ID:ugiLDNI0氏:その日娘は

「…お父さん。ほら、起きて起きて。もうお昼だよ」
「…ん…んう…?」
 グラグラと揺れるような感覚に、泉そうじろうは目を覚ました。薄目を開けてみてみると、娘の泉こなたが自分の身体を揺すっている。
「…すまん…もうちょい寝かせてくれ…」
 そう言ってそうじろうはまた目をつぶった。その身体をこなたがさらに激しく揺さぶる。
「ちょっと、二度寝しないでよー。せっかく起きたんだから、そのまま起きてよー。日曜だからって、いつまでも寝てちゃダメだよ」
「…昨日寝るの遅かったんだから…頼む…ってかそれをお前には言われたくないな」
「もー…」
 こなたはそうじろうを揺さぶるのをやめて、腰に手を当てて頬を膨らませた。そして、しばらく考えてから、そうじろうの耳元に顔を近づけた。
「…起きてくれないと、チューしちゃうよ」
「はあっ!?」
 思わず大声を出しながら、そうじろうはガバッと音を立てるほどの勢いで上半身を起こした。顔を巡らせてみると、慌てて飛びのいたこなたが呆れた顔をしていた。
「なんで、これで起きるかなあ」
「い、いや起きるだろ普通…」
「お父さん、普通じゃないでしょ…ま、いいや。ご飯もうすぐ出来るから早く着替えてきてよ…なんだったら着替えさせてあげようか?」
「…なにを言い出すんだお前は…」
 そうじろうの反応に、こなたはクスクスと笑って寝室の入り口に向かった。
「…こなた」
 そのこなたをそうじろうが呼び止める。こなたはドアに手をかけたまま振り返った。
「なに、お父さん?」
「あのまま俺がホントに起きなかったら、どうするつもりだったんだ?」
「…さあ、ね」
 こなたは悪戯っぽく笑うと、そのまま部屋から出て行った。
「なんなんだ、一体…」
 残されたそうじろうは、頬をかきながらこなたが出て行ったドアを見つめていた。そして、部屋が薄暗いことに気がつき、窓の方を見た。
「雨、か」
 そうじろうじはしばらく降りしきる雨を眺めた後、着替えをするために立ち上がった。



― その日娘は ―



「おはようございます、おじさん」
「オハヨウさまでス、パパさん」
「…ああ、おはよう」
 キッチンに入ったそうじろうは、先にテーブルについていた居候の小早川ゆたかとパトリシ・マーティンと挨拶を交わした。
「おじさん、どうかしました?なんか元気ないですけど」
 そうじろうの声が、少し沈んだ感じだったのを気にしてゆたかがそう聞くと、そうじろうは少し頭を振った。
「少し眠いだけだよ。昨日は寝るのが遅かったからね」
「パパさんもミましたカ。やはりあのテンカイはモえますヨネ!」
「いや、俺はもうちょい捻って欲しかったけどな」
 ああ、深夜アニメか…と、ゆたかは納得して、テーブルにおいてあったお茶をすすった。そして、そうじろうが少し考え込むような仕草をしてることに気がついた。
「おじさん、どうかしました?」
「いや、なんていうか…こなたがなんかおかしくないか?」
 そう聞いてきたそうじろうに、ゆたかは首をかしげた。
「そうですか?朝ご飯一緒に食べたときには、特に何も感じませんでしたけど」
「朝?こなたはそんなに早く起きてたのかい?」
「はい。何か大事な用事があるとかで…」
「大事な用、ねえ…」
 そうじろうが次にパティのほうを見ると、パティはぶんぶんとオーバーアクションで首を横に振った。
「ワタシはパパさんのスコしマエにオこされたので、わかりませんデス。ただ…いきなり『パティちゃん』とヨばれたのはオドロきましたとサ」
「ほーい、おまたせー」
 そこまでパティが話したところで、こなたが料理の乗った皿を持ってやってきた。
「ちょっとお皿探すのに手間取っちゃったよ」
 そう言いながらテーブルに料理を並べるこなたに、ゆたかは首をかしげた。
「あれ、今のお皿の配置にしたの、こなたお姉ちゃんじゃなかったっけ?」
「え?そうだっけ」
「そうだよ。よく使うお皿を高いところに置いたら、わたし達が使えないからって」
「…う、うーん…忘れてた。わたしも歳かな」
「そんな歳じゃないのに…」
 こなたとゆたかがそう話してる間、そうじろうは自分の皿と他の三人の皿を複雑な顔で見比べていた。
「どかしたでスカ、パパさん?」
「えーっと…こなた。なんか俺のだけ豪華じゃないか?」
 ゆたかとパティがテーブルを見てみると、確かにそうじろうの分のおかずは量が多く内容も豪華だった。
「お父さん、今日は何の日?」
 こなたがそう言ってニコッと笑うと、ゆたかとパティは納得した顔をし、そうじろうは首をかしげた。
「え、今日?何かあったっけか…」
「おじさん、父の日ですよ」
 本気でわかってなさそうなそうじろうに、ゆたかが助け舟を出す。そうじろうはそれを聞いて手を叩いた。
「ああ、そうか。そうだったな…って、またなんで急に。去年まで特になにもしてなかったのに」
「んー…まあ、わたしも大学生になったわけだし、今までと違うことしようかと思ってね」
「こういうのって、普通大人になるにつれてやらなくなっていくものだと思ってたけどな…」
 そうじろうの言葉に、こなたは眉をひそめた。
「もー、いいから食べてよ」
「わ、わかった…いただきます」
 そうじろうが手を合わせてそういうと、ゆたかとパティもそれに習い、三人は料理に箸をつけた。
「…こなた、味付け変えたのか?」
 少し食べたところで、そうじろうが顔を上げてそう聞いた。ゆたかも同じ事を思ったらしくうなずいている。
「え?…あ、うん、ちょっと思うところあって…」
 歯切れの悪いこなたの答えにそうじろうは首を傾げたが、とくに何も聞かずに料理の続きにとりかかった。
「にしても、どこかで食べたことある味だな…」
 そう呟きながら料理を食べるそうじろうを、こなたは微笑んで見つめていた。
「コナタ、ああいうヒョウジョウもデキるとですネ」
「うん…わたしも初めて見た気がする」
 ゆたかとパティは料理に口をつけながら、そうじろうとこなたを交互に見ていた。



 朝食を食べ終え自室に戻ったそうじろうは、もう一度寝ようかとも思ったが、せっかく起きたからと仕事をすることにした。
 座卓に乗せた愛用のノートパソコンを開きしばらくキーボードを叩いていると、ノックの音が聞こえた。
「どうぞ」
 そうじろうがそう言うと、ドアが開いてパティが部屋の中に入ってきた。
「パパさん、ちょっとジカンよろしいでスカ?」
「ああ、いいよ」
 そうじろうはノートパソコンを閉じると、パティのほうに身体を向けた。そのそうじろうの前に、パティがちょこんと正座で座った。
「さっきユイがユタカをムカえにきましたヨ。どこかおデかけですカ?」
 パティの言葉に、そうじろうは窓の方をチラッと見た。
「実家だよ。父の日って言われて思い出したけど、ゆーちゃん父の日は実家で過ごすって言ってたからな。学校もあるし、夜には帰ってくると思うけど」
「そでしタカ」
 パティは納得したようにうなずくと、後ろ手に隠していた、バラの飾りが付いた小さな箱をそうじろうに差し出した。
「これは?」
 そうじろうがそう聞くと、パティはニコッと微笑んだ。
「パパさんにプレゼントですヨ。チチのヒですカラ」
「え、いや…それがなんで俺に?」
「このホームにいるアイダは、パパさんがワタシのパパさんですカラ。サイショにパパさんイってまシタ。『自分の家だと思ってくれていい』って」
「そ、そんなこと言ったかな…」
「イエス。ファミリーとしてムカえられたのですカラ、ワタシもセイイッパイファミリーでいるコトにいたしますヨ」
 そう言いながらパティは、小箱をよりそうじろうに近づけた。
「まあ、そう言うことなら…もらっておくよ」
 そして、そうじろうはその箱を受け取った。
「サンクス。やっぱりパパさんヤサしいでス」
「俺が?そうかな…」
 そうじろうが頬をかきながらそう言うと、パティはまたニコリと微笑んだ。
「ハイナ。ここにホームステイできて、ワタシはラッキーですヨ」
「それは、俺とこなたがオタクだったからじゃなくて?」
「もちろんソレもダイジですナ」
 まったくと言っていいほど自分を偽らないパティの言葉に、そうじろうは思わず苦笑していた。
「というワケでイッパイのカンシャこめましテ、これはサービスですヨ」
 そう言いながらパティは、そうじろうに勢いよく抱きついた。胸に感じるふくよかな感触に、そうじろうの頬が少し赤くなった。
「な…いや、ちょ…パティちゃん、な、なにを…」
「ウレしくありませんカ?パパさん、いつもコナタにダきついてますからハグスきだと…やっぱりロリっぽいホウがよろしデス?」
「い、いや、そういう問題じゃ…」
 そうじろうがパティを何とかしようと言葉を捜していると、部屋のドアがいきなり開いた。
「お父さん、ちょっと…」
 そして、顔を出したこなたが、そうじろうに抱きついているパティを見て固まった。
「ご、誤解だぞ、こなた…」
 慌ててパティの身体を自分から引き剥がしながら、そうじろうはこなたにそう言った。
「…まだ何も言ってないよ」
 少し冷たい声でそう言うこなたと、そうじろうを見比べていたパティが首をかしげた。
「コナタ。もしかしてヤキモチですカ?」
「違います」
 一瞬の間も置かずにパティにそう言って、こなたは顔を引っ込めてドアを勢いよく閉めた。
「コナタはツンデレさんですネ」
 状況がわかってないのか、なぜか嬉しそうにしているパティに、そうじろうはただため息をつくだけだった。



 こなたの部屋の前に立ったそうじろうは、深呼吸を一つした。雨の勢いが増しているのか、廊下にまでその音が聞こえていた。そうじろうはもう一度深呼吸をすると、こなたの部屋のドアをノックした。
「こなた、入っていいか?」
「…いいよ」
 中から聞こえてきたこなたの返事に、そうじろうは安堵のため息をついてドアを開けた。
「あーこなた、さっきのはその…ってなにしてるんだ?」
 先ほどのことを話そうとしながら部屋に入ったそうじろうは、こなたが沢山の衣服に囲まれて部屋の中央に座っているのを見て、思わずそう聞いてしまった。
「なにって、お裁縫。ほころびてるのとか、ボタン取れかけてるのとか結構あったよ」
 こなたはそう言いながら、自分の側にある裁縫道具を指差した。
「パティちゃんのことでしょ?わかってるわよ。抱きついてきたのはむこうからでしょ」
「うん、まあそうなんだが…パティちゃんだって悪気があったわけじゃないんだから、後で文句言うとかそういうのは…」
 そうじろうがそこまで言ったところで、こなたがクスッと笑った。
「おかしな人。立場悪いの自分なのに、相手かばうんだ…大丈夫よ。もうそのことは何も言わないから」
「そうか…まあ、かなたそう言うなら…あ」
 そうじろうは思わず自分の口から出てしまった名前に驚き、慌てて自分の口を塞いだ。
「す、すまん、こなた…なんかかなたと話してるような気になって…」
 言い訳をしながらそうじろうがこなたのほうを見ると、こなたは裁縫の手を止め静かに微笑んでいた。
「かなたでいいわよ…そう君」
 そうじろうはあんぐりと口を開け、目の前のこなたを眺めた。
「え…それって…」
「最後までこなたを演じようかと思ってたけど、ダメね…そう君の前だと地が出ちゃう」
 そう言いながら、かなたを名乗ったこなたは立ち上がってそうじろうの後ろに回って両手を肩に置いた。
「ちょっとこってる…お仕事してた?」
「あ、ああ、少しな…」
「叩いてあげよっか?」
 そう聞きながら、かなたはそうじろうの返事を待たずに肩を叩き始めた。
「こなたは、こういうことはしてくれるの?」
「…小さい頃はしてくれてたかな」
「そっか…」
 かなたは手を止め、そのままそうじろうに覆いかぶさるように抱きついた。
「こなたは悩んでたわ」
「え、なにを?」
「父の日のプレゼント…買ったのはいけど、どう渡そうか悩んでた」
「…そうか」
「それで、こなたの身体を借りてちょっと手助けしてあげようと思ったんだけど…なんだか私のやりたいことだけやっちゃったみたいで、こなたに悪いことしたかな…」
 耳元で囁くかなたの手を、そうじろうは優しく握った。
「そうかもな…まあ、俺は得をした気分だけどな」
「もう、しょうがない人ね…」
 かなたはため息を一つついて、自分の腕に力を込めた。
「こなたのプレゼント、ちゃんと受けとってあげてね」
「そりゃもちろん。俺がこなたから貰うものを拒むわけ無いだろ?」
「そうね、そう君なにあげても喜ぶよね…」
 かなたはそうじろうに抱きついたまま、窓の方を見た。
「…雨が止むわ。そろそろ終わりかな」
「え?」
 そうじろうは首をかなたの方に向けようとしたが、かなたにそれを遮られた。
「このままで…顔見たら辛くなっちゃいそうだから」
「…わかった」
「それじゃね…そう君」
 そうじろうは自分を抱きしめている手から力が抜けるのを感じた。
「…う…ん…?」
 しばらくそのままでいると、背中かからうめき声が聞こえた。
「え…ちょ…お父さん?…え、なに?なんでこんな姿勢?」
「こなたか?」
 そうじろうがそう聞くと、こなたがうなずいたらしく後頭部に固いものがぶつかった。
「い、いたた…ってわたしがこなた以外のなんなの…いや、それよりなんでこんな…ゆーちゃんと朝御飯食べて部屋戻って…えーっと…それからどうしたんだっけ…てか、手離してよ」
「いやあ、せっかくだからもうちょっとこのままで」
 そうじろうの言葉に、こなたはブツブツと何かを言いながらも身体をそうじろうの背中に預けてきた。
「父の日のプレゼント。楽しみにしてるぞ」
 そうじろうがそう言うと、こなたの身体がビクッと震えた。
「…な、なんで…知ってるの…」
 消え入りそうな声でそう言うこなたに、そうじろうは笑いたくなるのをこらえていた。
 ふと目がいった窓の外。雨はすっかり止んでいた。



― 終 ―


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  • 凄いキレイな作品ですね! -- チャムチロ (2014-03-16 23:41:42)
  • こういうのを待ってました!
    アリガトウゴザイマス! -- 名無しさん (2010-06-27 00:40:49)

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最終更新:2014年03月16日 23:41
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