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―ワタシトオナジ“イブツ”―


森を抜けると、颯爽たる風が吹き荒れる高原地帯に出た。
膝まで隠すススキが風の軌道に沿って流れ、山吹の波を際限なく打ち続ける。
自然環境の楽しみは、そうした刻一刻の間に流動し続ける「彼等」の性格にこそあるに違いない。

「嗜み」を持てるということも、知的生命体のあるべき姿だと思う。
洞窟に篭っていた時よりも、私の感性は大分、世界に順応できたようだ。
それも全ては「主」――と、その「従者」の影響か……。善い「輪」の中に入れたものだ。

暫く、黄色い主の背負い鞄を追って歩いていると、不意に彼は足を止めて振り返った。
歩幅二歩を着かず離れず追う私と視線が合い、その後、彼は周囲を見回しながら荷物を広げ始める。
どうやら、ここで野宿をするようだ。少し早い気もするが、何事も余裕を持って行動するのが賢い者のすることだ。
妥当である。

黙々と作業を行う傍らで、彼は同時にリュックからモンスターボールを取り出し、彼等を野に放つ。
最初に出てきたのは、言わずと知れた「スターミー」。
今回、彼奴は脇目も振らず、作業を進める主の手伝いを率先して始める。
そういう所を見ると、やはり「パートナー」としての絆は深いようだ。


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しかし、星型の彼と、トレーナーの主。

あまり取り合わせとしては、類を見ない気がするが……私の常識が欠如しているからか?
どちらにせよ、スターミーの実力は本物であるから、その点は考慮に入れるべきだ。
彼は強い、そしてそれを所有する「主」もまた、「至高」の存在だ。何も問題は無い。

「ほれ、手伝わんのなら、そこら辺で遊んでこんか?」

木偶のように立っていたことが気に障ったらしく、スターミーから叱りを受けてしまった。
私を捉まえて「遊んでこい」とは中々、低く見積もられたものだ。
本当にそこら辺で遊んでいる「連中」と同列に数えられては、甚だ不愉快である。

私は薪を集めて「主」に貢献する。それなら、問題あるまい?

計画が練られれば、後は実行に移すのみ。
一言申し伝えてから、私は一度、抜け出した森の中に足を踏み入れた。


――鬱蒼と生い茂る真緑の雑草が行く手を遮り、その都度、私は念力で強引に蹴散らして転がる薪を集めて回っていた。
基本、私の念力は万能だ。対象を物理的に動かしたり、浮かせたり、破壊も出来る。
収集する薪も、全て中空に浮かせて止まらせていれば嵩張る事もない。

横に視線を傾け、十分に薪の束が出来上がっているのを確認し、私は帰路に着く事を考えた。
これならば今日一日、火を切らす事もないだろう。私の「役割」は果たしたはずだ。
結論を下して踵を返し、来た道を帰ろうとする私の意識を、一つの「存在」が遮った。


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「……主の手持ちポケモン――、『ポリゴン』だったか?」

不意に視界に入り込んだ結晶体の塊のような「それ」を認めて、私は帰路への足を戻した。
小さな湧き水が溜まる水面を見下ろしたまま、彼奴は微動もせず宙に浮かんでいる。

硬質な無表情はそれだけで異質だが、それ以上に彼奴は――「自然」と切り離された存在。
溶け込めず、原色の光沢が強烈に存在をアピールしている。
人工の……「生命」。

「何をしている」

無意識に近い行動原理で、私は水面を見下ろす彼奴に話しかけていた。
ようやく彼奴も私の存在に感づき、無表情の頭を差し向ける。
感情の篭らない、無機質な視線は……やはり「人工」だからなのか?

「なに……?」

弱弱しい、鳥の囀る声が無機質な集合体から発せられた。
私の疑問に対する答えが「疑問」とは、話を聞いていなかったのだろうか。

「問うているのは私だ、私の疑問に答えろ。何をしている」

苛立ちを乗せた私の声にも、彼奴は動揺した様子を見せず、円形の眼を向けているだけだ。
だが、何かしらの効果はあったらしく、暫くしてその首は再び水面に戻っていった。

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「水面……見てる……」

区切られた二言に要約された単語を発し、ポリゴンは以降も無言を続けた。

「それだけか?」
「うん……」

端的な返答を残し、彼奴はそれ以上自分からコンタクトを取ろうとしない。
コミュニティ能力の欠如した生命体、それが「ポリゴン」なのか、期待していたモノと違うな。
いや、私と「異なる」工程で生み出された生命体であるから、期待と違うのは仕様がないか。

それにしても、奇妙なフォルムだ。
「ポリゴン」に違いないのだが、その形状が要所で私の知識と異なっている。
丸みを帯びているような、どこか「歪」だ……。鳥のようにも見える。

「貴様、『種族名』はなんだ?」

不躾な問い方になるのだろうが、疑問を解消できぬまま明日を迎えるのは気分が悪い。
それに、修飾語を話すのは私の自尊心が許さない。これを傲慢と取るかは彼奴次第だ。
彼奴は更に首を擡げて、何かを考え込むような体勢を取った。

私の問いがそれほど妙であったか、もしくは返答しづらい事柄。
どちらにせよ、さっさと喋るべきだ。空が段々と赤みを帯びてくる。夕食までそれほど時間が無いのだ。
急く私の眉が僅かに吊った時、頃合を同じにして、再び鳥の囀りが零れた。


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「名前……『ポリゴンZ』……番号474」
「ポリゴンZ……やはり新種か?」
「進化……形状……変わる」

苛立つほど「区切って」話す奴だ。まさか私が「分からない」と考えて喋っているのか?
どこまで虚仮にする気だ……私は「ミュウツー」だぞ。
貴様如き、実験の副産物とは「出来」が違う。

「馬鹿にしているつもりか? ちゃんと話せ!」

声を荒げる私の一喝に、しどろもどろのポリゴンZが口を閉ざす。
そして――哀しげに視線を水面に戻した。

「……言語……問題、ある。限界……話す――ごめん」

宙を彷徨う結晶体は、弱弱しくそれだけ答えると、首を水面に近づけた。
揺れる水面に波紋が浮かび、丸みを帯びた歪な人工生物を更に歪める。

……私の念力は「基本的」には万能だ。だが、他者の「心」までは読めない。
物を突き動かし、破壊するだけの能力。思いやりなど、皆無だ。
そして彼への言動は、思慮分別にかけるものだったと、今更に思う。

こんな時、一体、「なに」を言うべきなのだろう……?
知識にはある、だが……余計なプライドが邪魔して、それへの行為を妨げている。
それでも……悪いのは――「私」だ。


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「すまなかった」

自意識下で、生まれて初めて譲歩した……私の「謝罪」だ。
頭痛がする……。やらなければ良かった。
ポリゴンの奴も、訝しげに私の顔を覗き込んでいる。馬鹿にしているに違いない。

「ありが、とう……」

一々、区切って礼を述べるな……顔が火照る。
慣れない事をするものではないな、まったく……。

そもそも、この連中はなんだ? どうしてこうも私の知識にある「常識」と一線を画すのだ?
「最強」を目指して創造された私を超えるスターミー然り、ポリゴンZ然り――。

「貴様等が、どういった『経緯』で主と出会ったのか……想像も出来ん」

単なる言葉の繋がりが、私の口から漏れて外に飛び出した。
大して意味の無い、恥かしさを糊塗するためだけの勢いから生まれた言葉。
それを――馬鹿が付くほど正直に真に受け、「答えるモノ」がいるなど考えもしなかった。

「――捨てられた」
「は……?」

簡単に漏らされた囁きは、現実味を帯びず、私としたことが聞き返しをしてしまう。
またそれに呼応して、ポリゴンZも詳細な説明を始めるのだ。
酷く、ショッキングな内容だった。


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「図鑑……埋める為……進化……後、『弱い』から……いらない……捨てられ、た」

淡々と述べるポリゴンZの言葉は、信じ難い「トレーナー」達の実情を生々しく描写する。
彼自身の無表情な様子も相俟って、ことの残酷性は怖気が走る。

「人工、生命体……個性……ない。詰まらない……いらない。――瀕死、捨てる」

弱弱しい響きが語る半生は、あまりに過酷な現実の日々だったようだ。
言い終えたか、ポリゴンZはそれ以上、言葉を繋げなかった。
……しかし、瀕死の状態のポケモンを捨てるとは、血も涙も無いのか?

「よく、生きてこられたな……」
「寸前……『マスター』……拾って、くれた。『一緒、行こう』……言って、くれた!」

私の漏らした感心の声に、ポリゴンZは素早く反応して――鼻息荒く捲くし立てた。
頭部に収まる二つの円は、当時の喜びを如実に表しているかのように見えた。
……個性、あるじゃないか。

人工生命体とて、「厚意」をかけられた想い出に「感動」することだってある。
泣く事すら、出来るのだ。
ポリゴンZは……私と同じ「異物」だが、その奥底にある「感情」は人工の物ではない。
私達は、「生きている」。それを『主』は肯定してくれた。

「帰ろう……。そろそろ夕食時だ」
「うん……」

空が茜色になる頃、誰も知らない私達の「密談」は幕を閉じる事になる。
先導する私の背を、奇妙な形状の結晶体が付いて飛ぶ。
それが、どういったわけか、とてもこそばゆい気分になる。――「共有」できるからか?



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同じ、人の手で「創られた」存在だから、「ポリゴンZ」を私は気に掛けた。
――「きょうだい」という、肉親的コミュニティが私は欲しかったのだろうか?
……そうなのかもしれない。

永らく孤独に生きてきたツケが回ってきたのだろう。
私は「寂しかった」のだ……。主に所有して貰いたかったのも、真なる意味はそこにある。
生き物は、けして「個人」では生きていけない。
生きていられるモノがあるとすれば、それは生物では――「ない」。

今でこそ、そう思えるのだ。……思えるようになった。
主達の影響で、私は変われた。生きている「甲斐」を得られるようになった。
もしも、これが無かったらと思うと……背筋が凍る。――絶対に失いたくない。

「ミュウ、ツー……?」
「なんでもない……風が出てきたな」

怪訝に問う声を一蹴し、私は努めて平静を装う。
別に、いいだろう? 大切にしてくれる「主」と、一癖ある「仲間」。
たったそれだけ望んでも「罰」は当るまい。

永遠に、この時間が続けばいい……。
今日、夜空の輝きを床から見上げて祈った、私のただ一つの「願い」だ。

<了>