困った。えらく困った。
原稿がさっぱり進まない。締め切りは待ってはくれないんだがな。
よし、お仕事に詰まった時は部屋の整理をしよう。いいか諸君、エロゲの箱を積む時のコツはだな、大きい箱を下に置くことだ。……常識か。
こなたとゆーちゃんは花火を見に行ったから家には俺一人だ。全裸で暴れても誰も止めない。ひやっほぉぉう。
そしてひときわ大きい限定版の箱を山から抜いた時に俺は悟った。
……崩れる。
エロゲの山の中でバランスを保っていた限定版を抜いてしまうとは、この泉そうじろう、迂闊だった。
軽い音をたてて崩れ落ちたエロゲやら同人誌やらの中に味気ないダンボール箱があった。
何のダンボール箱だったかな。ひっくり返してわかった。
こなたbox№1だ。こなたとの思い出の品々を詰め込んだ俺の宝物。こんなところにあったのか。
早速開けてみる。おっ、こなたのおしゃぶりだ。昔はよくちゅぱちゅぱしてたよな。
口にくわえようとして踏みとどまった。思い出を汚しちまう気がして。
次はこなたの靴だ。ちっちゃいな。小学生の頃のだなぁ。
……あの頃のこなたはちっとも笑わなかった。
かなたのが逝ったことを理解できるようになって、周りとの違いに気づき、意識しだしたからな。
俺もその頃はスランプまっしぐらだった。暗く沈んだ話ばかり書いていたんだよな。それでもこなたに楽な暮らしをさせる為に必死でペンを握ってた。父親失格とかなたに言われないようにな。
向こうにいるかなたに、こなたが幸せである姿を見せられるように。
まだまだ思い出は出てくる。一つ取り出すたびに思い出のにおいが部屋に広がった。
幼稚園の制服。赤いランドセル。交通安全の黄色い帽子。
……図工の作品?紙に針の無い時計が描かれている。裏返すとクレヨンででっかく書いてあるぞ?
『オモイデドケイ』
おうおう思い出したぞ。こなたが幼稚園の頃俺にプレゼントしてくれた一品、いや逸品だ。
かなたが逝ってからすぐのことだ。ただ何も考えずにふさぎ込んでた俺にこなたがくれたんだ。
『これがあればじかんがもどるよ』
きっとこなたは俺に戻って欲しかったんだ。かなたと笑っていた頃の俺に。
オモイデドケイをそっと机の引き出しにしまい込んだ。こいつがあれば俺は思い出の時間に戻れるタイムマシンだからな。タイムマシンは引き出しの中は常識だろ?
ダンボールの中にキラリと光る何かがあった。
かなたの髪留めだ。ふと窓から外を見ると、遠くで花火が咲いていた。赤、緑、黄色、オレンジ。極彩色の火が黒を一瞬鮮やかに染める。
髪留め。花火。二十年以上前の夜がふと記憶の奥底から湧き上がってきた。
引き出しを再び開き、オモイデドケイと向き合った。
かなたの下駄がカランコロン鳴る。
俺のサンダルがズルッペタンと鳴る。
かなたの浴衣の金魚が眩しい。
夜空を照らす花火も眩しい。
俺はかなたに頼んでみた。
『髪留めを外してみてくれないか?』
『そうくんはこっちのほうがいいの?』
髪留めが外れ、かなたのキレイな長髪がなびいた。髪の香りが、かなたの香りが俺の脳に広がり理性が霞む。
そして俺はかなたを抱きしめ----
俺が自室で抱きしめていたのはかなたの髪留めだった。桜の模様があしらってあるそれをゆっくりと撫でる。
目頭があつくなった。
過ぎ去った日々が、かなたが惜しくて。
俺の双眸からあつい涙が溢れる。もういい年こいたオヤジだってのに。
窓から見えた小さな青の花火がかなたみたいに思えて、さらに涙が溢れる。
どうせ今は俺一人なんだ。泣けるとこまで泣きつくしてやるよ。こなたが帰ってくるまで泣いて泣いて泣いてやる。
「おとーさん!ただいま~」
「おう、おかえりこなたにゆーちゃん。楽しかったか?」
「楽しかったよ~かがみんがね~」
かなた。俺もこなたも幸せだぞ。俺達がそっちにいくまで、ずっと見ててくれよ。
おしまい
最終更新:2007年08月26日 14:21