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コンコンとドアを叩く無機質な音の後、「失礼します」と女性の声。扉越しにもその明瞭な声は響き、その部屋の主である佐官は「入れ」と短く答えた。

ドアが静かな音を立てて開く。入ってきた女性は整った顔立ちだが、美人というには何かが足りないように見えた。

「本日付でロブ基地に着任しました、戦略空軍防空戦闘隊 リリー・サムウェルズ中尉であります。」

彼女はそう言って、まったく無駄の無い動作で敬礼する。


飛翔-Fly-


「ロドリゲス、そういや今日だったよなぁ?新しいキャリアが来るの。」

プテラスの16mmバルカン砲弾のケースをどけながら、体格のいい男が近くで資料を読み返している金髪の兵士に言った。

「ああ、今度はサイカーチスに落とされるような奴じゃないといいけどな。」

と言って。ロドリゲスは資料をたたみ笑った。彼らは広い空軍用格納庫の一角にいた。西方大陸戦争の初戦は帝国軍が圧勝という結果に終わり、共和国軍はミューズ森林地帯まで撤退を余儀なくされた。彼らの部隊は偵察部隊として戦線に投入されたのだが、隊長が敵の安易なトラップに引っかかり撃墜されてしまい、どうにかロブ基地までたどり着いたところだった。

「どうした?ボブ?」

ロドリゲスは、体格のいい男が格納庫の入り口を見て唖然としているのを見て声をかける。彼の位置からは見えなかったが、ボブと呼ばれた兵士の位置からは通路の向こうの人影が見えたのだろう。

「今度は女かよ…!」

ついてないという風に舌打ちをして、ため息をつくボブ。共和国空軍を支えるパイロットたちは、飛行ゾイドとの相性から鳥族が大半を占める。しかし、もともと人口が少ない鳥族でさらに軍に所属している人間の数には限りがあり、女性の占める割合が陸軍や海軍に比べて必然的に多くなっていた。


女性は格納庫に入ってくると、迷う様子も無くボブとロドリゲスがいる区画に来た。黒に少し紫が入った色の髪は肩につかないくらいの長さでカットされており、飾り気というものはまったく無い女だとロドリゲスは一目見て思った。

「ボブルス軍曹とロドリゲス曹長だな。リリー・サムウェルズ中尉だ。よろしく。」

彼女は形式的な声色で言った。ロドリゲスは「どうも中尉殿。」と言った。がボブは何も答えず、挑戦的な目を彼女に向ける。しかし、彼女はその視線を受け流し、プテラスのほうに向き直った。

「前の隊長は、どんな人物だった?」

彼女は二人のほうを見ずに言った。相変わらず声は形式的な響き。もしかしたらこれが彼女の素の声なのかもしれないと、ロドリゲスは始めてその時思った。

「バカな奴でしたよ。サイカーチスと空中戦で負けましたし。」

ロドリゲスが声をあげる前に、ボブがさらっと言った。事実だったが、この場で言うことじゃないだろと、ロドリゲスは小声でボブに言った。彼は懲りた様子も無く、にやっとした。

「そうか。君たちはそうでない事を祈る。」

リリーはそう言って振り返る。その顔には、今までの無表情とは違う表情の片鱗が見えた。…怒りだ。

「隊長殿、怒ってるんですかい?」

ボブが愉快そうに声を上げる。ロドリゲスはまた始まったといわんばかりに上を見る。前の隊長のときもそうだった。彼は上官、特にエリートに対してはきつく当たる。なにか理由があってか、それともただの嫌がらせか、長年組んできたロドリゲスにもわからなかったが。

「ああ。怒ってる。」

リリーは、ボブの目を見てそう言った。彼は予想外の答えに少し驚きつつも、「そいつはすみません。でも、事実ですし。」と言った。口元が笑いをこらえているせいで歪む。

「上官を侮辱するな。兵隊の基本ですね。」

とボブが付け加える。しかし、彼女は何がおかしいのか、口の端を少しつり上げ、「いや、そうじゃない。」と短く言った。今度ばかりはボブも目を丸くして彼女のほうを見る。

「兵隊の基本は己の力量を正しく知ること、だ。その結果、自分がその上官よりも腕がたつと思ったのならばそういう態度も仕方が無いと私は思っている。まあ、口に出して言うかは別問題。私なら間違いなく口に出さないだろうが。」

彼女にしてはずいぶんしゃべったほうだとロドリゲスは感心していた。しかし、ボブは負けじと、「じゃあ、実戦でそれが証明されたら、俺も隊長殿を認めることにします。俺は口に出すほうなんで。言っときますよ。」と言った。リリーは「好きにしろ。」とだけ言った。


その時はすぐに訪れた。

翌朝、リリーの小隊に出撃命令がでる。任務は、アレキサンドル大地を迂回してミューズ森林地帯に迫ろうとする帝国軍の偵察。本来ならば現地の部隊が分析し、本部であるロブ基地に報告すべきなのだが、通信状況が悪く、最近の情報は不足がちになっていた。

基地から飛び立った3機のプテラスは予定通りのコースをとり、アレキサンドルの上空に到達する。開けた大地には確かに帝国軍の部隊が駐留していた。低空をホバリング飛行する3機のプテラスは、地を這うように敵前線基地に接近していった。先頭を飛ぶリリーの視界には4機のサイカーチスが見える。おそらく付近を警戒するためのものだろう。主力はその奥か…。などと考えている彼女の視界の端で、ミサイルが発射される。ミサイルは正面のサイカーチスに命中し、激しい火花を散らす。この攻撃で、完全に帝国は気付いただろう。

「何をやっている!軍曹!」

リリーがボブに言う。ボブは「せっかくここまできたんだ。少し敵の数を減らしてやろうかと思いまして。」と言った。敵は残りのサイカーチスを発進させ、基地は一気に戦闘ムードになった。

「しかたがない。応戦しつつ撤退する。」

そういってリリーのプテラスはミサイルを発射する。ロドリゲスのプテラスもそれに習いミサイルを発射し進路を変更する。ボブの機体はサイカーチスの後ろにつき、16mmバルカン砲を放つ。サイカーチスは後部から煙を上げ地上に墜落、爆発を起す。残りのサイカーチスはプテラス相手では不利だと踏んだのか、基地を防御するように飛行していた。

「撤退だ。」

リリーは言った。もたもたしていると、主力ゾイドが出てきて厄介なことになる。しかし、ボブはまだサイカーチスを追う。あきれたリリーが喋ろうとした瞬間、ロドリゲスが声を上げる。

「レ…レドラーです!」

敵が持っていた主力というのは、EZ-005 レドラーだったのだ。レドラーはプテラスにとっては天敵とも言うべきゾイドで、格闘性能、機動性能などどれをとってもプテラスを凌駕する帝国空軍の顔だ。そのレドラーが2機、基地から発進し、まっすぐボブのプテラスに向かってきていた。

「畜生!レドラーだと?!」

ボブが叫びながら撤退する。しかし、速度の速いレドラーは、すぐにボブの機体に接近する。幸い、そのレドラーは格闘装備しか搭載していない機種で、この距離ではまだボブのプテラスを捉えることはできない。

「どけ、軍曹。」

リリーはプテラスをボブ機の真正面から突っ込ませる。ボブはギリギリのところで愛機の操縦桿を右にきる。リリーのプテラスはレドラーと正面から対峙する。レドラーは不意を突かれたようだったが、すぐに可変レーザーブレードを展開しリリーの機体に迫る。

すれ違う瞬間に彼女の機体はブレードとは逆側に機体をそらし、16mmバルカンをレドラーの腹に撃つ。致命傷にはならないがレドラーは基地へと引き返す。

「なんて無茶を…」

ロドリゲスはそれを唖然としてみていた。ボブが避けるのが少しでも遅ければ友軍同士が激突するところだった…。しかし、やってのけた。

こちらが撤退の動きを見せたことにより、最後のレドラーも引き返す。無理に追って、さらに被害を出すのは御免というところだろう。

帰りのコクピットでボブは黙っていた。今日はリリーの操縦センスを見せつけられたのだ、無理もない。とロドリゲスが思っていると、リリーが口を開いた。

「どうした?軍曹?負傷でもしたのか?」

いつもの形式的な声色だったが、今日のはなぜかからかっているような響きが含まれているようにロドリゲスは感じた。

「負傷?まさか。」

と挑戦的な口調で返すボブの声も、いつもよりも落ち着いた感じだった。




マグネッサーで磁気を帯びた3機のプテラスの翼が、地平線に消えた。




END


初出:バトスト同盟様