「ふうっ、今日もいい天気ですね」
眩しい朝日に照らされて、こんな日は思わず気分も明るくなってしまいますよね。
太陽の熱を吸い取って、人肌くらいに温もった玄関の門を閉めます。
さぁ、真っ白の新しい生活の幕開けです。
私の名前はみゆき。高良みゆきと申します。何処にでもいそうな女の子、強いて言うならば今日から『女子高生』という点‥‥
そう、今日は入学式。私の通う陵桜学園では、一体どんな出会いが待ち受けているのでしょうか。
向かいの家には私と違う制服を来た女の子が一人。2つ年下の幼馴染、岩崎みなみさんです。
ちょうど鉢合わせてしまったみたいですね。
「おはようございます、みなみさん」
「‥‥おはようございます、みゆきさん」
恥ずかしがり屋なせいで少々声の小さい方ですけど、とても優しくて良い子なんですよ。
この間もみなみさんの家に遊びに行って、みなみさんが飼われている犬と遊んでいたのですが、少し気に障るようなことをしてしまったらしく威嚇のような形で軽く噛まれてしまったんです。
やはりサ○テFXNEOは拙かったのでしょうか。人間に無害なのだから犬でも大丈夫だろう、と踏んで人類の新たな一歩を踏み出してみたつもりだったのですが。やっぱり目薬ってこわいですよね。
あれから結局、私は今でも目薬を上手く点(さ)すことが出来ません。みなみさんの犬に至ってはサンテFXNE○の存在を視認してしまった瞬間、錯乱して所構わず床に穴を掘ろうとしてしまう始末。
もはやトラウマになってしまったのでしょう。犬なのにトラウマとはこれいかに。
気づけば誰もが本来の目的から外れたことをやってしまってますね。我ながら嘆かわしいことです。
話を戻しまして‥‥その時ばかりは、いつも冷静なみなみさんも慌てて私に駆け寄ってきてくれたんです。そして「消毒代わりです」と申されながら噛まれた傷口が赤くなる位に舐めて下さって。
後で聞いた話なのですが、この知識は「動物の豆知識」という本を参考にされたみたいです。動物の唾には消毒効果がある、と。こんな世の中、何が役に立つかわかりませんよね。
‥‥マキロン?何でしょうそれは。初めて聞く名前です。島谷ひとみさんの3rdシングルでしたっけ?
ともかく、これでみなみさんはとても優しくて良い方だということがご理解いただけたと思います。
私は満面の笑顔、みなみさんはうっすらと表面張力のような笑顔を浮かべています。
「みゆきさんは今日から高校生ですよね。がんばってください」
「ふふ、ありがとうございます。みなみさんも学校頑張って下さいね」
「はい、でも・・・」
珍しく神妙な顔でうつむくみなみさん。何か悩み事でもあるのでしょうか?
まぁ彼女も思春期ですし、どうにも解決しがたい悩みがあるのでしょう。もしかして恋のお悩み?それとも人間関係?まさかイジメられてる、なんてことはありませんよね・・・?
私でお力になれればいいのですが‥‥
「最近、飼ってる犬の様子が変なんです」
思春期もクソもありませんでした。失礼、私が深読みしすぎただけでした。
「餌もなかなか食べないですし、散歩に連れて行こうとしても全然動こうとしなくて・・・どうしたらいいんでしょう・・・」
「そうですね‥‥それなら」
えいっ。
車道をはさんで向かいに位置する自宅の前に立ち尽くすみなみさんに、あるものを投げ渡しました。
手のひらサイズのそれは黒い光沢を放っていて、中には少量の液体が入っています。
「それをチェリーちゃんに見せてあげてください。きっと元気が出ますよ。それと、見せる時は生ごみの上でなどが宜しいでしょう。ちょうど今日は生ごみの回収日ですし」
ちなみに「チェリー」というのはみなみさん家で飼われている犬の名前です。
これならチェリーちゃんも元気が出ますし、掘り起こした生ごみによってお腹もいっぱいになります。まさしく「想像した以上に騒がしい未来が僕を待ってる」といった具合。完璧ですよね。
春風が心地いいです。まるで朝から人助けをしてしまった私の清々しい心境を表しているよう。
それからみなみさんに軽く会釈をして、私を待ち受ける学校を目指します。
素敵な一日の始まりです。
人ごみの喧騒。電車の金属くさい臭い。
人によってはうっとうしいことこの上ないものなのかもしれませんが、それさえも今の私にとっては素敵な生活を語り調べるバックミュージックでしかありません。
だって今日は、こんなにもいい天気なのですから。
ですが、さすがに電車内という狭い空間に、おしくら饅頭といった感じで詰め込まれるのは少々嫌なものですね。。。
発車を知らせる汽笛が鳴り、今にもドアが閉まろうという時。
「待ってくれってヴぁ~!!」
駆け込み乗車です。
少し呂律の回ってないっぽいその男の子は、よく見れば自分と同じ制服───陵桜学園の制服を着ていました。
もしかすると、今日から私と同じく陵桜学園へと通う1年生でしょうか?
間に合ったのなら話しかけてみようと思います。いいお友達になれるかも知れません。
ドアが閉まり出します。
その刹那、思い切り頭からジャンプ!いわゆるヘッドスライディングというやつでしょうか?
しかしスライディングというほど床を這っているわけではなく、むしろ平行線上に飛んでいるような感じでした。言うならば、ウルトラマンが空を飛ぶような。
「きゃあっ!」
「っしゃあっ!!」
間一髪、彼の体が閉まる寸前のドアをくぐりぬけました。
ぷしゅー、っとご飯が炊けたような音がして、ドアが閉まります。
私は思わず悲鳴を上げてしまいました。なぜなら、彼の手が・・・・その、故意ではないのでしょうけど、私の・・・・む、胸を、掴んで・・・・!
「あ、あぁ・・・」
「あ」
呆然とする私を見て、彼はパッと胸から手を離しました。
私の胸を触った手を何か汚い物でも触ったかのように軽く振りながら、
「三秒ルール、三秒ルールぅ」
「五秒以内だと菌がつかないんだってヴぁ!」
とりあえず彼の口を塞いで、静かにしていただきました。
彼が「菌」呼ばわりしていた私の胸。その谷間に彼の顔をしっかりと両手で埋め込んでいます。
むぅ、むぅ、と苦しそうな足掻く声がしていましたが、それも数分とたたないうちに止みました。呼吸の出来ない苦しさが彼の罪過を償ってくれるでしょう。
生きて帰れる保障はありませんが。
その中で、私は、大切なことをすっかり忘れていたことに気付きます。
彼はつまり「彼」・・・男だということです。男の人に胸を蹂躙されるなんて・・・・
「へ、へんたーーーいっ!!!」
思わず掴んでいた彼の顔を持ち上げると、先ほど彼が駆け込んできたドアへと一直線に投擲。
ガシャン、と小気味のいい音がして、彼の体半分が外へと飛び出します。
「・・・あら?」
投げつけた場所を凝視。そこからは彼の下半身───お尻が見えます。
ガラスをつき抜け、電車内の外へと飛び出した上半身は、走る電車に合わせて空中散歩にいそしんでいることでしょう。鉄柱にでもぶつかった際には自由落下になってしまいそうですが。
しかし問題はどうなるかわからない上半身ではなく、いまだ電車内に残されている下半身です。
そこにはひらひらと可憐に揺らぐスカートがありました。そう、どうやら彼・・・彼女は、女の子だったようです。
私としたことが、彼の外見、仕草、言動に惑わされて男の子だと勘違いしてしまったようで。
「三秒ルールぅ!三秒ルールぅ!誰か助けてくれってヴぁ~~~!!!」
そんなに三秒ルールが好きなら不二家製菓にでも就職すればいいと思いました。
仕方なくじたばたと足掻いている足を引っ張ります。もちろん周りの乗客に助力を頼むことも忘れません。今日二回目の人助けです。
ですがガラスが食い込んで中々引き込むことが出来ません。ふと隣を見ると、どさくさに紛れて丸見えのパンツを拝もうとするサラリーマンその他の姿がありました。当然、みんな男性の方です。
しょうがないので、彼らにも彼女と同じ目に遭ってもらいました。
かくして、この車両は人柱が平行線上に何本も外へと突き出している奇妙な車両へと変わってしまいました。
その時、どたどたとけたたましい足音が聞こえてきます。
「一体何の騒ぎだこれは?!」
この電車を指揮する車掌さんでした。
驚くのも無理はありません。なぜなら車両の窓ガラスのいたるところに人柱が突き刺してあるのですから。
しかしこれは、見方によっては立派な器物破損です。正当防衛と言ったところで、頭の固そうな彼に分かってもらえるかどうか。
仕方ないので、車掌さんにも人柱に加わって頂きました。
これも正当防衛の一環ですよね。
そこでふと、私は名案を思いつきました。
そうです。「押して駄目なら引いてみろ」という言葉があるように、引いて駄目なら押してみればいいのです。
え、彼女の生死?
何を言ってるんですか、彼女は女の子なんですよ?『せいし』なんてあるわけないじゃないですか。
それに彼女はウルトラマンですしね。その気になればきっと、空も~飛べ~るはず~♪
満場一致。腰を低く落として、気合の拳を繰り出しました。
その姿はまさに圧巻。彼女の体はまさにロケットのように一直線に、大いなる空へと駆けていきます。
それはもう天すらも昇って、三途の川もまたいでしまいそうなくらいに。
しかし無情にも電車は通り過ぎていきます。行く末を見届けられないのが非常に残念ですね。
さて、そんなこんなでもうすぐ陵桜学園最寄りの駅です。どんな出会いが私を待ち受けているのでしょうか?
最終更新:2007年10月17日 21:39