたと思います!謝って済むとは思ってないです!でも俺、謝らずにはいられなくて…」

「俺は穏乃が本当に…」

…言えなかった。
京太郎は言い訳にしか聞こえない自分の言葉が嫌で仕方なかった。
自分の心の1%も伝わってないのではないかとすら思えた。

(全て始めからやり直したい…)

そんな非現実的な一言を京太郎は心の中でつぶやいた。

「…京太郎」

うつむき震える京太郎に穏乃が声をかける。
名前を呼ばれ、京太郎が顔をあげると、穏乃はさっきと同じように悲しそうな顔で、しかし優しい眼差しで京太郎を見つめていた。

「私の話も聞いてくれる?」

そう問いかける穏乃に京太郎は黙ってうなずく。
穏乃の瞳もまた真剣だった。

「私もね、京太郎に謝らなきゃいけないことあるんだ」

京太郎の頭に疑問符が浮かんだ。
被害者である穏乃が一体何を謝るというのか。

「私も京太郎のこと騙してたんだ…」




「本当は、最初から、京太郎が私に触れてくれた時から京太郎は本気じゃないってわかってた」

「でも、嘘でも、嬉しかった。京太郎が私を見てくれてたから。抑えられなかったんだ」

「それはずっと望んでた京太郎と私の関係だったから」

「この話にのれば、私も嘘をつけば、京太郎とそうなれるっておもったんだ」

穏乃の顔が悲しみでゆがみ涙がこぼれる。
京太郎は直感的に理解した。
穏乃のうかべる悲しみは京太郎が嘘をついたことに対するものではない。
いや、若干はそうかもしれないが。
京太郎と穏乃は同じなのだ。
相手を大切に思っているのに偽りの言葉で思いを告げてしまった。
その自分自身を嘲り、詰り、呪っているのだ。

「…私は京太郎を許すよ。だって、私は京太郎を怒ってない」

「だから」


「もし京太郎が私を許してくれるなら」




「今度は、ううん、今度こそ本当の京太郎の言葉で私に伝えて?」




すでに日が沈み、夜の闇が支配する時間。
街灯に照らされて歩く二人。
面倒くさい二人だった。
正直に一言、自分の気持ちを告げるだけでよかったものを、わざわざ遠回りした結果があれだ。
言い表すなら茶番か喜劇か。
だが結果を見ればあれはあれでよかったのかもしれない。
学校から帰る京太郎と穏乃。
穏乃はいつもどおり京太郎の右腕を抱きしめながら嬉しそうに京太郎を見上げている。
頬もわずかに紅い。
京太郎はそんな穏乃を見下ろしながら恥ずかしそうに、しかし幸せそうに笑っている。
京太郎の右手と穏乃の左手が指をからめ合うようにつながれている。
恋人つなぎだ。
もうわかるだろう。
二人は恋人同士となった。
あのあと京太郎の情熱的な告白は見事に穏乃のハートを射抜いた。
いや、正確には迫る矢に的の方も寄ってきたのだが。
そして二人は鼓動の音さえ聞こえそうな静寂のなか唇を重ねた。
互いの気持ちを確かめあうように何度も。
何度も。
やがて我に返った二人はどちらともなく帰りを切りだし約束通り一緒に家路についたのだ。
ふと京太郎はある疑問を口にした。

「そういえば、よく本気じゃないってわかってたのにあんな可愛い反応できたな」

「かわっ!!?」

とたんに穏乃の顔が真っ赤になる。
京太郎にとっては正直な感想を言っただけなのだが、突然、しかも自分の恥ずかしいさまをほめられた穏乃はたまったものではない。
しかし、この程度でうろたえてはいられない。
京太郎という男はそんなセリフを平気で言ってしまう男なのだ。
天然ジゴロなのだ。
なるべく動揺を隠しながら穏乃は京太郎の問いに口を開いた。

「だって、あんな真剣なかっこいい顔であんな事言われたらドキドキしちゃうよ」

「かっこ!!?」

反撃だった。
恋は盲目。恋する穏乃は京太郎のゲス顔だってカッコよく見えちゃうの…。
というわけではない。
説明していなかったが実際に穏乃を脅かしている時の京太郎はずっとかっこいい顔をしていたのだ。
内心では穏乃に嫌われたくなかった京太郎は無意識に終始キメ顔を維持していたのである。
なものだから穏乃にとっては正直な感想を言っただけなのだが、さしもの天然ジゴロとて突然ほめられればそれは恥ずかしい。
無意識に攻めているだけで攻められるのには弱いのだ。ガラスの剣なのだ。
お互いにお互いを無意識に攻め合っている。実によくできたカップルである。
京太郎は動揺を抑えようと焦りながら軽口を叩こうと口を開け…




「好きなんだもん」

出鼻をくじかれた。
と同時に穏乃の渾身の殺し文句がクロスカウンターのごとく京太郎に突き刺さり、瞬間、京太郎の頭の中が一瞬思考停止した。
しかし、いつまでもこうしてはいられない。
隣で不安そうにこちらを見上げ、返答を求める可愛い彼女に何か言ってやらなければならないのだ。

恥ずかしそうに顔をそらし「俺も」と口を開こうとしたところで京太郎はあることに気づき口を止める。
すっかり忘れていた。
あまりに必死だったためだろうか、京太郎は最も重要なことを失念していた。
京太郎は今の穏乃の言葉でそれをはたと思い出し、再び穏乃に目を向ける。
右腕に抱きつく穏乃は未だ不安そうに京太郎を見上げている。
京太郎は確信した。
今、言うべきだろう。

「言うの忘れてたんだけどさ」

京太郎の目がまっすぐに穏乃を射抜く。





「俺も穏乃が大好きだよ」


言い終わるや否や京太郎の右腕が強く引き寄せられる。
街灯が映し出す二人の影が重なり、より濃くなった。




翌日から二人は周囲が砂糖を吐きそうなほど甘ーいコミュニケーションを繰り返し、
顧問を病院送りにしたのだが…。
それは語らずともよいだろう。

カン