井伊直政
レベル
60-7
職業
侍
戦闘開始時セリフ
防衛陣
本陣四天王
構成
名前 | 職業 | レベル | 開始時付与 | 特徴 |
---|---|---|---|---|
井伊直政 | 侍 | 60 | ▲ ▲ | 一所懸命、大音声、活殺自在、赤備えの血戦 |
大樹寺高僧 | 僧 | 55 | ||
服部党練達 | 忍者 | 55 | 蘇生・壱 | |
徳川方士隊 | 陰陽 | 55 | ||
井伊直孝 | 神主 | 55 | ||
岡崎鍛冶衆 | 鍛冶 | 55 | ||
三河製茶人 | 薬師 | 55 |
特徴
ドロップアイテム
列伝
徳川四天王の一人。井伊直親の子。兵部少輔
徳川四天王の一人ではあるものの、他の3人とは違い、三河譜代の出自ではない。 井伊家は鎌倉時代より遠江井伊谷を本拠としていた名跡である。しかし桶狭間で当主井伊直盛が戦死、ついで当主となった父直親が今川氏真によって暗殺されると、当時2歳であった直政は当然領地を保つことが出来ず、今川氏の支配下になってしまう。
1575年より家康の小姓として仕え、武田氏滅亡後はその旧家臣のほとんどを従え、井伊の赤鬼、井伊の赤備えとして恐れられるようになる。なお、豊臣政権化では直政は徳川家臣代表となっている。これは新参者としては相当に高い位である。そのため、彼はほかの3人の四天王とは違い、出頭人としての色が強い。
戦では井伊の赤鬼として恐れられるも、かすり傷一つ負わなかったと言われる本多忠勝とは対照的に常に負傷していた。1600年の関ヶ原合戦では戦功を上げるものの、島津鉄砲隊からの銃撃で被弾。その傷が元となり1602年に没。
なお、彼の子孫は徳川家の重臣として代々仕え、桜田門外の変で殺された大老、井伊直弼は彼の子孫である。