刹那と戦乙女の昼下がり



「――でね、聞いてくださいよまったくもぅ。少佐ったら私と戒がイチャイチャしようとするとシュマイザーぶっ放してくるんですよ? ありえないじゃないですか。僻みですよひ・が・み! 自分がいい歳こいて恋愛経験ゼロの純正培養戦乙女だからって、私まで巻き込むことないじゃないですか? ないですよねないに決まっています恋する乙女の邪魔はたとえ神様だろうと許されることじゃあないんです!」

「はいはい。わかった、もうわかったから」

穏やかな休日の昼下がり。誰もがほっと一息吐いて休憩なり昼食なりをとっている諏訪原の歓楽街で、非常にめんどうくさそうな重いため息を吐いている青年が居た。女性的な柔らかいマスクに細身の体躯、襟の長いタートルネックで首周りの斬首痕を隠した彼こそ、第四天の時代に水銀の蛇によって生み出され、黄昏の女神と共に修羅の軍勢と恐怖劇を演じた永遠の刹那、ツァラトゥストラこと藤井蓮である。

「わかってませんよ全然わかってなんかいません。そういやって適当にあしらってちゃ女の子に嫌われますよー。こういうときはなんでもいいからとりあえず軽く微笑を浮かべてー、「誰にも邪魔なんかさせないよ。たとえ世界の全てが敵に回ったって、僕が君の輝きを穢させたりなんかしない(by櫻井戒)」とかなんとか聞いてるだけでキャーッ!って赤面しちゃうような萌え萌え台詞をですね」

「……頼むから惚気話なら他所でやってくれ」

疲労のこもった重々しいため息が再び蓮の口から漏れる。一体何がどうしたというのだろうか。今日はマリィがライブで忙しいため、たまには一人で街をぶらついてみるか、と似合わない積極性を出してしまったのが運の尽き。まさか外に出ただけで、「ひゃぁぁぁあああああ!」とかいう頓狂な叫び声と共に空から降ってきた金髪女軍人にクッションにされた上、惚気話で絡まれることになろうとは……人生とは何が起こるかわからないものである。

「ったく、その話も何回目だよ。……若いのは見た目だけで中身はやっぱりババアか」

「何か言いましたか? 蓮君?」

「いいえ、別に、何にも、まったく、これっぽっちも」

ぼそりと毒づいたものも耳ざとく聞いているベアトリスに憮然とした表情で返す蓮。街ですれ違う人々は皆ベアトリスの金髪碧眼の美しい容姿も黒くいかめしい軍服姿も、その全てが目を引くのか九割以上が振り返って二人に注目していた。あまり人に注目されることを好まない蓮としては、それだけでため息の種が一つ。加えて先ほどから口を開けば出てくるのは上司の愚痴と恋人の惚気の二択だ。これでうんざりしない奴がいるとすれば尊敬に値するだろう。

「……そんで、結局何しに来たんですか? えっと……その」

「ベアトリス。ベアトリス・ヴァルトルート・フォン・キルヒアイゼンです。こう、親しみを込めて私のことは『ベアトリスお義姉さん♪』とか胸キュンな呼び方を」

「はいはいベアトリスね」

「……最近の若い子はつれないですねー。戒とは大違いです。顔はそこそこいい線いってるのに。あ、女装とかしたらきっとマニアックな層から人気でますよ?」

「うるせえ黙れ妖怪ババア」

「ほらほら蓮君。立ち話もなんですしそろそろ遅めのお昼にしましょう。ハンバーガーでも奢ってください」

「人の話聞けよ!」

いくら語調を強めて怒気を含ませてもマイペースを崩さないベアトリスに手を引かれるまま、蓮は最近国内チェーンを凄まじい勢いで増やしている人気のファーストフード店へと入っていく。快適な涼しさに保たれた店内は、昼時のピークは過ぎた頃合だろうにほとんど満員状態で、いくらか列にも並ばなければならないようだった。

「しかも年下に飯たかってんじゃねえ!」

「まぁ、なんということでしょう! 女性に代金を支払わせるだなんて貴方それでも男ですか!? 戒は何も言わなくても気づいたらお会計を済ませてくれているのに!?」

「……もうなんか櫻井んとこの兄さんに同情を禁じえねえよ」

「ふふん、いいでしょう。戒は凄いんですよー。かっこいいし、優しいし、お料理上手ですし、運動だって出来ますし、いつだってレディーファーストですしー」

「……櫻井の兄さん。今からでもいい。こんな妖怪ババア見限って新しい恋探したほうがいいって、絶対」

なんだかんだ言いつつも注文待ちの列に並びながら、超のつくほどのドヤ顔で彼氏自慢をするベアトリスと、どこか遠くを見つめながらさる青年の新しい恋を願う蓮。そんなやりとりを繰り返すこと数分。スタッフたちがフル回転で頑張っているおかげか、予想よりも早く蓮たちの順番は回ってきた。

「あ、ほら順番回ってきたみたいですよ。久しぶりですねー。ハンバーガーなんて何年ぶりでしょう」

「もうさっさと注文決めてくれ。俺は……なんでもいいや。何かバーガー単品で」

「そうだなツァラトゥストラ。お勧めはやはり新商品の『ハイドリヒバーガー』だ」

「じゃあー、私はっと……チーズバーガーのセットはカロリー高そうですよね。よしここはフレッシュトマトバーガーセット、ドリンクはアイスコーヒーで」

「あぁ、それとこの人と俺はまったく無関係な赤の他人なので会計別でお願いします」

「ちょ、蓮君まだそれ言いますか!? 私今レンテンマルク紙幣しか持ち合わせがないんですよ!?」

「逆になんでそれしか持ってねぇんだよ。それたしかドイツが昔インフレ対策に刷りまくったもんだろ」


「ふむ、委細承知した。ツァラトゥストラはハイドリヒバーガー。ヴァルキュリアはフレッシュトマトバーガーセット。注文は以上でよいかな?」


「「―――ってちょっと待てやぁぁああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」」


ビリビリと店内の空気を震わせて、二人の魂の底から全身全霊、至大至高のツッコミが放たれた。席について食事中だった者も、テイクアウトして自動扉をくぐろうとした者も、注文を聞いてレジを打っていた者も、奥でポテトを揚げていた者も、皆が突然の絶叫に驚いて目を見開き、蓮とベアトリス……そして何故かこの店の制服を身に纏っているラインハルト・ハイドリヒに注目が集まる。

「どうしたのだ、卿ら。談笑程度なら問題ないが、些か以上に声を荒げて騒ぐのは他の者たちの食事の邪魔になるであろう。少々慎むがよい」

「そんな至極真っ当な意見はどうでもいい! なんで! てめぇが! こんなところにいるんだよ!」

「あまりにも違和感しかなかったから逆に気づきませんでしたよハイドリヒ卿!!」

二人とカウンターを挟んだ向こう側に、その男は座していた。店名の刺繍が施されているオレンジと白を基調とした庶民的で親しみやすい制服に身を包んだ黄金の獣、ラインハルト・ハイドリヒ。彼は黒円卓の間から持ち出してきたのか、『破壊(ハガル)』のルーンが刻まれた十三騎士団第一位の席を、あろうことか狭いカウンターの中に無理やり配置し、頬杖をついて優雅かつ傲慢に腰を下ろしていた。せわしなく厨房を行き来する他の店員たちにとっても邪魔なことこの上ないだろう。もうその時点で既に接客態度としては文句のつけよう“しか”ない。

「なんでも何も。日々の労働は人の権利であり義務だ。私がそれに精を出し、世の経済の循環に一役買うことに、一体何の問題がある?」

「問題しかねえんだよお前そも働く気ゼロだろうが!」

「心外だなツァラトゥストラ。これでも私が勤めだしてからこの『スワバラバーガー』の店舗数も格段に増え、売り上げは先月だけで前年度の六倍だぞ。勿論、それら総てを己の功績などとは言わんがね」

「で、でもハイドリヒ卿……その、流石に椅子に座って注文をとるのはいくらなんでも……」

「ふむ、私もおかしいとは思っているのだがな。私の威厳が損なわれると我が愛児たちが泣くのだよ、ヴァルキュリア」

「どれ……」とラインハルトがおもむろに腰を上げようとすると、それまで仕事に従事していた他の店員たちが自身の持ち場を放り出して慌てて駆け出し、「だ、大丈夫ですかハイドリヒ卿!」「何かハイドリヒ卿のお手を煩わせるようなことをいたしましたか!?」「申し訳ありませんハイドリヒ卿! ここは店長たるこの私が腹を切って……」「い、いえここはエリアマネージャーたる私が腹を!」、と全員涙を流して黄金の席に縋り寄ってくる。

「と、まぁこういう具合にだな。私が本気で働こうとするとスタッフ全員が気を使いすぎて混乱が起きるのだよ」

「……おい、この店大丈夫か?」

「……なんだか少佐のご同類がこれでもかと」

「店名も『スワバラバーガー』をやめて、『ハガルバーガー』や『ハイドリヒバーガー』、あと意味は良くわからんのだが『スワベバーガー』にしようという意見も出ているほどだ。いやはや、流石に研修中のアルバイトを過大評価し過ぎだとは思わんかね。私はそれほど大した男ではないよ」

苦笑を漏らしながらラインハルトがパチン、と指を鳴らし「仕事に戻れ、卿ら。私たちのハンバーガーを待つ雛鳥たちが飢えてしまう」と明瞭な声で指示を出すと、訓練された軍隊もかくやという統率された動きで再び彼らは自分たちの持ち場へと戻っていく。

「……と、いうわけでだ。注文はハイドリヒバーガーとフレッシュトマトバーガーセットでよかったかな?」

「「いいえ結構です」」

二人は黄金の魔界と化していたハンバーガーショップから、足早に退散した。



  • もう中佐が働けばいいと思う。あの人が働けば人件費が大きく削減できるぞwww -- 愛の伝道師? (2012-09-02 13:04:30)
  • ザミパン卿の見事なツッコミどころの創造には嫉妬を覚えてしまいそうだwww -- 名無しさん (2012-09-02 19:23:42)
  • 相変わらずの面白さwww


    獣殿が出たということはそろそろ奴も部屋から出てくるかな -- 名無しさん (2012-09-02 19:54:41)
  • つーか水銀ストーカーとかニートじゃなくてマリィのプロデューサーとかマネージャーやればいいのに。練炭が止めてるのか、遠くから愛でるのが主義なのか。 -- 名無しさん (2012-09-02 21:08:58)
  • ザミエルは少佐じゃなかったっけ?それとも中佐って別の人のこと? -- 名無しさん (2012-09-02 21:48:50)
  • ↑5 お前円卓でがんばってるザミ姉さんを仕事で忙殺する気かwww -- 名無しさん (2012-09-02 21:53:46)
  • (∴)あ、急いでたから普通に間違えた。ちょちょいと修正しとこう。修正する俺は素晴らしい。ツッコミどころの多い俺は素晴らしい。ザミエル卿が好きな俺は素晴らしいという俺に好かれるザミエル卿は素晴らしい -- ザミパン (2012-09-02 23:36:53)
  • ↑3 あれだけの仕事をして昇進なしじゃ、少し悲しい;; -- 愛の伝道師? (2012-09-03 00:23:43)
  • ↑2悔しいが、納得だわwww -- 名無しさん (2012-09-03 03:43:08)
  • タイトルは練炭とべーやんだけど、確実にインパクトで獣殿に出番食われてる件についてw -- 名無しさん (2012-09-03 07:59:07)
  • ハイドリヒバーガー超食いてぇ……w -- 名無しさん (2012-09-04 23:10:51)
  • ハイドリヒ卿に食われてぇ……w -- 愛の伝道師? (2012-09-05 21:44:33)
  • ザミエル卿のパンツ食いてぇ……!ww -- ?ミ?? (2012-09-05 23:38:58)
  • つーかハイドリヒバーガーの材料は何だよ?髑髏なのか!!? -- 名無しさん (2012-09-06 11:15:19)
  • 何で毎回こんな楽しい事考えつけるんだwww -- 名無しさん (2012-09-06 17:04:33)
  • ↑(∴)おまえらが俺の天狗道に俺を讃える塵コメントを放り投げ続けるからだ。作中にはツッコミ役あんまいねぇから他はおまえらがセルフでツッコンどけやぁ…… -- ザミパン (2012-09-06 17:29:55)
  • これを座見える今日が知った日には店が焼かれるか、 -- 名無しさん (2012-09-07 10:51:45)
  • やべ、間違えた・・・ザミエル卿が知った日には・・・ザミエル「イザーク!!私を落とせ!!!!私はハイドリヒバーガーを食さなければならん!!」から始まるか、スワハラバーガーの店員がすべて焼け死んでしまいますよ!! -- ヴァレリア・トリファ (2012-09-07 10:58:07)
  • 練炭は普通に黒円卓のこと憶えてるのか。今更ながら、この世界は何ルートをベースにどういう経緯を辿った世界なんだろう。蛍や先輩は、一度グラズヘイムに落ちてから仕事の役に立たんともう一回戻されたらしいけど。練炭は普通に生き残ったのか? -- 名無しさん (2012-09-08 01:37:05)
  • ↑新設されたハイドリヒ卿ルートだ!!!! -- ザミエル卿 (2012-09-08 17:00:40)
  • ↑ つまりフラれたんですね、少 -- 戦乙女 (2012-09-08 23:59:04)
  • ↑3 聞かれたことにはなるだけ答えたいのだが、それ結構この話の根幹に位置することだからスルーして当分の間は変態たちの小話を楽しんでほしい -- ザミパン (2012-09-09 18:36:47)
  • ヤボール!!マインヘル -- マッキーロボ (2012-09-09 23:09:44)
  • しかしベアトリスのこのノリ……新世界の蓮とベアもこんなノリなんだろうかとふと思ってみたり。 -- 名無しさん (2012-12-25 01:50:41)
  • 転生後にクラスメイトだったら・・・、うん。絶対悪友だな -- 名無しさん (2012-12-25 03:02:55)
  • もっとだ。もっと俺の空腹を楽しませてくれ。 -- 他化自在天喇叭 (2013-03-21 13:54:39)
  • スワベバーガーって中の人のことかww -- 刹那主義者 (2013-10-20 20:18:50)
  • 流石はハイドリヒ卿、歪みのないカリスマ性ww -- 名無しさん (2013-10-20 20:27:26)
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最終更新:2013年10月20日 20:27
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