Phase1 誕生日


翌日。
「ご主人様、起きてください。朝ですよ~」
……ウズの声で私は目を覚ました。
横になったまま目を半分開き、羽根をひらつかせているウズの姿を捕える。
「あっ、ご主人様起きましたね。今日もいい朝ですよ~」
ウズはそう言って、私がベッドから出るのを確認して部屋を出ていった。
手早く支度を整え、1階の食堂へ向かう。……まだ少し眠い。まあ、今日は日曜だから問題ないが。
「あっ、おとうさん、おはよ!」
既にテーブルについていたエリスが、私の姿を認めるなり、にこーと笑顔で挨拶をする。この子はいつも元気だ。
私も笑顔で挨拶を返す。テーブルにつくと、間もなく朝食が運ばれてくる。
スープが置かれ、スプーンを手にしようとした時、はっと思い出した。
そうだ、すっかり忘れていた。
「エリス」
「ふぁい?」
スプーンを口に入つけたまま応える。
「お誕生日、おめでとう」
「あっ……。ありがと、おとうさん!」
そうだ、このところブルボンの件もあってすっかり忘れていたが、今日は記念すべきエリス10歳の誕生日なのだ。しっかりとお祝いをしなければ。
「エリス、今日は外食でもしようか」
「えっ、ほんと!?」
私のほうへ身を乗りだして来る。……スープをこぼさなければいいが。
「ああ、実は、もうすぐバルボンが店を辞めるんだ。……多分うちの店でバルボンの料理を食べる機会なんてもうないと思うから、その意味もあるんだが」
「そっか、バルボンさん、辞めちゃうんだ……」
「一応今年いっぱいまでってことなんだ。やっぱりどうしても自分の店が持ちたいらしくてな」
少ししょんぼりした様子を見せるエリス。この子はバルボンに懐いていたから無理もないだろう。
「ま、まあ、今日は日曜で仕事も休みだし、途中でプレゼントを買って、それからでも行くとしよう!」
元気づけようとわざと明るい調子で言うと、少しずつ笑みが戻ってくる。
「そう…だね。おとうさん、覚悟しておいてよ!」
「おいおい、何を覚悟するんだ」
「ないしょだよ~~」
と悪戯っぽく笑う。
気がつくと、スープはすっかり冷めていた。

「おとうさん、ありがとう!」
夕刻すぎ、市場でぬいぐるみを抱きかかえるエリス。
何件か巡り、市場の中央から少し外れた店で見つけたものだ。
大きなぬいぐるみをぎゅうっと抱きしめ、顔を埋める姿を見ると、やたらと微笑ましくなる。
次の目的地……コシェルジュ本店は、市場の入り口近くにある。
中に入り、ウェイトレスのメルに席があるかを訪ねる。
「あっ、全然だいじょうぶですよ。なんか今日は予約が少ないっぽいんで」
……この子は他の客の応対もこうなんだろうか。まあまだ入ったばかりだから仕方ないが、早めに教育しておく必要があるなと考えていると、エリスが私の顔をじっと見ているのに気がついた。どうやら表情に出ていたらしい。
「こちらへどうぞ~」
メルが奥のテーブルに案内してくれる。メニューを眺めていると、間もなくバルボンがやってきた。
「いらっしゃいませオーナー。今日はお客様で?」
「ああ、実はエリスの誕生日なんだ。せっかくだし、お前の料理でも食べようと思ってね」
「わざわざありがとうございます。エリスちゃん、お誕生日、おめでとう」
「ありがとう!それで、あの……」
「ん?どうかした?」
「バルボンさん、本当に……お店、やめちゃうの?」
バルボンが少し表情を歪めるが、すぐに元に戻して、
「うん、実はそうなんだ。エリスちゃんにあまり会えなくなるのは私も寂しいよ」
「そうなんだ……」
「ところで、厨房のほうはいいのか?」
「あっ、しまった!じゃあ、何なりとご注文下さい。腕によりをかけてお作りいたしますので」
そう言ってバルボンは厨房に戻って行った。少ししょんぼりした様子のエリスに、少し調子づいた口調で、
「さてディナーの時間だし、バルボンおすすめのコースでいいかい?」
「うん!」

「お待たせしました~」
前菜だ。皿を並べるとメルは胸ポケットからメモを取り出し、
「アンコウの肝と小海老の赤ワインソースでーす」
と言って、そそくさとメモをしまう。って、をい。
「ごゆっくりどうぞ~」
「うわあ、おいしそう~」
料理に口をつける。
うん、美味い。さすがは王国一の料理人と名高いことはある。
私はじっくり味わっている間に、エリスは早々と食べ終える。私が半分も食べ終えないうちに、エリスの皿は見事なまでに綺麗になっていた。
「ヴィシソワーズスープでーす」
「鯛のポワレでーす」
「今日のパンは、ブラウンバゲットでーす」
私の食べる早さに合わせて料理を持って来るので、次の料理を待ちきれないとばかりにエリスはパンをぱくついている。
「えっと……ビーフシチュ…」
メルの手からメモをぴっと取りあげる。
「わーっ、返してくださいよー」
慌てて飛びついてくるメル。
「お前はこれを見ないと何の料理かわからないのか」
「そうですよー。だから返してくださーい」
……あっさり肯定されてしまった。
呆れている隙に、手を伸ばしたメルにメモを奪われてしまう。
「というわけで、ビーフシチューの温野菜添えでーす。オーナーのイジワル!」
そう言って小さく舌を出す。おい、仮にも今日は客だぞ…。
「いいのか、この店……」
私の心配をよそに、エリスは幸せそうにスプーンを動かし、パンを口に運んでいく。と、ふと目が合う。エリスは水をひと口飲み、
「メルさんっておもしろい人だね、おとうさん!」
……はぁ。
さて、私もおとなしく食事に専念することにしよう。
「サーモンサラダでーす」
「ミシシッピフルーツケーキでーす」
「う~ん、あまぁ~い!」
ケーキを一口食べるなり、それまではおとなしかったエリスが途端に声をあげる。
「そんなにおいしいのか?」
このケーキは食べた事がなかったので聞いてみる。
「うん、よくわかんないけど…甘いっていうより、甘ずっぱいっていうか…」
たどたどしく説明するエリスに、ふと笑いがこみあげる。
「あ~っ、おとうさんなんで笑うの~」
「いやいや、何でもないよ。じゃあ…私のも食べるか?」
「ほんと!?」
エリスの目が輝く。
「ああ、いいよ」
「やったぁ!」
にこー。
……やれやれ。

コースの最後に、私はコーヒー、エリスは紅茶を頼むことにした。
「ふう、満足満足。エリスはどうだい?」
「うん。おいしかった……」
何か歯切れが悪い。
「ひょっとして……まずかったか?」
「ううん、そんなことないよ!すっごくおいしかった!でも……」
「でも?」
「その……もっと、食べたいな……って」
思わず吹き出してしまう。
「あっ、おとうさんひどい!」
「ごめんごめん。うん。いいよ、食べたいのなら、何か頼めばいい」
「えっ、いいの?」
「ああ。今日はお誕生日だし、好きなだけ食べなさい」
「やったぁ!!」
パチンと指を鳴らし、エリスはメニューを手に取る。
「すいませ~んメルさーん、注文いいですか~!?」


「ヒレステーキペパーソースでーす」
エリスの前にそれが置かれ、私は思わず目を見張る。
じくじくと音を立てるステーキ皿には、厚さが軽く3センチはあろうかという肉が乗っている。その量は500グラムとかじゃきかないだろう。大の大人だって尻込みしてしまうような大きさだ。
「うっわ~、おいしそ~」
しかしエリスは尻込みするどころか、喜々としてナイフを手にする。
「いただきま~す」
このやたらぶ厚い肉をエリスは大振りに切り、口をいっぱいに広げて頬張る。
「おいひいよぉ~」
数度噛み、あっという間に飲み込む。そして、間髪入れずに次のひと切れを口へ運ぶ。
私はぽかんとそれを見ていたが、そのうち、そういえばこの子は昔からよく食べる子だったなと思い返していた。
エリスはにこにこと上機嫌で肉を口に運んでいき、やがて皿の上に残ったのが残りひと切れになった頃、再びメルが大きな皿を持ってきた。
「シカゴ・ピザでーす」
そう言って置かれた皿に乗っている物を見て、私は目を疑った。
(な、なんだこれは…)
大きさは直径40センチ、高さはこれまた5センチはあろうかという巨大なピザが登場したのだ。
あまりの驚きに何も言葉がない私とは反対に、エリスは目の前に置かれた新たな″ごちそう″に瞳を輝かせていた。
「すっご~~い!!」
ようやく肉を飲み込んだエリスが感激した様子で叫ぶ。
「う~ん、これは…さすがに食べきれるかなぁ……」
などと呟きながら、最後のひと切れを口にする。
(いくらなんでも、これはさすがに無理だろう…)
そんな私の内心をよそに、エリスはステーキを完全に平らげ、ナプキンで口の周りを拭き、8つに切られているピザのひと切れを手元に取る。
「ねえおとうさん、これってどうやって食べるのかなあ?」
……確かに。
しばらく考えて、トレーからナイフとフォークを取り出し、小さく…といっても十分に大きいが……切り分けて食べ始めた。
「う~~~~ん!」
小さな口をいっぱいに膨らませて頬張る。そしてその反応がおいしいと雄弁に語っていた。一口くらい食べてみたいと思ったが、正直胸がいっぱいでとてもそんな気分になれなかった。
エリスは次々とピザを口に運んでいく。チーズが、トマトが、ベーコンが、オニオンが、サラミが、ピーマンが、ソーセージが、ドゥが胃袋へと飲み込まれていくのだろう。具も大きめに切られているためか、エリスがあまり噛まないのか、嚥下の度に食べ物が喉を通っているのが正面から見ていてよく分かる。
4切れ目を食べ終えようとする頃、食べ続ける動きが途端にゆっくりになり、お腹をさすりだした。
「どうした?もう、お腹一杯か?」
「違うの……」
下を向き、小さな声で答える。
「スカートが……きついの……」
席を立ち、エリスの側に行く。
「どれ、見せてごらん」
私がそう言うと、エリスは少し顔を赤くしながら服を持ち上げた。胸が膨らみ始めたばかりの平坦な体つきに、お腹だけがぷっくりと10センチ近く膨らんでいる。
「こんなになるまで我慢してちゃ駄目じゃないか。スカートのホック、外すぞ」
「うん…」
スカートとお腹の間に手を差し込む。手の甲にお腹が触れ、うっすらとした脂肪の下でパツパツに膨れているお腹の様子が伝わってくる。
手探りでホックを外すと、スカートで押さえつけられていたところがぐぐーっと前に迫り出てくる。
ちらりと顔を見ると、エリスの表情には安堵が浮かんでいる。
「ありがとう、おとうさん。すごく楽になったよ」
ふぅ、とひとつ息をしてお腹をさする。少しだけ神妙だった顔付きに少しずつ笑みが戻り、
「まだ、食べられるかな…」
もう一度ピザに取り組もうとしている。
……私は黙ってそれを見ているしかなかった。
戒めが解けたエリスは再びピザを口に運んでいく。余裕が出来たためか、先程よりも早いペースで食べ続けている。
5切れ目、6切れ目…7切れ目を食べきり、最後のひと切れを半分くらい食べた頃、またもや口に運ぶスピードが落ちていった。
お腹に目を落としながら、せわしなくさすったり、軽く揉んだりしている。
軽く身を乗り出して目をやると、セーターの上からでもお腹が膨らんでいるのがはっきりとわかり、スカートを多少下げているのもあって、白く膨らんだお腹がセーターとスカートの間から顔を出している。
「うー…」
唸りながらも、ゆっくりとピザを飲み込んでいく。
一口、二口…。苦しそうに口に運び、皿に残っているのはあと一口分になった。
エリスはそれをフォークではなく手で掴み、口元まで持っていったところで目を閉じ、一気に頬張る。
くちゃくちゃと噛み、ゆっくりと最後のひと飲みをする。
「…うぐっ…」
そして、とうとう全てがその小さな体の中に飲み込まれていった。
「ごちそうさまぁ……」
満足そうに空になった皿を見て、両手でお腹を撫で回すエリス。
そんな姿を見て、正直私は…興奮しかけていた。
父親として、本来ならば途中で止めさせるべきだ。しかし、途中から私は得体の知れない感情に捕われて、ただただエリスの食べ続けるまま、それをじっと眺めていた。
「やあエリスちゃん、まさか全部食べきるとはねぇ」
水を飲み、エリスが少し落ち着いてきた頃、驚いた顔をしたバルボンが厨房からやってきた。
「あっ、バルボンさんごちそうさまぁ。とってもおいしかったよ!」
「それはどうもありがとう。私も心を込めて作った甲斐があるってものだ」
二人して笑いあう。
「ところで、エリスちゃん」
「なぁに?」
「その……デザート、いらないか?」
「えっ?」
「いやねえ……実は、ケーキを作りすぎちゃって。もうすぐ閉店だし、このままだと残り物になってしまう。まさか明日、そんなものをお客さんに出すわけにはいかない。それならば、エリスちゃんに食べてもらうほうがいいと思ってね」
言われて気がついたが、店内に私達以外の客はいない。時計を見ると、確かにもうすぐ閉店の時間だ。
「えーっと……」
エリスはしばらく考えて、
「はい、いただきます!!」
と、にこーとして言った。

「おとーさーん……」
それから丸々1ホールのケーキを食べたエリスが小さな声を出す。
「くるしい……動けないよぅ……」
そりゃそうだ、あれだけ食べれば…。甘い物は別腹と言うが、まさにその通りだ。
……結局、エリスを抱いて帰ることになった。
エリスをだっこするとぬいぐるみを持てなくなるので、これは明日にでも取りに来ることにして私達は屋敷へ帰ることにした。
その途中。
「ねえ、おとうさん」
「ん?」
「お誕生日、おめでとう」
「あ……」
何てことだ。エリスのことに気を取られて、今日が私の誕生日でもあることを忘れていた。
「エリス」
「なあに?」
「ありがとう」
「えへへっ……」
エリスをぎゅっと抱き、頭を撫でてやる。
エリスも私にぎゅっと抱きついてくる。
押し付けられるお腹が心地よかった。
そのまま、冬の寒さを感じる事も無く、私達は屋敷の門をくぐるのだった。

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