プロフィール


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名古屋市で生まれ、9歳のとき両親が離婚し岡山県津山市に転居、更に岡山市に転居した。母親はスナック経営をしながら河本を育てた。小学生の頃、オダギリジョーと同じクラスであったことがある。小学校から9年間、サッカーをやっており、高校時代は国体の岡山県選抜メンバーに選ばれた。2年生でキャプテンも務めていたが、ある試合でのシュート失敗が河本のサッカー人生を狂わせ、退部を決意。高校2年の秋に、お笑いに興味があった訳でもないが、MBSテレビの『素人名人会』に出演し、敢闘賞を受賞した。

18歳で芸人になりたくて大阪へ。1994年に井上、山下正人とトリオ「次長課長社長」を結成。だが、1年程で「社長」にあたる山下が脱退した為、コンビ「次長課長」に変更。最初はツッコミ担当であったが、1999年3月の心斎橋筋2丁目劇場閉館直後にボケに転向。近年は相方の井上がバラエティ番組などで天然ボケをいじられる機会も多く、ツッコミや仕切りを務めることも増えてきている。よく「かわもと」と言い間違えられるそうである。井上はその事をネタにして、わざと「かわもと」と呼ぶことがある。

岡山から大阪に出てきた当時は何度も岡山に帰ることも考えたが、相方井上の存在が踏みとどまらせた。「自分がこの世界に引きずり込んで、あいつの人生を狂わしたのに、自分が帰ったらあいつはどうなる」と発言。

2003年3月に、元大阪パフォーマンスドールの重元直美と結婚し、現在一男一女の父である。宮迫博之(雨上がり決死隊)、オール阪神などと並ぶ恐妻家としても有名で、実際に妻に束縛されたりすることがあるという。「行列のできる法律相談所」の企画「気の毒な夫No.1決定戦」で第2回チャンピオンを獲った事もある。

『ダイナマイト関西』でのキャッチフレーズは「お笑い慶應ボーイ」。

2009年7月、「ジュツゴロウと愉快な仲間」で「S-1バトル」の7月の月間チャンピオンとして選ばれた。ちなみにサブキャストとして、約半年後にM-1王者となる黒瀬純(パンクブーブー)を出演させている。

2010年10月、急性すい炎で入院、30日退院。約2ヶ月の休養に入る事が発表されたが、11月2日放送「火曜サプライズ」にて復帰。

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