『シンデシマエ』
こなたからのメールに書かれた、たったの一言。
「そっか…そうなんだ…」
回らない頭で、必死に考えて辿り着いた答え。
「…こなたは…わたしにそうして欲しいんだね…」
かがみは立ち上がると、机の引き出しを開けた。昨日買ったばかりの新品のカッターナイフがそこにあった。それを手に取ると、ふらついた足取りで部屋を出る。
「これで…許してくれるかな…」
- 刃 -
昨日のメールはやりすぎだったのだろうか。
学校の教室。こなたは誰も座っていない、つかさの席を見ながらそう思った。
今朝はかがみも見ていない。姉妹揃って休むのは珍しい。特に、健康が取り柄のつかさが休むのは。
昨日かがみに送った『シンデシマエ』のメール。アレが原因なのは、多分まちがいない。落ち込んだかがみを、つかさが慰めてるのか。それとも、二人で今後の事を考えているのか。
どっちにしても、許す気は無い。悪いのはかがみなんだ。こなたは黒板に向き直った。
「泉さん、つかささんの家に行きませんか?」
放課後、こなたはみゆきにそう声をかけられた。
「…なんでさ?」
自然に声が不機嫌になる。
あの家にはかがみがいる。いけば顔を合わせる確立が高いだろう。そうなれば自分がどういう行動に出るのか、こなたは抑制する自信が無かった。
「先程、つかささんからメールがありまして、是非泉さんを家に連れてきて欲しいと…かがみさんを気にされているのなら大丈夫です。今は家ににはいらっしゃらないようですから」
かがみが家にいない?なんだか妙な気配をこなたは感じていた。こういう感はよく当たる。
「みゆきさん、悪いけどわたしは…」
「是非に、と言われました」
断ろうとしたこなたの言葉を、みゆきが遮る。有無を言わさないその態度に、こなたはたじろいだ。
「行きましょう。泉さん」
みゆきがこなたの腕を掴んで歩き出す。すっかり気圧されたこなたは、引き摺られるようにみゆきの後を付いていった。
「いらっしゃい、こなちゃん。ゆきちゃんも」
柊家についた二人を、笑顔のつかさが出迎えた。ついた早々かがみの事で何か言われるんじゃないかと思っていたこなたは、少しだけほっとした。
「さ、上がってよ」
つかさに促されて、こなたは家の中に入った。腕は未だにみゆきに掴まれたままだ。
「こっちだよ、入って」
そう言われて、こなたは部屋に入ろうとして…止まった。
「つかさ…この部屋…」
かがみの部屋だ。入りたくないと思ったが。腕を掴んでいたみゆきが、無理矢理にこなたを部屋に押し込んだ。
ベッドに誰か寝ている。部屋に入ったこなたはすぐにその事に気がついた。
誰が…と言うことは確認するまでも無い。かがみだ。ツインテールの髪が見えてるし、間違いない。こなたはそこで違和感に気がついた。
髪だけ?顔は?
よく見ると、かがみの顔に白い布が被せてあった。死人にそうするように。
「…つ、つかさ?…これって…」
こなたはもっと良く見るためにベッドに近づこうとした。しかし、みゆきに制服の襟首を掴まれ、廊下に引っ張り出された。勢いが良かったため、止まることができずに、こなたは壁に身体を打ちつけた。
「い、いたっ…ちょっと、乱暴なんじゃないかな…」
抗議するこなたを無視し、つかさはかがみの部屋のドアを閉めた。そして、ゆっくりとこなたの方を向く。
「…そういうことだよ。こなちゃん」
その顔には、もう笑顔は無かった。
「ど、どういうことだよ?」
「お姉ちゃん、死んじゃったよ。こなちゃんが望んだとおりに…ね」
こなたの顔から一気に血の気が引いた。
「ま、まさか…じょ、冗談…だよね」
震える声でそういうこなたを呆れたように一瞥すると、つかさは自分の部屋に向かって歩き出した。
「ゆきちゃん、こっち。こなちゃん連れてきて」
「はい、分かりました」
すっかり怯え腰になったこなたを、みゆきがまた無理矢理つかさの部屋に押し込む。そして、こなたを部屋の真ん中辺りに座らせると、動けないように押さえ込んだ。
「み、みゆきさん…は、離して…」
「駄目ですよ。離せば泉さんが逃げてしまいますから」
部屋を見渡すと、つかさが自分の机の引き出しから何か取り出していた。そして、それをこなたの方に向けた。かがみの携帯と…赤いモノがこびり付いたカッターナイフ。
「このメール。こなちゃんからだよね?『シンデシマエ』って酷いよね…それで、お姉ちゃん。ホントに死んじゃったんだもんね。このカッターナイフで、手首切ってさ」
「そ、それは…ちょっとかがみをへこまそうと思って…真に受けるなんて…」
「真に受けたんだよ。お姉ちゃんは。そういうところ、真面目だから…あれだけ仲良かったのに、そう言う事も忘れちゃったんだね、こなちゃんは」
「う…で、でも…」
「ねえ、こなちゃん。手首切ったお姉ちゃんを最初に見つけたの、まつりお姉ちゃんだったんだけど、その時はまだお姉ちゃん生きてたんだって…それでね、最後に言った言葉がね…『こなたはこれで許してくれるのかな』…だってさ」
「あ…う…」
「ねえ、こなちゃん。お姉ちゃん許してあげてよ。お姉ちゃんはこなちゃんに許して欲しくて、手首切ったんだよ。だから許してあげてよ」
「で、でも…わたしは…かがみが…最初に…」
「そっかー…じゃ、しょうがないな」
つかさがこなたに近づいてきた。手に持ったカッターナイフの刃が、チキチキと音を立てて出されていく。
「その辺のこと、お姉ちゃんと話してきてよ。お姉ちゃんと同じカッターでさ、同じ死に方したら、同じところに行けると思うんだ」
「い、いや…やめ…」
友人が自分を殺そうとしている。その事を、今ようやくこなたは、はっきりと理解した。
「怖いよね、こなちゃん?お姉ちゃんもそうだったと思うよ。でも、こなちゃんのために頑張ったんだよ。だからこなちゃんも頑張って欲しいな…お姉ちゃんのために」
「や、やだ…やだよ…み、みゆきさん!止めて!つかさを止めてよ!こんなのおかしいでしょ!?」
こなたは自分を押さえつけているみゆきに、すがるように頼み込んだ。しかし、みゆきはそれに首を振って答える、
「何もおかしいことはありませんよ、泉さん。すべては貴女が導いたこと…受け入れてください」
気がつくと、つかさがすぐ傍まで来ていた。みゆきがこなたの手を掴み、つかさの方へと向けた。
「い、いやだ。やめて…許して…ごめん…つかさ!みゆきさん!ごめんなさい!もうゆるして!」
こなたが必死に謝る。それを聞いたつかさが動きを止め、きょとんとした顔でこなたを見た。
「…なにそれ?ごめんなさい?つかさ?みゆきさん?…なんでよ?」
「え…?」
「なんでそこにお姉ちゃんの名前が入ってないんだよ!?」
「ひっ!」
「…もういい。よーく分かったよ。こなちゃんは、お姉ちゃんの事なんかどうでもいいんだ。自分が死ぬって時でも、お姉ちゃんの事なんか浮かびもしないんだ」
「ち、ちがっ…今のは…」
何か言おうとしているこなたを無視して、つかさはカッターナイフの刃をこなたの手首にあてがった。付いている血糊のせいか全く冷たくない。
「や、やめ…ホントに…やめて…」
「…切るよ、こなちゃん…覚悟なんて決めなくていいよ…どの道、切っちゃうからね…」
「や、やだ…いやだ…ゆるして…た、助けて…助けてよ…」
恐怖に頭が白くなっていく。その中で一つの名前が残った。こなたはもうなりふり構わずに、その名前にすがった。
「助けて…助けてかがみぃぃぃっ!!」
その言葉につかさの動きが止まるのと、部屋のドアが勢いよく開けられたのはほぼ同時だった。
「まてまてまてまて!それ洒落になんないって!」
部屋に飛び込んできたのは、死んだはずのかがみだった。
「あ、お姉ちゃん」
「お姉ちゃん…じゃ、無いでしょうが!?流石にこなたでもそれは死んじゃうでしょ!?」
「大丈夫ですよかがみさん…そのカッターナイフ、偽者ですから」
「…は?」
「ほら、これ刃がゴムで出来てるんだ。ゆきちゃんが作ったんだよ。すごいよね。わたしも最初本物かと思ったんだもん」
つかさが、なぜか嬉しそうに刃をグニグニと曲げる。
「血糊は食紅で作ってみました」
こちらもなぜか嬉しそうに、補足するみゆき。
「…あんたらねえ」
そして、大きく溜息をつくかがみ。
「それでも加減ってものしなさいよ。本気でこなたを殺すのかと思ったわよ…」
「あ、あはは…なんだか止めどころが分からなくなったっていうか…」
「興が乗りすぎた、といいましょうか…なんだか歯止めが効かなくなりまして…」
「ブレーキ役のはずのみゆきまでなにやってんのよ、まったく………ん?」
そこでかがみが怪訝な顔をして、鼻をヒクヒクを鳴らした」
「ねえ、なんか匂わない?」
「匂い、ですか?そういえば…」
「この匂いって…もしかして…」
三人が一斉に、匂いの元…何が起きたのか分からずに、放心したままのこなたの方に向いた。
『あっ』
そして一斉に声をあげた。こなたが座っているその位置から、湯気を立てた生暖かい液体が、ジンワリと床にシミを作っていた。
「ふえ…?」
みんなの顔を見て、自らの惨状を理解したこなたは、
「…ふぇ…う…ふぇぇぇぇぇぇん…」
子供のように泣き出していた。
「…うえ…ぐす…ひぐっ…」
「ああ、もう…いい加減泣き止みなさいって」
「…だって…ひっく…だってぇ…」
こなたとかがみの二人は、かがみの部屋に来ていた。
なかなか泣き止まないこなたを、かがみは自分の胸に抱き寄せた。
「…かがみ…かがみぃ…」
「あの二人…ホントやりすぎだな…」
つかさとみゆきは反省の意味も込めて、部屋の掃除やこなたの服の洗濯といった、お漏らしの処理をさせられている。
「少しは落ち着いた?あんたを殺そうとかなんて、誰も思ってないから…ね?」
「…かがみ」
「何?」
「…ホントに全部嘘だったの?」
「あー…そうね…自殺しかかったのはホント」
「え?」
「カッターナイフもってね、風呂場まで行ったの。そこで我に返ったところに、まつり姉さんが来てね…カッター取り上げられて引っ叩かれたわ」
「そう…だったんだ…」
「んで、つかさがそれ聞いてね『わたしが絶対にこなちゃんに謝らせる!』って言い出して…今日のこの始末よ」
かがみは大きく溜息をついた。そのかがみに、こなたは強く抱きついた。
「ごめんなさい…かがみ…本当にごめんなさい…わたしが…わたしがあんなことしたから…」
「いいのよ…最初にわたしがあんたの誕生日忘れたのだ、始まりだったんだから…その事、ちゃんと謝らせて…ごめんなさい、こなた…」
「…かがみ…だったから…」
「え?」
「かがみが忘れてたから…他の人だったらこんな気持ちにならなかった…かがみに裏切られたって思ったら、なんだか凄く腹が立って…自分でもわけ分からないようになって…気がついたら酷いことばかりするようになって…」
「こなた…」
「でも、最後に…本当に自分が死んじゃうんだって思ったときに、かがみが残ったよ…」
「わたしもよ…風呂場で我に返れたのは、あんたの顔が浮かんだからよ…ちゃんとわたしの方を見て笑ってくれてた、あんたの顔が…」
「かがみ…好きだよ…わたし、やっぱりかがみが大好きだよ」
「わたしもよ、こなた…もう、あんたに裏切られたなんて思われるような真似はしないわ…」
二人の顔がゆっくりと近づき…唇が重なり合った。
「つかささん…そちらはどうですか?」
「うぅ~、おしっこの匂い取れないよ~…ゆきちゃんはどう?」
「今、乾燥機にかけてきたところです…とりあえず、お二人のところに戻りましょうか」
「そうだね…」
二人はかがみの部屋のドアを開け、そこで硬直した。
「え…」
「あ…」
そこでは、かがみとこなたの二人が情熱的に舌を絡ませあっていた。つかさとみゆきは瞬時に回れ右をし、廊下に飛び出しドアを閉めた。
「ゆ、ゆきちゃん…ど、どうなってるのコレ!?」
「え、えっとその…あ、雨振って地固まるという言葉がありますが…」
「うん」
「固まりすぎてしまったようですね…これがホントのガチレズ、ということで」
「お、お後がよろしいようで…」
- ちゃんちゃん -