※上記の広告は60日以上更新のないWIKIに表示されています。更新することで広告が下部へ移動します。

245 ID:yeQjdIM0

 硬いベッドの中で、少年は十何度目かの寝返りをうった。その体重移動に反応してベッドは軋み、
電灯の消えた室内に小さな音を響かせる。
 ベッドの横、枕元に設置したサイドボードの上には、二つのモンスターボールを置いている。
ピジョンとバタフリー。それが少年の持つ全てだ。彼は、それぞれポッポ、キャタピーから育てたこの二匹以外に、
ポケモンを所有していない。
 少年は母親の顔を知らない。父親の顔は知っているが、思い出したくない。今は叔母さんの家に住まわせてもらっている。
このベッドはもちろん、野生のポケモンを捕獲するためのモンスターボールも、叔母さんに与えてもらったものだ。
 何年か前、彼は誕生日にモンスターボールを三つ、与えて貰った。そしてそのうちの二つを使って、
ポッポとキャタピーを捕まえた。残りの一つは、何となく使ってしまってはいけない気がしたので、
未だに未使用のまま保管してある。

246 ID:yeQjdIM0

 少年はまた寝返りをうった。
 眠ることができない。
 自身の心臓の音が、やけに大きく耳に響く。
「ねえ、」
 少年は枕もとに転がる二つのモンスターボールに向けて言葉を投げる。
「明日、どうなるんだろうね?」
 二つのボールは、沈黙を保つ。
「勝てるかな?」
 二つのボールは、「知らないよ」とばかりに、沈黙を保つ。
「……君たちは、頑張ってくれる?」
 二つのボールが、小さく揺れた。そんな気がした。

247 ID:yeQjdIM0

 ――なら、ジムリーダーのカスミさんに勝ってみろよ。
 にやにやと、笑いながら少年を挑発する声。

 ――強くなったんだろ? じゃあ、ジムリーダーなんかちょちょいのちょいじゃん?
 無理に決まっていると、笑いながら少年を挑発する声。

 ――ハナダの洞窟に入ったんだろ? そこで白く輝くポケモンと、話をしたんだろ?
 彼らは少年の言葉を信じていない。

 ――妄想じゃないなら、実際に街一番の人に勝ってみろよバーカ。
 だから少年は言った。

 ――ああ、やってやる。勝ってやるさ。約束したんだ。僕は、僕はアイツと――

「……約束、したんだ」

248 ID:yeQjdIM0

 硬いベッドの上で、少年は数週間前に洞窟の中で出会ったポケモンとの会話を思い出す。
 ――今まではやられてばかりだったと言ったな?
 ――しかし明日からも、やられてばかりいると決まったわけではない。

 ――強くあってくれ。

 自分は、あの時、たしかに頷いた。あの白く輝くポケモンの胸の中で、「うん」と、そう言ったのだ。
 だから僕は戦う。そして勝ってみせる。
 アイツは言った。
 ――弱いままでい続ける、最弱でい続ける存在など、それを義務付けられた存在など、そんな生命など、
 ――この世にあってはならない。

 少年は、あの腕の中で思ったことを覚えている。あの暖かさの中で思ったことを、今も未だ覚えている。

 ――お母さんって、こんな感じ?

 あの夜の約束は、だから果たされなければならない。

「……頑張ろうね」
 二つのボールは、小さく頷いた。そんな気が、もう一度した。

 結局一睡も出来ないまま、少年はその朝を迎えることになる。

249 ID:yeQjdIM0

「使用ポケモンは三体まで。時間は無制限。三体全ての戦闘不能判定、またはトレーナーのギブアップ宣言が成されたら負け。
わかってると思うけど、それでいいわね?」
 緊張した面持ちを崩さず、少年は答える。
「はいっ……!」
「よろしい。……それじゃ――行くよ! ヒトデマン!」
 元気の良い掛け声とともに、ハナダシティのジムリーダー・カスミは、勢いよくモンスターボールを投げる。 
弾けて形成すその光は、星型の、五つの足を持つポケモンに姿を変える。
ルビーのような中心の赤い宝石が、中空で一瞬間周囲に差す照明を反射し輝いたかと思えば、
それは回転しながらバトルフィールド――長方形のプールへと突っ込んでその姿を隠す。
 水に満たされた空間を眼下に捉え、少年は意を決し、腰に下げたモンスターボールの一つを投げた。
「行け! バタフリー!」
 放たれた少年のポケモンは、美しい羽を広げ、蝶のように空を舞う。
 しかしそれは――

 所詮、虫でしかない。

 だが少年はそれでも、他に選択肢を持っていない。

250 ID:yeQjdIM0

 牽制のために毒の粉を撒き散らす。しかし水中の相手には届かない。
 痺れ粉を撒き散らす。しかし水中の相手には届かない。
 眠り粉を撒き散らす。しかし水中の相手には届かない。
 三つの粉は、いずれも水中の相手に届くことはない。
 ならばどうするか?
 少年はバタフリーに命じる。
「バタフリー! 超音波で水の中から引きずり出すんだ!」
 その声に、バタフリーは素早く反応一瞬間力を溜め、相手――ヒトデマンではなく、
プールを満たす水そのものに向けて、超音波を打ち込んだ。その振動は文字通り音速で空気を伝い、
そしてそのまま水そのものを激しく揺るがせる。振動する水の中にあって生命は、ほぼ例外なく変調をきたす。
 カスミが命じるまでもなく、ヒトデマンはたまらず水中から脱出を図る。
 それが――それこそが少年の狙い。
「バタフリー! 今だ念力!」
 返事をする暇もあればこそ、バタフリーは自身の放てる全力で、飛び出たヒトデを狙い撃つ。
 不意を付かれてその念力――精神エネルギーによる空気振動の集積物――が直撃し、伍足のルビーは力なく水面に落下する。
「――っし!」
 同時に、少年が拳を握る。

 その姿を見て、カスミは思った。
 ――やるじゃない。でも――
 口元を斜めにし、
「拳を握るのは――
 まだ早いわよ!」
 同時に繰り出す二体目は――一体目と同様中心にルビーを戴きながらも、その足は十――先の倍。
 彼女は既に確信している。
 私のスターミーなら、負けはない。
 同じ奇策が二度通じるほどジムリーダーは甘く、ない。

251 ID:yeQjdIM0

 先にヒトデマンを相手にした時と同様に、少年はバタフリーに超音波を放つよう命じる。
先と同じくプールの水そのものを対象としたその超振動は空気を伝い、素早く着水、
同時にプールの水全体を揺るがせる。
 まるで録画したものを見るように先と同じ展開が繰り広げられ、少年は内心で既に拳を握っている。
 僕の勝ちだ。負け続ける奴なんていないんだ。僕は、たしかに強くなっている。
 確信するその実感はしかし――ただそう思いたいだけのもの。
 現実はそう上手くいかない。いくはずもない。
 少年も、どこかでそれを理解していたのだろうか。
 ――まだだ!
 そんな声が頭の中で、雷鳴のように響いた。

 瞬間。

 バタフリーが今まさに念力を放たんとしたその瞬間、予測よりもわずかに早いタイミングで、
回転するルビーが水中から、意図を持って飛び出してくる。そのスピードは、
“溜め”ている最中だったバタフリーにはとても避けきれない速さ。
「いっけぇぇぇーーー!!!」
 叫ぶカスミの声を少年が知覚するのとほぼ同時――そんなタイミングで、
スターミー渾身の体当たりは、無防備なバタフリーの身体へと炸裂した。

「―――っ! バタフリー!」

 そして力なく落下していくのは、今度は、少年のバタフリーの方だった。

252 ID:yeQjdIM0

 少年はその身体が着水する直前に、モンスターボールへとバタフリーを戻した。
 虫ポケモン――蝶に似たバタフリーは、その羽根が水に浸ってしまえば、もはや飛ぶことが出来なくなる。
その前に、彼はモンスターボールへと戻すことを決意した。
「これでお互い一匹ずつ、戦闘不能になったわけね」
 その通り。
 欠けた数の状況は五分。
 しかしそう言ったカスミの顔には余裕がある。
 それは何故か?
 彼女はこう考えたのだ。
 あのバタフリーさえなんとかすれば――勝てる。
 根拠は一つ。しかも主観的なもの。しかし確信があった。トレーナーとしての、
ジムリーダーとしての経験が、言っている。
 ヒトデマンを倒した時の、少年のあの喜び方。
 あれは、勝ち慣れていないから出てくる、過剰な感情表現だ。
 だとすればおそらく、相手はあれ以外の戦法を持っていない。
 唯一の勝機を掴んだからこそ、彼は思わず拳を握ったのだ。

 カスミはそう分析し、そしてその分析は的を射ていた。
 バタフリーを戻した少年の顔からは、もはや色が失われている。

 少年はたしかに強くなった。
 あの夜、岩壁を掘った時にはまだポッポとキャタピーだった手持ちポケモンは、
いまやピジョンとバタフリーへと進化を遂げている。
 しかし強さは――その尺度は、決して絶対評価ではない。
 少年はジムリーダー・カスミを前に、依然として、弱者のままだった。

 新たな勝機も見出せないまま、少年は二体目のポケモン――ピジョンを繰り出した。

253 ID:yeQjdIM0

 祈りながら繰り出した風起こしがプールに小波を立たせるのみに終わった時、
少年は自身の敗北を悟った。
 ピジョンでは、水中から神出鬼没の攻撃を繰り出してくるスターミーを倒すことはできない。
 もっと高レベルの、最終進化系――ピジョットだったならば、或はなんとかなった可能性もある。
最高時速マッハ2で飛ぶというその身体ならば、たとえ同じ風起こしでも、まるで次元の違うものになるはずだからだ。
 しかし現在のピジョンはピジョンでしかなく、その翼は、ポッポよりも随分大きくなったとはいえ、
ピジョットのそれには到底及ばない。
 停止した思考の中で、
「スターミー! 連続で水鉄砲よ!」
 少年はカスミが指示を出す声を聞く。
 スターミーの反応はやはり早く、指示が出た瞬間には既に中空のピジョンに向けて水鉄砲の連発を開始する。
 ピジョンは全力で避けることに専念しながら、少年からの指示を仰ぐように視線を向けてくる。
 ――どうする? どうすれば良い? 指示を! 早く!!
 しかし少年は答えることが出来ない。先とは異なる意味で拳を握りつつ、ぎりと臍を噛むばかりで、何も言えない。
その間にも水中からの襲撃はその間隔を狭め、徐々にピジョンを捉え始める。
 焦燥だけが増していく。
 また負けるのか。約束は破りたくない。けれど、どうすれば良いのか見当もつかない。
 決定的な経験値の不足、すなわち勝った経験の不足を、痛いほど実感する。
 数多の敗北から、何一つ手に出来ていなかった自分を思い知らされる。
 ――くそ!
 少年は悔やむ。
 ――くそ! くそ! くそぅ!
 少年は悔やむ。
 ――ちくしょうッッ!!!
 少年は、しかし打開策を見つけられない。

254 名前:主・10[] 投稿日:2007/06/17(日) 22:29:14.62 ID:yeQjdIM0

 もはや逃げ惑うだけになったピジョンへと水鉄砲が直撃した瞬間に、少年は自身の腰へと手をやった。
そこにはモンスターボールが吊り下げられている。既にリタイヤしたバタフリーが入っているものと、
これからピジョンを回収するためのもの。少年がこのジムに持ち込んだボールは、その二つだけ。
彼が所有しているポケモンはその二匹だけ――の、はずだった。

 ――……三つ、ある?

 そして、少年の頭の中に、あの夜に聞いたものと同じ声が響く。

 ――私を呼べ。

 落下するピジョンを回収しながら、少年はその声を聞く。
 信じられなかった。いや、あまりに突然の事態に、何が起こっているのか理解できなかった。

 ――私を、

「さあ、最後のポケモンはどいつ? それとも――もう打ち止めかしら!」
 勝ち誇ったカスミの声は、既に少年の耳には届かない。

 ――最強と同義の存在を。

 そう、それは――

「うわあああああぁぁぁぁぁ!!!」
 少年は夢中で叫び、本来ならあるはずのない最後のボールを、バトルフィールドに向かって、投げた。

 歪な光が中空で弾け、やがて人に似た形を成す。

255 ID:yeQjdIM0

「何よ、それ……?」
 カスミは思わず問いかけていた。
 勝ちを確信していたその表情はいまや驚愕に彩られ、その視線は少年の繰り出した三体目のポケモンに注がれている。
 人に似た形をしたそれは、白く輝く皮膚を持ち、腹部らしき部分から尾にかけては紫に染まっている。
頭部は爬虫類を思わせるが、しかし後ろ足が異常に発達しており、まさしく二足歩行を行なう生物のように、
違和感なくそれは立っている――空中に。
 そう、それは浮んでいる。翼らしきものは何処にも見当たらないにも関わらず、それはまるで当然といわんばかりに、
全く当り前に空中を浮翌遊している。
 三本の指で形成する手と、それを身体と繋いでいる細い腕の位置は、体の横から斜め前。
あたかも空手家が精神を集中する時に取るポーズのように、余分な力の一切を抜いた、あまり構えらしくない構え。
 紫の太い尻尾が大きく一度、ほとんど別の生き物のように、しなる。
「何なのよ……!

 何なのよそれぇぇぇええええーーーー!!!」

 絶叫するカスミに、答える。
 ――誰が? そのポケモンが、静かに答える。

「我が名は――ミュウツー」

 ジムリーダーである自分さえ、人語を話すポケモンなど見たことも、聞いたことも、ない。
 そうたったの、一度さえ――

 何一つ、全く、一切の知識を持たない「それ」の出現に、カスミは生まれて初めて、
ポケットの中の怪獣(ポケットモンスター)を、怖い、と思った。

256 ID:yeQjdIM0

「ありがとう、少年」
 あの夜、岩壁に反響し闇に紛れて消えていったその声の主は、少年と別れて洞窟に残りながら、
しかし以来ずっと、彼のことを「見て」いた。少年が新たに作った洞窟の入り口から、
引き伸ばした自身の感覚を脱出させ、それによって少年の言動と、その周囲の状況を常に感じていた。
 そう、だから彼女はあれからずっと、少年を見守っていたと言っていい。
 それは、それまでずっと内に沈むばかりだった彼女の意志が外に向いたことを意味する。
 彼女自身が殺してしまった最弱――タイプ2を、その面影を一時とはいえ重ねられた少年は、
或はその時点で、既にこうなる運命だったのかもしれない。
 いずれにせよ、彼女は少年の行動を追い続ける。ほとんど追体験のようにして、
あの夜からの少年の数週間を、その全てを、彼女は知っている。
 この世界における人間の強さとは、ポケモンバトルによって決されることを知った。
 だから少年が、彼のポケモンであるポッポとキャタピーを鍛えようとしたことを知った。
 それは少年が自分との約束をしっかりと記憶し、果たそうとしてくれていることを意味するのだと理解した。
 それ以外にも、彼女は少年を見続けることで多くのことを知った。
 ポッポがピジョンに進化した時の少年の喜び、キャタピーがトランセル、そしてバタフリーへと変貌した時の高翌揚、
彼らが怪我をした時の悲しみと、苦しげな表情を見た時の焦燥、堅いベッドの上で少年が毎夜感じている寂寥、
周囲の人間から嘲りを受けた時の――怒り。

257 ID:yeQjdIM0

 だから、少年が挑発に乗って、思わずジムリーダーと戦ってやると言った時の気持ちを、
彼女には決して否定できない。
 何故ならその根源には、あの夜の、洞窟での約束があるとわかるから。
 しかし、彼女はまた、少年の相対的な弱さも知っていた。黙したまま見続けたが故に、
虚勢の利かない現実を認識せざるを得なかった。
 少年の力では――ジムリーダーには勝てないだろう。
 そう思いつつも、しかし僅かな奇跡を信じて、少年が信じたものと同様の勝機に想いを賭けて、
彼女は何も言わずにその戦いの趨勢を見守っていた。
 が、しかし――
 今、少年は拳を握っている。二度目のそれは一度目とは違い、自身の無力に対しての怒りによるものだった。
 その面からは色が失われ、代わりに後悔と焦燥と怒りと――そしてたしかに、悲しみが浮ぶ。

 ――ああ、少年。君は…………ソンナ顔ヲシナイデクレ。

 だから彼女は、決意する。
 少年の有する三つ目の、空っぽのモンスターボールを彼の腰に転移させ、そして抑制した、
もう二度と「害圧」になどならないように自覚した念話で、少年に語りかける。

 ――私を呼べ。
 ――私を、

 ――最強と同義の存在を。

「うわあああああぁぁぁぁぁ!!!」
 少年がボールを投げた瞬間、彼女はその場所へとテレポートし――
 そして、敵の問いに、答える。

「我が名は――ミュウツー」

 それは最強と同義の存在。
 そして今この時より少年の、いや、「主」の使役する一介のポケモンとして、
全ての戦いから――敗北を除く存在。

 最強(ミュウツー)は初めて、ヒトのために、その拳を握る。