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仕事帰りに待ち合わせて、共にレストランで食事をした帰り、そのまま彼女を誘って近場にあった公園を散歩していた。
その折、ふと隣を歩いていたふみ子さんが黙りがちになったので、そちらに顔を向けてみると、その視線はどこを見ているともおぼつかず、ただ足だけを動かしているようで。

「……」

その様子は、彼女の意識が完全に内側に入り込んでしまっている証拠だった。
ここ最近、ふみ子さんはたまに一緒に居るにも関わらず、こうやってするりと内側に入り込んで考え事を始めてしまう。
またか、と少し呆れめいた感情が沸き上がりつつも、付き合い始めの頃にこの癖を見ることはなかったなとも思う。
彼女が俺に気を許しているからこそ、この癖が発露するのだろうか。
それならそれで嬉しくもあるのだが、まあ、やっぱり、両手を挙げて歓迎することは出来ない。

「どうしました、ふみ子さん」

極めて穏やかさを保った声で、彼女の注意を引く。
あちこちに立っている街灯の明かりが目立つ人気のない公園内で、俺の声は目立ったようだった。
びくりと一瞬肩を震わせ、それから足を止めてこちらを見上げたふみ子さんの垂れた瞳は、驚いたように見開かれていて、それが可愛らしくもあるのだけど、今はなんとなく気に食わない。

「いえ、ちょっと」

街灯の人工的な光に照らされて、いつもより一層白く見える顔を伏せたふみ子さんが、言葉を濁した。
少し答えにくいことでも考えていたのだろうか。もちろんこちらは、そんな返事で追求の手を休めるつもりもない。
一緒にいるのに、他の事に気を取られていたことに対する不快感が無いかといえば嘘になるが、実直な彼女の口を割らせようと試みることも、少し、面白い。

「今、何を考えてたんです」
「いや、その……」
「気になるじゃないですか、教えてくださいよ」

笑いながら畳み掛けてやると、しばらくは渋っていたようだったが、やがてふみ子さんは観念したようにひとつ息を吐いた。
仕事上対峙する人間たちが、いつもこのくらい往生際が良かったら良いのに、と少し不謹慎な考えが頭を過ぎった。
俯いたまま、ふみ子さんが一息に白状した内容は、随分意外なものだった。

「ゆうべ見た、夢を思い出していたんです。前後の流れは覚えていませんが……その、泣いてる私に、神戸さんがキスをしてくれる、夢でした」
「俺にキスされる夢、ですか」
「……ええ」

こちらも言葉に詰まって、とりあえず話の内容をおうむ返しにしてみると、彼女は浅く頷いた。
夢なんてものは大半が不随意で突拍子もないものだけど、普段理知的な印象が強い彼女も、そういう夢をみるものなのか、と少し意外だった。
もしくは、だからこそ、そんな夢をみるのかもしれない。もっとも、見た本人が一番戸惑っているようだから、やはり普段見ない、珍しい夢だったんだろう。

「こっちとしては、貴女が何故泣いていたのかが知りたいですね」

とりあえず一番気にかかったことを口にすると、ふみ子さんは困ったように笑って、覚えてないですよ、と言った。

「わかってますけど、それでも気になるんですよ」

こちらもさっきそう告げられたのだから、それは理解しているのだが、それでも気にかかるものは、気にかかる。
泣く夢を見たと聞いて、例え夢のことだろうといい気分はしない。
現実の彼女の心身にストレスが溜まってるんじゃないだろうか、とか科学的根拠のないことを勘繰ってしまう。
俺を夢に出演させた張本人は、さっきから一度もその視線はこちらに向けようとしない。
ただ、ふと目に入った彼女の頬は少し、赤らんでいるようで、その様子に、つい悪戯心が沸いた。
地面に敷き詰められたタイルの上を、足音を立てないようにそっと距離をつめて、その赤らんだ頬に手を宛がう。

「……それ、こんな感じでしたか?」

え、と小さな声をあげて顔を上に向けたふみ子さんと、至近距離でばっちり目が合う。
今度こそ驚きに見開かれた瞳が、街灯の光を反射してきらりと光った。
頭を動かしたときに、共に黒い髪もふわりと暗い空間になびき、彼女の匂いが鼻腔を擽った。
その匂いを堪能しながら、ゆっくりと彼女の唇に自分の唇を近付けていくと、少し遅れて目の前の身体がぴくんと強張ったのがわかった。

「止めてくださいっ」

彼女から出るだろうと予想していた台詞は、思っていたより固く強いものだった。
怒らせたかと少し心配になったが、その瞳は困惑一色で染められていて、意地悪くも安心してしまう。

「ふふっ、冗談ですよ」

顔の距離を心持ち離して、笑いながら告げてやる。
途端にふみ子さんの瞳は少し安心したように緩み、それから今度はまた少し不快そうに細められた。

「せっかく一緒にいるのに、他事なんか考えてるから」

そこへ忠告するようにこんな行動をとった理由を伝えてやると、途端に申し訳なさそうに眉が竦まり、その動きの通りに彼女がごめんなさいと謝罪してくる。
際にある黒子が目立つふみ子さんの目元が、随分素直に彼女の思いを反映するのがおかしくて、つい笑ってしまう。
そんな様子で良く“本職”を隠せていたなぁ、と妙な方向に感心した。

「まあ、良いですよ。その“他事”すら俺のことだったみたいですから」

恋人の一挙手一投足を観察して愉しむなんて、我ながら良い趣味していると思いながら、するりと撫でるようにふみ子さんの頬から手を離す。
夜の冷えた空気に触れて、己の掌が彼女の体温で温くなっていたのを知った。
不意に吹いた風に身体を揺らされ、そっと掌を握り締めたのは、内の温い熱を奪われたくなかったから。

「さて、そろそろ車に戻りましょうか。風も出て来ましたし」
「そうですね」

明日辺り、夢診断の本でも買ってみようか。
素知らぬふりでふみ子さんを車へ促しながら、そんなくだらない思いつきを胸にしまった。

 

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