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大連へようこそ!!

どちらからいらっしゃったのでしょうか、大連商港? 大連国際空港? それとも、嗚呼、満州高速鉄道にて大連火車站まで!?
開かれた海、繋がる鉄路、架け橋の空、そして春にはアカシアが一斉に咲き誇る、麗しの都市、大連へようこそ。

かんたんなれきし

 むかしむかし、ここは青泥窪と呼ばれる小さな小さな村に過ぎませんでした。清代に入り、旅順に要塞と軍港が設けられ、日清戦争の後に帝政ロシアにより開かれました。ロシア語で”遙かな””遠い”というダーリニーと名付けられ、日露戦争により日帝の支配を受けるに至り、大連と呼称されるようになったのです。
 ロシアが開き、日本が支配したここも、中国の手に至って長く旅順と併せて旅大と呼ばれましたが、1981年に再び、大連の名に戻りました。
 そして2018年、分裂が起りました。2028年まで続く Republic Civil War です。西蔵、新彊、香港が分離独立し、太平山脈を襲った地震が貯蔵庫にあった核弾頭の爆発でさらに被害を拡大し、各省が覚醒によって起った諸外国と同様に分裂、内戦を始めたのです。魔法と新しい人類の登場とともに起ったのは、大いなる混乱でした。そこに現れたのが英雄、神堯翔(Shen Yao-Xiang )中佐です。3人の仙託を受けた神は、大隊を率い無敵を誇ります。内戦の混乱に見切りをつけた神は配下を率いて故郷に遼寧の省都の瀋陽に還り、軍をさらに拡大して満州国として独立を宣言。以後8年間初代満州国大統領として国を導き、治安と反映をもたらしたのです。

 とはいえ、神は手持ちの軍事力だけで国を維持できるなどとは思っていませんでした。中華領域は戦乱が吹き荒れ、北は弱体化したとはいえ大国ロシアが、その向こうには勢いづく新興国家ヤクートが控えます。南には統一朝鮮、海の向こうには日本帝國が覇を唱えようとしていました。


 日本帝國の方々は口々に日本建築は残ってないか、とばかり言われますね。いえいえ、勿論、それらを観光なさってください。しかし、ここはロシアが築き、中国が後を継いで発展させてきた街だということをお忘れ無く。北欧ルネサンス様式から、広場を中心に放射状に広がったた街並みをご覧になっていってください。巍覇呉姑城清寺などの歴史を感じていってください。あ、余談ですけど、サシーミの食べられる料理店、満州国にしてはとても多いですよ。オススメです。

生活や交通

 年間の平均気温は8度から10度。8月の平均気温は24度。
 星海公園、夏家河子、金沙灘といった数々ある海水浴場が開かれ、避暑に世界中の人が訪れます。
 2月の冬も-4度までしか下がりません。




東は黄海、西が渤海を臨