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02 あるいは1つの絶対領域
弥生先輩の警告が何かの伏線でないわけがないのだが、それはとりあえず横に置いといて、今日は文化祭前日。リハーサル中にマントの裾を踏んで見事に転んでしまった俺は、天からは怒りの炎を宿した目で、四谷からは氷点下の視線で睨まれている。
「絵馬さん!新喜劇じゃないんだから、そんなに何回も何回も転ばなくて結構ですの!!」
「お前、もしかして萌えキャラを狙ってるのか?これからは絵馬きゅんと呼んでやってもいいぞ」
…ううぅ、真剣に泣きそうだ。休憩中、隅で縮こまっていると、頭の上でやかましく羽ばたく音がした。
「……オルス。何か用か?」 「ヨウモナイノニクルワケナイダロ」
ミチの使い魔であるこの鳥は、ピアノの鍵盤のような翼を羽ばたかせ嘴を開く。
「ツウワモードニハイル」
♪♪♪と奇妙な音楽が流れた後、嘴から聞こえてきたのは深森えみるの声だった。
『絵馬、1分以内にこっちに来なさい!遅れたら死刑!電気椅子かギロチンか選ぶことになるわよ!』
どっちも嫌だったので、俺は全速力で生徒会室に向かった。
恐る恐るドアを開けると、迎えてくれたのはメイド衣装に身を包んだ(頭に被ったトンガリ帽子がミスマッチだが)水森ミチだった。
「お帰り下さいませ、ご主人様♪」
──って、いきなり入店拒否っ!?
「違うでしょ、ミチちゃん」
同じくメイド仕様のえみるがツッコミを入れる。こっちはちゃんとレースのカチューシャを頭にはめている。
「正しくはねぇ……」 えみるはとびきりの営業スマイルで、
「土にお還りなさいませ、ご主人様☆」
「より酷くなってるぞ!」
ここは毒舌喫茶か!? しかし、まあ、2人のメイド姿はとても目に優しいものであった。発言は心に優しくないが。
「で、何を手伝えばいいんだ?」
「練習台。お客さんの代わりをやって欲しいの」
えみるに促されるまま、俺は並べられている席の1つに腰を下ろす。程無くして、リエナがメニューを運んで来た。やはり彼女もメイド姿である。
「よく来たな。さあ、注文出来るのならば、してみるがいい」
……。何か偉そうだぞ、こいつ。
「ちょっと!それじゃお客さんに対して失礼でしょう!」
すると、妹のリイナが見かねたように口を出してきた。彼女は制服のままで、腕章には「会計」でなく「店長」と書かれている。
「お金を払ってくれる限り、お客様は神様なんだからね!語尾に「にゃん」を付けて喋るとか、跪いて靴を舐めるとか、それくらいのサービス精神で接客しなさい!」
そんなサービスは要らんし、第一俺にそんな趣味は無い。
「はい、もう一回やり直し!」
「……やってやろうではないか」 リエナは深刻そうな顔で頷くと、
「お帰りなさいませ、ご主人様ぁ☆」
1ミリの隙も無い完璧な笑顔で愛想を振りまいた。背筋に大寒波が押し寄せ、俺を瞬時に凍り付かせる。
「……キャラ変わってないか?」
「リイナの望みとあれば、キャラを変えることも厭いませぇん♪さあ、ご注文をどうぞ♪」
「……えーと、じゃあ、アイスコーヒー」
「かしこまりましたぁ」 リエナはぺこりとお辞儀すると、ぱたぱたと部屋の奥に移動し、やがてグラスの乗ったお盆を手に戻ってきた。優雅な動作でグラスをテーブルに置くと、
「お待たせしましたぁ。では、ご主人様の為に、私の愛を込めさせて頂きまぁす☆」
「やめてくれ」
そんなものを飲んだら、俺の喉が焼け爛れてしまう可能性がある。俺がグラスと睨み合っていると、リイナがパンパンと手を叩きながら、
「ま、合格ね。この調子で客を骨抜きにして、ばしばし注文を稼ぐのよ!」
どんな悪徳喫茶だよ。怪しく目を輝かせるリイナを暗い気分で眺めていると、後ろで小さく俺を呼ぶ声がした。振り向くと、六橋さんがドアからひょこりと顔を覗かせている。
「どうしたんですか?」 「あの、えっと」
六橋さんは小走りで近づいて来て俺の腕を掴むと、
「絵馬くん、休憩終わりだって!早く行かなきゃ天先生に怒られちゃうよ!」
まずい。これ以上天の怒りを買うことになれば、俺は明日の日の出を拝めなくなってしまう。
「えみる。悪いけど、クラスの方に戻んねえと」
席を立ち生徒会室から出ようとすると、
「……ふうん。その子がお姫様なんだ」
えみるが不機嫌そうな声でそう言ってきた。上級生に対して、しかも六橋さんを「その子」呼ばわりとは無礼な奴だな。
「それがどうしたんだよ?」 俺が訊き返すと、えみるはつい、と顔を背け、
「……別にっ」
「……は?」
そのまま、えみるはそっぽを向いて黙っているので、仕方なく俺は生徒会室を出た。──何なんだよ、一体?
体育館に戻ると、黒衣に身を包んだ体内ツンドラ気候の黒魔道士四谷壱が、俺を見付けるなり、
「遅かったじゃないか。道に迷ったのかと心配したぞ。絵馬きゅんはドジっ子だからな」
永久凍土の表情でそんなことをほざいてきやがった。
「言いたいことは多々あるが、とりあえずその呼び方をやめろ!」
……確か今夜は新月だったな。夜道には気を付けろよ、この野郎。
(つづく)
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