しんなあちゅうどく
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イフの夏はどこに(クロスオーバー短編 ネギま+イリヤの空)
封怒決闘(ふうどふぁいと)……
 元々は整理整頓の能力を競い合う為の戦いであったが、大半が食料をテーマにしていた。食料を整頓していく光景を見た若者は、「保管しておくと、腐るものも出る。今食ってしまった方が、恐れも何も生まれない」とのことで、若者は自分の分の食料を全部平らげてしまった。
 数時間後には死去してしまったが、その顔はいたく幸せであったという。これに感銘を受けた人々は、「整理整頓なんかやめだ。今できることをしよう!」と決意し、今ある食料を全て食い上げていったのだという。
 後にルールが構成されていき、「時間内に、どれだけの食い物を平らげることができるか。散らかしたり、吐いたり、途中で立ち上がったりすることは厳禁、それは食べ物に対しての冒涜となる」といった規定が生まれた。
 優しくは無いものであるが、それでも人は、食べることをやめなかった。ただの大食いから戦士へと昇華した瞬間である。
 この戦いは全世界にも広まり、俗に言う「フードファイト」へと変化していった。ドクターストップという制限がついたが、大半の猛者どもにそれは不必要だったことは、言うまでもないだろう。
民明書房刊
食ノカケラより

 本日は晴天なり、休日なりということで、早乙女ハルナは綾瀬夕映とともに買い物を楽しんでいた。当たり障りの無い一日が過ぎ去ろうとした時、何やらどんちゃん騒ぎが聞こえてきたではないか。
 即売会かと思い、周囲を見渡してみる。
 人だかりの前に突っ立っていたは、大手総合料理店だった。アホ規模を誇る、麻帆良学園都市ならではの超建造物である。
 看板を見るに、フードファイト大会が開催されようとしているらしい。ほうほうそれでとハルナは頷くのであるが――参加費、五千円であった。優勝すればチャラとなるらしいが、五千円といえば随分な大金ではないか。いったい、いくらの品物を買い占めることができるのだろうか。
 夕映も「バカらしいです」とコメントするのであるが、続きの文字を見逃すわけにはいかない。時間内に全ての食品を平らげることができれば、賞金十万円を手にすることが出来るらしかった。
 悩む。
 ハルナは金にうるさい女ではない。かといって、全く使わないかといったらそうでも無い。同人誌に関する道具とか、印刷費とか、夏の祭典における参加費とか、漫画とか――何だかんだいって、通常の学生よかは浪費しているだろう。
 大金があれば、大作→大量印刷をこなすことが出来る。夢でもピポパでも何でもない。
 そういうわけなので、ハルナは参戦することにした。一万円札を受け付けに支払い、戦場となる店内へと足を踏み入れるのだ。
 夕映の手は、しっかりと握り締めて。

 端的に書かせて貰うならば、ハルナと夕映はハッスルしていた。LLサイズおにぎり、一人焼肉、ファランクス展開餃子を見事突破し――今もなお、生気に満ちた面構えをしていたではないか。
 生き残りは大体少なくなってきたものの、ハルナと夕映の存在は特に異質だった。
 当然っちゃあ当然である。野次馬根性で参戦したとしか思えぬ女子中学生が、現在進行形でどっしりと腰を下ろしているのだから。
 色気もクソも無いゲップをかまし、次の料理はまだかとハラをさすっている。傍目から見れば余裕そうであるが、
「早くしろ、出ろよ。食欲が満たされちゃうでしょうが、死んでやるぞ」
 と、ハルナは思考していた。一皮向けばこんなものであるが、そこに至っただけでも十分と言えよう。何せ、いい大人も脱落しているのだし。

「うぉぉぉ、おぉぉっ、うふっ! ううっふ! はあ。何か、後戻りできない空気になってない?」
「とっくに、そうです。女ですよ? 私たちは女ですよね?」
「んだ」
「女がこんなに食うものですか? しかも、子供が!」
「若いからいいんじゃないの?」
 あんまり喋りたくはなかったが、かといって無言ゾーンもキツ過ぎる。なるだけ無心を保とうとしているのではあるが、満腹感とやらが中々どうしてコントロールすることが出来ない。三大本能のひとつ、食欲が絡んでいるからだろうか。
「若いで済まされたくは無いです、こんな下品なこと」
「下品言うんじゃないよー、伝統あるフードファイトだよ?」
 今の今まで知らなかったわけであるが、四十年続きの伝統大会であるらしかった。関心を抱かなければ、何も知ることが出来ない一例である。
「金に目がくらんだくせに、一回戦目で脱落してしかるべき存在のくせに」
「はっはっはー、そういう夕映だってまんざらじゃないんでしょ?」
「――そうですが」
 煽りはした。レア本が手に入るとか、オークションで競り落とせるとか、本に囲まれる、とか。
 だから夕映は、今現在もこうして生き残れているのだ。好奇心とやる気が合致すれば、おっかないものなど何一つ存在しないのだ。
「ふう、私のことはもう良いでしょう。それより」
 夕映がきょろきょろと首を動かす。釣られるがままに、ハルナもそれを真似する。
「見てください、あの二人」
 二人――
「ああ、気にはなってた。あれ、高校生かな?」
 ハルナと夕映よりそう離れていない位置にて、その二人は平然と居座っていた。
 もう片方は男、もう一方は女性だったわけだが――両方とも、はっきりと若い。年下であろうが年上であろうが、自分とそんなに変わらないと思う。
 ハルナと夕映ばかりが注目を浴びているが、あの二人組みも良い勝負をしていると思う。女のみで構成されている、というのがデカいのだろうが。
 ――。
「夕映」
「なに」
「今、目があった」
 明らかにこちらを見た、意識して目と目が合った。
 男は、椅子に背を預けたままだ。余力があまり残されていないのか、ハラまで必死にさすっている。
 対する女はどうだ。歯と歯の隙間を爪楊枝で掃除していて、男に向かって「大丈夫?」とまで気遣っている――その直後、ハルナの目をじいっと見つめてきたのだ。
「夕映、見てるよ、みられてるよ」
「マジですか? まあ、どうにでもなるものじゃありませんが」
 醒めてるなコイツと思いながらも、ハルナも対抗して女に睨み返す。
 女の方も「こいつは無視出来ないな」と判断したのだろう。他の参加者には目もくれず、ひたすらこちらばかりを観察している。
 たぶん、多分だが、あの女こそが最大の壁なのだと思う。他の参加者がへばっている中で、あの女だけが余裕そうな態度をぶちかましているではないか。
 しかして、語り合うのはまだ早い。この程度など、あの女からすれば朝飯前なのだから。
 ハルナからすれば――ワリと微妙なセンではあるが、まだいける。小柄の夕映でさえも、まだまだ無表情を保っていられているし。
「次はストーンヘンジ級チョコパフェです! どうぞ!」
 店内放送を用いて、次の料理名が言い渡される。次はデザートか、意外と質量がキツいのであるが。
「よし、やるか!」
 ぐっと拳を作り、夕映の背中をばしばしと叩く。夕映は「分かっているです、もう」と厄介がっていたが、ハルナは笑い返すのみだ。
 ――そして、ストーンヘンジ級チョコパフェが目前に「設置」される。
 まず目につくのは、チョコパフェがどっさどさに積み込まれているグラスだ。高さ自体はワリと普通で、クリーム部分を割り増ししてみても特に問題は無い。
 注目すべきは、その幅広さにある。サイズはラーメンの丼程度で、その中にチョコパフェがバカスカと搭載されている感じか。
 その中には、海のようなクリームの量がある。底に位置するチョコ部分もいい感じに広がっていて、チョコスティックなんざ何本も突き立てられている。ジジババに贈る誕生日ケーキみたいだ。
 冷静になって、溜息をつく。眼鏡の鼻を修正し、目前に存在する現実を再確認する。
 食えねえ。
 成金真っ青のビッグデザートを前にして、ハルナの腹がぎゅうぎゅうと締め付けられていく。
 たぶん、めちゃくちゃ甘いのだろう。成分の都合上、相当腹にクるのだろう。そして女は――
「食うわよ、直之」
「あぁい」
 余裕だった、平然としていた。目が合い、にやそと笑われた。
 夕映を見る。
「これ、食べられるんですか?」
「食べる、しかないんでしょ」
 ごくりと唾を飲む。
 大きく深呼吸し、満腹感をなるだけコントロールしようとする。両手を十字のように広げ、両目をじいっとつぶるのだ。
 とても静かだった。参加者一同は沈黙を守り、観客すらも黙り込んでいる。先ほどまでてんやわんやと騒いでいたくせに、ストーンヘンジを目にしてみればこれだ。
 目の前のデザートは、常識外と言うべき存在なのだろう。常識の範疇に無いからこそ、何もコメントすることが出来ないのだろう。
 こういう場合、一般市民は「関わらない」ことを選択する。どうすれば良いのか、どう対処していいのか分からないからこそ、通常は無視を決め込むのだ。下手な好奇心が原因で、噛み付かれたくはないだろうし。
 しかして、自分は本当の意味で噛み付かなくてはいけない。非常識に対して、関わらないであっただろう存在めがけ。
「本当にこれを食べろ、というんですか?」
「金の為よ」
 建前も本音もそうだったが、ここで逃げ出すわけにもいくまい。ダンマリを決め込まれてはいるが、期待されているのも間違いない。
「それでは第四食目、ストーンヘンジ級チョコパフェ――どうぞ! 召し上がってください!」
 ひいひいと唸っていた参加者一同が、ゾンビのように一斉に動き出す。
 誰もが苦しんでいるはずだったが、誰一人として逃げはしなかった。だから、だから、
 殺すしかなかった、目前の化け物を。
「スプゥン!」
 配布されたスプーンを手に取り、クリームを掬い取る。一口サイズを削減してみれば、また次の工事が始まる。
 ひとつ、ふたつ、みっつ、よっつ、いつつ――よんじゅうご、チョコの地が未だ見えない。これはいったいぜんたい、どういうことなのか。
 改めてグラスを確認したが、クリーム層は確かに削られてはいるのだ。冗談みたいに分厚かったのであるが。
 なるほど、そう簡単にはチョコにありつくことが出来ないわけか。ふざけんな。
 息を荒ませ、何度も何度もクリームを口にしていく。最初こそは口についたパフェを拭いていたものの、今となってはその理性すらも存在していない。ロクな思考といえば、参加者に対する関心のみだ。
 墓標のように突き刺さっているチョコスティックを歯でへし折り、そのつど参加者を視察する――当然というか何というのか、完全にへばってしまった者が数人も出ていた。観客も「やべえぞ!」だの「ここで死ぬんじゃないのか!?」だのと、悲観的なコメントばかり垂れ流していたのではあるが、
「ふう、ふう。直之、生きてる?」
 女はまだ生存しやがっていた。直之とか言う男は既に瀕死であったが、まだパフェに食らいついている。
 恐らく、女は只者ではないのだろう。大食漢をトレードマークにしているような、そんなエースに違いない。
 それに対して男はどうだ、明らかに一般人ではないか。未だ化け物を処理しているとはいえど、そのペースは明らかに遅い――情け無いとかのレベルではない、そうならなければおかしいのだ。
 そして、自分も一般人にしか過ぎない。ここでくたばっても全然OKだろうし、むしろ人間らしい反応ということで許容されるだろう。
 恐らく、胃の中はダムのように満杯だろう。ハラをさすれば、「たぷん」とした感触が味わえるだろう。
 一体何回、意識が持っていかれそうになったのだろう。何度目だろうか、「次でもういいや」と思考したのは。いつからだろう、クリームの味がしなくなったのは。
 嘔吐はしなかったが、呼吸困難に陥る程度には苦しい。息をすればするほど嘔吐寸前にまで陥り、しなければしないならで死にそうになる。
 まるでお代わりの後だ。後先のことなど考えず、山盛りを追加したばっかりに――後になって後悔し、無理して食った結果と似ている。
 何というのか、万能的に苦しかった。ああ、そういえば夕映はどうしたのだろう、
「ッ!」
 横たわっていた、ぴくりとも動いてはいなかった。
 夕映のストーンヘンジは申し訳程度に削られていて、夕映はそのままぐったりとしていた。目は死人のように虚ろで、口からは「あぁ、ぁぁああ」という、かすれ声しか聞こえない。
「夕映、夕映」
 大声など出せなかった。観客も動揺する中で、夕映はゆっくりと口を開ける。
「は、るな」
「夕映、わたしが見えてる、聞こえてる?」
「はる、な」
「夕映?」
「よくもわたしを、こんなことに巻き込んだものです」
 罪悪感がぶわっと沸いてくる。
「ご、ごめんなさい。その、あの、調子に乗ってしまって」
「――だからこそ、責任を取るの、です」
「え?」
 夕映の瞳に、光は無い。あまりにも動かないから、呼吸しているかどうかすらも怪しい。
「悪いと思っている、なら、償いをすべきです。ここで逃げることなく、どうせなら無様に負ける、のです」
「夕映、」
「まあ、勝つのがベストです。食って戦って負けても、笑って許してあげます、が」
 体に触れようとした。
 止めた。頑なに動かないのには、ちゃんとした理由があるからだ。
「まあ、最後まで戦うの、です。修羅場人、早乙女ハルナが、諦めなんて、」
 両目が、すっと閉じられていく。
「諦めなんて、似合いませんから」
 そうして、夕映の言葉は掻き消えた。
 ――振り向かなかった。女を見た。
「完食ッ!!!」
 女が、堂々と拳を振り上げる。先ほどまで苦し紛れだったくせに。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
 観客も騒ぐ、自分のことであるかのように喜ぶ。
 腹の底で毒づく。ただ見守っていただけのくせに、どうしてああも喜ぶことが出来るのだろうか。安全地帯に居ておいて、どうして「自分のお陰だな!」などと表現出来るのだろうか。
 負けたら負けたらで、敗北者と同じく肩をなでおろすのだ。一体いつから、自分はそこまでの責任を背負っていたのか。
「直之、リタイアしても良いのよ?」
「ま、まだだ! まだだ!」
 直之は必死だった。得意でも何でもないくせに、直之は必死こいて化け物を退治していた。
 それにつれて、直之専用の応援団もテンションを上げる。こいつらも、自分の功績であるかのように騒ぎ立てている――
「頑張って! 頑張ってくれ!」
「お前はもうやった! やったんだよ!」
「早乙女! 結婚してくれ―――ッ!!!」
 ハルナも例外ではなく、悲痛そうな応援が投げかけられる。
 だから、責任を背負わせるな。引き際をくれ、逃げ道をくれ、期待しないでくれ、
「他の参加者は――もういないようね。あなたは?」
 こ、こいつ、煽ってやがる。
 これで確定した、あの女は自分のことを最も気にかけている。
「早乙女! 早乙女!」
「くっそお! 俺が出る! あいつはもう戦った!」
「バカ! やめろ! 失格にさせたいのか!」
「まずかったら、救急車を誰か呼べ! ――おい! 綾瀬を助けてやれ!」
 無駄に暑苦しい連中だ。他人事だからこそ、好き勝手にぎゃあぎゃあと騒ぎやがって。
 まるでコミケだ。サークルを組まなくとも、コスプレなんかせずとも、あの空気さえ共有できればコミケの一員となれる。それは決して間違いでも何でもなくて、楽しんで参加するからこそ意義があるのだ。
 それに反論することは、ヤボの一言に尽きる。そういった意味では、応援団も同じようなものなのかもしれない。
 好き勝手に叫んではいるが、何だかんだいってハルナのことを心配している。逃げてもいい、とすら言っている。ハルナの背中をずっと追いかけてきたからこその言葉だった。
「ふ、ふふ、ふ」
 思わず笑いが漏れる。女が「何?」と疑問視する。
「修羅場人ハルナを舐めんなぁ!!」
 スプーンをぶん投げる。じゃあナイフかフォークかと聞かれれば、それは絶対的にノウだ。
「で、出たあああああああああ! ゴッドフィストだああああああああ!」
 ファイナルモードを選択するに決まっている。クリームやチョコをそのまま鷲づかみし、ヤケクソ気味に食ってやるに決まっている。
「――へえ、やるじゃない」
 女は未だ平然としている。たぶん、経験者だ。
 手は白と黒に汚れ、見るも無残にベトベトだ。顔全体がパフェまみれになるものの、そんなことは昔から気にもしていない。
 あえて食うことだけを考える。無心のままでは、勢いがつかないからだ。
 ハルナの眼鏡にクリームがこびりつくが、そんなものは後でふき取れば良い。今はただ、食に命を賭けるだけだ。

 完食した。
 仰向けのままでくたばり、次の料理を黙々と待つ。荒呼吸が止まらないが、リバースするよりはよっぽどマシだ。
「凄いじゃない、あなた。惚れた」
 目を向ける余裕もない。
「私は須藤晶穂、高校二年生。あなたは?」
「私は――早乙女ハルナ。中三」
 喋ることすらままならない。だからといって、ライバルの言葉を聞き流すほどバカでもない。
「あら、若いのに」
「……晶穂だって、昔から無茶してたじゃないか」
 直之から突っ込みが入る。昔からアホみたいにかっ食らっていたらしい、恐るべき存在だ。
「まあまあ。で、あなたは経験者?」
「んや、初」
「本当に? 本当なの? 凄いんだけど」
 適当に「まーね」と返答する。呼吸が乱れに乱れる。
「なるほど、あなたを注目したのは正解だったみたいね。相方さんは撃沈しちゃったようだけど」
 静かなものだった。
 夕映は既に、保護されている。
「ま、あそこまでやったから良いんじゃないの?」
「そうね、それもそうね」
「――よくそこまで、余裕があるわね」
「……そーみえる?」
「見える」
 ふん、と鼻息をつく。
「そう見えちゃうか、そっか――いや、実は相当苦しいんです。次で限界なのね」
「ああ、そうなの」
 仰向けを維持しているせいか、照明が目に入る。ドキュメントファイルであるかのように、ぼやけてはいたが。
「はあ、疲れた」
「そりゃこっちのセリフよ。全く」
「そうね。でも、あなたと戦うことができてよかった」
「――そーね、あんたも私と同じみたいだしね」
 少なくとも、同じ人間ではあるらしかった。胃のデカさは違うと断りたいが。
「ほら直之、大丈夫?」
「ご、ごめん、ここで限界」
「もう、仕方がないわね」
「……なんで僕は、こんなところにいるんだっけ?」
「取材よ、取材」
「……そうだっけ?」
「そーよ」
 カップルなのか、友人同士なのか、はてまたは部活仲間なのか、どうも釈然としない。
 しかして、真っ当な青春を送っているらしかった。
「いいわねえ、男と会話なんて」
「あら、あなたはしないの?」
「ま、女子中だし」
 ネギ=スプリングフィールドがいるが、あれは男性の域には入らない。可愛い子供だ。
「そっか」
「そーなの。いいわねえ、もう」
「そうでもないって、こいつ情けないし」
「ひっどいなあ」
 ハルナは気に入らなさそうに、
「そこが好きなんでしょ?」
「まあね」
 観客から「羨ましいなあ!」だの「俺と代われ!」などといった叫びが聞こえてくる。無論、晶穂はスルーだ。
 そして、ぴんぽんぱんぽんが聞こえてくる。
「大変お疲れ様でした。次で最後、次は『一人七面鳥焼き』です」
 ふてくされたように、鼻息をつく。
「ここまで来たんだし、やってやるわよ」
「いいこと言うわね、私もやるわ」
 赤の他人であるはずなのに、こうも同調することはあるらしい。何だかんだいって、ノリは良さそうだ。
「来た! でけえ七面鳥だ! あれで国一つは救えるぞ!」
 そんなわけがないだろう馬鹿め。
 まあ、いいやと思う。誇張が出るということは、それだけ盛り上がっているという証明にもなるし。
「覚悟は?」
「完了してる」
 晶穂がうんうんと頷き、
「あなたとは、またどこかで会いたいわね」
「こっちもよ。ま、死なないようにね」
 姿勢を正し、左から右へと首を動かす。長い長い髪が、すっきりと舞う。
「上等」
 晶穂の右拳と左拳とが、張り切ってぶつかりあう。麻帆良学園に居ても、特に問題は無い人材だ。
 そして、「これロック鳥だろ?」と突っ込みたくなる七面鳥焼きが、目と鼻の先にどんと置かれる。
 禍々しい湯気が立ち上り、ツヤが激しく照らされている。これ以上無いぐらいに黄色くて、あくまで香ばしい匂いを発してはいた。
 ハルナはどうだ。胃の中身は完全にぎゅうぎゅう詰めで、これで走ろうものなら間違いなく吐き散らす。ハラがでっぷりと膨らんでいて、立ち上がることすらも難しい。
 呼吸は落ち着いてきたが、心臓は今もなお全速力だ。それにつれて、胃自体もぴくぴくと動いているような気がする。
 胃の中身は、どんな風になってしまっているのだろう。米だの、肉だの、クリームだの、チョコの残骸だのといったものがごちゃごちゃにかき混ぜられているのだろうか。或いは、そのまま放置されてしまっているのか――
「やるわよやるわよもういいわよ!」
 絶望を無理矢理ブン投げ、ナイフとフォークを持つ。同じくして晶穂も武装し、観客から「いやっほおおおおおおお!」と絶叫される。

 あとは、無理矢理にでも食った。最初こそは親のカタキとばかりに切り刻んでいたのだが、どういうわけか、直接齧りついていた。
 たぶん、めんどうくさくなったからだとおもう。あきほもおなじことをしていたから、じぶんのこういはただしかったのだ。
 かんしょくしました、かんきゃくからたたえられました。ゆえからもしょうさんされ、いしきをそのままうしなってみました。おいしかたです。

「だっははははははははは!!!」
 夕暮れとなって、ハルナと夕映と晶穂と直之とが帰路についている。十万円をひらひらと動かしながら、ハルナと晶穂はおばはんのように高笑いしている。
「いやー、総額二十万円か。見てて爽快ねえ」
「そうよねー。いや、バカなことをして正解だったわ」
 直之と夕映が、同時に溜息をつく。
「それに巻き込んだ責任、どう取ってくれるんです?」
「こんなの部活動じゃないだろ?」
 ハルナも晶穂も「メンゴメンゴ」と謝罪する。無論、まだるっこしいことなんて一切考えてもいない。
「いやしかし、何かね? 直之さんだっけ? カレシ?」
「そういうことになるんじゃない?」
 即座に、直之が「違う!」と否定する。それが何だかおかしくて、
「いいわねー、そういうの。私なんて、女しかいないからさー」
「他人の恋愛ばかり気にするあなたが、言えたことですか」
 どうでもよく「あはは」と笑う。
 ふと、ソラから轟音が聞こえてくる。何事かと思って見上げてみれば、名も知らぬ戦闘機だった。
「懐かしいわね」
 晶穂が呟いた、聞き逃しそうな声だった。
「え、何が?」
「ううん、気にしないで」
 ふむ、と唸りつつ、
「そっか。ところで二人は、何処に住んでんの?」
「ああ、麻帆良学園都市の外かな」
 直之も「うんうんそう」と頷く。そういうことであるらしかった。
「じゃあ遠いかー。一緒に遊びたかったんだけどね」
「休日さえ使えば、どうってことはないんじゃない?」
「あ、それもそうか」
 またしても、夕映が呆れたように溜息をつく。
「すぐに友人認定するのは、どうかと」
「うん、そうは思う」
 夕映の言葉に対し、直之がもっともらしく同意する。晶穂とは違って、ずいぶんと慎重に生きているらしい。
「一緒に戦った仲なのにねぇ?」
「まあねえ」
 高校生と中学生がタメで話しているのだ。何を今更、だ。
「しかしまあ、」
「うん?」
 嘗め回すように晶穂を眺め、
「こんな美人さんなのに、彼女じゃないの?」
「違うよ! うん、違う」
 ハルナが「あ」と声を漏らす。晶穂と直之が、夕暮れと同化した苦笑を露にしていたから。
「あ、その、何かゴメン」
「ううん、いいのいいの」
 手をぱたぱたと振るわれる。遠い人であろうが、麻帆良学園都市じゃなかろうが、皆、それぞれの事情を背負っているものであるらしい。
「あ、バス停だ」
 晶穂の表情が、ぱっと明るくなる。
 ハルナは鼻息をつき、同じくして口元を緩める。
「ここでお別れかな?」
「そういうことになるね――今日は楽しかった、ありがとう」
 夕映が「こちらこそ」と頭を下げる。どうも同調するところがあるみたいで、直之も頭を下げる。
「バスも来たし、本当にお別れか。残念ねえ」
「次の大会があれば、また会えるわよ」
 それもそうか。
「それではお元気で」
「うん。それじゃあ、また」
 バスが目の前に止まる。自動ドアが開かれ、晶穂と直之はあっさりと乗り込んでいく。
「じゃあね! また会おうね!」
 また会おう! そう言わんばかりに、晶穂はドア越しから敬礼する。
 直之も遠慮がちに手を振るい、夕映もそれに続いて手をひらひら。友人が増えたようだ。

 そして、バスは走り去っていった。見えなくなるのに、時間はかかった――消えるのはあっという間だったが。

「じゃ、帰ろうか」
「帰るで、あれ?」
「どうしたの?」
 夕映の目が、バス停に釘付けとなる。何か面白い落書きでも発見したのかと思い、ハルナも続くのであるが、
「どうしたの? 何もないじゃない?」
「時刻表を見るです。今は十八時十二分、バスは十八時二十分到着ですが?」
 数秒遅れ、ハルナははっと目を見開かせる。時刻表には確かに「18:20到着」と書かれていて、時計を見直してみれば、
「――やばくない?」
「――どうしてです? 何がやばいんです?」
「いや、何となく。でも、どうして」
 さあ? と夕映は首を傾げる。実にあっさりとしたものだった。
「そ、それでいいの?」
「とは言いましても、バスはもう行ってしまいました。後は、無事を祈ることしかできません」
「そうねえ、そうかもねえ」
 落胆したように溜息をつく。出来ることなら、バス会社のミスと思いたい。
「ま、いいです。帰りましょう」
「そーね、帰ろうか。あの二人なら、生き残れるでしょ」
 バイタリティだの何だのは高いだろう、あの大会を乗り越えたのだし。
 だから、ハルナと夕映は背を向けた。そのまま帰宅した。
 懐が暖かかったが、風は生温かった。少しばかり、寒い。

 バスの座席に身をゆだねる。晶穂と浅羽は隣同士で座るわけだが、別に恋人関係ではない。
 それが妙に悔しいなあと、晶穂は思うわけで。
「楽しかったね、あの二人」
「そうだね。でも、あんな目に遭うのは沢山だよ」
「なーにNHKぶったセリフを吐いてんの。来年も行くわよ?」
 マジかよと浅羽ががっかりする。あくまで晶穂は、にんまりと笑っている。
「いくに決まってるじゃない。あんた、カッコ良かったし」
「ただ食ってただけだけどなあ」
「一生懸命になる男の姿ってのは、見ていてかっこいーものよ」
 隣同士のまま、晶穂が身を寄せる。
「見直しちゃった」
「大袈裟だよ」
 首を左右に振るう。
「うん、」
 今なら言えるだろう。今の晶穂には、勢いのまま告白できる気合がある。
 それも、先ほどの勝負のお陰だ。あの戦いを思い返すたびに、「鉄人定食まんまだったなあ」と心の中で呟くのだ。
 ハルナのことを、あの女に置き換えても問題はあるまい。意地は一流、体力も抜群、おまけに美人だったりと――コジツケっぽいところはあるが、間違いだとは思わない。
 性格は正反対だったが、高揚感は抱いた。鉄人定食の再来であると、あいつが姿かたちを変えて帰ってきたのだと、この未練を何とかするチャンスかもしれないと――恐ろしいものだ、ずるずると魅せてくれる女というものは。
「ねえ、直之」
「うん?」
「あ、あのさ、」
 バスには運転手以外、誰もいない。
「その、あのさ。私ね? あのね? 浅羽直之のことがね?」
 誰もいないはずだったのに、
「――ただいま、見てた」
 いないはずだったのに、いつの間にかそこに突っ立っていた。
「え?」
 浅羽が振り向く。そこに、晶穂の姿は映ってはいない。
「見てた。すごくかっこよかった」
 理解するのにちょっと時間はかかったが、何とか認識してやった。
 溜息をつく。
 全く、どうしてこの女は「いつの間にか」なのか。存在感を示さないくせに、どうして自分の前ばかりを辿っているのだろうか。
「あ、ああ! お、おかえり! おかえり!」
 ――まあ、
「相変わらずしゃきっとしないわねえ」
「そうかな?」
「そうよ」
 だからこそ、浅羽の心をかっさらったのだろう。そう納得している。
「これで対等になったわけね。――負けないかんね」
「わたしも同じ」
 堂々と戦おう、銃も戦闘機もないこの日常の中で。この須藤晶穂ととことん戦ってもらおう、
「伊里野、おかえり」

 そして伊里野は、不器用に笑った。浅羽ときたら、赤くなりやがっていた。

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