~京太郎~

―― 永水の朝は早い…なんて下らない事を考えるくらい、冗談抜きで早かった。

京太郎「あー」

パタパタと何かが動く足音で俺が目を覚ましたのはまだ五時半だった。
今の時期じゃ日の出があるかどうかさえ定かではないその時間にこの屋敷はもう目覚めている。
それに少なくない驚きと共に納得を覚えた。

京太郎「(巫女さんだものなぁ…)」

別に巫女に対して何かしら強い愛着があったりする訳ではないが、やっぱり巫女さんには朝が早いイメージがある。
禊や朝の掃除などを毎日、欠かさずやっているような…そんな偶像が。
勿論、それが正しいとは俺自身、思っていなかったものの、こうして屋敷が動く様を感じるとやっぱり正しかったのだと思う。

京太郎「(まぁ…何時までもそうやってぼーっとしてられないか…)」

まだ流石に身体に眠気が残っているものの、俺はあくまでお世話になっている身だ。
起きれなかったのならばまだしも、皆が働いている中、二度寝の快楽に負けてしまうのは失礼に当たる。
ましてや、俺だって普段から六時頃には起きてランニングをするようにしているのだ。
それが多少、早まったと思えば、まったく起きれない訳じゃない。

京太郎「よいしょ…って寒いな…」

ぬくぬくとした布団の中から出て真っ先に感じるのは部屋の薄暗さよりも肌寒さだった。
そこそこ高い場所にあるこの屋敷の中は冬目前という事もあってか、凄く寒い。
長野よりもピリリと肌に来るその感覚に俺は思わず小さな声をあげてしまう。
だが、それと同時に少し身が引き締まる感じがするのは、ここが神様のいる場所だからだろうか。


京太郎「(ま…関係ないよな、きっと)」

俺は元々、信心深い方ではないし、ましてや感受性が強い方でもないのだ。
幽霊などをまったく信じていない訳ではないが、これまで一度もそういった不思議体験をした事がない。
例外は俺の持つ能力だが…はたしてアレをそういった枠に入れて良いのか自分でも迷う。

京太郎「(さて…と)」

そんな事を考えながら、俺は背負ってきたリュックから上着を取り出して羽織った。
今流行のヒートテックが寒さが大分、和らげてくれるのを感じながら、俺はそっと襖に手を触れ、そっと開く。

京太郎「うぉ…!」

瞬間、俺を迎えたのは真っ白な霧の世界だった。
まるで異世界に迷い込んだようなその空間に俺は思わず声をあげてしまう。
今まで見たことがないくらい幻想的なその光景に足も止まって、動かなくなってしまったくらいだ。
信心深くないはずの俺が思わず神様の存在を信じてしまうほどの…迫力ある景色に、俺は… ――


小蒔「あれ…須賀さん?」
京太郎「あぁ…おはようございます」

そこで俺に声を掛けてきてくれたのは神代さんだった。
そちらにそっと目をむけば、そこにはもう巫女服に着替えている神代さんの姿がある。
ニコニコと嬉しそうにしているその顔には乱れはなく、髪の毛も既に結われていた。
何時から起きているのかは知らないが、ついさっき起きたばかり…と言う事はまずないだろう。

小蒔「おはようございます。今日も凄い朝霧ですね」
京太郎「あ…これ霧なんですか…」

窓の向こうに見える白くてもやもやとしたそれが霧だと言う事に俺は神代さんに言われてようやく気づいた。
とは言え、俺だって小学校の遠足か何かで山奥の施設に泊まった事くらいある。
朝霧だって見た事があるはずなのに、すぐさま気付けなかったのはどうしてなのか。

小蒔「えぇ。でも、一時間もすれば少しずつ消えていきますよ」
京太郎「一時間かぁ…」

起きてしまった事だし、色々と手伝いをしてからランニングをしようと思ったが、流石にこの霧の中を突っ切る勇気はない。
ましてや、ここは山であり、下手に走り回ろうとすると遭難してしまう可能性だってあるのだ。
それを考えれば一人で動くのは出来ないし、何より昨日、石戸さんが言っていた事も気になる。

京太郎「(神代さんの先導がないと…降りられない…かぁ)」

それが事実かどうかは知らない。
そもそもこの山に男の人が入れないとか、不埒な事を考えると進めなくなるとか、俺はまったく信じていないのだから。
しかし、それでも、石戸さんを含め、他の人がそう信じていると言うのはやっぱり考慮外にする事は出来ない。
正直、それでも半信半疑ではあるが…試す気にもなれないのはこの屋敷が持つ独特の雰囲気と言うか神聖さの所為なのかもしれなかった。

小蒔「どうかしました?」
京太郎「あ…最近、日課にランニングしてるんですが、どうしようかと思いまして…」

つい最近まで雑用一本だった俺にとって、これまでのほほんと生きてきた身体を鍛えるのは急務だった。
何せ、俺は唯一の男手として牌譜や麻雀牌、その他、シートやパソコンなどかさばる荷物を運ばなければいけないのだから。
それを咲たちが手伝ってくれるとは言うものの、男の意地としてあんまり女手は借りたくない。

京太郎「(まぁ…最初こそ部長の「オ・ネ・ガ・イ♥」に騙されてやっていたんだが…)」

とは言え、麻雀初心者の俺でも役に立てている事が嬉しくて、ついつい続けてしまった訳だ。
だが、これまでろくに身体を鍛えて来なかった俺にとって、その作業は決して楽じゃない。
そんな俺を心配してくれる皆に気を遣わせない為に、俺は自分の身体を鍛え始めたのだ。
それは半年経った今でも習慣として残っており、朝はこうやってランニングしないとちゃんと目が覚めた気がしない。

小蒔「ふふ…須賀さんは鍛えてらっしゃるんですね」
京太郎「鍛えていると言っても、身体がだらしなくならない程度のものですけれど」
小蒔「十分、凄いですよ。だって…あんなに胸が硬かったですし」
京太郎「あ…」

ニコリと笑う神代さんの言葉についつい昨夜の柔らかい感触を思い出してしまう。
ふにょりと押し付けられるような女の子らしさに、当時だって強い興奮を覚えていたのだ。
けれど、今はそ昨夜とは違い、抱きついたりしていない所為か、その興奮の歯止めとなるものがない。
理性が放つ静止の声も届かず、俺の下腹部でムクムクと何かが硬くなっていくのを感じた。

小蒔「あ…その…」カァ
京太郎「は…はは…えっと…抱き心地、悪かったですかね?」

勿論、それに気づいた訳ではないのだろう。
ただ、目の前でいきなり顔を赤くする神代さんにドキリとしたものを感じたのは事実だ。
お陰で萎縮した心が興奮に対する抑圧となり、スタンダップしかけた俺の愛棒が沈んでいく。
それでも背中に流れた冷や汗は消えず、俺はぎこちなく冗談を口にした。


小蒔「い、いえ!そんな!寧ろ、とっても良かったです!!」
京太郎「そ、そうですか。それは良かったです」

それがいけなかったと俺が理解したのは真っ赤になった神代さんの言葉を聞いてからだった。
俺の冗談を完全に真に受けているその返事に俺はどうして良いか分からなくなる。
正直、俺は自分の興奮に気付かれていないかにビクビクしていて、神代さんの次の反応を予想するどころじゃなかったのだ。
俺に向かって、ガッツポーズしながら、励ますように言われるだなんてまったく考慮していない。
勿論、その後に何を返せば良いのかなんて考えているはずもなく、俺達の間に気まずい沈黙が流れた。

京太郎「と、ともあれ…まずは色々とお手伝いが必要ですよね?」
小蒔「あ…いえ…お客様にそんな事をさせる訳には…」

そんな沈黙を吹き飛ばすために口にした俺の言葉に神代さんが困ったように返した。
俺としてはお世話になっている『居候』であって、決して『お客様』ではないのだが、やっぱり神代さんにとっては違うらしい。
石戸さんはその辺りの事をちゃんと把握してくれたが、まだ神代さんは納得してくれていないようだ。
そんな彼女に何を言えば良いのか、頭の中をひねりながら、俺はゆっくりと口を開く。

京太郎「俺はほら、今日からお世話になる身ですから」
小蒔「でも…」
京太郎「どの道、これから数日、お世話になるんです。何にも手伝わせて貰えないのは逆に辛いですよ」

俺の言葉に神代さんが考え込むようにして、そっと俯いた。
そこには逡巡の色は少なく、寧ろ吟味しているようなものが強い。
まったく迷っていない訳ではないが、どうやら俺の言葉を受け入れてくれたらしい。

小蒔「じゃあ…私のお手伝いをしてくれますか?ちょっと退屈かもしれないですけど…」
京太郎「えぇ。勿論です」

それに安堵を感じた瞬間、俺の耳に神代さんの提案が届いた。
神代さんの手伝いと言うのが一体、どんな事を指すのかは分からないが、きっと俺にも出来る事なのだろう。
そう思って二つ返事で頷いた俺に神代さんが安心したように笑ってくれる。
ほっとするようなそれに俺は内心、首を傾げた瞬間、神代さんが口を開いた。


小蒔「では、私に着いてきて下さい。色々と運んで貰うものがありますし」
京太郎「了解です」

そう言って歩き出す神代さんの右に並んだ。
そんな俺にチラチラと視線をくれるが、神代さんが何かを言う事はない。
何かを言いたそうなのは確かだが、どうにも決心がつかないようだ。
そんな神代さんにどうしてあげたら良いのか、俺にはまだ判断がつかない。
こっちから話題を振ってあげれば良いのか、それとも黙っていた方が良いのか。
その二択に対して、迷っている間に神代さんはそっと足を止めた。

小蒔「あ、こちらです」
京太郎「ここ?」

神代さんが止まったのは大きな扉の前だった。
部屋の襖とは違い、木で覆われたそれは見るからに物々しかった。
それはその扉に真っ赤な何かで書かれた御札が山ほど貼り付けてあるからなのだろう。
見るからに普通ではないどころか、危険な雰囲気すら感じる。
その奥でかつて殺人事件が起こったと言われても、俺は信じただろう。

京太郎「大丈夫なんですか…?」
小蒔「ふふ…大丈夫ですよ」

その怯えが微かに出てしまった俺の声に神代さんがクスと笑いながら答えてくれた。
それに少しだけ安心した俺の前で神代さんがそっと扉に手を掛ける。
そのまま左右に開こうとするそれに俺も手伝おうと反射的に手を伸ばした。

小蒔「あ、触っちゃダメです」
京太郎「え?」
小蒔「男の人が触っちゃうと神様が怒っちゃうので…」
京太郎「そ、そうですか…」

良く分からないが、この御札が貼ってある所は俺が触っちゃいけない部分らしい。
巫女である神代さんに触れても良いのに、こんな扉一つでどうこう言うのは色々と間違っているような気がしなくもない。
しかし、存在するかも分からないような神様の価値観にどうこう言うほど俺は偉い訳でもなく、また正しい訳でもないのだ。
とりあえず、俺は扉を開くのを手伝う事も出来ない…と言う事を理解しておけば大丈夫だろう。
…駄目だ、そう思うと何か凄い自分が役立たずな気がしてきた…。

小蒔「だ、大丈夫ですよ!後で須賀さんの出番はちゃんとありますから!」

そんな俺の感情を見て取ったのだろう。
神代さんが俺をフォローする言葉を口にしてくれながら、ぐぐっと扉を開いた。
人一人分がようやく通れるような小さな隙間の奥に小さな台に置かれた金色の何かが見える。
50cmくらいの小さなそれは片方が大きく膨れて尖っており、その逆が握りやすいように細くなっていた。
日本史の授業などで資料集に出ていたそれは… ――

京太郎「…剣?」
小蒔「えぇ、そうです。もっとも…祭祀用の模擬刀ですけど」

俺の言葉に嬉しげに付け加える神代さんが中へと踏み入り、それを台ごと持ち上げた。
思ったより軽く持ち上げたその姿を見るに、どうやら模擬刀と言うのは本当らしい。
しかし、どうしてそんなものが神社の、それも半ば封印されるような形であるのかが俺にはまったく理解出来なかった。
ただの模擬刀にしては厳重過ぎる管理だし、曰くつきにしては神代さんの扱いが軽い気がする。

小蒔「はい。これを持ってもらえますか?」
京太郎「了解です」
小蒔「あ…っ」カァ

それでもこうして俺に任された以上、それを粗末に扱う訳にはいかない。
そう思って、そっと伸ばした俺の指先に神代さんの手が触れる。
瞬間、神代さんが可愛らしい声をあげ、顔を赤く染めた。
それに俺の顔も熱くなり、どうして良いか分からなくなる。

京太郎「すみません…」
小蒔「い、いえ…そんな…須賀さんは何も悪く無いですから…」

そう言ってくれるものの、顔が赤くなった神代さんはそっと顔を背けた。
気にしているのは確かだろうが、俺を責めるつもりはないらしい。
それに安堵しながら、俺は手の位置を変え、今度こそちゃんと台を受け取った。
木製のそれは神代さんが軽く持ち上げていたとは思えない程度にはずっしり来るが、決して重い訳じゃない。

京太郎「(にしても…咲相手にはこんな事にはならないんだけどなぁ…)」

今時、中学生カップルでもしないような初々しい反応を見せてしまう自分に微かな驚愕を感じる。
中学時代から俺にとって数少ない女友達であってくれた咲相手に触れたところで、俺はこんな反応を見せる事はない。
いや、咲だけじゃなく、きっと他の誰でも、多少、気まずくなる事はあれど、赤くなるまではいかないはずだ。
それなのに、こんなに過剰な反応を見せてしまうのは相手が神代さんだからか、或いはその反応が移ってしまった所為か。
どちらなのかは自分でもまったく分からず、俺は胸中で首を傾げた。

小蒔「あ、後、これもお願いしますね」

俺がそんな事を考えている間に、神代さんが台の上に小さな銅鏡と数珠つなぎになった勾玉を置く。
そこまで来れば俺にだってそれらが何をモチーフにされているかの察しがつく。
古今東西RPGなどでも良く登場する日本神話の神具。
所謂…三種の神器が俺の手の上にあった。

京太郎「うぉー…」

勿論、それは決して本物ではなく、ただの模倣品に過ぎない。
本物はきっと正倉院とかそういう場所で厳重に管理されているのだろう。
だが、それでもRPGなどで主人公が使う武器が自分の手の中にあると思うと凄い感慨深いものがあった。

小蒔「ふふ…」
京太郎「あー…すみません。子どもっぽいところ見せちゃって」

思わず感動の声を漏らしてしまった俺に神代さんが微笑ましそうに笑った。
それが決して悪いものではないと分かりながらも謝ってしまったのは、バツが悪かったからである。
別に今さら、格好つけようだなんて思っていないが、流石にアレは子どもっぽ過ぎる。
正直、咲の事を笑えないくらいの失態だったと自分で思うくらいだ。

小蒔「そんな事ないですよ。とても可愛らしかったです」
京太郎「う…忘れてください…」

けれど、そんな俺の心の機微を神代さんは分かってくれないのだろう。
にこやかに言うその言葉が俺の羞恥心をグリグリと刺激し、顔の熱を強くした。
可愛いと言われてもくすぐったいなのに、さっきの失態を指されていると思うと恥ずかしさも二倍である。
しかも、こうして三種の神器(レプリカ)が乗っている台を持っている以上、逃げる事も顔を隠す事も出来ないというのがまた辛い。

小蒔「んー…それじゃあ、クイズをしましょうか」
京太郎「クイズですか?」

そんな俺の前で振り返って扉を閉めた後、神代さんがそんな言葉を口にする。
とは言え、俺はどれだけ贔屓目に見ても知識量がある方じゃないし、巫女である神代さんと知識の分野はかけ離れているのだ。
ぶっちゃけた話、クイズと言っても俺に勝算はまったくない。

小蒔「正解したらさっきの事を忘れるかもしれませんよ?」
京太郎「全力で頑張らせて頂きます!」キリッ

それでもさっきの事を忘れてくれると言われれば、あっさりと食いついてしまう。
俺にとってはそれほどさっきの醜態は恥ずかしく、そして、忘れてほしい事だったのだ。
そんな俺に対して神代さんがまた微笑ましそうに笑っているけれど、今は気にしてはいられない。
それよりもこれから来るであろう問題に備える方が俺にとっては大きな事だった。

小蒔「じゃあ、問題です。今、須賀さんの手にある三種の神器。その本物は何処から来たでしょう?」
京太郎「えー…っと…」

日本史などでその存在などは知っているものの、ぶっちゃけその由来なんか分からない。
だが、それ以上に神代さんが本気で俺にとって分からないような問題を出すとは思えないのだ。
恐らく、今までの会話の中にヒントがあり、考えれば分かる程度の問いを放ってくれている。
そう信じる俺はゆっくりと歩き出す神代さんの横に立って、首を捻った。

京太郎「(神器って言うくらいなんだから…それはきっと神様のものなんだよな…)」

天叢雲剣、八尺瓊勾玉、そして八咫鏡。
この内、天叢雲剣が後に草薙剣と呼ばれる事くらいは俺にも分かっている。
そして、それが日本神話に語られるヤマタノオロチの尾から出て来た事も。
これから察するに…三種の神器は人間が作ったものではない事だけは確かだ。
つまり作ったのは恐らく神様であり、そして地上へと来たのもそこからなのだろう。

京太郎「神様の所…とかですか?」
小蒔「正解です♪」
京太郎「おー…っ!!」

恐る恐ると尋ねるように答えた俺の言葉に神代さんが優しい声で正解をくれた。
それに思わず声をあげながら、背筋を震えさせたのは俺が辿り着いたルートが決して間違いではないと感じたからである。
まぁ、具体的な場所を言わず、『神様の所』という何とも曖昧で広義な答え方をしたものの、それを突っ込まれなかったのだから俺の勝ちだ。

小蒔「より正確に言うなら天津神が作ったものが二種、地上にあったのを見つけたのが一種ですけどね」
京太郎「え…天叢雲剣って神様が作ったんじゃないんですか?」
小蒔「いえ、アレは須佐之男命が見つけた後、天照大神へと献上されたんですよ。つまり製造に神様は携わっていません」

しかし、その喜びも補足する神代さんの言葉に少しずつ萎んでいく。
俺が正解ヘの足がかりとしたそれはまったくの間違いであり、覚え違いであったのだから。
クイズなので正解こそ頂けたものの、これがテストか何かであれば△で減点されていた事だろう。


小蒔「じゃあ、次の問題です」
京太郎「えっ」

だが、それに打ちひしがれる暇もなく、神代さんの口から次の言葉が放たれる。
てっきり一問で終了だと思っていた俺はそれに驚きの声を返し、神代さんの顔を見つめた。
それにニコリと悪戯っぽそうに返しながら、神代さんがそっと唇を動かした。

小蒔「三種の神器は須賀さんの言う神様のところ…所謂、高天原から地上の何処へやって来たでしょう?」
京太郎「え、えぇぇ…」

正直、それは俺にとって難易度が高すぎる問題だった。
巫女としてそう言った事に造詣が深い神代さんにとっては常識なのかもしれないが、俺にはまったく検討もつかない。
精々が昔の都であった奈良や京都、或いはかつて邪馬台国があった場所なのではないかという推測が出るくらいだ。
しかし、三種の神器が降りてきた時期がどれほどの昔か分からない俺にとって、その三つのどれかに絞る事も出来ない。

京太郎「ヒントを…ヒントをお願いします…!」
小蒔「ふふ…どうしましょうか」
京太郎「じ、神代さぁん…」

そんな俺が情けなくヒントを求めるものの、神代さんはそれを取り合ってくれなかった。
寧ろ、悪戯っぽいその笑みを深くして、俺に笑いかけてくれる。
純真そのものの神代さんが浮かべるその表情は間違いなく魅力的でドキッとさせられた。
それに怯んだ瞬間、神代さんがそっとその足を止め、俺へと向き直る。

小蒔「じゃあ…これから…私のこと、見ててくれますか?」
京太郎「え…?」

まるで告白のようなそれに俺の鼓動はさらに強くなった。
ドキドキと跳ねるようなその興奮に俺は一瞬、思考が真っ白になる。
一体、どうしてこのタイミングでそんな事を言うのか。
そう思う他ない、その交換条件に、俺の身体もまた固まり、見つめ合ったまま数秒が流れる。

京太郎「(ま、待て…落ち着け…!!冷静になって考えなおすんだ…)」

そもそもあれだけ恥ずかしがり屋だった神代さんが全く照れていないと言う事がおかしい。
となると、告白めいたセリフではなく、そのままの意味で見ていて欲しいと言う事だ。
ならば、別に恥ずかしがったり、戸惑ったりする必要はない。
神代さんの言う通り、その姿をしっかりと見てあげれば、それで良いのだ。

京太郎「え、えぇ。俺で良ければ」
小蒔「あら、須賀さんが見てくれなきゃダメなんですよ」クスッ
京太郎「こ、光栄です!」

そう自分に言い聞かせながらも、神代さんに応える俺の声は上擦ったものになってしまっていた。
しかし、それも仕方のない事だろう。
だって、これだけ可愛らしい人に『見ていて欲しい』とか『俺じゃなきゃダメだ』なんて事を言われて意識しないなんて不可能なのだから。
きっとどれだけ枯れた爺でも神代さんにこんな事を言われるとドキドキしてしまうだろう。
それほど魅惑的な響きを持つ言葉を健全な男子高校生の俺が聞いて、我慢出来るはずがないのだ。

小蒔「じゃあ…こちらに来てください」

そう言って神代さんがそっと扉を開けば、そこは見るからに荘厳な雰囲気で満たされた空間だった。
木張りの床を露出させたそこは窓はなく、奥へと抜けるように広々としている。
その奥には何やら9つの像があり、何かを祀っている事だけは良く分かった。

小蒔「ここがこのお屋敷の本殿…中心部みたいなものです」
京太郎「へぇ…」

学のない俺には本殿と言う言葉の意味は良く分からないが、何やら重要な場所である事は確かなようだ。
実際、こうして部屋の中に満たされている空気も外のものとは明らかに一線を画している。
鈍い俺でもはっきりと分かるその神聖さに身が引き締まるように感じるくらいだ。

京太郎「(そんな場所に本当に俺なんかが入って良いのか気になるけれど…)」

しかし、巫女である神代さんがこちらに来いと言ったのだ。
ここで下手な嘘を吐く理由はないし、俺が踏み入れても大丈夫な場所なのだろう。
そう自分を励ましながら、俺は先を進む神代さんの背中を追って、足を出す。
瞬間、足の爪先から膝までにビリリとした感覚が走り、俺はその場で固まってしまった。

小蒔「どうしました?」
京太郎「い、いえ…何でもありません」
京太郎「(…あれ?これ、もしかして警戒されてねぇ?)」

そんな俺に対して振り向く神代さんにそう返しながらも、俺の胸中は冷や汗を浮かべた。
別に神様を本気で信じている訳ではないが、ここは神様の膝下の中でも中心部に位置する場所なのである。
そこに足を踏み入れた瞬間、沸き上がってきた寒気とも痺れとも違う感覚。
それに警告めいたものを感じて、俺は思わず顔を引き攣らせた。
とは言え、このままぼぅっとしている訳にもいかず、俺は恐る恐ると足を出す。

京太郎「ほっ…」
小蒔「??」
京太郎「は、ははは…」

しかし、今度はさっきのような感覚は沸き起こらず、普通の冷たい感覚だけが足から伝わってくる。
それに安堵の溜息を吐いた神代さんが振り返りながら、そっと首を傾げるのが分かった。
そんな神代さんにぎこちない笑みを返しながら、俺は足を早めて合流する。

小蒔「では、三方…えっと、その台をここに置いて貰えますか?」
京太郎「はい」

神代さんの指示に従って、俺が台 ―― どうやら三方と言うらしい ―― を置いたのは神像らしきもの並ぶ前だった。
九体並んでいるその像は何かのワンシーンのようではあるが、俺にはそれが良く分からない。
しかし、そこに並ぶ神様の像全てが俺をじっと睨んでいるような気がするのは一体、どうしてなのだろうか。
俺の考えすぎだと思うのだが、さっきから感じる非日常感が『もしかして』という感覚を強く沸き起こらせる。

小蒔「では、最後にあちらの壁に並ぶろうそくに火を点けていってもらえますか?私はこちらの分を担当するので」
京太郎「分かりました」

そんな俺に対して、告げられる次の指示に俺は嬉々として従った。
正直、温和そうな女神像にさえ、値踏みされるように見つめられている現状はかなり居心地が悪いものだったのだ。
それから逃れられるのであれば二つ返事で頷くし、そもそも神代さんを手伝う為に俺はここにいるのである。
拒否する理由など最初からなく、俺は脇に添えられたマッチを使って、一つ一つに火を点けていった。


小蒔「はい。お疲れ様でした」

数分後、俺が二十本以上のろうそくに火を点け終わった頃には神代さんは既に勾玉を身につけ、鏡と剣をその手に持っていた。
流石に慣れているのか俺よりも遥かに早く終わっていたらしい。
俺も最初こそ手間取っていたものの、途中からかなりスピードアップして早くなったつもりだったが、足元にも及んでいなかったようだ。
それに何となく敗北感を感じながらも、それを表に出す事が出来ないのは神代さんの雰囲気がさっきとまるで違うからか。
何処にでも居るような可愛らしい女子学生から…神聖で荘厳な雰囲気を纏わせる姿。
それはろうそくが作り出す神秘的な光景な所為か、或いは神代さんの顔が見たこともないくらい引き締まっている所為なのか。
どちらとも分からない俺の前で、神代さんがそっと口を開いた。

小蒔「それでは…壁際で見ていて貰えますか?」
京太郎「は、はい」

そんな神代さんの指示にそそくさと従って、俺は壁際へと下がり、そっと正座をした。
それを確認した神代さんがそっと像の前で顔を隠すように跪く。
背を折り曲げながらも、頭や手を床には着けない辛く苦しい姿勢。
それに何が始まるのかと俺が思った瞬間、神代さんはゆっくりとその身体を動かし始めた。

京太郎「(それから始まったのは舞だった)」

巫女装束を優雅に揺らし、剣と鏡を流すように舞う神代さんの姿。
それは巫女そのものの雰囲気もあって、この世のものではないように思えた。
緩やかなのに、決して激しい訳じゃないその不思議な動きもその印象を加速させているのだろう。
まるですぐそこの光景が、俺とは別の次元にあるようなそれにキュッと胸の奥が締め付けられるように感じた。


京太郎「(単純に…綺麗なだけじゃない…)」

確かにそうやって舞う神代さんの姿はいっそ儚さを感じられるほど美しいものだった。
だが、俺がそれに引きこまれているのは…きっとそれだけじゃない。
一つ一つの動作に何かしらの意味が込められ、感情を含むストーリー性を、その舞の中に見出したからだ。

小蒔「ふぅ…」
京太郎「…」

そして、舞が終わった頃には俺はもう圧倒されて言葉も出なかった。
ただ、感動しているだけじゃなく、口を出すのも憚れるくらい俺は萎縮している。
それは半信半疑な神様相手じゃなく…目の前の可愛らしい一人の女性に対してだ。
ほんの数十秒前まで神聖さの塊のようであり、神様の化身のようであった神代さんに俺は完全に飲み込まれてしまっている。

小蒔「あの…どうでした?」
京太郎「あ…」

そんな俺に対しておずおずと尋ねてくる神代さんに俺の口はようやく言葉を発した。
もうさっきまでの荘厳な雰囲気はそこにはなく、何時もの神代さんに戻った事が分かったからだろうか。
呼吸すら忘れていたのではないかと思う口が少しずつだが動くようになっていくのを感じた。

京太郎「いや…凄かった…です。何て言うか…圧倒されました…」

勿論、俺だって神社などで巫女さんの舞を見た事はある。
けれど、それらに俺は感動を覚えた事はなく、シャンシャンとなる鈴の音が綺麗だと思ったくらいだ。
しかし…目の前の神代さんのそれは…そんなものとは明らかに違う。
ただただ、ただ剣と鏡を持って、身体を動かしているだけなのに、引きこまれ、そして、圧倒されていくのだから。
それはもう俺の貧弱な語彙では凄かったとしか言いようがなく、そんな自分に情けなさを感じるくらいだ。

小蒔「えへへ…♪それなら良かったです」
小蒔「久しぶりに人前で舞ったので…ちょっぴり不安で…」
京太郎「そうなんですか?」

正直、まったくそうは見えなかった。
立ち振舞から仕草の一つ一つまでが堂々としていて、見ているこちらが飲み込まれたくらいなのだから。
到底、不安だったとは思えず、俺は思わず聞き返してしまう。
そんな俺の前で安堵した笑みを見せながら、そっと神代さんが口を開く。

小蒔「えぇ。まぁ、この舞とはまた違うんですけれど、私が霞ちゃん達以外の前で舞うのは新年の時だけです」
京太郎「へぇ…そんな舞が見れるなんて得した気分になりますね」
小蒔「そうですよ。だって、これ滅多に人前では見せないんですからね」

悪戯っぽいその言葉に内心、ドキリとしてしまう。
勿論、神代さんにそんな意図はないと分かっているのだが、特別扱いされているような気がするのだ。
それだけならまだしも…俺がそれをついつい勘違いして、調子に乗ってしまいそうなのが怖い。
また昨日みたいに調子に乗って、友達宣言した挙句、泣かれるような事にはなりたくないのだ。

京太郎「(正直、今でもちょっとショックを引きずってるくらいだからな…)」

神代さんがどうして泣いたのか、俺には未だ分からない。
俺に抱きついてくれた辺り、決して本心から嫌がっていた訳じゃないのだろう。
…多分、そう信じたい…そうじゃなかったら俺が道化過ぎて死ねる…。
ま、まぁ…つまり、そう思う一方で、神代さんの対応は変わらないし、やっぱり迷惑だっただけじゃないかと思うのだ。
そんな悶々とした気持ちから目を背けられても、決して消す事が出来ない俺にとって、アレはとても苦々しい経験なのである。

小蒔「これ毎朝、神様に対して奉納するだけの舞なので…所謂、簡略式なんです」
小蒔「人前で披露する時はもっと長くて、演奏なんかがついて迫力もあるものなんですよ」
京太郎「なるほど…」

そんな俺の前で神代さんが付け加える補足に俺は思わず頷いた。
確かに舞と言うには演奏もないし、何処か物足りなさもある。
それでもあれほど俺を圧倒した神代さんの凄さが際立つが、それを口にして良いのか俺は迷った。
何せ、昨夜の反応から見るにあまり神代さんは巫女としての自分があまり好きじゃないようなのだから。
そんな神代さんに対して巫女としての姿を褒めて良いのか、正直、判断がつかなかった。

小蒔「それより…分かりました?」
京太郎「え…何がですか?」
小蒔「もう…さっきのクイズですよ」
京太郎「あー…」

あまりにも舞が綺麗すぎて忘れていたが、そう言えばそんな事もやっていた。
しかし、ここでクイズを持ち出すと言うのは…やっぱりさっきの舞がヒントだったという事なのだろうか。
もし、そうだとしたら、さっきの発言の意図もようやく分かってくる。
アレは『これから舞う姿がヒントになるから見ていて欲しい』という事なのだろう。

京太郎「(幽霊の正体見たり枯れ尾花って奴かな…)」

当時はドキマギしていた事も、こうして箱を開けてみればなんてことはないものだったのだ。
それに安堵と共に少なくない落胆を覚えながら、俺はそっと思考に耽る。
流石に舞一つまるごと ―― しかも、参拝客には見せないというオマケ付きだ ―― と言う大きなヒントを貰って不正解にはなりたくない。
ここは神代さんの好意に応える為にも、そしてさっきの失態を取り返す為にも、正解しておきたいところだ。

京太郎「…三種の神器が降りたのは…」
小蒔「降りたのは?」
京太郎「…もしかして、ここなんですか?」

そう思うと色々な事に納得がいく。
ここでわざわざレプリカの神器をあんなに厳重に保管してある理由も、そして毎朝、こうやって神代さんが舞う理由も。
そして何よりあの舞が…何かを導き、そして導かれるような舞がヒントになる理由も説明がつくのだ。
と言うか…俺の頭の中ではそれくらいしか思いつかなかったと言う方が色々と正しい。

小蒔「正解です♪もうちょっと補足するとこの先にある高千穂峰に降りた天孫様が持っていたものなんですけどね」
京太郎「天孫様?」
小蒔「天照大神から見て、二代後の瓊々杵命の事をそう呼ぶんです」
京太郎「なるほど…」

日本神話に疎い俺でも知っている天照大神の名前に何やら感慨深いものを感じる。
流石にニニギノミコト…とか言う神様の事は具体的には知らないが、日本神話の頂点にいる女神の親族と思えば何やら凄く思えた。
何より、そんな神様が降りてきたこの場所と言うのが凄く神聖に思える…と言うのは少しばかり現金な話だろうか。

京太郎「そう思うとここって凄い場所なんですね」
小蒔「そうですね。実際、今も色々と不思議な事が起こったりするのはきっとその ――」
霞「あれ…姫様?」

そこで聞こえてきた声に俺たちがそちらへと視線を向ければ、開いたままの扉から驚いた顔を見せる石戸さんがいた。
まるで狐につままれたようなそれに俺は申し訳なさを覚える。
朝っぱらから大事にしている神代さんが、まだ良く知らない男と一緒にいるところを見てしまったのだ。
そりゃあ驚くし、困惑だってするだろう。

霞「須賀君まで…もしかして…」
小蒔「えっと…その…」
霞「…もう…本殿は姫様以外あまり入っちゃいけないのに…」
京太郎「えっ」

けれど、そんな石戸さんの言葉に俺もまた驚きの声を返してしまった。
とても大事な場所であるという認識こそあったものの、まさかそこまで厳重な場所だとは思ってもいなかったのである。
これがまだ神代さんとの関係も濃い石戸さんたちならともかく、流石にまったく何の関係もない第三者ともなれば、問題になるだろう。
そう思った瞬間、胸の底から冷たい感覚が湧き起こり、今すぐそこから出なければと脳が訴えた。

京太郎「す、すみません…っ!い、今すぐ出ま…ぬあっ!

しかし、それでも今までずっと足の痺れには勝てなかったらしい。
普段、正座なんて殆どしない俺の足は痺れに痺れて、神経をビリビリと焼いた。
足への司令を全て脱力感へと変えるようなその痺れに立ち上がるつもりであった俺の身体の動きが崩れる。
そのままグラリと倒れ込む俺の前に白い何かがあって…――

小蒔「あ…」カァァ
京太郎「う…」

そのままポスンと音を立て、俺は神代さんの胸の中へと飛び込んでしまう。
のしかかるような俺の体重を神代さんは堪えきってくれたので押し倒すような事にはならなかったものの、それでも今の状態は拙い。
何せ、服越しでもはっきりと感じる柔らかな感覚に俺の顔は包まれているのだから。
自然、ムスコがムクムクと元気になり、欲望が表へと現れようとしてしまう。

霞「すーがーくーん?」
京太郎「す、すみません!!!」

そんな俺を咎めるように口にする石戸さんに応えるものの、膝立ちになった足は痺れて立ち直す事は出来そうにない。
だが、左右へと倒れ込もうにも俺の顔は神代さんのおもちに埋もれて、離れなかった。
右へ移動しても、左に移動しても、ふにょふにょと柔らかな感触が俺の動きを阻むのである。
まさかここに来て大好きなおもちに牙を向かれるとは思っていなかった俺の胸で困惑と欲情が入り混じっていった。

京太郎「あ、あの…神代さん、俺を押しのけて良いですから…その…」
小蒔「で、出来ません、そんなの…」
京太郎「(いや、寧ろやってくれないと困るんですってばああああ!?)」

そっと視線を逸らすように言う神代さんはやっぱり可愛い。
けれど、それ以上に俺の胸を埋め尽くしているのは横から突き刺さる石戸さんの強い視線だ。
まるで突き刺さるように感じるそれは最早、警告を超えて、実力排除の領域に近づきつつあることを俺に教える。
それからなんとか逃げようとしても、足の痺れた俺ではこの柔らかな感触から離れる事は出来ず、神代さんに何とかしてもらう他ないのだ。

小蒔「えっと…その…うあう…」マッカ
京太郎「はぅあ!?」

しかし、少しずつ顔が真っ赤に染まり、その言葉が不明瞭になっていく神代さんを見るにそれを期待するのは無理そうだった。
寧ろ、バランスが崩れそうな俺を反射的に支えようとしてくれているのか、その腕が俺の首筋へと回る。
そのままぎゅっと俺を抱き寄せるようなそれに俺の顔がさらにおもちへと埋まり、息すら苦しくなっていく。

京太郎「…石戸さぁん…」
霞「はいはい…もう…分かったから…」

そんな俺があげた情けない声に石戸さんは一つため息を吐きながら、そっと一礼した。
正面の像に立ち入る事を謝罪するようなそれは、さっきの石戸さんの言葉が決して嘘ではない事を俺に伝える。
やっぱりここはこの屋敷にとって重要な場所であり、石戸さんほどの人でもおいそれと立ち入ってはいけない場所なのだろう。
そんな場所にどうして神代さんが俺を招いてくれたのかは分からないが、とりあえず…お説教くらいで済めば良いなぁ…。

霞「ほら、小蒔ちゃん。須賀君を離したげて」
小蒔「ふあ…あ…」ギュッ
京太郎「うぷっ」

恐る恐ると近づいてきた石戸さんの言葉に、神代さんは寧ろ反抗するように腕の力を強める。
まるで俺を手放したくないと言わんばかりのそれに俺の視界すら塞がれて、一体、どうなっているのか分からない。
今の俺に分かるのはドクドクと耳の裏で鳴っている鼓動が、神代さんのものである事と、その胸の谷間から立ち上る甘い体臭だけなのだ。

京太郎「(やばい…やばいやばいやばいやばいやばいって…っ!!)」

一層、広がる魅惑的な感覚に俺のムスコが本格的な勃起を始めてしまった。
ムクムクと持ち上がるそれは下着の布地をグイグイと引っ張り始めている。
それがどれほどのものかは見る事が出来ないから分からないが、外から判別出来てもおかしくはないレベルだろう。
それに理性が強く危機を訴えるが俺の本能は聞いてはくれない。
寧ろ、そのスリルが良いとばかりに大きくなっていくのだ。

霞「…小蒔ちゃん…」
霞「もう…そういうのはダメなんだからね」

そんな俺の耳に少しだけ…ほんの少しだけ悲しそうな石戸さんの声が届いた。
まるで良心の呵責に耐えかねているようなそれに俺は胸中でそっと首を傾げる。
しかし、視界を真っ白な巫女服で封じられた今、答えが出る訳がない。
優しく神代さんの手を取り払い、俺を救出してくれた石戸さんの表情が何時もどおりなのもあって、真実は闇の中だった。

霞「さて…大丈夫?」
京太郎「あはは…その…あんまり大丈夫じゃないかもしれないです」

膝立ちになった俺を見下ろす石戸さんの表情は優しい。
けれど、その視線は決して優しいとは言えないほど冷ややかなものだった。
まるで今にもお説教が始まりそうなそれに思わずぎこちない笑みが漏れる。
とは言え、大丈夫じゃないと答えたのは別に同情心を引く為だけではない。
実際、足の痺れはまだ止まらず、股間の熱もまったく引いていないのだ。
色々な意味で立つ事が出来ない以上、ここは大丈夫と応える事は出来ない。


霞「ふぅ…まぁ…須賀君が悪くはないと分かってるんだけどね…」
京太郎「いや…あの…実際、やらかしちゃったのは事実ですし…」

そんな俺の前でため息を吐きながら、肩を落とす石戸さんに俺はそう応える。
ぶっちゃけさっきのは事故だったとは言え、俺に非がまったく非がないとは言い切れない。
俺がもう少し冷静に自分の状態を顧みる事が出来ていれば、こんなラッキースケベの典型のようなイベントは起こらなかったのだから。
それを思うと石戸さんの前で開き直る事は出来ず、俺は思わずそう口にしていたのだ。

霞「じゃあ、須賀君は責任取れるの?」
京太郎「う…」

だが、切り返すような石戸さんの言葉に俺の言葉は詰まってしまう。
その責任が一体、何を指しているのかは分からないが、俺が思うよりも遥かに重大なものであるのは確かだ。
それに強いプレッシャーを感じた俺には即答が出来ず、逡巡を浮かべてしまう。
そんな自分が情けないと思いつつも、すぐさま答えを出す事が出来ない。

霞「責任を取るつもりはないなら、不用意な事を言うのは止めておきなさい」
京太郎「はい…」

突き放すような冷たい石戸さんの言葉に俺は何の反論もする事は出来なかった。
確かに覚悟もないのに非を認めようとするのはただの不誠実な行為だろう。
いや、不誠実どころか…自分の罪悪感を消そうとするだけの自己中心的なそれに過ぎない。
それを突きつけるような石戸さんの言葉は冷たいが故に正しく…だからこそ、俺はその場で項垂れるしかなかった。


霞「ともかく…詳しい事情は大体、察したから、須賀君はもう部屋に戻っておいて」
京太郎「いや…ですけど…」
霞「…ここはお互い夢にしといた方が良いと思うのよ」

それでも思考がショートして帰ってこない神代さんを放ってはおけない。
そう思った俺の言葉を石戸さんは遮りながら、そう言った。
確かにそうやって何かの夢にしておけば、神代さんが傷つく事はないのかもしれない。
俺が下手に謝罪するよりは…彼女の心を護ってあげられるかもしれない。
俺の自己満足が入る余地のないそれが本当は正しいのかもしれない。

京太郎「(でも…本当にそれで良いのか…?)」

そうやって現実から遠ざけて護るようなそれが本当に神代さんの為になるのだろうか。
勿論…下手に現実を突きつけて、傷つけるよりは遥かにマシなのかもしれない。
だが、人は何時までも子どものままじゃ居られないのだ。
何時までも現実を隠し続ける事なんて出来ないし、何より人は何時か大人にならなければいけないのだから。
それを神代さんも感じているからこそ…ああやって『壁』を感じる事に敏感になっていたのではないだろうか。

京太郎「(勿論、それは俺の推測だ。だけど…)」

俺はまだ神代さんの事を良く知らない。
出会ってまだ一日しか経っていないし、友達であるかどうかさえ曖昧な立ち位置にいるのだから。
そんな俺が神代さんについて誰よりも詳しいであろう石戸さんに説く事が間違いなのだろう。
だけど…俺は昨日、神代さんの心に少しだけ…ほんの少しだけ触れる機会があったのだ。
『壁』を作られ…『姫様』と持ち上げられる事に違和感と疎外感を覚える普通の女の子に…俺は触れていたのである。
それを思えば…石戸さんの言葉を素直に聞き入れる事は出来ず、俺はずっとその場に座り続けた。


霞「…須賀君?」

そんな俺を促すような石戸さんの言葉に俺の心に打算の色が混じる。
ここで下手にゴネるよりは石戸さんに従っておいた方が、後々に有利に働くのだ。
神代さんとの関係はぎくしゃくしないし、何より石戸さんとの関係もこのままで良い。
これからこの屋敷でお世話になる身としてはその二つは到底看過出来ない要素であり…俺の心を怯ませる。

京太郎「分かり…ました」

俺の中に確かにあった『意思』をゴリゴリと削るようなその打算に俺は結局、負けてしまった。
勿論…言い訳だけは俺の中には沢山ある。
ここで石戸さんと教育方針で対立してもそれが聞き入れられる事はまずないだろうし、何より神代さんの本心が分からない。
本当に俺が感じたように過保護にされるのを嫌がっているのかを聞いた訳ではないのだから。
現状では俺の先入観しか根拠がなく、どれだけ意思が固くともそれは勇み足でしかない。
だが、それらはあくまで言い訳なのだ。
俺が自分可愛さに妥協した事実は変わらず、俺の心にズシンと重くのしかかる。

霞「じゃあ、また朝食が出来たら部屋に呼びにいくわね」
京太郎「…はい」

それが俺の身体にも作用したのだろう。
石戸さんが俺の背中にそう言う頃には足の痺れも殆ど取れ、勃起も収まっていた。
それに安堵する暇もなく、逃げるようにそこを後にする俺に自己嫌悪の感情が湧き上がる。

京太郎「(でも…俺にどうしろって言うんだよ…)」

俺はヒーローでも何でもない。
ただちょっとだけおかしな能力を持つだけの普通の男子高校生であり、他人の家庭にまで干渉するような権利などないのだ。
そんな俺が口を出したところで、事態が好転するどころか悪化しかねない。
しかし…そうは分かっていても、心の中のもやもやは晴れず、俺を責め続ける。
それから逃げるように部屋へと戻っても…自己嫌悪はなくならず、俺は一人、ため息を吐いた。



京太郎「(神代さん…どうなっているかな…)」

パジャマから私服に着替え、廊下から朝霧の晴れない庭をぼぉっと見つめる俺にそんな言葉が浮かんだ。
石戸さんがさっきの事を夢だったと誘導するのならば、俺をあそこへ招き入れた事に怒られる事はないだろう。
だが、それでも無理に現実を歪められた神代さんが、どうにかならないとは到底、言い切る事は出来ない。

京太郎「…はぁ」
春「…どうかした?」
京太郎「え…あ…」

ふと問いかけられた声に視線をそちらへと向ければ、そこには滝見さんの姿があった。
昨日、会った時と同じように黒糖の袋を持つその表情は何処か心配そうなものに染まっている。
どうやら俺のため息を聞かれていたらしいそれに俺はどう応えたものか迷ってしまった。

春「…要る?」
京太郎「はは…頂きます」

そんな俺にそっと差し出される黒い塊を俺は受け取った。
恐らく滝見さんなりに俺を励まそうとしてくれているであろう。
それを感じさせる甘いお菓子が胃の中から心に染みこんでいった。
昨夜、食べた時よりも優しいその味は、滝見さんの気遣いが嬉しかったからなのだろう。


京太郎「黒糖、美味しいですね」
春「ん…」

滝見さんはあまり口数が多い方じゃない。
俺の偽りない感想にも嬉しそうに頷くだけで、多くは語らなかった。
けれど、今はその優しさが嬉しい。
自分の中で色々と整理が出来てない以上、ここで色々と突っ込まれても戸惑うだけなのだから。

春「良かった」
京太郎「え…?」
春「…少し表情が明るくなった」

そんな俺に向けて優しく微笑む滝見さんに胸の奥がジィンと熱くなった。
それはきっと普段のぼぉっとしているような顔からは想像も出来ないくらい綺麗な笑みだったから…だけではないのだろう。
その言葉一つから俺を心配し、そして気遣ってくれていた事がありありと伝わってきたからだ。

春「黒糖仲間が落ち込むと悲しい」
京太郎「はは…俺を仲間だって言ってくれるんですね」
春「黒糖美味しいって言ってくれたから…」

そう言って少し目を逸らす滝見さんは見た目通り感情の起伏が少ない人ではないのかもしれない。
いや、寧ろとても情緒豊かで心優しい人なのだろう。
そうやって俺から目を背ける頬は赤く染まり、滝見さんが少なくない羞恥心を感じている事を俺に教えてくれるのだから。



春「だから、私は何時でも須賀君の力になる…」
京太郎「…有難うございます」ペコリ

そのまま目を背けたまま、ポツリと呟く滝見さんの言葉に俺は小さく頭を下げた。
まだこの屋敷に来たばかりの俺にとって、そこまで言ってくれる滝見さんの言葉は嬉しくて仕方がない。
気が緩んでいる時であれば…正直、涙が出そうなくらいだ。

京太郎「でも、今は大丈夫です」
春「…本当?」
京太郎「えぇ。黒糖パワーで元気が出ましたから」

でも、だからと言って、今の俺は滝見さんに頼る訳にはいかない。
俺が抱いているそれはまだ朧気なもので、確実ではないのだから。
俺が本当の意味で行動するのは、神代さんの本心を聞いてからで良い。
そして…その為に俺がするべきは神代さんと仲良くなって、その心を聞かせて貰えるようになる事だ。
それが俺に出来る唯一の償いなのだろう。

京太郎「全部、滝見さんのお陰です。本当に有難うございました!」
春「…お礼は要らない」

そう思えたのも全て滝見さんがくれた黒糖と優しさのお陰だ。
それを頭を下げたまま伝える俺に平坦な滝見さんの言葉が返る。
それにそっと頭を上げれば、目の前で優しく微笑んでくれている滝見さんと目が合った。


春「須賀君が元気になってくれただけで十分」ニコッ
京太郎「う…」

何処か母性的なものさえ感じさせる暖かなその微笑みにドキリと胸が跳ねた。
さっきのものよりも嬉しそうで優しいそれは健全な男子高校生には眩しすぎる。
正直、一ヶ月前の俺だったら、これだけでコロッと惚れちゃいそうなくらいだ。

京太郎「は、はは…元気になりましたよ!なりすぎて、このまま滝見さんの仕事手伝えるくらいですから!」

それを誤魔化すようにぐっと握り拳を作って言ってしまう辺り、俺も神代さんの事を笑えないのかもしれない。
そんな事を思いながらもぎこちない笑みも仕草もなくなってはくれなかった。
この一ヶ月の間に色々な事があったと言っても、俺はそこまで精神的に成長出来た訳じゃないらしい。
それに胸中でため息を吐いた瞬間、滝見さんがそっと思考に耽った。

春「仕事…あ」

何かを思い出すようなその仕草の果てに、ぽつりと声を漏らす滝見さん。
それに俺が首を傾げるのを見ながら、彼女はポンと手を打った。
まるで何か大事なことを思い出したと言わんばかりのそれも滝見さんだとわざとらしく思えないのはどうしてだろうか。
いや、滝見さんだけじゃなく、この屋敷にいる女性全員にそういう雰囲気がある。

春「朝食…出来た」
京太郎「あ、あぁ…呼びに来てくれたんですね」

そんな事を考える俺の前で簡潔に滝見さんが言葉をくれる。
そう言えば、さっき石戸さんが朝食が出来たら呼びに行くと言っていたっけ…。
自己嫌悪に沈んでいたばかりで忘れていたものの、既に結構な時間が経っていたらしい。
庭の朝霧も少しずつではあるものの晴れ、植物に陽の光を与え始めていた。


春「何時ものとこ、行こ?」
京太郎「えぇ。了解です」

滝見さんの言葉に頷きながら、俺はそっと彼女の隣に立った。
そのまま一緒に歩き出すものの、俺達の間に特に会話はない。
それをぎこちないと思わないのは、滝見さんがあまり口数が多い方ではない所為か。
こうやって無言のままでも居心地は悪くなく、スルリとそれを受け入れる事が出来た。

春「…敬語、要らない」
京太郎「え?」
春「同い年だし…仲間だから」

そんな俺に唐突に告げられる言葉に微かな驚きを覚えた。
勿論、俺は滝見さんが同い年である事を知っているし、他の皆の学年も把握している。
だが、それは彼女たちがインターハイ出場選手だったからであり、それ以上の理由はない。
逆に滝見さんが俺の事を調べようとしても、実績も何もないので難しいだろう。
ならば、俺が気づかない間に言っていた…と言う事になるが… ――

京太郎「俺、年齢とか言ってたっけ…?」
春「…秘密」クスッ
京太郎「えー…」

それでもそんな覚えはまったくない。
そう思って尋ねた俺の言葉に滝見さんは小さく笑いながら隠した。
何も隠すような事ではないと思うものの、どうやら悶える俺の姿を楽しんでいるらしい。
そう言った事に関心がなさそうな滝見さんにまで弄られるとは…どうやら俺の弄られ体質もかなりのところまで来ているようだ。


春「それに…自分で思い出して欲しいから」
京太郎「ボケ防止の気遣いって事か?」
春「…京太郎君の頭は色ボケかもしれないけどね」クスッ
京太郎「そんなボケ方はしてないって!」

そもそもそんなボケ方をしていたら、俺はきっとここには居られないだろう。
俺は半信半疑ではあるものの、ここの神様は男に対して結構、厳しいらしいのだから。
そんな事は巫女である滝見さん…いや、春さんにも分かっているだろう。
それでもこうして人のことを色ボケ扱いするのはきっとそれを認めさせる何かがあるからだ。

春「…おっぱい」
京太郎「すみませんでした」ペコリ

ポツリと呟かれた春さんのそれに俺は一秒も経たずに非を認めて謝罪した。
それを持ち出されると俺は何も言えず、ただ、謝罪する事しか出来なくなってしまう。
何せ、俺の煩悩は最早、自らの内では留まらず、人に害を及ぼすほどのレベルになっているのだ。
それは色ボケ以外の何者でもないと俺自身もまた理解している。

春「謝罪早い。驚き」
京太郎「いやぁ…ここで粘っても立場が悪くなるだけだし…」
春「…もうちょっとジワジワと虐めたかった」
京太郎「おい」
春「…冗談」

大人しいと思っていたものの、春さんは意外と面白い性格をしているらしい。
それに思わずツッコミを入れた瞬間、俺達の足は見慣れた襖の前で止まった。
既に数人の気配を感じるその奥からはいい匂いも漂っている。


春「…おまたせ」
京太郎「すみません。遅れました」

そんな襖をスゥゥと開けた瞬間、そこにいた四人から俺たちへと視線が送られる。
どうやら俺がグダグダとやっていた所為で皆を待たせてしまっていたらしい。
それに一つ謝罪をしながら、俺達は部屋へと入り、丸いテーブルを囲んだ。

霞「じゃあ、皆揃った事だし、頂きましょうか」

それに石戸さんが掛け声を掛け、皆が一斉に『頂きます』と声を合せる。
まるで最初から打ち合わせされていたようなそれは彼女らの付き合いが一朝一夕ではない事を俺に伝えた。
それに何処か微笑ましいものを感じる俺の前に、湯気が立ち上るお椀が差し出される。

巴「はい。どうぞ」
京太郎「有難うございます」
春「お醤油も…欲しかったら取るから」

両脇と狩宿さんと春さんに挟まれながらの食事は、快適すぎて逆に居心地が悪いくらいだった。
何せ俺が何かを欲しそうにするとすぐさま脇の二人が反応してくれるのだから。
まるで甲斐甲斐しく世話をされているようなそれは快適であるものの、気を遣われている感が半端ない。
正直、俺としてはもっとぞんざいな扱いで良いと思うのだが、まるでVIPのようだ。
いや、恐らく国賓級のVIPであっても、永水女子の巫女さんたちにここまで甲斐甲斐しく尽くされはしないだろう。

京太郎「(お陰で…神代さんに話しかける余裕もないや…)」

何かしようとする度に二人がそれにすぐさま反応するので、二人への対応で手一杯になる。
それでも視線を神代さんへと向ければ、チラチラと俺に対して視線を向ける姿があった。
どうやら神代さんも俺の事を気にしているらしい。
さっきの事は夢と言う事で済んだのか、或いはそれで済ませられなかったのか。
明らかに俺を意識しているその姿からはどちらともとれて、俺の胸を悶々とさせる。

京太郎「ふぅ…お腹一杯です…」
巴「もう良いの?」
春「お茶漬けもある」
京太郎「いや、もうホント、無理っす…」

それでもあれやこれやと世話を焼いてくれる二人にオカズを取り皿へと運ばれ、俺のお腹は一杯になった。
どの料理も美味しかったので食べる事が苦痛ではなかったものの、コレ以上は流石に限度を超える。
今だって、正直、ズボンのベルトが苦しくて、緩めたいくらいだったのだから。
二人が色々と尽くしてくれるからと言っても、朝からこれは流石に食べ過ぎである。

霞「じゃあ、食休みにしましょうか」
小蒔「あ…じゃあ…」
初美「姫様は今日は私と一緒に後片付けの当番ですよー」
小蒔「あわ…忘れていました…」

そう言って神代さんは薄墨さんと共に食べ終わった食器を載せたお盆を持って、障子の向こうへと消えていく。
その最中、こちらにチラリと向ける視線が寂しそうだったのは、俺の気にし過ぎだろうか。
だが、それでも脳裏にふとチラついたイメージは消えず、俺の胸の中でもやもやと漂う。
数秒後、罪悪感と共に結びついたそれに俺はふと決心して口を開いた。

京太郎「俺もちょっと手伝ってきますね」
霞「良いのよ、そんな事気にしなくて」
京太郎「でも…」
春「休んでおいた方が良い」
巴「そうね。私達が調子に乗って食べさせすぎちゃったみたいだし…」
京太郎「いえ…そんな事ないですって。俺が見栄を張ったのが原因ですし」

実際、途中でギブアップと言えたのにこんなになるまで食べたのはそう言えなかった俺の責任である。
世話をしてくれた二人には何の非はなく、悪いのは調子に乗った俺一人だ。
けれど、二人はそうは思ってはいないようで、その顔をそっと俯かせている。
そんな二人を置いて、神代さんの所に行くとはどうしても言えなかった。


巴「でも、何にもしないっていうのも須賀君が辛いだろうし…明日の片付け、手伝ってくれる?」
京太郎「うす。お安い御用ですよ」
巴「良かった…じゃあ、お礼にその後、一緒にお勉強しましょうか」
京太郎「げ…いや…でも…」
春「勉強は大事…」

ニコリと笑いながら告げる狩宿さんの言葉は全力で遠慮したいものだった。
俺がここにいるのはあくまでも能力制御の為であり、学業なんぞはなから捨てているのである。
それよりも一刻も早くこれを抑える方法を身につけ、和や漫さんを安心させてあげたいのが本音だった。
しかし、狩宿さんも春さんもそうは思ってはいないようで、がっちりと俺の両腕を掴んでくる。
まるで逃がすまいとするようなそれに俺は微かに冷や汗を浮かべるが、彼女らの笑みはまったく変わらなかった。

霞「そうね、学生の本分は勉強なんだもの。ちゃんとやっておかないと将来に響くわ」
京太郎「将来…かぁ…」

確かに受験を見据えれば、ここで勉学を疎かにする訳にはいかないだろう。
俺の成績があまりよろしくない事を思えば尚更だ。
けれど、そんな正論で踏みとどまるような奴ならば、担任に電話一本だけ入れて、親と喧嘩した挙句、家を飛び出すように鹿児島まで来てはいない。

京太郎「(我ながら無茶してるもんだなぁ…)」

勿論、当時はそれしかないと思っていたが故に俺も親と喧嘩した訳だ。
しかし、こうしてまったく家とは違う環境に身を置けば、多少は頭も冷えていくる。
ましてや永水の皆がとても冷静で優しいだけにその言葉は俺の胸に届き、親に対する申し訳なさが浮かんできた。
……帰ったら殴られる程度じゃ済まないかもしれないが、土下座してでも謝ろう。


霞「須賀君にはそういう将来やりたい事って無いの?」
京太郎「やりたい事…ですか…」

俺だって男子高校生だ。
そりゃあ不埒な願望も含めれば、五万とやりたい事がある。
しかし、そう言った将来を見据えたやりたい事…と言うのは正直、思いつかなかった。
清澄に入部してからは麻雀の楽しさに取り付かれていたし、今はそれを取り戻すのに精一杯なのだから。
だが、それでも…あえて将来、やりたい事を一つあげるならば… ――

京太郎「俺が傷つけた人を幸せにしたい…ですかね」

俺は和と漫さんを傷つけた。
例え、本人がそう思っていなくても…俺は間違いなく傷つけてしまったのである。
だから…俺はそれを一生、かかってでも償って行かなければいけない。
二人がもう良いよって言っても…心から幸せになれるように尽力しなければいけないのだ。

霞「それは結婚的な意味でって事?」
京太郎「ち、違いますよ!二人共、俺なんか勿体無いくらいの人ですし」

勿論、それは結婚をするとか…そういう意味の責任の取り方じゃない。
そうやって俺に縛るような意味ではなく、もっと色々な面でのサポートがしたいという事だ。
例えば、恋愛とか仕事とか…そういう意味で、誰よりも助けになって、二人が幸せに人生を謳歌出来るようにしてあげたい。
いや、俺が二人にしてしまった事を考えれば、それくらいしないと釣合いが取れないだろう。


京太郎「だから…俺は…」
霞「…もし、それが一生を掛けて償うという意味なら止めておきなさい」
京太郎「え…?」

そんな俺に届いた石戸さんの声に俺は思わず聞き返してしまう。
石戸さんには事情を話しているし、俺がどれだけ二人に酷い事をしたのか分かっているはずだ。
いや、石戸さんが女性である事を考えれば、俺よりもその事実の重大さを理解していると思って良いだろう。
それなのに一体、どうしてそんな事を言うのか。

霞「一生を掛けて償うだなんて、言う方も言われる方も辛いだけで長続きしないわ」
京太郎「でも…」

確かに…辛いかもしれない。
だけど、俺はそうやってやってしまった罪に向き合わなければいけないのだ。
それがどれだけ辛くとも、俺は他に償う方法を知らない。
人に誇れるものを何も持っていない俺にとって…彼女たちに捧げられるものは人生くらいしかないのだ。

霞「それとも貴方の知るその二人は、一生かけて償われて喜ぶタイプなのかしら?」
京太郎「っ…」

鋭く突く石戸さんの言葉に俺は返事をする事が出来なかった。
だって…そうだろう。
和も漫さんもとても優しくて…到底、そんな事を望むタイプには見えないのだから。
特に…漫さんは俺を励まし、アレだけ元気づけてくれたのだ。
そんな俺が後ろ向きに償おうとする事なんて望んでいないだろう。


京太郎「(それでも…俺がそう思うのは…自己満足の為か…)」

いや、そもそも『償わなければいけない』…と思う時点で、きっと俺の思い込みだったのだろう。
何せ、俺はそれを彼女たちに確認した訳でも何でもないのだから。
ただただ、自分で自分を責め、罪の意識に向かい合う振りをして…現実の二人にまったく目を向けていなかった。

京太郎「(勿論…償いは必要だ。だけど…)」

俺は二人にそれだけの事をしてしまった。
どれだけ意識が変わったとしても、その過去は、事実は変わらない。
しかし、具体的なアレコレを考えるのは…全てが終わってからでも良いだろう。
今、俺がやるべき事は償いを考えるのではなく、能力制御と二人の異常を治す方法を得る事なのだから。

霞「まぁ…その辺りは部外者である私があまり口を出せる事じゃないのかもしれないけれど…」
京太郎「いえ…助かりました」

実際、ここで石戸さんに指摘されていなかったら、俺はそれをズルズルと引きずり続けていただろう。
結果、意固地になって、二人を傷つけていた未来だってあったかもしれない。
それを思えばここで勇気を出して、指摘してくれた石戸さんは本当に有難かった。

霞「そう…良かった。まぁ…今日はそういう事を考えずに、観光でもしてきたらどうかしら?」
京太郎「観光ですか?」
霞「えぇ。折角、鹿児島に来たんだもの。何も見ずに帰るのは勿体無いでしょ?」

確かに折角、鹿児島に来ているというのに観光もせず、お屋敷にこもりっぱなしというのも不健康な話だ。
俺自身、少なくない諭吉さんと別れただけに、ちゃんと観光したいという気持ちもある。
しかし、それよりも先に能力制御の訓練をしなくてはいけないんじゃないか。
どうしてもそんな意識がなくならなかったのである。


霞「それに私たちは今から学校だし…能力制御の方法もまだ纏まっていないしね」
京太郎「まぁ…昨日の今日ですものね…」

俺達はまだ顔合わせして情報を多少、交換しただけだ。
それで能力制御のアレコレを考えてもらうと言うのは無理だろう。
となれば、今日は休日くらいのつもりでのんびりゆっくりとするのが良いのかもしれない。
朝のランニングも結局、出来ていない事だし、まずはこの辺りから見て回ってみようか。

京太郎「分かりました。まぁ、補導されないように気をつけます」
霞「ふふ…須賀君は目立つものね」
巴「金髪さんだしね」
春「自毛だから仕方ない…」
京太郎「そこで一言もオーラが出てるとか存在感があるとか出てこないのはどうしてなんでしょう…」
春「…きょーたろーくんはいけめん」
巴「おーらでてるよー」
霞「そんざいかんあるわぁ」
京太郎「くそぅ!分かってた!分かってたのに!!」

棒読みで俺の言葉に応える三人に悔しそうに言いながらも、心の中で安堵する。
まだ出会って一日しかないが、こうやって和やかな会話が出来る程度には親しみを感じてくれているらしい。
特に石戸さんは朝のアレを見られてしまってぎこちなくなると思っていたが、特にそんな事はなかった。
まったく気にしていない訳ではないのだろうが、少なくとも表面に出すようなレベルではないのだろう。
それに胸中で安堵の溜息を吐いた瞬間、コホンと石戸さんが喉を鳴らした。

霞「それじゃ、小蒔ちゃんが帰ってきてから皆で山を降りましょうか」
京太郎「あ…そっか。神代さんがいないと降りられないし、登れもしないんだ…」

それを完全に信じている訳ではないが、もしもの時を考えて、ちゃんと準備した方が良いだろう。
俺はこれから数時間、外を出歩く羽目になるのだから、特に財布と着替えだけはしっかりとしておかなければいけない。
そう思った瞬間、襖戸がそっと開き、薄墨さんと神代さんが帰ってくる。


霞「じゃ…二人も帰ってきた事だし…とりあえず解散ね。15分後くらいにまた此処で集まりましょう」
小蒔「えー…」

仕切る石戸さんの言葉に神代さんが不服そうな声をあげる。
その最中、こちらにチラチラと視線を向けてくる辺り、俺と話したいと思ってくれているのだろうか。
それはこちらも望む所ではあるものの、今はまだあまりのんびりはしていられない。
学校をぶっちして鹿児島にやってきている俺はともかく、皆はこれから学校があるのだから。

霞「ほら、姫様も急がないと遅刻しちゃうわよ?」
小蒔「むむむ…」

それは神代さんも分かっているのだろう。
石戸さんの促すような言葉に喉を鳴らしながらも、渋々と従った。
そのまま入ってきた襖の方へと戻りながら、名残惜しそうに俺に視線をくれる。
それに俺は機会があれば、こっちから神代さんに話しかけようと心に決めながら、ゆっくりと立ち上がった。

京太郎「うし…それじゃ俺も準備してきますね」

食休みに石戸さんたちと話をしていたお陰で満腹感はかなりマシになっていた。
これからあの長い階段を降りる事を考えれば、少し心もとないが、それでも恐らく吐いたりする事はないだろう。
そう判断する俺の脇から春さんと狩宿さんも立ち上がった。

春「…じゃ、後で迎えに行くから」
京太郎「え?」
巴「まだ屋敷の中、不慣れでしょ?ここ広いし」
京太郎「いや…でも…」

確かにこの屋敷は俺が見てきたどんな家屋よりも広いし、複雑な構造をしている。
増築を繰り返したのか、通路も入り組み、迷いそうになったのは一度や二度じゃなかった。
だが、それでも自分の部屋から、こうした団欒の間に辿りつけないほど俺はポンコツじゃない。
咲ならばまだしも、これくらいの距離なら簡単に道筋を覚えられるのである。

春「…嫌?」ジッ
京太郎「そんな訳あるかよ」キリリッ

しかし、そうやって春さんに上目遣いをされて、拒否するほどの理由じゃない。
そもそも美少女二人を侍らせて、移動できると言うだけで男子高校生としては垂涎モノのシチュエーションなのだ。
それを得るためなら、俺のちっぽけなプライドと引き換えでまったく構わない。

春「京太郎君は本当に調子が良いんだから…」クスッ
京太郎「俺の調子が良いんじゃなくて、二人の容姿が良いんだよ」キリッ
巴「それってつまりスケベって事じゃないの、もう…」

呆れたように狩宿さんが言うものの、その目は言うほど嫌がっている訳じゃなかった。
昨日は軽く流されただけだったが、少なくとも流されない程度の信頼は出来てきたらしい。
色々と失敗したと思う事はあれど、どうやら信頼関係の構築は上手くいっているようだ。

京太郎「(まぁ…上手く行きすぎな気がしなくもないけれど…)」

あまりの居心地の良さに此処が昨日からお世話になっている場所だという事を忘れそうになってしまう。
いや…頭の中では理解できていても、心がそれから目を背ける事が少なからずあるのだ。
自分自身のそんな心の動きが理解できず、内心、首を傾げながらも、その思考を放り投げる。

京太郎「(今はそんな事考えてる暇はないな…)」

これから少ししたら、俺は皆と共にこの山を降りないといけないのだ。
それまでに荷物の整理をして、忘れ物がないようにしておかなければいけないだろう。
基本、そう言った忘れ物をするタイプではないが、取り返しがつかない以上、何度も確認するのに越した事はない。
そう思いながら、俺は襖戸を動かし、廊下へと出る。
その脳裏に必要な物をリストアップしながら、俺は与えられた客間へと急いだのだった。



………



……






鹿児島探索は意外と楽しかった。
下の霧島神宮で自転車を借りて巡った地域は長野とはやっぱり似ても似つかない。
それでも雰囲気が何処か似ているような気がするのは、田舎っぽさが共通しているからか。
程よく発展し、そして程よく閑散なその様は清澄周辺と良く似ている気がするのだ。

京太郎「(お陰で何か既視感を感じたくらいだぜ…)」

一度、この景色を見ているような…何とも言えないデジャ・ヴ。
だけど、俺には鹿児島に来た記憶なんてまったくない。
生まれも育ちも長野の俺が昔、こっちに住んでいた…なんて事もまずないだろう。
だから、それは錯覚に過ぎない…そう思いながらも、それはなくならず、こうして日が堕ちる寸前までずっと続いたのだった。

京太郎「(まぁ、それが気にならないくらい楽しかった)」

霧島神宮と言う大きな神社が近くにある所為か、意外とこの辺りはお店なんかが多かった。
それらに顔を出す度に、店員のおばちゃんなどが和やかに話しかけてくれたのである。
そんな人たちに大学生だと偽って、卒論のためにこっちに来ている…と言う嘘は自分でもやり過ぎだったと思うが、結構な人がそのまま信じてくれた。
まだ高1なのに…それだけ俺の顔が老けているのか、或いはこの金髪が生み出すチャラさが大学生らしさを演出してくれたのか。
どちらかは分からないが、と言うか、どっちでも地味にショックなのだが、まぁ、怪しまれなかっただけマシだろう。


京太郎「ふぅ…」

そんな俺が今、居る場所は霧島神宮の階段前だった。
既に自転車を神主さんに返して、迎えを頼むメールを石戸さんに送って数分。
その返信は既に来ているものの、これだけの長い階段を降りてくるのにはもうちょっと時間が掛かるだろう。

京太郎「(でも…そうやって待っているだけなのも…悪くはないな…)」

こうして見る霧島神宮に夕日が掛かり、鮮やかな赤色をさらに引き立てている。
日が落ちるまでのほんの僅かな時間だけしか見れないその特別な姿に俺は引きこまれていた。
神社が持つ独特の神聖さを際立たせるようなそれにここが本当に神様のいる場所なんだと思うくらいである。

京太郎「(はは…普通に神様の事信じる気になってるや)」

これまで無神論者と言う訳ではなかったが、積極的に神様を信仰する気がなかった自分。
それがこの二日間、巫女である神代さんたちに接してきた所為か、神様の存在を信じるようになり始めていた。
ほんの僅かな間で影響を受け過ぎだと思うが、それもこれも神代さんが可愛くて、神秘的なのが悪い。
いや、悪くはないのだが、ともあれ、俺が変わったのは神代さんの所為なのだ。

京太郎「(いっそ、ここに入信するのも良いかもな)」

俺が神様を少しずつではあるものの、信じるようになったのは神代さんのお陰だ。
ならば、他の神様を信じるよりは、少し遠くても、ここの神様を信奉した方が良いのではないか。
そんな事を思うくらい、俺の価値観は変わりつつある。
それが何となくおかしくて、俺は一人、クスリと笑みを浮かべた。


京太郎「(まぁ…その辺は神代さんに聞いてみようか)」

男である俺を山へと招き入れるには神代さんがいないと無理らしい。
ならば、これから俺を迎えに来るのは彼女だろう。
流石に昨日のように一人きりで山を降りるじゃないだろうが、それでも今日の朝みたく話をする余裕もない状況にはならないはずだ。
折角、長い階段でもあるのだし、その辺の事を相談する時間は幾らでもあるだろう。

霞「お待たせ」

そんな事を考えている間に、それなりの時間が経っていたらしい。
既に日は完全に落ち、周囲には夜の帳がゆっくりと広がりつつあった。
そこで俺の背中から掛けられた声は石戸さんのものであり、彼女が神代さんと共に迎えに来てくれた事を俺に教える。
それに微かな申し訳なさを感じながら、俺はそっと石段から腰を上げ、二人の方へと振り返った。

京太郎「いえ、こちらこそ…すみませ…」
初美「朝方ぶりなのですよー」
春「やっほ…」
巴「おかえりなさい。どうだった?」

そんな俺の前に居たのは二人なんてレベルじゃなかった。
寧ろ、後ろの方で困ったように俺を見る神代さんを含めて、永水女子勢揃いだったのである。
たった一人の出迎えに何でここまで大所帯で来る必要があるのか、まったく分からない。
これではまるで本当にVIP待遇か何かのようじゃないか。


初美「どうせ降りるなら皆でスーパーにお菓子買いに行こうって話になったのですよー」
京太郎「ですよねー」

しかし、そんな俺の儚い幻想を薄墨さんの言葉が粉々に打ち砕く。
別に期待していた訳ではないのだが…いや、うん、ごめんなさい、期待していました。
もしかして、皆で俺を迎えに来てくれるくらい受け入れてくれたのかって思いました!
だって、しかたないじゃん!!
俺だって色々と多感なお年頃なんだからさ!!
こんな美少女勢揃いで迎えに来てくれたら誤解も期待もするってば!!

小蒔「ご、ごめんなさい…私は一人で良いって言ったんですけど…」
京太郎「あ、いや、何も悪い事なんてないですよ」
霞「そうそう。寧ろ、須賀君にとっては、嬉しいシチュエ―ションでしょ?」
初美「男の夢のハーレムなのですよー」
巴「それだけの甲斐性が須賀君にあるかどうかは分からないけどね」
春「京太郎君なら…きっと大丈夫」グッ

謝罪する神代さんを遮るようにして言う皆の言葉に俺は色んな意味で笑うしかなかった。
確かにこれだけの器量よし五人に取り囲まれて嬉しいのは事実であるが、それを落ち込む神代さんの前で言う訳にはいかない。
俺の勘違いでなければ神代さんが落ち込んでいる理由は、ろくに俺と話す余裕が無いという事なのだから。

霞「それじゃ…悪いけど買い出しついでにスーパーまで付き合ってくれる?」
京太郎「えぇ。構いませんよ」

とは言え、そうやって俺をスーパーへと誘う石戸さんの言葉を拒否する理由は俺にはなかった。
現在進行形でお世話になっている身としては、荷物持ちの一つでもしたい。
それに昨日、お菓子をご馳走になった身としては、今度は俺から何かしら皆に返したくもあったのである。
まだ何を作るかは決まっていないが、その辺りは品揃えを見てから考えれば良いだろう。


初美「それじゃ出発ですよー」トテトテ
巴「こら、走らないの」
春「…京太郎君、早く」グイッ
京太郎「お、おぉ」
小蒔「むぅぅ…」

瞬間、姫様の前に並んでいた薄墨さんが飛び出し、五人の陣形が崩れる。
それを狩宿さんが追いかけ、春さんが俺の手を引っ張った。
お陰で最後尾に居た神代さんとは大きく離されてしまう。
そんな俺の耳に拗ねるような神代さんの声が届くが、俺の手を引っ張る春さんは意外と俊敏で、振り返る余裕が無い。

巴「あ、そうそう。須賀君の能力を制御する方法について目処が立ったわよ」
京太郎「ほ、本当ですか!?」

そのまま春さんへと引っ張られるようにして追いついた狩宿さんからの言葉に俺は驚きの声をあげた。
正直、まだ無理だと言われて数時間しか経っていないのに、もう見通しが立っただなんて思えない。
だが、狩宿さんはそんな悪趣味な嘘を吐くとは到底、思えず、俺の胸からジワジワと嬉しさが沸き上がってくる。

巴「えぇ。宮守の熊倉先生に意見を伺ったら…良いアドバイスをくれて」
京太郎「熊倉先生が…」

名前しか知らないものの、日本で一番、オカルトに詳しいと赤坂さんに言わしめた人。
そんな人にわざわざ連絡を取ってまで俺の対策を真剣に考えてくれている。
そう思うと感動で胸の奥が熱くなり、抑えきれない衝動が手に力を込めさせた。


巴「熊倉先生が言うには能力はおおまかに二つに分けられるらしいわ。つまり…自分を含む人に影響するものと場そのものに影響するもの」

「勿論、この複合もあるけどね」と付け加える狩宿さんの言葉は何となく分かる。
例えば龍門渕の天江選手なんかは典型的な後者であり、前者の典型は鶴賀の東横選手なのだろう。
そしてまた、俺も分類的には前者へと別けられる。
そう思えば、何となく東横選手に親近感を抱く…なんてのは流石に失礼な話か。

巴「そして前者の中で他人に影響を与えるタイプには他者に起因するものと自分に起因するものがあるって」
京太郎「…??」
巴「あぁ…つまりね。能力の対象を選ぶのに自分の意思が入り込むか、入り込まないかって事」
京太郎「う、うぅ…ん…?」

分かりやすく噛み砕いてくれているのは分かるものの、イメージが湧かないのは俺の学がない所為か。
何となくニュアンスでは分かるものの、はっきりとした具体例が脳内には浮かばない。
そもそも、その二つの境界も俺の中で曖昧で自分の場合、どちらに分類されるのかに理解が及ばなかった。

巴「つまり須賀君の場合、他者の身体的特徴が対象になる訳だから、他者に起因するタイプって事ね」
京太郎「な、なるほど…」

そんな俺が困っていると言う事が伝わったのだろう。
クスリと笑いながら、狩宿さんが補足をしてくれた。
それに頷きながらも、狩宿さんの頬が少し赤いのが気になる。
身体的特徴とかなりぼやかして言っているものの、それが女性的セックスアピールである事は既に伝えてあるのだ。
それを遠回しであれ、口にするというのはやっぱり少し恥ずかしいものなのだろう。


巴「で、この場合、能力を封じるのは実に簡単。つまり相手を意識しなければ良いの」
京太郎「んな事出来るんですか…?」

確かに極論を言えば、そうだ。
しかし、麻雀で卓を囲む以上、どうあっても相手に意識が向いてしまう。
相手が打つ牌を見る事も重要な競技なのだから、意識シないというのは無理な話ではないだろうか。

巴「あら、既に京太郎君はネト麻とかでやってるはずよ」
京太郎「いや…そうかもしれませんけど…」

けれど、それは相手の姿が見えないからだ。
意識しようにもアバターと言う朧気なものしかないからなし得る技なのである。
それを現実でやってのけるなんて…そんな事、出来るはずが… ――

京太郎「あ…」

そこで俺の脳裏に浮かんだのは俺の最初の師匠である和の姿だった。
確かに彼女はまったく他者を意識せず、打牌を見て、計算を淡々と繰り返している。
ある種、集中の極地とも言うべきその姿はインターハイで並み居る強豪のオカルトをかわし、かなりの好成績を収めていた。
俺の憧れの源泉でもあるその姿は決して嘘でも幻でもない。

京太郎「(俺も…和のようになれれば…これを無効化出来るのか…?)」

確かに理論としては分からなくはない。
相手が巨乳か否かで判断しているのであれば、そういった判断材料を全てなくせば良い…と言う強引なものだが。
しかし…現実、それ以外に俺がこれを無効化出来る方法がある訳じゃない。
ならば…自信はないけれど…頑張ってみるべきなのだろう。
何も試さずに『出来ない』と口にして良い時期は…もう既に終わったのだから。


京太郎「…分かりました。俺、頑張ります!」
巴「よし。流石は男の子、良い返事」

それを示すようにしてぐっと握りこぶしを作った俺に狩宿さんがそっと笑ってくれた。
何処か誇らしげなそれは俺が一歩前進した事を我が事のように思ってくれているからだろう。
それが妙にこそばゆい反面、嬉しくて、俺の顔にも笑みが浮かんだ。

春「私達も…協力するから…」
初美「帰ったら本格的に特訓開始ですよー」
京太郎「はい!お世話になります!」

勿論、まだ出来るかもしれないという方法が見つかっただけで、それが実を結ぶかは分からない。
でも、こうやって俺に手を貸してくれる人たちがいれば…きっとなんとかなる。
そう思うのは…多分、楽観的なものではないだろう。
これまで暗く見通しもたたなかった闇に…彼女たちは一筋の光を齎してくれたのだから。

京太郎「(後はそれを…俺が掴んでものにするだけだ…)」

ぎゅっと握りこぶしに力を入れながら、俺はそう胸中で呟く。
これだけの事をやってもらっておいて、今更、出来ませんだなんて格好悪くて言えない。
俺が出来る最高の恩返しは…皆の作ってくれた道を駆け抜けて、結果を出す事だけだ。


京太郎「(あ…そう言えば…)」

そこで俺はもうひとつ重大な事を思い出した。
鹿児島にまでやって来たのは自分の脳力を封じる為だけじゃない。
寧ろ、その影響が未だ残る二人を元に戻す事の方が大事なのだ。
昨日からゴタゴタしていた所為でそれを伝え忘れていたことに今更、気づく。
ようやくひとつ問題が解決する目処が立ったとは言え、もうちょっと早く思い出せなかったのか。
そう自嘲を紡ぎながら、俺はそっと唇を動かした。

京太郎「あの…能力の影響を取り除く方法とかって無いですかね?」
初美「影響?無効化って事ですかー?」
京太郎「あ、いえ、そうじゃなくて…その…何て言うか…」

しかし、それをそのまま三人に告げるのには色々と勇気がいる。
今は周辺にも人がおらず、周りも民家しか無いとは言え、やっぱり事が事だ。
それに、俺がこれから告げようとするのはある意味、能力の詳細以上に引かれかねない言葉である。
しかし…こうして口にしてしまった以上、後には引けないし…何より永水の人たちに隠してはおけない。
既に能力のことでコレ以上ないくらい協力してもらっている以上、それを隠すのは不誠実というものだろう。

京太郎「あの…ですね。俺の能力の対象になった人には…その後遺症があるみたいで…」
巴「…え?」
京太郎「凄い遠回しに言うと…俺を見ると興奮して、俺がいないと逆に不安になるらしいんです」
春「…なにそれ自慢?」ジトー
京太郎「だったら良いんですけどねー…」

俺だってそんな事聞かされたら自慢か何かだと思うだろう。
つーか、相手の対応に寄ってはその場で縁を切って、さよならするかもしれない。
だが、実際、俺の能力はそうやって二人の人を今も苦しめているのは事実なのだ。
それを思えば、どれだけ引かれたとしても、この話題から逃げる訳にはいかない。


初美「それってつまり能力が発動しちゃうと須賀君の事が好きになるって事ですかー?」
京太郎「いや…そういうんじゃないと思うんですけど…」

でも、実際、漫さんは俺の事を好きと言ってくれたのは事実だ。
それが能力の影響に因るものか、そうではないのかは俺には判断がつかない。
けれど、それを聞いてしまうと漫さんを本気で怒らせてしまうのは目に見えている。
結果、俺に返せるのはそう言った曖昧な言葉でしかなく、そっと肩を落とした。

春「具体的にはどんな感じ…?」
京太郎「えっと…俺が聞いたのは…会えなくて寂しいのに、会ったらその…う、疼いて欲しくなる…とか」
初美「やっぱり自虐風自慢じゃないですかーやだー」
巴「でも…それはもう本人の心構え次第じゃない?」
春「本人相手じゃない以上、情報も少ないし…サンプルも足りない」
京太郎「さ、サンプルって…」
春「何か?」ジッ
京太郎「な、何でもないです…」

威圧感のある春さんの目に思わず反射的に謝りながら、俺は視線を背けた。
一体、何故かは分からないが、春さんは凄い不機嫌らしい。
流石に今すぐ怒り出す程ではないが、ふつふつと静かに不機嫌さを溜め込んでいるイメージだ。
しかし、一体、どうしてそんな風に春さんが拗ねているのかはまったく分からない。
ともあれ、今の主題はそこにはなく、もうちょっと色々と試してみるべきだろう。
春さんの不機嫌な理由は気になるが、それは別に後でそれとなく聞いても良いのだから。


京太郎「お祓いとかでどうにかなったりしません?」
初美「そう言うのは本人に会ってみないと分からないですよー」
巴「でも、聞いてる限り…効きそうにはないかな」
春「原因になってる京太郎君には…そういった悪いものは感じないし…」
京太郎「ぬぅ…」

まったく希望がない訳ではないが、それでも可能性としては薄い。
そんな反応を見せる三人の前で俺は唸りながら小さく肩を落とした。
流石にあれもこれもと一気に全部解決へと持っていけるとは思っていなかったものの、手がかりすらないのはやっぱり辛い。

巴「とりあえず熊倉先生にもまた聞いておくけど…難しいと思っておいて」
京太郎「分かりました…」

そんな俺を慰めるように狩宿さんが言ってくれるものの、気分はそう簡単には上向かない。
熊倉先生までダメだとしたら、次に何処を頼れば良いのかまったく分からないのだ。
このまま何の解決策も見つからないままでは、和や漫さんに顔見せする事が出来ない。
一瞬、開いたように見えた道がすぐさま闇へと変わり、閉ざされていく感覚に俺はそっとため息を吐いた。

春「…京太郎君」ギュッ
京太郎「あ…」

そんな俺の手を慰めるように握ってくれるのは春さんだった。
さっき不機嫌だったはずの彼女からの突然のアプローチに俺は思わず声をあげてしまう。
しかし、それが嫌ではないのは、手のひらから伝わってくる熱がとても優しいからか。
いや、それ以前に春さんみたいな美少女にいきなりとは言え、手のひらを包まれて嫌がる奴の方が少ないだろう。


春「…大丈夫だから」
京太郎「え…?」
春「きっと…何とかなる…」

そう思う俺の前で春さんが言い聞かせるように優しく言ってくれる。
それが根拠も何もなく、ただ俺を慰めるだけの言葉である事に俺は気づいていた。
しかし、それでも俺の胸は軽くなり、気分も上向いていく。
一番大事な所で道が閉ざされてしまったのは事実だが、決して絶望的という訳じゃないのだ。
それを思い出した俺は大きく深呼吸し、気分を落ち着かせる。

京太郎「有難う。もう大丈夫だから」
春「ホント?」
京太郎「あぁ。本当だ」
春「…本当に本当?」
京太郎「本当に本当だって」

確かに春さんの言葉ひとつで気分が上向く自分は単純だと思わなくもない。
しかし、何もそこまで確認する必要はないんじゃないだろうか。
まぁ、それだけ俺のことを心配してくれていたからだと思えば悪い気分ではないのだけど… ――


初美「須賀君は鈍いですよー」
巴「春ちゃんはもうちょっと須賀君と手を繋いでいたいのよ」
春「ふ、二人共…っ!」
京太郎「へ?」

揶揄するような二人の言葉に春さんの頬が微かに朱色に染まった。
慌てた様子で二人へと言うその姿は、何時も落ち着いている雰囲気のある春さんには珍しい。
と言うか、付き合いの浅い俺にとって、それは初めて見た姿なのかもしれなかった。

京太郎「(でも…んな訳ないよなぁ…)」

確かに春さんが他の皆よりも俺のことを気にかけてくれているのは分かる。
しかし、それはあくまでも春さんが優しいからであって特に理由がある訳じゃない。
ぶっちゃけ俺と春さんは他の人とそれほど付き合いに差がある訳じゃないし、寧ろ石戸さんや神代さんの方が会話の数が多いくらいだ。
まさか俺ごときが一目惚れされるだなんて事はないだろうから、そういう艶っぽいものが入り込む余地はないだろう。

京太郎「はは、それじゃあスーパーまで手をつないで行きますか?」
春「~っ…」

とは言え、ここで下手に意識しているように見せると狩宿さんと薄墨さんが調子に乗りかねない。
それを防ぐ意味でも口にした俺の言葉に春さんの朱色が強くなった。
白い肌にすぅっと広がっていく朱色は何処か艷やかで美しい。
そう思うのは春さんの肌が永水の中でも飛び抜けて綺麗だからなのだろう。


春「…」ギュッ
京太郎「(…あれ?)」

そんな事を思っている間に春さんの手がその形を変えていた。
俺の手を握るのではなく、繋ぐようなその形へと。
流石に指と指を絡ませる恋人繋ぎではないにせよ、しっかりと掴まれたそれは春さんの熱を俺に伝える。
さっきよりも心なしか体温があがっているそれは緊張か羞恥か。

初美「じゃあ、私がはるるのもう片方の手をゲットですよー」
巴「えぇ…?私は一人ぼっちなの?」

その判断がつかないままに薄墨さんがそっと春さんの隣へと周り、その手を握った。
そうやって三人並ぶと背格好の所為か、親子に見える…と言うのは流石に薄墨さんに失礼な話か。
軽く話している感じ、自分の幼児体型をあまり好ましく思っていないようだから、あまり弄ってあげるべきではない。
そう思いながらも、飛び抜けた美少女たちと手を繋いで三人並ぶというシチュエーションにドキドキするのは否めなかった。

春「…京太郎君のもう片方の手が空いてる」
巴「…いや、流石にそこまで空気が読めない訳じゃないわよ」

春さんの言葉に狩宿さんが肩を落としながら、そう返した。
正直、そう言った艶っぽいものが入る余地がないと思っている俺にとって、それは幾ら何でも気にし過ぎだと思う。
そうやって落ちた肩が少し寂しそうなのもあって、ちょっと悪い気がするくらいだ。


京太郎「じゃあ、薄墨さんと繋げばどうです?」
初美「巴ちゃんはこっちに来るですよー」
巴「あー…それなら…良い…かな?」

そう言いながらチラリと春さんの顔を伺う辺り、巴さんはとても他人に気を遣う人なのだろう。
それが無意識的にか意識的にかは分からないものの、出来るだけそうしないように促してあげた方が良いかもしれない。
流石に気を遣わないで、とまでは言い過ぎだろうが、こちらから色々としてあげるのも良いだろう。

京太郎「(何だ…少しずつ…皆の事が分かってきたじゃないか)」

最初は巫女である永水の人たちにちゃんと接する事が出来るのか不安だった。
しかし、こうして2日も経てば、大体の人となりも分かるし、接し方も確立し始めている。
勿論、それが正しいのかはまだはっきりとは分からないが、それほど的外れじゃない。
そう思う程度には俺も皆も…お互いに慣れ始めている。
それが嬉しくて、俺の顔にそっと笑みが浮かんだ。

初美「どうしたですかー?」
巴「もしかして、何か邪な想像でもしてる?」
春「ハーレムはいけない」
京太郎「いや…皆、俺の事なんだと思ってるんですか」

そんな俺に対してあまりにもな言葉をくれる狩宿さんと春さん。
しかし、そうやって弄られるのは嫌じゃない。
それもまた二人が俺との距離感が分かってくれているからなのだろう。
それに俺は笑みを強くしながら、ゆっくりと応える。


京太郎「俺は…ちゃんとやってけそうだって思って」
三人「「「……」」」

その言葉に三人には一様に同じ色が浮かんだ。
まるで苦虫を噛み潰したような…自己嫌悪の色が。
勿論、三人ともに強弱の違いはあれど、全員に似た感情が見えるのはおかしい。
そう思って、もう一度、三人を見直してみたが、その表情が変わる事はなかった。

京太郎「(あれ…これ…もしかしてやっちまったか…?)」

どうして三人がそうやって自己嫌悪を浮かべるのかは分からない。
いや、自己嫌悪だと思った俺の認識が間違っているのかもしれないだろう。
しかし、俺の不用意な発言が三人を傷つけた事だけは間違いない。
そう思って謝罪しようと口を開いた俺の前で三人がゆっくりと動き出すのが見えた。

巴「そう…ね。私も須賀君となら仲良く出来そうだと思う」
初美「ふふん。私は最初からそうだと思ってたですよー」
春「ん…」

何処かぎこちなく言葉を紡ぐ狩宿さん。
さっきのそれがまるで嘘だったかのように強気に口にする薄墨さん。
そして、未だその表情を隠しきれていない春さん。
それぞれの違いはあれど、別に俺の発言に引かれたりしていた訳ではないようだ。
それに一つ胸中で安堵の溜息を漏らす俺の前に民家とは違うそこそこ大きな建物が現れる。

巴「それよりほら、そろそろスーパーも見えてきたわよ」
初美「じゃあ、親睦記念に須賀君に一杯、お菓子買ってもらうですよー」
京太郎「年下にたからないで下さいよ」
春「じゃあ…私が買う?」
京太郎「春さんにはもう黒糖貰ってますし、寧ろ俺が奢らなきゃいけない立場です」

そんな事を口にする俺達にさっきの余韻は見えなかった。
まるでさっきの事が嘘だったように仲良く会話を交わす事が出来る。
しかし、その一方で俺の中からさっきの皆の姿が消える事はなかった。
じっと心の中にこべりついて張り付くそれは…そのまま屋敷に戻って特訓を始めても消える事はない。
寧ろ、皆と仲良くなればなるほどに…強くなっていくそれに違和感を感じながらも、俺はそれに踏み込む事が出来ないままだった。、






………



……











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