坂上波旬の滅尽滅走


坂上波旬は狂していた。


誰だ何だ一体どいつだ。俺の天狗道に亀裂を入れた塵屑は!? 俺は一人で幸せなんだ俺は独りが幸せなんだ自分以外の他人が入り込む余地など微塵もないんだ。切実なんだよ純粋なんだよこちとらよぉ! それをどいつもこいつもなんで関わってくる? 俺の領域を侵そうとする? 俺はただ独りでいたいだけなのに……。いらんいらんいらん! 迷惑なんだよ滓どもめ! 俺の純化を妨げる不純な塵どもは、万象一切滅尽滅相。例外なく消し潰してやる。


「あぁそうだ……特に俺の耳にあの塵愚弟の声より鬱陶しい騒音を響かせた塵はなぁぁあああああ!!」


狂気に満ちた咆哮を上げながら、金髪ガングロに三つ目のタトゥーシールを貼り付けた少年?は、サドルから腰を浮かせた立ちこぎ状態で自転車(俗にママチャリと呼ばれるタイプ)のペダルを一心不乱に回していた。


波旬があけぼの荘の駐輪場にて適当に(鍵を素手で引きちぎって無断に)借りたその自転車こそ、106号室に住まう彼の二つ隣に住む黄金の獣ことラインハルト・ハイドリヒの所有する聖遺物、『黒円卓の聖二輪(ヴェヴェルスブルグ・チャリオッツ)』である。


見た目こそ普通の金色のママチャリ(まぁ普通のママチャリでこんな成金チックなカラーリングはまずない)であるが、そのフレームからタイヤ、螺子の一本に至るまで聖槍十三騎士団黒円卓初代第二位こと櫻井武蔵=トバルカインがラインハルトの依頼の受け設計・製造した、宇宙最強のママチャリである。


ゴールドを基調としたカラーリングではあるが、そのフレーム素材自体は櫻井一族伝来の特殊金属『緋々色金』を使用しており、そこらにぶつけるどころか最高速の戦車と正面衝突したとしても一切変形しない頑丈さを有し、更には十三段変速機により、足腰を鍛えるための常人では一回転もさせられないほどの超負荷から、ペダルを逆に回していても九十度の絶壁を登り続ける楽々走行までが自在にギアが調節可能。その上一切の電気やガソリンを使用しないという非常に環境に優しい自転車になっている(ただし車輪が一回転するたびにグラズヘイムの魂がランダムに一人消費される)。単価は一台あたりで米国の年間軍事予算程度と大変お値打ちになっているので、気になる諸兄はグラズヘイムの通信販売事務所に電話してみよう。


「……見つけた。見つけた見つけた見つけた見ぃぃぃいぃつけたぁぁあああああ!!」


暴走族が垂れ流す騒音を追ってママチャリのペダルをこぎつづけた波旬は、ついにその薔薇のエンブレムの背中を視界に捕らえる。


「莫迦な!? ありえねぇだろ!? 一体こっちが何キロ出してると思っていやがる!?」


憤怒の形相を浮かべてママチャリで迫ってくる波旬に、刑士郎の背中に今まで経験したことのない類の悪寒を感じる。あれはダメだ。追いつかれたら終わる。たとえ喧嘩になったとしても勝つか負けるかなんてない。一方的に蹂躙されるだけ。幾多の修羅場を乗り越えてきた第六感がそう告げていた。


「てめぇら! もっとだ! もっとスピード上げろ! あのチビに追いつかれるんじゃねえ!!」


刑士郎の額から頬を伝った冷や汗が顎に落ちるまでに、加速し強さを増した風圧にさらわれて宙に消える。しかし後ろから迫る脅威は決して消えない、離れない。滅尽滅相の対象を発見した天狗道の主は、口元に喜悦を浮かべて狂笑する。


「あはははははははははははは! 見つけたぞ……俺の天狗道を穢す塵共め……。一抹も残さず滅尽滅相してやらぁぁあああ!!」


メルクリウス謹製の魔術・エイヴィヒカイトを習得していない波旬にとって、『黒円卓の聖二輪』は単なる丈夫なママチャリでしかない。常人には変速機を回すこともできず、健康志向に目覚めたラインハルトがギアを最低にまで下げているので速度が出るどころか本来ならば発進すらできないはずである。


しかしそんな事情を「それがどうした? 俺が俺である以上問題などない」の理屈にならない論理で打ち破るのが唯我の魔王、坂上波旬。


……そう、波旬はただママチャリをこいでいるだけである。純粋に自身の脚力のみで『黒円卓の聖二輪』を捻じ伏せ、あまつさえ道路交通法の速度制限に縛られず自動二輪車を駆り爆走する暴走族たちに追いついているのだ。


その様はまさに第六天魔。只人であるはずのその身から溢れ出る禍々しい氣と念は、暴走族たちに極大の恐怖を伝播させる。


あるものは恐怖に耐え切れずハンドルを切り間違えて転倒し愛車とともに道路の赤い染みに、またあるものは波旬に追いつかれ、襟首を掴まれて声にならない悲鳴をあげながらアスファルトをおろし金にその身を磨り潰される。そこには逡巡も容赦もなく、煩わしい塵が消えていくことに対する波旬の歓喜に満ちた嘲笑があった。


「くくく……あーっはっはっは! どうだ塵共? 愛車と一緒に死ねるなんて本望だろう。そんなに暴走したいんだったらあの世で死んでも走ってろ。俺の天狗道で騒音撒き散らしながら走んじゃねぇ……。どうせお前達は一人じゃなにもできないんだろう? 弱くて矮小な自分を隠すために群れて強がってイキがってるんだろうが。ああ……鬱陶しいぞ。死ね。消えろ。滅び去れ。……お前達の行く場所なんて、俺の天狗道の何処にもない」


一人、また一人と第六天魔の威圧と暴力に呑まれて滅尽滅相されていき、ついには薔薇のエンブレムを背負う男は総長・凶月刑士郎ただ一人となった。刑士郎は既にいつ事故を起こしてもおかしくない常識外の速度で駆け抜けている。しかしそれでも波旬を引き離せない。ヤツは仲間を道路の染みに変えながらも、着実に距離を詰めている。


「ちぃ――――だったらこれならどうだ!!」


憎々しげに舌打ちをしたかと思うと、刑士郎は少し惜しそうにパッ、とハンドルから手を離しバイクから飛び降りた。速度的に本来なら自殺行為に等しい愚行だが、波旬に掴まれば生存の可能性など微塵もない。刑士郎は咄嗟に受身を取り、ゴロゴロと道路を転がりながらも何とかすれ違いざまに波旬を見る。……其処には狙い通りの光景があった。


「――ッ!?」


刑士郎の手を離れた愛車シュバルツ・ヴァルドが、後方から追いすがっていた波旬のママチャリと衝突したのである。単車と衝突したくらいで壊れる黒円卓のママチャリ……あ、違……『黒円卓の聖二輪』ではないが、その衝撃で僅かに車体がぶれてしまった。元々速度が速度であったため、些細であろうともバランスを崩されたママチャリは波旬を乗せたまま宙を舞い、アスファルトに巨大な穴を開けて激突したのだ。衝撃で撒きあがった砂や塵が煙幕のようになる中、真紅の瞳をこらしてなんとかヤツの生死を確認しようとする刑士郎。


そこにはまるで犬神家の一族の1シーンのように頭から道路に突き刺さり逆さに直立する第六天魔の姿があった。思わず刑士郎はほっと胸を撫で下ろす。


「……ふぅ。けっ、ざまぁみやがれド畜生が……。俺の命(タマ)ァとろうなんざ百年早……」



「――滅・尽・滅・相――」



「……は?」


首から上がアスファルトに突き刺さり、逆に直立不動した状態の波旬は、何事もなかったかのように逆立ちの要領で地面から自身の頭を引き抜き、三つの瞳(正確には一つはタトゥーシールなのだが)でボロボロになった刑士郎を見る。


「この……屑がぁぁああ! 俺の身体を埃まみれにしやがって……赦さない、赦してたまるか。肉の一欠片、血の一滴も残さず滅尽滅相してやる」


「な、何なんだ……てめぇは一体何なんだってんだぁぁああああああ!!」


己の理解を超えた存在である第六天魔の存在に絶叫し、冷静な判断力を失ったまま、刑士郎は体勢を立て直そうとする波旬へ握り締めた拳を振りかざして飛び込む。


「――俺は、俺だ」


刑士郎の問いかけに対して、波旬の答えは単純なものだった。いや、彼にとってはそれこそが唯一絶対の真理なのだろう。
波旬は振るわれた百戦錬磨の刑士郎の拳を羽虫か何かのように手の甲で払うと、彼の鳩尾に己の拳を叩き込む。


「あぁそうだ――――俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺!!!」


「ががががががががががっ!!」


続けざまに刑士郎の身体に叩き込まれる滅尽滅相の鉄拳制裁。残像で無数の腕が乱打を振るっているかのように見えるほどのスピードで、「俺」のラッシュが刑士郎を蹂躙する。地面に転がることすら許さない拳打の嵐は白貌の暴走族を宙に留まらせたままに地獄を刻む。


内臓が爆ぜる。骨が砕ける。肉が飛び散る。


……もはや苦悶の表情を浮かべることも痛みを叫ぶこともできず、ボロ雑巾のようになったまま拳撃の中で踊る刑士郎に、波旬は最後の一撃を見舞った。


「俺ぇええ!!!」


放たれた渾身の右ストレートは、刑士郎の残滓を完全に吹き飛ばした。道路には染みの一つすらも残っていない。これこそ滅尽滅相。自身を煩わせる塵は万象一切消滅させるという、波旬が魂に抱く渇望である。
周囲は暴走族と波旬が起こした大事故によって慌しくなっていた。遠くの方からはパトカーのサイレンも聞こえてくる。しかし当の波旬は自分を苛立たせた塵を消したことで歓喜に震えているのか、辺りの喧騒になど気づいていない。


「お前の死因はたった一つ。たった一つのシンプルな答えだ」


追いかけた全ての塵を処理し終わった感慨に耽りながら、波旬は刑士郎の散った虚空に狂気を孕んだ笑みを浮かべて言葉を紡いだ。


「お前は俺を怒らせた」


  • 武蔵さん一体何造ってんすかwww -- 名無しさん (2012-06-01 12:37:00)
  • あれ、波旬がカッコ良くみえてしまう。 -- 名無しさん (2013-02-27 19:46:07)
  • おかしい。満たされるどころか腹が減っていく。なんだこれは。 -- 他化自在天喇叭 (2013-03-21 13:16:33)
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