ID:W0iykTrZ0氏:白銀の黒

まさか遭難するとは思いもしなかった。
スノーボードをしてみたいというみんなの希望で初心者用のゆるいコースにいたはずが、
なぜ猛吹雪の中を雪中行軍するハメになるのか、携帯さえ使い物にならないほどの雪山を迷うことになるのか、
今更言っても仕方の無いことなのだけれど。

「もう歩けないよ・・・お腹減ったよ・・・」
つかさが弱弱しく鳴くように呟いた。
確かに歩けど歩けど人里の気配は無く視界も悪く方向もわからない今、どこを歩いているのか、
上っているのか、下っているのかさえも分からなくなってきた。
これ以上歩くことを止めにして救助を待った方が良いのではないか。
いっそのこと・・・と最悪の事態を想像してしまうほど、私の精神も最早限界に近付いていた。
よく本やTVなどである同じような遭難事故の救助場面を何度も脳内で再生して自己啓発をしたことか。
大丈夫、助かる。尋常な精神状態ならば希望が沸くようなセリフだが、今では絶望へ叩きこむ重い言葉へと変わっている。
「大丈夫、きっとこういう時山小屋が見つかるんだよ。」
何も根拠の無いこなたの発言が私の神経を逆撫で、私の微塵に残る希望を抉る。
感情の緒がぷっつりと切れ、啖呵を切ろうとした時、みゆきが口を開く。
「あの、あそこに建物が・・・。」
そんな調子の良い話が・・・と思いながら、吐き出せなかった憤怒の念を抑えつつ、みゆきの指した方向に目を凝らす。
視界の悪さで少々捉え難かったが、そこには大きめの建物が建っていた。
もしかしたら誰かいるかもしれない。「行こう。」とこなたの一声で雪に埋もれた重い足どりを早めて、
その建物を目指した。

目の前に着く。ただイメージと違うのは人が住む家というよりは、倉庫に近い、いや大きな倉庫だった。
おそらく誰もいる訳も無いが、扉を叩き応答を求める。
「誰かいませんか!?」 「誰か中にいらっしゃいませんか?」
こなたとみゆきが尋ねるが当然ながら中から人が出てくる気配は無く、無論人の気配も無い。
「別に中に入っても問題ないよね?」
「こういう状況ですし、余程の方で無い限り事情を説明すれば問題無いと思われますが。」
みゆきが同意を述べる。その横から痺れを切らしたこなたが木製の扉をこじ開けた。
いつもなら「ちょっとアンタ常識ってモンを・・・」と割って入る所だが、今はそれを言う余裕すらない。
少し怯え気味のつかさの手を引き私も中へ入る。
中は土間が広がり、面積的に見て入り口からは奥が全く見えないほど広い感じだった。
ここから見える範囲ではロープや農機具的なものが置いてあるのが確認出来た。
完全に何らかの倉庫として使われている建物ということは確かだ。
とりあえず光源となるものは何かあるのだろうか。みゆきに尋ねる。
「いえ・・・おそらくありませんね。ここまで電気を引っ張っているとは思えません・・・。」
私から見ても完全なる山奥に感じる電気など来ているはずも無い訳だ。
つかさとこなたが座り休んでいる。とりあえずここで休むことは出来そうだ。
如何にしろ吹雪に晒され縮こまっているよりはマシだったが、外気温とはさして変わらない。
まさかと思い携帯をチェックするが、微かな希望は無残にも圏外という表示に打ち砕かれた。
「光源はありませんが、何か火種になるものを探しませんか?暖も取れます。」
「そうだね。ライターは無くてもマッチくらい何処かにあるかも。」
それに色々探せばまだ何か役に立つ物が出てくるかもしれない。
「周り真っ暗だしみんな気を付けて探そう。」
私がそう言うとみゆきとこなたが奥へ歩いて行った。
つかさは俯いて私の元にいる。元々そこまで強い子では無いし、怖いのだろう。
「つかさは私と探しましょ。」
「ごめんね、お姉ちゃん」と泣きそうな声で言うつかさと手を繋いで私達も辺りを探すことにした。
窓も何も無いため全く光の無い闇の世界。寧ろ外はあたり一面の白だったため夜とは言え、多少なり明るかった。
ある意味私はつかさの手を握っているためか少々安心はしているが、
2,3m先の状態が分からないこの状況は私に一抹の不安を与える。

物はたくさん置いてあるが、それでも何も無い空間の方が広い。寧ろ異常なほどに広かった。
その無限にさえ思える闇が私を恐怖に陥れていくのだった。
結局辺りを探してみたが火種となるものはおろか、特に見つからなかった。
仕方なく4人で身を寄せて、今は救助を待つしかない。
一緒に来ていたこなたのお姉さんや黒井先生は遭難したと気付いて捜索願を出してくれただろうか。
家族は心配しているだろうな。お父さんやお母さんにこっ酷く叱られるだろうか。
このがらんどうとした倉庫のだだっ広い闇が私の不安を煽る。
「朝になったら誰か来るよね・・・?」
「来てくれますよ。今は夜中ですし、外は吹雪いているので捜索は打ち切られていると思いますけど、
夜が明ければ捜索が再開されると思います。それに大方の場所なら携帯電話の微弱電波を辿ればわかるかもしれません。」
時間を見ると夜中の2時。日が出るまでは大体5時間という所だろうか。
「5時間くらいかな・・・長いね。」 私が呟くと、こなたがおかしな提案を出してきた。
「ねぇ・・・こんな状況で言うのもアレなんだけど、あの話やってみない?」

こなたの言うあの話というのは、四角に人が立って一人ずつ時計回りなり反時計回りに角に向かって歩き、
そこにいる人にタッチして、次にその人がまた角に向かってタッチして・・・という定番の話だった。
でもあれは実際四人では成り立たず、後から五人目の誰かがいる言う。雪山ホラーの代名詞みたいなものだ。
「アンタ、こんな時に謎の五人目でも呼ぼうって言うの?助けにきたって言うより、死神じゃないの!冗談は・・・。」
続いてそのまま先ほどのうっぷんまで吐き出してやろうとしたが、こなたがそれを遮るように
「違う、違う。だから四角じゃなくて三角にするの。別に一人いるんなら一つ角を減らせばいいんダヨ。」
なるほど合点はいく。確かにそうだが・・・。
「けど、こんな真っ暗なのに歩き回るのは嫌よ。それに何を目印にするの?暗くて分からないじゃない。」
「まず私の携帯の背面液晶にあるこのランプね。これさ一定間隔で点滅するから目印になるよ。使わないし電池もアル。
あと入り口の扉。ちょっと隙間出来て外の光漏れてるでしょ?あとあそこ。」
こなたの指差した先には、天井と壁の間に1m大程の穴をブルーシートで塞いであるのが見える。
外からの光でブルーのスクリーンを浮き出させているようだった。
「この三点で三角形作れば四人で出来そうじゃない?」

一応出来る状態は整っているし、筋は通っている。正直今更気付いたあの大穴やら、
こんな状況に陥っても、こういう事を閃くこなたの思考には呆れを通り越して尊敬すらしてしまいそうになる。
「確かに出来るけど、私は正直怖いわよ。それにつかさだって・・・。」
つかさは「あぅ・・・」と涙目になりながら言葉に詰ってしまっていた。
こなたはうーんと唸り少々諦めた表情になるが、そこへ変わりにみゆきが割って入る。
「私は泉さんの提案にに賛成です。」
「なんでよみゆき!私もつかさも・・・」
少々声を荒げて、出来る限りの反対の意思を示す。しかしみゆきは動じずに続ける。
「私も少し怖いと思うところはあるのですが、下手に眠りに落ちてしまうより、
多少でも気を紛らわすくらいがいいと思います。直接冷たい風に晒されている訳ではありませんが、
この倉庫の中もかなり温度が低いと思われます。こういう状況下で眠ってしまうと、
無意識の内に低体温症となり、仮死状態になります。その身体機能の低下した状態が続けば、
いずれは凍死してしまうかもしれません。一人が眠ってしまうのなら何らかの処置方法が取れるかもしれませんが、
全員が眠ってしまうという可能性も否定できません。なので出来る限り時間を潰すことが出来た方が、
負担は楽になるかもしれません。」
いつもならばこの雑学ノートのような意見に多少の強引さを持ってして反論することが出来たかもしれない。
ただ今の擦り切れた私の精神は思考する気力すら湧かせなかった。
「わかったわよ、やるわよ。でも誰か一人でも具合が悪くなったりしたら終わりだからね。」
OK,OKと言いながら、こなたが奥の方へ走っていき、20秒ほどで戻ってくる。
「携帯セット完了!あそこにランプ点滅してるの見えるでしょ?あれが目印ね。あそこに立ってね。」
こなたが走っていった先にグリーンの小さなランプが点滅してるのが見えた。
「大体一周するのに一分という所でしょうか。」
「次の人が余りにも来るのが遅くてもそこで終わりにするわよ。こなた。」
「わかったわかった。じゃあかがみは私の携帯の所で、みゆきさんが扉の所、つかさはあのブルーシートの下、
私はここからかがみ向かって歩くから。」
こなたの説明に他の二人が「わかった。」と頷く。私も一応了承の意を表しておく。
最後まで乗り気では無かったのだけれども。

「じゃあ順番は、私→かがみ→つかさ→みゆきさんでいいかな?」
「いいわ、さっさと始めましょ。じっとしてても寒くなってきたし。」
もう自棄になっているのかもしれない。言っている事とやっている事が逆だ。
最早まともに思考さえ働かないのか。
「お、案外乗り気だねぇ。かがみ。じゃあはいコレ。」
こなたがウェアの胸ポケットを漁って取り出したのは小さなビニールで包まれたチョコレートだった。
「こうなるとは思わなかったけど、持ってきてたんだ。ちゃんと四個あるし、回りながらでも食べてよ。」
偶然とは言え、まさか出てくるとは思わなかった。この一粒が九死に一生を得るものになるとすれば、
あとからこなたに何か奢ってやらん事にはいけないだろう。ゲーム一本くらいなら・・・。
と少々の余裕が出てきた所で、
「じゃあやろうか。」とのこなたの合図でチョコレートをしまい、それぞれ割り当てられた場所へ向かうことにした。

若干だがいつもの空気に戻りつつあったためか、一人で居ても少し気が楽になる。
ただ明かりがこのランプだけで相変わらず闇に包まれた状態で心細いという感情が前に出てくると、
その鬩ぎ合いで気が触れそうになる。
数秒?いや数十秒だろうか経った頃に前から、スタスタと何かが近付いてくる。
何かでは無い。こなただ。こなたなのだ。
そう思っても姿が見えずに近付いてくる様は私の不安を一気に駆り立て、恐怖の感覚を蘇らせる。
「おいすーかがみー。」
目の前に青髪のちびっ子が現れた時、驚きと共に安堵の念からか思わず、素っ頓狂な声を上げ、
その場にへたり込んでしまう。
「わ!どうしたの?やっぱり具合悪かったの?やめる?」
「べ、別に少し驚いただけよ。いきなり出てくるから・・・。」
もしこなたが男だったら好きになってしまいそうな雰囲気だ。吊橋効果なのか。
いつもは馬鹿で狡いお子様がこれほど心強く見えてしまうとは・・・。
「本当に何も無いわよ?じゃ、じゃあつかさの所行くから。」
「いてらー」
そうして歩き出せばまた孤独の不安と闇。
あの漏れている光の下につかさが居るはず、もし居なかったら、もし倒れていたら、
まさか・・・と被害妄想をする間も無く、つかさの元へとたどり着いた。
「大丈夫つかさ?できる?」
「うん。私は大丈夫。お姉ちゃんコそ大丈夫?」
「私はアンタの方が心配よ。」
「そうかな?じゃあゆきちゃんのとこロ行くね!」
特につかさは大丈夫そうだった。割り切ってしまえばメンタルは実は私より強いのかもしれない。
「足元には気をつけるのよ。つかさはすぐ転ぶから。」
「そんなに心配シなくていいよお姉ちゃんてば。」
そう言ってつかさは隙間から漏れている光の方へつかさ歩き出していった。

もう何周しただろうか。目の前にあるこなたの携帯。
おそらく5、6回目か?大体20周はしているのか。自分の携帯で時間を確認する。
おおよそ30分程しか経っていない。でもそんなものだろうか。
慣れとは怖いものだ。これだけ動き回ると始めの頃にあった鬱葱とした不安はどこかへ吹き飛んでしまった。
ある意味みゆきには感謝しないといけないな。と油断している所に、後ろからこなたに声を掛けられてしまい、
また変な声を上げてしまう。
「いつも強気だけど、すごく乙女な反応を見せてくれるかがみ萌え。」
とか言われてしまう。許すまじちびっ子め。
気恥ずかしさに悶々としながらつかさの元へ歩き出す。すぐにつかさの姿が見えてくる。
大分余裕が出てきたなと自分でも感じる。
「ん?眠いの?つかさ?」
「ううん寝テ無いよ。」
これをやるに当たってまず一人の様子は確認できないのが少し難点な気がする。
「そう?みゆきは元気だった?」
「うん。ゆきちゃんはそんなにいヤがって無かったし。元気だよ。」
「そっか、じゃあいってらっしゃいつかさ」
「行ってくルね、お姉ちゃん」

つかさside

「ゆきちゃん」
「ごくろうさまですつかささん。」
「あれ?ゆきちゃん顔色悪いよ?」
「いえ、大丈夫です」
「ううん、良くないよ。もう辞めにしよう無理したら尚更体おかしくなるよ
こなちゃんとお姉ちゃんに伝えてくるからゆきちゃんはここで休んでて。」
「そうですか・・・申し訳ありませんがお言葉に甘えさせて頂きますね。」
「うん、じゃあ待っててね―――――」

「ん?あれ?つかさ?なんで?」
「こなちゃんゆきちゃんがね、具合が悪いからもう終わりにしたいって伝えてって。」
「あ、そうなんだ。じゃあ仕方ないネ。」
「一緒にお姉ちゃんの所言ってお姉ちゃんにも伝えなきゃ。」
「そだね。」

かがみside

ああもう自分の番かと思いきや、こなたの後ろには何故かつかさの姿がある。
「あれ、何でつかさもいるの?具合悪くなった?」
「ううん、みゆきさんが具合悪いみたいでもう終わりにしようって事で。」
まだ30分から時間は大して経っていないが、そうなってしまったのなら仕方ない。
「じゃあ終わりね。みゆきの所へ戻りましょ。」
そう言って歩き出したこなたの隣に並ぶようにみゆきの居る方向へ向かった時、
後ろでか細く「ごめんね。」という囁きが聞こえた気がした。

―――――次のニュースです。21日県内の○○スキー場にスキー客として来ていた、
行方不明となった埼玉県―――市学生、泉こなたさんら四人はスキー場から東に10キロ離れた
同県○○村山中で三人が遺体と発見されました。死亡が確認されたのは学生泉こなたさん、
同じく学生の柊かがみさん、同じく学生で高良みゆきさんで、重症は学生の柊つかささんで命に別状は無い模様です。
しかし三人の遺体には不振な点が多く見られ、○○県警は何らかの事件に巻き込まれたとの見解で捜査する方針です。
事故は21日19時ごろナイタースキーの為ゲレンデに出ていた泉さんグループは猛吹雪で視界が悪くなり遭難してしまった模様です。
午後21時頃に同じく保護者として来ていた女性が戻らないのはおかしいと思い110番通報しましたが、当日は天候も悪く捜査は
午後22時で打ち切られました。
泉さんグループは避難を求めた所で何らかの事件に巻き込まれたとの見解が強く、三人の死因は全て散弾銃で撃たれたことによる、
失血性ショック死で発見時には既に死亡していた模様です。
生存者である柊つかささんの証言によると、いきなり男が声を荒げて入ってきたと思うと、扉の近くに居た三人に発砲した。
自分は奥で隠れていたが恐怖で何も出来なかった。動くことができず救助されるまで隠れていた。と証言しています。
しかし辺りには証拠となる散弾銃や遺留品となるものも残されておらず捜査は難航する見通しです。
では次のニュースです―――――

おしまい

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最終更新:2008年02月06日 00:32
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