ウォルフガング・シュライバーの災難



『そうか、しばらく姿を見ていないとは思っていたが、シュピーネは現世(こちら)に降りてきていたのか』

「はい……申し開きのしようもございませんハイドリヒ卿。シュピーネの逃亡を許してしまった責は全て私にあります」

肩と首でアンティーク調の受話器を挟みながら、エレオノーレ・フォン・ヴィッテンブルグは電話相手のラインハルト・ハイドリヒ(触覚)へしきりに己の失態を謝罪しつつ、同時進行で骸骨たちが次々に運んでくる書類の山を処理していた。電話越しとはいえ我が主と言葉を交わすには些か以上に無礼な様ではあったが、今はこの白い紙の山々を処理しないことのほうがよほど不忠である。両手の指の間にそれぞれ万年筆や印鑑を挟んだ赤騎士は、それぞれのペンを残像が現れるほどの速度で動かし、印刷機も青ざめるような勢いで別々の字を一切乱れなく記入する。ベアトリスら黒円卓の者たちを行かせただけの事はある。エレオノーレはたった一人で十人分以上の働きを示していた。

『卿が気負うことではなかろう、ザミエル。イザークですら見過ごしていたのだ。むしろシュピーネが行方をくらましたにしては、早い段階で気がついた方であろう』

「お心遣い痛みいります。つきましてはハイドリヒ卿、余暇を楽しんでおられるところまことに申し訳ないのですが……」

『わかっている。現世降りした騎士団のこと……特にシュライバーであろう?』

恐縮した様子で要件を告げようとしたエレオノーレが全て説明する前に、受話器の向こうの黄金の君は一を聞いて十を解したのか、彼女の気掛かりを見事言い当てる。

ウォルフガング・シュライバー。ぱっと見少女と見間違えそうな白髪隻眼の美少年であり、聖槍十三騎士団黒円卓第十二位の大隊長。『白騎士(アルベド)』の号を持つラインハルト・ハイドリヒの近衛である。
同情することすら躊躇われるような悲惨な生涯を経て、常軌を逸した殺人衝動を内包する魔獣と化した少年は、今現在何の枷もなく生者がひしめく現世へと解き放たれている。放っておけば呼吸するのと同じくらい自然に目に付いた端から老若男女問わず殺していくことだろう。それ自体は別にかまわない。現在の世界法則は黄金の理、至高天。死した先に魂はグラズヘイムへと集い、ラインハルトの一部として永遠を約束される。

……がしかし、今は非常にまずい。現在ヴェヴェルスブルグ城の中は流入する死者の群れでてんやわんやの大混乱。この瞬間にもハイドリヒ卿の蘇らせる旧世界の魂たちが秒間数千という勢いで城の中へと流れ込み続けており、それらの処遇も今後の対応も何も定まってはいないのだ。つい先日もグラズヘイムにおける自身の役割(壁の一部だったり燭台だったり絨毯の一部だったり)が決まっていない、よく言えば自由、悪く言えば無法な連中が何故かエレオノーレの自室に襲撃をかけるという珍事が起こったばかりである。ほんの一瞬だけ黄金の戦奴としては見込みのある連中かとも思ったが、その理由はというと全員彼女の下着を求めて特攻したという唾棄すべき劣等の群れだったため、とりあえず骨片も残さず掃射しておいた。

そういうわけで現在グラズヘイムの秩序は危うい。狂犬が禍風(マガツカゼ)を撒き散らして国の一つや二つ滅ぼしでもすれば、その分だけエレオノーレの仕事は増えるのである。一人で十人分の仕事……いや、それは騎士団員に換算してであり、一般人ならその更に数十倍の仕事をこなす赤騎士でも書類の山は減らず、今もじわじわと真綿で彼女の首を絞めるが如くに高く積み上がっているのだ。これ以上は書類仕事に忙殺されかねない。己の剣を誉まれとし、主に忠誠を誓った騎士として、戦場以外で果てることなど到底許容できるものではなかった。

『心配はいらん。あれは私の言ならばしかと守る。普段ならば自由に遊ばせてやるところだが、今回ばかりは卿の仕事をこれ以上増やさぬよう、しかと言い含めておこう』

「お手数をおかけしますハイドリヒ卿」

『構わぬよ。卿の働きはそちらの『私』にも伝わっている。部下にこれ以上いらぬ負担をかけることもなかろう』

元々電話の相手は黄金の獣の触覚であり、自身が真に忠誠を誓った『彼』は神座の中心に居る。この異世界の魔城グラズヘイムが今、座と連結しているために城の最奥まで下り続ければ『彼』に謁見することも可能ではある。しかしそれは並大抵の魂ではかなわない。死者蘇生によって己の力を膨れ上がらせ続けている黄金の獣と同じ領域には、彼と同格とまではいかないまでも最低神格クラスの強度が必要なのである。もしそれが足りないのであれば、座へと潜行する過程で『彼』が無意識に漂わせているだけの黄金の圧力に押しつぶされて死に、再びグラズヘイムへと戻るだけだ。

故に生み出されたのが触覚、黄金の獣の写し身。その力はせいぜい怒りの日のラインハルト・ハイドリヒ程度ではあるが、意識は座の『彼』とリンクしており、エレオノーレが頭を垂れた眩い黄金の輝きは健在だ。強大さゆえに世界へ干渉することが困難となった彼は、今は触角を通して騎士団を指揮している。まぁ……その触覚もある日何かを思い立ったかのように城の自室に引きこもっていた水銀を引っ張り出して共に現世へと旅立ってしまったわけなのだが。

『さて、それではそろそろ私の休憩も終わりでな。最後に卿を労っておこう』

「休憩……ですか?」

もしや何かをなされている最中だったのだろうか。と、エレオノーレはしばらく顔を合わせていない主の現状を気にかける。騎士団の者たちはハイドリヒがメルクリウスと共に現世へと降り立ち何をしているのかを知らない。彼らが現世入りしてから携帯電話という文明の利器を手に入れるまで、連絡の取りようもなかったほどだ。そのケータイにも今日初めて電話をかける。どういう原理でグラズヘイムから現世に電波が届いているのかは、イザーク辺りに聞かなければわからないだろうが。

こほん、と一息吐くと、ラインハルトは触覚といえど変わらぬ圧倒的なカリスマに満ちた美声で、言葉を紡いだ。

『愛しているよ、ザミエル。卿の奉公を、『私』へと捧ぐ愛とみよう。シュピーネが見つかるまでの間その肩にかかるものは決して軽くはないだろうが、私を……そして『私』を、その苦難を越えた姿で魅せてみよ。よいな、ザミエル』

「ヤヴォール! マインヘル!!」

電話越しでなければ感激に総身を震わせる程度では済まなかったであろう感動を味わいながら、エレオノーレはその場にいない黄金の獣に思わず敬礼していた。心なしか先ほどまで彼女が漂わせていた疲労感が吹き飛んでいるように見える。僅かに曇っていた瞳は鮮烈な輝きを取り戻し、無残な火傷で爛れている半身も含めて肌艶が潤った気がする。

つい先ほどまで無限書類地獄の責め苦に燃えつきかけていた紅蓮の戦乙女だったが、この様子だとあと数十年は余裕で乗り切れそうだった。



「久しぶりだなぁ、こっちの空気は。生きた人間の良い匂い……あぁ、堪らないよ」

地上二千メートルの大空。雲を突き抜けた先にある広大な青空に、その少年は光を帯びた魔法陣から上半身だけを出させた形で滞空していた。白髪のショートカットに片目を覆う髑髏の眼帯。まだ成長期途中を感じさせる身体に纏うのは漆黒の軍服。可愛らしい微笑の中に殺戮に狂った獣性を同居させる彼こそ、黒円卓の第十二位にして大隊長、『悪名高き狼(フローズヴィトニル)』、ウォルフガング・シュライバーである。

久方ぶりに現世へと解き放たれた凶獣は、猛る殺人衝動を抑えられずにいた。ただひたすらに殺し殺し殺し続けた黒円卓の魔獣は、城に満ち溢れている有象無象の骸骨どもでなく、血の通った生者を殺せることに歓喜する。己の主たる黄金から何の諌めも受けていない今、シュライバーを縛るものはない。眼下に溢れている生者たちは今や死神に見初められたも同然である。元々我慢などというものとは無縁の凶獣は、城と現世を繋ぐ法陣に両手を添えると、残った下半身を引き抜いてシャンバラへ降り立とうとする……が……。

「……ん? あれ、おっかしぃなぁ……。銃が引っかかって抜けない……さてはイザーク、ハイドリヒ卿にあえるかもしれないからって、急いで門を中途半端にしか開かなかったなぁ」

何度かぐいぐいと腰をひねって身体を出そうとするが、腰に携えた二挺の拳銃が内側でひっかかる形になって抜けない。どうやら急いで現世へと降りたイザークが、それぞれの団員がぎりぎり通れる程度の小さな法陣しか開いていなかったようである。力任せに無理やり引き抜いてもいいのだが、そうすれば幾万の人間を殺したとはいえ聖遺物ではない愛銃は、最悪砕けて散るだろう。それはいけない。そうなれば眼下の劣等どもを殺すのに、この手で触れなくてはならなくなる。

無意識下に存在する自身の渇望が語りかける警告に、シュライバーは小さくため息を吐いて応じた。

「仕方ないなぁイザーク。まぁいいや。ベルトを緩めたら抜けるだろうし」

僅かばかり魔城の心臓に対して不満を漏らしながら、シュライバーは両手を法陣の内側へと戻してカチャカチャとベルトを緩める。口にも表情にも出そうとはしないが、イザークも長らく父であるハイドリヒと顔を合わせるどころか言葉を交わしてすらおらず、内心は寂しさが募っていたのかもしれない。黄金の世継ぎ、獣の息子としてしかと『彼』自身から認められた寵児は、生まれてこの方ろくに与えられてこなかった愛情に飢えていたのだろう。疲労からきたエレオノーレの些細なミスを揚げ足どって、まんまと父に会う口実を得たのだ。そう頻繁に抜け出しては城の中核として示しがつかないのもわかるが、いちいちそんな口実がなければ動かないとは……日頃無表情なのでわかりづらいが、以外に頑固で意地っ張りのようである。

―――そうしてシュライバーが大空に固定されたほんの数秒。腰は引っかかり両手は使えず、最速の魔狼が魔法陣に捕らえられる形で身動き取れない最悪のタイミングを狙い済ましたかのように、『それ』は錐揉み回転しながら飛来した。


「―――ですよねぇぇぇぇぇぇえええええ!?」

「……へ?」


ガタイのいい赤毛の青年。高速回転しながら自分目掛けて突っ込んでくる馬鹿げた馬鹿を、シュライバーに認識できたのはそこまでだった。動けない、避けられない。まるで走馬灯を見ているかのように一瞬が引き伸ばされる。シュピーネの逃亡、エレオノーレの捜索命令、イザークの先走り、そして坂上兄弟の喧嘩という天文学的な確立の偶然が積み重なって、絶対回避の渇望を持つ白騎士は、兄から人外の腕力によって地上二千メートルまで殴り飛ばされた坂上覇吐によって見事射線上に捕らえていた。


「え、ちょっ、待―――ッぁぁぁあああああああああ!?」

「あぐぁっ!!」


超高空で周囲の雲を散らせるほどの勢いで頭から激突した両者が、今度は離れるようにしてそれぞれ別の場所へと墜落していく。

その一部始終を地上から見上げていた金髪褐色の男、坂上波旬は吐き捨てるように空へと散った弟への感想を漏らした。

「……ふん、汚ぇ花火だ」



  • 発売から早一ヵ月半……仕事に忙殺されながらもやっとこさアマンテスをクリアして帰ってきたぜヒャッハァアアアアアアアアアアアアアアアアア!!! 最高の未知でした本当にありがとうございましたやっぱりザミエル卿可愛いなぁぺろぺろしたいあぁ主に火傷の部分とかそれ以外も。カウントダウンの後も二日といわず未来永劫ハイドリヒ卿と踊り続けていればいいと思うよコンチクショーーー!まぁ何が一番未知だったかって最初にパッケージ開けたときにまさかのディスク二枚組みだったことだよね俺PSPで二枚組みってはじめて見たわ。いやぁ水銀はウザ気持ち悪いし獣殿は超カリスマかっけぇし練炭は回を重ねるごとに主人公力上がってるし最高の未知だった! 正田卿本当にありがとう! 次回作も期待しています!! -- ザミパン (2012-08-14 16:33:44)
  • 新作キター -- 名無しさん (2012-08-14 18:58:27)
  • 新作キタァ!!てーか遂にザミパンゲッターたちも出演か…。
    画面の前のキミも、楽しいコメント書いてSSにでてみないか?ヴェヴェルスブルグ城でザミパンさんと握手! -- 名無しさん (2012-08-14 19:08:40)
  • 一部漢字ミス?:聖者→生者では? …あと、私はザミエル卿の部屋に直接行ってませんよ?ちゃんと獣殿のパンツ持って特攻しようとしましたよ?(前回コメントから) -- メル専→愛の伝道師? (2012-08-14 21:33:33)
  • おかしいな、ちゃんと修正文章・終曲で特攻した人みんなの耐久値上方修正したはずなのに・・・ -- 正田卿のレギオン (2012-08-14 22:08:36)
  • 獣殿の職が気になる…○ィズニーラン○の世界一有名な鼠の中の人をやってたりするのかな?(黄金の獣が鼠っていうのもあれだけど) -- 愛の伝道師? (2012-08-14 22:38:44)
  • ↑スーパーでレジ打ちしてたら笑うwww -- 夢見る暇人 (2012-08-15 04:54:22)
  • いや、獣殿はハーゲンダッツの店員だろうw -- 名無しさん (2012-08-15 09:49:56)
  • ↑&↑↑ 黄金「よく来たな卿等(いらっしゃいませー)、ハーゲンダッツ黄金味がよく売れているようだ。買いたまえ。」「ハーゲンダッツ黄金味20000円が10点で合計200000円になるぞ。支払うが良い。…ふむ、確かに頂戴した。存分に味わうが良い。ご利用感謝する(ありがとございましたー)。」こんな感じかな? -- 愛の伝道師? (2012-08-15 12:17:34)
  • 相変わらずツッコミどころ多いなぁオイwww -- 名無しさん (2012-08-16 06:57:27)
  • シュピーネさん、現世で何してんだろね。アイドルのプロデュースとか上手くいきそう。シュPネさん。 -- 名無しさん (2012-09-01 23:25:38)
  • ↑いや、きっと清掃員さんだろう間違いないw -- 名無しさん (2012-09-02 09:39:46)
  • 확실히 이야기꾼과 작자 듣는 사람과 독자 -- 他化自在天喇叭 (2013-03-21 13:48:05)
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