10

昨日とは打って変わって空には黒い雲が浮かんでいた。雨の日の行軍は帝国軍としても行ないたくは無いだろう。しかし、それは守る側にとっても同じ。だから今日、やつらは来る。なぜだかそんな予感が俺にはあった。
整備兵から俺が一昨日破損させてしまったエリーのウルフの修理が完了したとの知らせを受けて俺はウルフの元へ向かう途中だった。

「ヘンリー!来たわ、奴らよ!部隊を展開し始めてる!!」

エリーが見張り棟の方から駆けてきた。それと同時に俺の頭に雨水が当たる。遂に始まるのだ、雨の中での正念場が…。俺は彼女にアークたちにも伝えるように言うと、修理されたエリーのウルフを横目に前の戦いで修理中だった自分のウルフのコクピットに飛び乗る。“わくわくする”と表現するのはナンセンスかもしれないが、とにかく俺は自分がいつもと違う精神状態だというのがわかった。
ウルフを起動させると、昨日掘っておいた塹壕に愛機を向ける。機体すべてを隠すことはできなかったが、それで十分だった。愛機の上にシートをかけ、カモフラージュする。隣には既に昨日から待機状態にあるアーク隊長のシールドライガーもその身を潜めていた。
つまり、少数で敵隊長機を殺るのは俺とアーク隊長というわけだ。


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コマンドウルフの50mm2連装ビーム砲が前方の木を焦がす。となりではワンツ大尉らのゴルドスが遠方に向け砲撃を行ないながら後退していた。

「ベッケロイド少尉、左舷から高速ゾイドだ。頼めるか?」

ワンツ大尉からの通信、私は呼吸を整えた後「やれます」と言って愛機を左舷に向ける。まだ目視はできないが確かにレーダーには高速で接近する機影があった。私の予想ではあのセイバータイガーだ。あの規模の部隊で、そう何機もセイバータイガーがいるはずは無い。
私たち囮の部隊は少しづつ後退してきていたが、着実に戦力はそがれていた。敵はアイアンコングによる長距離狙撃とイグアンなどによる接近戦に重点をおいているようでヘルキャットはまだ見ていない。ヘンリーが倒したのが全てだったのだろうか?

「少尉!」

ケベック軍曹のゴドスが予備の弾薬を運んでくる。彼の機体は最初の奇襲攻撃でかなりのダメージを受けており、戦場でできる事と言えばサポートくらいだった。

「ありがと。補給したらすぐ下がって、セイバータイガーが来る…。」

わかってはいたが、口に出してその名前を言うと不安で吐きそうになる。汗で湿ったグリップを握りなおす。この異常な汗は亜熱帯の気候のせいだろうか?いや、ちがう…。そういえば、いままでこんな1体1で帝国の大型ゾイドを相手にした事など無かった。

「どうかご無事で…」

「ええ。」

そう言うと軍曹のゴドスは少しギクシャクした走りでその場を離れた。レーダー上ではそろそろ射程圏だ。雨で視界が悪くまだ目視できない。ウルフを少しづつ後退させる。目的はあくまでも、アークたちが敵の背後を突けるように後退する事…。タイガーを倒す事じゃない。私は自分に言い聞かせた。

「入った…!」

射程圏にタイガーが入る。もちろん敵の射程にも入っているはずだ。私はレーダーを頼りにトリガーを引く。ビーム砲から放たれた閃光は、目標近くに着弾。しかし、あたっていない事は閃光で炙り出されたタイガーの姿を見てすぐにわかった。敵は急激に間合いを詰め、装備された小口径の火器で攻撃してくる。当たっても致命傷にはならないがビームを連射して無駄に使うよりは確実によい戦法と言える。
私はなんとか距離を取りつつ、必死に照準を合わせた。トリガーを引く…はずれ。撃った瞬間に敵の攻撃が直撃する。攻撃する瞬間はどうしてもそっちに意識がいってしまう…そこを突いてきたのだ。

「なんで私の癖がわかったの…?」

ウルフは前足のアーマーを破壊され、そのまま勢いあまって地面に激突した。泥がキャノピーを汚す。激しい激突だったために気を失いそうになったが、どうにか持ちこたえた。キャノピーの汚れの合い間から赤い機体色が覗いていた。

「やっちゃった…絶体絶命」


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ウルフはシステムが停止したのか、動かなくなった。パイロットは生きてはいるだろうが。

「やりましたね中尉。前回仕留め損ねたヤツですよね?このコマンドウルフは。」

ニックのゴーレムが後を追って林から出てきた。確かに彼の言う通り、前回戦ったウルフと同じマーキング、同じ破壊痕がある。だが、先ほどこの機体と戦っていたときは、読みやすい動きでとても前回のウルフと同一とは思えなかった。さすれば…

「パイロットが違うな。前はこんな下手な操縦ではなかった。」

俺の言葉にニックは「そうですか?見てる分にはあんまり変りませんでしたけど…」と言った。どう違うのかを説明しようとした瞬間、緊急のセンサーが音を立てて鳴った。驚いてレーダーを見ると突進してくるゾイドが1機いた。油断した。と思ったときにはそのゾイド、半壊したゴドスの体当たりを愛機の腹部に受けていた。

「ニック、隠れてろ!!」

俺は倒れながら背部の連装ビーム砲を放つ。放たれたビームは、まるで吸い込まれるようにゴドスの腹部に命中しゴドスはその場で四散した。
ウルフはその場からゴドスのコクピットを咥えて走り去った。機能停止はフェイクか…。
俺は追う気は無かった。必死で逃げる敵を討伐して喜ぶ趣味は持ち合わせてはいない。

「中尉!大変です、中佐のアイアンコングとその周辺の機体に連絡が取れません!交戦中と思われます!…どうやってこの防衛陣を突破したのでしょう?」

直感的にわかった。ヤツだ。先日のウルフのパイロットに一杯食わされたのだ。そう考えると俺は自然に笑みがこぼれるのがわかった。こんな事は旧大戦以来…久しい感覚だ。俺は心の中でヤツを好敵手と考えているのか?自問自答する暇も無くタイガーを本隊の方向に向け逆走させた。心なしか愛機も意気揚揚としているようだった。


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「なんてバカなことしたの。死ぬ気?」

私は走行中の愛機の窮屈なコクピットで、ケベック軍曹に問いただす。タイガーがひるんだスキに、四散したゴドスのパーツの中からとっさに助け出して逃走したのだった。
彼は真顔で「はい。死ぬ気でした。少尉を助けるためならそれでもいいと」と言った。なにこれ?愛の告白?私は口に出そうとしたが、笑えない展開になりそうだったので控えて短く「ありがと」と言った。

「そろそろアークたちがコングに攻撃を仕掛けるころよ。踏ん張りどころね。」

「はい!」

隊列の最後尾まで全速力で走った。心の中で二人の無事を祈りつつ。


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「意外にしっかりした守備ですね!!」

ヘンリーが叫びながらウルフを疾走させる。すり抜けざまに放ったビーム砲が俺に向かってきたミサイルを閃光と共に破壊する。俺はシールドライガーの加速ビーム砲の照準をコングの頭部に合わせる。しかし、コングの側面を守るイグアンがそれに気付き攻撃を仕掛けてくる。

「そうだな。奇襲戦法や雨の日の行軍を考える連中だ、これくらいは想定内だよ。」

俺はそう言って照準をイグアンに変更し素早くトリガーを引く。放たれたビームはイグアンの喉元を貫き、そのままイグアンは倒れた。アイアンコングはヘンリーのウルフにミサイルを発射した。ウルフは間一髪で林を盾にして身を守った。攻撃開始から5分が経過し、そろそろ前面に展開した帝国機も異変を感じ取っているはずである。なるべく早く終らせないと、今度はこっちが挟み撃ちにされる。

「ヘンリー!格闘戦を仕掛ける、合わせられるか?」

俺は最後のイグアンを打ち倒しながらヘンリーに言った。「了解です、隊長。」ヘンリーは短く答え、機体をひるがえす。俺はミサイルポッドをコングめがけて発射した。狙いはほとんどあわせていないに等しかったが、コングの注意が俺に向けばいいので正確さはこの際どうでもいい。
コングは狙いどおり俺の機体に向けロケットランチャーを発射した。俺はシールドを展開し、突撃にはいる。避けきれなかったミサイルがシールドにあたり爆発する。シールドを張っている分ライガーはウルフに比べ数秒なら敵の攻撃をある程度無効化できた。だから突撃の際俺に注意を向けさせたのだ。

「いけいけいけいけ!」

俺のライガーはシールドの効力がなくなるのとほぼ同時にコングの前足、つまりアイアンハンマーナックルの基部に噛み付いた。コングは振り解こうと腕を振り上げようとした。しかし、直後に至近距離からヘンリーが50mmビーム砲を背部にぶち込んだためコングは崩れ落ちた。ダメージはコアまでは到達していないだろうが、これでは戦闘継続は不可能だ。

「作戦成功だな。」

「楽勝でしたね。」とヘンリーが言ったので俺は「弾薬をすべて使っちまったこの状況がか?」と言った。俺のライガーは後ろ右足に被弾しておりエア・ベイルシステムが上手く機能していなかったがそれ以外は何とも無かった。

「パイロットはどうします?」

ヘンリーが言った。俺は捕虜にすることを考えたが、レーダーの端に高速で接近する機影を見て、言葉を無くす。

「隊長…!」

どうやらヘンリーも気付いたらしい。

「どうやらタイガーがお帰りらしい。パイロットは放っておけ。撤退だ!」

少しまずい状況だ。イグアンや他の敵機が引き返してきても速度で振り切れるが、同じ高速戦闘ゾイドであるセイバータイガーは射撃武装もシールドも無い状態で迎え撃てるほど甘くはない。さらにレーダーの端から次々と機影が現れる。どうやら、コングの撃破が伝達され撤退するようだ…。このままでは撤退してくる帝国軍の波に飲まれる。

「エリーの言う通り。作戦にミスがあったな。」

俺はジョークとも取れないことを言いながら、どうにか帝国機の合間を縫えるようなルートが無いか目を凝らす。


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「やはり撤退するならセイバータイガーが来る方角が一番手薄だな。それ以外は蜂の巣にされる。」

アーク隊長は言った。俺もそう思う。いくら高速戦闘ゾイドでも数十機のゾイドからの砲撃では生きて自陣まで辿り着く事は困難だろう。しかし、それは“あの”セイバータイガーを相手にしても同じ事のように思われた。

「ここにとどまるよりはマシですね。」

俺とアーク隊長は機体を走らせた。正面から接近してくるセイバータイガーとの距離が近づく。先ほどまで激しかった砲撃の音は既に止み、今は雨音と俺たちの機体の足音だけがコクピットに響いた。

「砲撃が来るぞ。なるべく俺たちが弾切れだと悟られないようにしろ。」

アーク隊長はそう言うとシールドライガーの姿勢を低くし、速度を落とした。俺もそれに習い姿勢を下げる。だが、速度は落とさない。このままヤツのところまで突っ切って仕掛けてやる。
ビームが前方から来て、間一髪のところで俺の横の木を焦がす。俺はアーク隊長のライガーを抜き、タイガーを目視できるところまで出た。ヤツの機体はほぼ無傷で俺の姿を見るなりミサイルを発射してきた。

「そのまま突っ切れ!後は俺が引き受ける!ウルフよりはライガーのほうが装甲強度はある!」

もっともな話しだ。しかし、俺は「いえ、俺の責任です!」と言ってタイガーに接近した。弾切れでも、戦い方はいくらでもある。俺は背部のビークルを前方のタイガーに向けて急発進させた。当然それを弾いたタイガーにはスキができ、俺はそこを狙うつもりだった。しかし、タイガーは右のアタッククローでビークルを叩き落し、左のアタッククローを迂闊に接近した俺のウルフの首に叩きつけた。激しい衝撃と共に俺のウルフは地面に叩きつけられる。
「大丈夫か?!」隊長のライガーは、俺のウルフとタイガーの間に入り吠えた。「なんとか生きてます」俺は割れたキャノピーの隙間から頬に当たる雨粒を払いながら言った。しかし、生きてはいるもののこれではただの足手まといだ。ここを動く事のできない隊長にタイガーは容赦ない攻撃を加えるだろう…。
セイバータイガーは連装ビーム砲をシールドライガーに向ける。がその砲身が光るか光らないかの一瞬に、タイガーの前足のカウルが砲撃によって吹き飛んだ。

「ゴルドス?」

俺は眼前の緑色の気体を見て思わずそう言った。

「敵が撤退し始めたんで追ってきたら、おまえさんたちを発見するとはな。俺もなかなか運がいい。」

ワンツ大尉だった。彼のゴルドスは激しくダメージを受けていたが、装備された105mmレールガンはまだ健在のようで、砲身から煙を上げている。タイガーは足をやられたためか、撤退の動きを見せた。

「逃がすかよ!」

大尉はレールガンを続けざまに発射する。タイガーはなんとかそれを回避しつつ、ミサイルとビーム砲を発射し森の中に消えた。アーク隊長が「助かりました。」と言った。


しかし、ワンツ大尉からの返事は無かった。


俺と隊長は機体からおりてその意味を知った。タイガーが走り去るときに放ったビームの一筋が、ゴルドスのコクピットを貫いていたのだ。俺と隊長はその場で敬礼をしていた。


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私のウルフは、足を破壊され固定砲台となったワンツ大尉の部下のゴルドスのところまでなんとか辿り着いた。

「エリー少尉…あれ。」

ケベックは空を指差した。雨は上がり、雲の合間から白い日差しが覗いていた。鉄がこすれるような足音が聞こえた。あまりにも聞き苦しい足音に顔をしかめた私は足音がするほうに向き直った。そこには傷つきながらも生還した私の二人の戦友の姿があった。思わず私手を振って彼らの機体に駆け寄った。

「アーク!ヘンリー!」





後で聞いた話だが、ケベックの言ったとおり、オリンポス山では“あの”デスザウラーの復活計画が進行中だったらしい。それを感知したへリック共和国上層部は全軍での突撃を命じたわけだ。結局デスザウラーの復活はハルフォード中隊のおかげで阻止する事ができ、多くの兵士を失った共和国はエウロペの東まで大きく撤退せざる終えなくなってしまった。


まだ戦いは始まったばかりだ。



そう自分に言い聞かせて、私は解いた髪をまた結びなおした。









END
最終更新:2007年09月27日 22:31