自分を客観的に見ることがとてもお上手でした。
小学校の先生は、卒業する私をそう評してくれた。
先天的なのか後天的なのかはわからないけれど、私は幸運にもたまたま才能があって。
こうして数年前は意識することもなかった、魔法使いたちの世界――
まさか“異界の中”にある学校に進学するとは思ってもみなかった。
ただ、
「おまえ、へんなやつ!」
どこの寮に所属するかを決めるのに、ぬいぐるみくらいの小さくふしぎな生き物に、そんなこと言われるなんて、
予想もしていなかった。
夜明けの時代「大魔城学園」
short Story. episode Hikari.
「12歳と3ヶ月」
記憶を辿ってみたけれど。
「“へんなやつ”…、ですか…」
“へんなやつ”と言われた記憶は思い出すことはできなかった。
つまりは、もしかして私の人生でそんなことを言われたのは初めてなのかもしれないということだ。
「アトはな~! いろんなやつをみてきたけどな~!」
アト、という目の前にいる彼は、この世の生き物とは思えない、不思議な見た目をしていた。
その身は浮いているし、腕は繋がっておらず、脚に至ったてはそもそも無い。飛んでいるのだから、不要なのかもしれないが。
オバケ、と称するよりは、アラジンと魔法のランプに出てくる魔人をかわいいマスコットにしたような子だった。
「おまえみたいな、ばあさんみたいなやつは、あんまりみないな~!」
どうやら私は今、おばあさん扱いされたようだ。
私のイメージでは、おばあさんと言われるような年齢は、60歳になったら自然とそうなるものだと思っていたのだが、どうやらそうではなかったらしい。
ショック、と言うほどではなかったが、衝撃的ではあった。
まるで虫眼鏡を覗き込むみたいに、彼は持つ手鏡を私に向けている。
それで、私の“なにか”を見て、私に相応しい寮を決めるそうだ。そう聞いていた。
今日は、「マビノギオン魔法学園」の入学式。
私は魔法使いではなかったけれど、今は亡き母がその血を引いていた影響か、私は神聖魔法と呼ばれる神の加護を発現させる魔法を使うことができた。
私が身を置いていた修道会、もとい孤児院は、この神さまがくださった奇跡に大いに喜び、力の扱いを学ぶためにもマビノギオン魔法学園への入学を推めてくれた。
“異界の中にある”という特異な環境。必ずしも安全と言えない不思議な世界。
しかし、魔法という前時代で且つ時代の最先端であるソレを学ぶには、この場所以上の環境もなかった。
私はこの身を案じてくれる親も居らず、望んでくれる人が居るならばと、あっさりその提案を受け入れた。
そうして、晴れて私はマビノギオン魔法学園の一年生となったわけなのだが。
「おまえは、どこにいれても、それなりに、やりそうだ」
不満そうに彼は言う。
そもそも彼は男性なのかどうかも疑わしい。性別という概念が無さそうではあった。話し言葉から、男性ではありそうだけれど。
「でも、それじゃあ、だめなんだ」
「そうなんですか」
そこは壇上にある小さな椅子。
ここは、この巨大な学園の生徒に教師の数多の人間が一堂に会しても広々としている大ホールと呼ばれる場所。
入学式なのに、卒業式のように新入生の一人一人が壇上に上げられる。
そして、この学園を象徴する特色ある4つの寮に組分けを行う彼の前に座らせられ、ひとりひとり見定められていくのだ。
私の問いに、アトはこくりと頷く。
広いホールに、向かい合う彼と私。だが、この会話は私たちのものだった。
寮分けが始まった直後はみな壇上に注目していたが、最初の20人も終わるとホールは話声に満ち、がやがやと仲睦まじく各々が歓談に花を咲かせている。
今、壇上の私と彼に意識を向けているのは、本当に私の行く末に興味のある誰かなのだろう。
「おまえは、まだ12さいだ。12さいは、まだまだこどもだ。だから、そんなになんでもきめちゃ、だめなんだよ!」
呑気な私の返しが気に召さなかったのか、彼は腰を手に当て、不満を隠しもせずに言う。
「おまえはきっと、ブライトワンドでも、ジェネラスカップでも、ノーブルソードでも、しっかりやる」
慣れないカタカナに僅かに首をかしげる。寮は確か、イメージとなる色があったはずなので、カタカナで言われるとどの寮を指しているのか、まだピンとこなかった。
「おまえのなかには、せいぎも、こうふくも、そしてかたーいけついも、あるからな」
正義、幸福、決意。
挙げられた言葉を頭の中で反芻する。
新入生が、どの寮に配属されるかを決める時の、本人の資質。
4つの寮ごとに掲げられた信念。
「だけど、だめなんだ、それじゃあ」
同じようなことを彼は言う。
ここで私はふと、さっき挙げられてなかった信念の、最後の一つを思い出そうとしてみる。
4人の先生方の中でたしか、一番お年を召していらした方が、いらっしゃった。
とても厳格そうな人であったけど、最後にふっと笑っていたのが印象的だった。
彼が言ったのは、確か――。
「“浪漫”?」
「そーだ」
ロマン、ろまん、浪漫。
小声で復唱してみる。
正義に幸福に決意も、別にピンとくるわけではないけれど、それでも浪漫は特に違和感が大きかった。
浪漫とは、なんなんだろう。
「ロマンは、こころの“よゆう”だ。あしたをみる、だいじな“ゆめ”だ。“ゆめ”は――」
そんな私の心を見透かしたように言われた。
「“きぼう”だ」
得意気に、
アトは私にそう言ってみせたのだった。
つまり、
つまり彼は、私に“希望”が足りないと言ったのか。言いたかったのか。
ああ、なるほど。
困ったことに、納得できてしまった。
確かに私にはそれが足りていない。
明を失ったあの日から、ずっと。
「だから、おまえは、それを、まなぶべきなんだ」
ぴっ、と。
彼はちょっとお行儀悪く、鏡を持ってない手の人差し指で、私の鼻先を指し示した。
「それが、このマビノギオンだからな」
8年。
8年だ。
中高一貫校よりも長い。
私の人生の半分以上の時間。
それを費やして、私は彼の言った希望を学べるのだろうか。
「だから、けってい!」
次もつかえている。一人当たりの問答は3つ程度、なんて聞かされていた。
彼は決めたようだ、私のこの城で目指すべき標がどれかを。
「こかげ、ひかり。きょうから、おまえは!」
なんだか彼は楽しそうだ。
釣られて私も少し楽しくなってしまう。
でもきっと嬉しかったのはそれだけじゃない。
とりあえず、今言えることはひとつ。
「ルミナスコインの、りょーせーだ!」
この学園に決めて、よかったな。
ということだ。
あれから何年が経っただろう。
私はまだ道の途中。
答えはまだ見つかっていない。
この想いは変わらず、私の正義。
この想いを貫くことが、私の決意。
そして、
この想いに殉ずることこそが、私の幸福なのだ。
まだ、旅は続く。
It's the events of six years ago.
最終更新:2018年12月21日 22:08