しょこっとミステリー


秋の日の朝、市立沈没小学校5年3組の皆はいつもと変わらず、始業までの時間を友達との会話に興じたり、通信ケーブルを繋いでポケモンを交換したりして過ごしていた。
8時30分を告げるチャイムが鳴り、それから1分ほどして担任の黒柳徹子先生がシャーッっと扉を開けて教室に姿を見せると思い思いの時間を過ごしていた皆はガタガタと机と椅子の音を立てながら自分の席へと戻っていく。
「起立、礼」
全員が自分の席に着き、黒柳先生が教壇に向かったのに合わせ、クラス委員の塩野さんが号令をかける。
「おはようございま~す」
5年3組のよい子のみんなが朝の挨拶の声を揃える。
「着席」
「みなさんおはようございます。それじゃ出席を取ります。安藤君」
相沢君、青沼君、赤坂君、赤阪君、赤穂君、足立君、あっぱい!あっぱい!君、阿藤君、アナコンダ君、阿仁屋君、安西君、安生君、安藤君、宇野君、渡辺君、綿貫君、ンーダラボッチ君と次々に名前が呼ばれ、「はい」「元気だブー」などと男子たちの返事が続く。
「じゃあ次は女子ね。相川さん」
「は~い!」
と、教室を「元気いっぱいですっ!」オーラで満たすような、とにかく元気としか表現しようのない大きな返事を返したのがこの物語の主人公(オナペットとも言う)の相川翔子、通称しょこたんである。
これ以上名前を考えるのが面倒くさいので出席確認を終え、名簿を閉じて朝のお説教タイムを始める。
「先生は今日、とても悲しいです」
いつものように遠まわしに切り出す黒柳先生の口調だが、あれ、なんかいつもと違う……としょこたんは思った。
「昨日、みなさんから今月分の給食費をお預かりしましたね。昨日のお昼休み、先生はそれをひとつに纏めて職員室の先生の机に置いていました。みなさんも知ってるとおり、午後から先生は出かけていて学校に戻ってきたのは放課後の4時過ぎでした」
そういえば、昨日の午後の授業は音楽の手塚先生が来たのだった。しょこたんは音楽が大好きなので、手塚先生のことも大好きだった。
「先生が職員室に戻ったら……机の上に置いておいたみなさんの給食費が……なくなっていました」
昨日の朝、10月分の給食費4000円を集めたばかりだった。途端に教室がざわめきだす。
「もちろん先生も、ほかの先生方にもお願いして探しましたが、どこにもありませんでした。もし何か知っている人がいたら、先生のところまで来てください」
これで朝会を終わりにします、と黒柳先生が続け、さっきと同じように塩野さんが号令をかけ、落ち着かない空気のまま一日が始まった。

当然、その日はクラスで一日中消えた給食費のことで持ちきりだった。しょこたんも仲のいい磯野さんと中島さんと侃侃諤諤と意見を戦わせたが、基本的に馬鹿なので、放課後になり校門を抜けるとそんなことは頭の中から消え失せていた。
「ただいま~」
しょこたんは家に着き、ドアを開け……開かない。鍵がかかっているようで、回してもガチャガチャと音がするだけだ。
(おかーさん、買い物に行ってるのかな?)
ポストを覗くと、案の定鍵があった。二度目のただいまを言うしょこたんだが、もちろん答える声はない。
リビングのテレビの前にランドセルを置き、キッチンに向かうと、テーブルの上に書置きがあるのを見つけた。


しょこへ

田舎のおじいちゃんが急に倒れて病院に運ばれたと電話がありました。
心配なのでおかあさんも顔を出しに行ってきます。
今夜は帰れないと思うので、夕飯はこれで食べてください。


テーブルには書置きのほかに千円札が1枚置いてあった。つまりはそういうことだろう。
しかししょこたんは馬鹿なので、おかーさんが病院に行ったというのはわかったものの、”倒”の字が読めず何故病院に行ったのかは理解していなかった。
時計を見ると4時。6時間目の体育で少し疲れていたしょこたんは軽い空腹を覚えていた。
それから1時間ほど筒井康隆の『怪奇たたみ男』を読んだりして過ごしていたしょこたんだが、そのうちに胃袋がきゅるきゅると食物を要求し始めたので、少し早いが夕食を食べに行くことにした。
たまにこんな風に一人で外食することがあるが、そんな時しょこたんはいつも商店街のはずれにある定食屋”輪ゴムの味”に行く。魚屋をリストラされた男が苦し紛れに始めた、肉料理が美味いということでこの辺では有名な店だ。
しょこたんは店に入ると迷うことなく、名物の”ごっちゃり定食”を注文する。
ごっちゃり定食はその名のとおりに様々な(主に肉類)おかずが親の敵ぃぃぃぃとばかりに盛られた、半ば嫌がらせのようなボリュームを誇るメニューで、統計によると二十代男性で半分食べることができれば立派な大食いだとか何とか。
そんな設定でありながら1000円という財布に優しい値段で、一部の体育会系の学生や自称大食いタレントの皆さんの支持を集めている。
しょこたんは普段はそれほど食べるほうではない。むしろ少食と言っていいだろう。
だが時々、天啓のように「たっぷり食べたい!」という発作が起こり、そういう時は大抵ここに来てごっちゃりを頼むのだ。
「あいよ~、時間かかるけど待っててくれな」
注文を受けた親父さんが出刃包丁を片手に厨房へと戻る。胸の前で斜め40度に構えられた包丁が照明をはね返し、一条の光がしょこたんの目を眩ませる。
満席になるにはまだ少し早い時間帯だが、それでも店の中には数人の客がいる。彼らは話には聞いていた存在であるごっちゃりの注文があったこと、そしてそれが自分の半分にも行かないであろう少女によるものであることに驚きを隠せない。
自分に視線が集まっていることにしょこたんは気がついていたが、これはいつものことなので気にせず、テーブルの下から月刊少女ロートルを引っ張り出し、ごっちゃりが来るのを待つことにした。
仔栗鼠雅夢の新連載、『すっぱい葡萄にご用心』を読み終えたころ、肉類の肉類による肉好きのための肉汁の匂いが厨房から漂い始め、我知らずしょこたんの口の中に唾液が出始める。
「ほい、お譲ちゃんお待たせな」
しょこたんが口の端を2回ほど拭ったころ、待ちに待ったごっちゃりが運ばれてきた。テーブルの下に月刊少女ロートルを押し込み、スペースを確保する。こうしないとごっちゃりが乗らないのだ。

さて、ここで今回の玩具とも言えるごっちゃり定食の説明だが、大食い研究家でもあった故・岸信介元首相の日記に以下のような記述が残されているので、そのまま引用しておこう。
「其れが私の前に並べられた時、私は『これは戦争だ』と思わざるを得なかった。主に其の量に関しての所意であったが、私に此のような感想を抱かせたのはうず高くあったその盛り付けのせいだろう。
 まるで難攻不落の要塞のように目の前に置かれた4つの皿と器は、それぞれがファイアーエムブレムの23章くらいに置かれるであろう難所に思えた。
 一の砦は肉類の皿である。輪ゴムの味の主人の十八番とされているハンバアグや豚肉の生姜焼きなどの肉類の料理が並べられている其処には、味付けに使われているソースや調味料以外はあの何とも表現しづらい、肉類の証明とも言える茶褐色一色に染められており、見ているだけで胸焼けを禁じ得ないだろう。
 二の砦は肉類以外の惣菜である。定食の醍醐味とも言えるこれらはある種の安息を私にもたらすが、よくよく見てみると其の皿の上には惣菜屋で見られるような物が一通り揃っており、此れには流石の私も戸惑いを禁じえなかった。エビフライの尻尾が皿からはみ出ているのは御約束であろう。
 三と四の砦は飯と汁である。それぞれ器は普通なのだが、飯は小さめのお櫃で、汁は手鍋で運ばれ、自分でよそう形を取っている。勘定したわけではないが、それぞれ通常の五から六倍はあったのではないだろうか。其の日は飯は浅利の炊き込み飯に、汁はけんちんであった。
 私は果敢に此れ等に立ち向かったが、彼の対戦に挑んだわが国のように、敵の圧倒的な物量の前に白旗をあげる結果になってしまった。店主に聞いてみたところ、いままでに此の戦いを制した者は僅かに六人とのことだった。私は無様な姿を晒す事になったが、我が国にもまだ其の様な骨のある士がいることに安堵したのも事実である」

割り箸を綺麗に二つに割り、しょこたんはまず、大好きなハンバーグを4つに割って口へと運ぶ。
空腹は最高の調味料という言葉があるが、あまりにもおなかが空いていたしょこたんは味を感じる前にハンバーグを喉を通過させてしまい、少し遅れて口に残ったデミグラスソースの味を感じただけだった。
ここでご飯と汁をよそっていなかったことに気づいたしょこたんはいったん箸を置き、お櫃を引き寄せ、鍋の蓋を取る。今日はキノコの炊き込みご飯と豚汁のようだ。いい匂いがしょこたんの鼻をくすぐる。
その匂いのせいでもあるだろう。あるいは空きっ腹にほんの少しだけ食べ物を入れたせいもあるだろう。その時、しゃもじを持つしょこたんのお腹がぐうぅぅぅ~~~っと昔のアニメのような大きな音を立てた。
6時に近い店内には客の姿も増え、しょこたんの隣のテーブルでは大学生らしき三人組がくだらない話を続けていたが、しょこたんのお腹が鳴った途端に会話が止まり、隣のテーブルに目を向ける。
その視線を敏感に感じ取ったしょこたんは顔を赤らめ一瞬動きを止めるが、おにーさん達に笑顔を返し、いくつかの一口カツとエビチリをそれぞれ取り皿に乗せ、夕食の時間を再開することにした。
よい子のしょこたんは学校で教わったとおりに一口ずつカツ、エビチリ、ご飯、豚汁の順番で口に運び、ワンサイクルごとに麦茶で喉を潤していく。
空になった取り皿にハンバーグ、シュウマイ、焼肉、木耳と春雨の炒め物と次々に新しいおかずを補充しながら、テンポ良く口と手を動かしていく。(この2行、流水風だな……)
ご飯は早くも3杯目である。はじめのうちこそヒラタケの繊細な味を楽しめていたしょこたんだったが、濃い目に味付けされたおかずに麻痺された舌が徐々にそれを感じなくなってしまうのは今日のごっちゃりの欠点だろう。
ご飯、豚汁、そして取り皿を空にして、一旦しょこたんは箸を止める。ここまでで全体の半分弱ほど平らげただろうか、コップに半分ほど残っていた麦茶をゆっくりと飲み、お腹に手を当てて様子を見る。
成長期真っ盛りのしょこたんだが、いい感じに身長のほうに栄養が回っていて体型は細身である。均整の取れた幼児体型とでも言えばいいだろうか、凹凸こそないもののバランスの取れたすっきりとしたしょこたんの体のライン、そのお腹のあたりだけが今はぽっこりと膨らんでいる。
さて肝心のお腹の様子だが、まだまだ余裕――もっとも、しょこたんにとっては確認するまでもないことだったが。
麦茶のピッチャーがほとんど空になっているのを見て、OLっぽいおねーさんが補充してくれる。しょこたんは「ありがとうございます」と軽く頭を下げる。
そして新たにご飯とおかずを取り分け、さきほどまでと変わらないペースでしょこたんが再び食べ始めると、周りから半ば呆れに似たどよめきが起こる。
既にしょこたんは店中の注目の的だった。自分の注文が届いているにも関わらず、全く手をつけずにしょこたんを見ている阿呆もいるが、テレビでしか見たことがないような快進撃が目の前で起こっているのだ。それも当然のことかもしれない。
ここでしょこたんはご飯を先に食べてしまうことにした。味の分からない炊き込みご飯なんて何の意味もないものだから、先に片付けてしまおうという考えだ。
お櫃の中を見ると大体3杯弱ほどだろうか。しょこたんとしては本当はやりたくないのだが、半ば麦茶で流し込むようにお腹に収めていくことにした。
はっきり言ってしまえば食べたくないのだが、別段嫌いなもののないしょこたんにとって、出されたものを残す方が気分がよくない。良い教育を受けているんだね。
意を決してしょこたんは茶碗を持ち、ご飯を多めに口へ入れ、3回ほど噛んで麦茶でお腹に流し込む。こういう時は何も考えずに口を動かしていくのがコツだということをしょこたんは心得ている。ここに来て更にペースが上がるのを受け、店内はぬおおっっと盛り上がりを見せる。
5分ほどでお櫃は空になった。しょこたんは、特に理由はないが今度は豚汁を片付けてしまおうと考え、手鍋を引き寄せる。
全体的に濃い味付けの中で、豚汁だけは出汁の味がはっきりと分かる薄目の味だ。ご飯を片付けるのにピッチャー2つ分の麦茶もお腹に収めたので流石にしょこたんも少しお腹が圧迫されるのを感じていた。なのでここで少し間を置き、器に口をつけてずずっと一口啜る。そうしてゆっくりと具を箸で掴む。

そうした当社比50パーセントくらいのゆっくりとしたペースで2杯目を飲み干そうとした時だった。しょこたんは突然お腹がぐぐーっと膨らみ、拳ひとつ分空けて座っていたテーブルに当たるのを感じた。
いきなりの事に驚き、しょこたんは思わず箸を止めてしまう。6合のご飯が大量に飲んだ麦茶を吸い込み急激に体積を増したからなのだが、そんなこととは知らないしょこたんは軽く混乱してしまう。
とりあえずしょこたんは椅子を引き、体とテーブルの間に隙間を作る。傍目にも分かるほどしょこたんのお腹は大きく膨らんでいる。着ていくたびに的屋の息子の安生君に「お勤めご苦労様です」とからかわれる白と黒の横縞の長袖シャツ、等間隔である横縞がお腹の部分だけ幅が広くなっているのが一目でわかる。
テーブルに向かっているので不可能だが、正面から見たら前にせり出したお腹がシャツを皺ひとつなくピチピチに引き伸ばし、その麓の部分、縫製されている辺りに数々の皺が寄っているだろう。
片手をテーブルに置き、もう片方の手でお腹をさするしょこたん。目線を下ろすとパツパツになっているシャツが――自分のお腹が目に入る。
突然の事に戸惑いこそしたが、そうしているうちに徐々に落ち着きを取り戻す。食べ物で膨れ上がった胃袋に確かに圧迫感は感じるが、苦しいとかそんな感じではない。しょこたんの勘定だとまだ6割ほどである。……俄かには信じがたい話だが。むしろ、その圧迫感を楽しんでいる節がしょこたんにはある。
なんだかわからないけどまだ大丈夫と結論づけて、しょこたんは再度箸を握る。豚汁が冷め切ってしまいそうだし。
ご飯に続き豚汁も、鍋に残っていたのは3杯ほどだった。最後のほうはやはり冷めていて、しょこたんは不満だったが仕方ない。
残っているのはおかず2皿。まあ、楽勝である。ポテトサラダで口直しをし、豚の核煮を頬張る。脂肪が固まり始めたこのタイミングでたべるのが、おいしい。
終わりが見えると、しょこたんの食べるペースは自然と落ちていく。企画や競技ではなく、個人の楽しみでやっていることだ。その辺はしょこたんにお任せしよう。
一番最初に4つに割ったハンバーグの最後の1つを飲み込むと、皿に残っているのは鰯と牛蒡のピリ辛揚げだけだ。これはしょこたんの隠れた大好物である。日曜日にパリーグの試合を野次りながらビールを飲んでいる時のおとーさんみたいに、麦茶を片手にゆっくりと口へ運んでいく。
そして全部を胃に収め、あの岸信介が難攻不落と称したごっちゃりは10歳の少女によって陥落した。
「ごちそうさまでした~」
胸の前で手を合わせて完食の合図をしょこたんが告げると、ギャラリーはおおうーーっと歓声を挙げる。噂には聞いていたごっちゃりを目の前で平らげた少女に、誰もが興奮していた。ギャラリーの中にインターネットの巨大掲示板にある”大食いの女の子が好き”というスレッドを毎日見ている馬鹿がいて、そいつは感極まって涙を流している。
照れ笑いを浮かべるしょこたんに、隣の大学生が「握手してください、握手!」と言ってくる。とりあえず言われたとおりに握手をするしょこたんは、何がなんだかわかっていない様子だ。
店主に千円札を渡し、しょこたんは熱気冷めやらない輪ゴムの味を後にした。さっき握手した大学生はこっそりお腹を触っていて、そんでもってしばらく手を洗わないでいよーっと考えていた事は、もちろんどうでもいい話である。

日が沈むのがすっかり早くなったこの頃、辺りはすっかり暗い。しょこたんが家に着いたのは、7時を少し過ぎた頃だった。
灯りがついていないので、おとーさんがまだ帰ってきていないことをしょこたんは察する。いつも帰りが遅いおとーさんだから仕方ないが、真っ暗な家に帰るのはやはり少し寂しいものがある。
数時間前にそうしたように、今度は電気を点けてリビングに入る。テレビの前にほったらかしにしていたランドセルが目に入り、今日学校で起こった消えた給食費のことをしょこたんは思い出す。
その途端、しょこたんの頭の中に形を成さない考えが浮かぶ。天啓のようにひらめいたそれを形作ろうと、しょこたんはキッチンへ足を向ける。そして冷蔵庫を開けるが、ろくなものがない。
それでも口を開けていない1.5リットルのペットボトルのコーラがあったので、急いでキャップを外し、ゴクゴクと飲み始める。
「飲み始めてから酔い始めるまでの15分間だけ、僕は天才になる」と言った作家が誰か今は思い出せないが、作者の発想の貧困さの関係で、しょこたんは大食いをした後に天才になるのだ。いいじゃないか、探偵物っぽいのやりたかったんだから。
ちなみにしょこたんは、体の内側に天才スイッチがあって、たくさん食べて膨らんだお腹がそれを押しているんだろうと思っている。慌てて冷蔵庫に走ったのは、更にお腹に物を入れることでまだ半分しか押されていないスイッチをより深く、完全に押すためだ。
「……っえええっぷ、はぁ、苦しいよぉ……」
一気にペットボトルの半分以上を飲み干したしょこたんの口から大きなげっぷが出る。みっともないとは思うが、周りには誰もいないし構わないだろう。
そうでなくてもお腹に溜まるものばかり食べてきた後だ。その直後にコーラの一気飲みは堪えるだろう。それでもしょこたんは必死で喉を鳴らしながら飲んでいく。
「ごぇぇぇぇっっぷ……っぷ……ぅぅ……」
そうしてペットボトルを空にしたしょこたんの頭の中で、さっきの考えがはっきりと形を成していた。冷蔵庫を閉めるのも忘れて家を飛び出す。愛用の自転車、純情丸に乗って学校へと急ぐ。
10月を迎えようとしている街を抜けて、しょこたんはペダルをこぐ。さすがにお腹が苦しいのでそんなにスピードを出せないが、それでもギリギリの加減を見計った速度で家並みを通り抜けていく。
うっすらと汗をかいた体にひんやりとした風が心地よい。頭の中ではジェームス・スクエアの『サークルズ・オン・ミステレート』がリピート再生されている。
学校に着いたしょこたんは、校門のところで黒柳先生の姿を見つける。
「せ……先生っ!」
「まあ、相川さん、どうしたんです!?」
ただ事ならぬしょこたんの様子に、ヒステリーさえ起こさなければ冷静な黒柳先生もさすがに驚いている。
「先生、こっち……こっち来て下さい!!」
黒柳先生の手を掴み、しょこたんは校舎の裏、ウサギ小屋のほうへ急ぐ。会話の主導権を決して渡さない事で有名な黒柳先生だが、あまりの急展開にしょこたんのなすがままになっている。
ウサギ小屋の前を通り過ぎ、二人が向かった先はゴミ集積所だった。閂を外し、自分の頭より高く積まれたゴミ袋の上のほうから水色の袋だけをいくつか放り出す。
「ちょっと相川さん、いきなり先生を引っ張ってきて……何をやってるんですか?」
表面上は落ち着きを取り戻したように見える黒柳先生だが、頭の中はパニック状態である。
「先生も探してください!」
「何をですか?」
「この中のどれかに、なくなった給食費があるはずです!!」
「えっ!?」
一瞬何を言っているのかわからなかった黒柳先生だったが、すぐにしょこたんの言いたい事――何故ここに給食費があるのか――を理解した。
二人で袋を開けていく。そして3つめにしょこたんが開けた袋の中に目的の物が見つかった。赤のマジックで”10月分給食費”と書かれた無地の分厚い封筒だ。
「ありました、先生!」
「まあ……ありがとう……」
封筒を受け取り、黒柳先生はしょこたんと手の中にあるものを交互に見る。
「よかったですね、先生」
「そうね……よかった……明日は業者さんがゴミを回収しに来ちゃうから……」
こんな時間に関わらずしょこたんが急いだのは、そのためだ。4年生のときに給食委員をやっていたしょこたんは、隔週の金曜日に回収業者がやってくる事を知っていた。
「お札しかないから、落ちても気づかないってこともありますよねっ」
「うん、そうね。……本当にありがとう、相川さん」
「えへへっ、あたしもたまにはやるんですよっ!」
自慢げにしょこたんは胸を張った。
純情丸に乗ってしょこたんは家路をゆっくりと辿る。いつの間にかびっしょりと汗をかいてしまっていたしょこたんに、さっきより涼しさを増した風は寒さを感じるものだった。
ペダルを踏む足に力を入れ、しょこたんはアリソンナンバーの『ステイツ』を口笛で奏で始めた。

|