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 ―ワタシノシラナイ“アルジ”―


テニスコートに似た美しい長方形が半分に区切られる空間の一方に、私は居る。
反対のコートに向けて片腕を差し伸ばした形で、唐突に「審判」の警笛が鳴り響き。
それが私の意識に入り込んで今現在行われている「ポケモンバトル」の終了を要求していた。

双方のポケモンの状態を逸早く見抜き、最悪の場面を避けるのが彼らの役目だ。
だが――無論、私にその「指図」は無効だ。私に命令出来るのは後にも先にも、「主」唯一人。
それに、挑んできた相手は我が主を軽んじる発言をした。……「肩慣らし」だと。

徹底的に打ち据え、膂力の差をトレーナー、ポケモン共に刷り込ませておく必要がある。
これは教育だ。二度と「過ち」を起こさぬよう、私が彼等を再教育してやる。

再三の警笛を無視し、逆手に掲げた手の内に漆黒の球体「シャドーボール」を生み出す。
他種族が用いるキャパシティを超えた質量のこれを、今度こそ止めの一撃として贈ろう。
身を逸らし、コート半分を消し飛ばす勢いで構築したエネルギーは……主の指示で虚に消えた。

「了解した我が主……」

既に勝利を手にした状態で相手にかける情けなど無用だが、彼の指示ならしょうがない。
私は踵を返し、端で微笑んで待つ男の下へ脚を進めた。
それと、控える仲間たちの所へ。



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「――前から気になっておったんじゃが……お前さん、一体、幾つ『技』を使えるんじゃ?」

久方ぶりのポケモンバトルを終えて、私達は再び旅の道に戻っていた。
その道中、例によって自力でモンスターボールから出てきたスターミーが私を見上げつつ疑問を口にする。

……言っている意味が分からない。
技は「覚えられるだけ所有」しているのが通常ではないのか?
そうでないから聞いているのだろうが……まるで意図が図れぬ。

「通常は幾つまで技を所持していられるのだ?」
「大抵は『四つ』までじゃな……つまり、お前さんはその常識から逸しておるわけだわい」

腕――星が幾つも重なった身体の端っこの一部で、スターミーは身体の中央を撫でた。
スタイルとして顎を撫でているつもりのようだ。……そこが顎なのか。
執り合えず、言いたいことの意味は理解できた。

「ふむ……潜在的キャパシティの差だろう? 私は見た技は全て会得しているつもりだ」

そして、より昇華して私の技として取り入れる。大体、技が四つでは不便だろうに。

「貴様も所持している技が四つだと言うクチか?」
「無論、覚えておる技もあるが、定型化してしまえば大概忘れてしまうもんじゃよ」
「そういうものか」



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私の得心とスターミーの空笑いが交差して、一端、会話が打ち切られる。
こういった旅先で交わす私達の会話は、基本的に意味の無い雑談のようなものだ。
それをしていく内、私の中で発見や驚きが繰り返される。
会話は新鮮だ。「個人」では味わえない楽しみでもある。

不意に、進行方向を覆う黄色の背負い鞄が視界の中で大きくなった。
主が足を止めたのだろう。それを悟り、私とスターミーは同時に停止する。
主は進路を遮ったまま、首を回して一点を見詰めていた。

彼の視線と同じ向きに目を傾けると、何やら河川の周りに人だかりが出来ていた。
興味を引かれたのだろうか、その方向へ――主の足の向きが固定される。
一路、再び前進が開始された主の背を、私達は何を言うでもなく黙って従った。

すぐさま虚像は大きくなり、その騒ぎが人間達の生活に支障をきたす事態と把握できた。
どうやら先日の雨で増水した河川が、濁流となって橋を押し流したらしい。
人だかりは、その修繕工事を行う人間達の集まりだったのだ。勤労真摯である。

関係の無い事、一々彼等のすることに干渉しているほど私達に余裕はない。
早々に立ち去るべきだと、主に進言しようとした時――「彼」は集団に向かって「手伝う」と言い出していた。

実に耳を疑う行為だ。
貴方をこのような、濁った汚らしい河川に浸すなど、私には到底考えも及ばない事だ。
断じてそれだけは許容できない!


127 前:―ワタシノシラナイ“アルジ”―[] 投稿日:2007/06/17(日) 00:00:51.25 ID:bxRNmhA0


……「命令」――か?
確かに、私と貴方にはそういったパワーバランスの上に主従が成り立っている。
だが……従えと?

――主!? 頭を下げるのはよしてくれ、そんな事は望んでいない!
ああ、もう分かった。そういう真似はもうしないでくれ。
分かった、従う! 従うから……頭を上げてくれ……。

「……貴方の気の済むようにすればいい」

私から許しを得ると、主は下げていた頭を持ち上げて、安堵の笑みを零す。
そして上着と手荷物を私達に預け、御身は早々と作業に取り掛かる人々の間に混じっていった。

泥に塗れた河川に浸かる主を見ているのは忍びない……。
私はすぐさま土手を離れ、人だかりの囲いから身を引いた。
その背を、何故かスターミーが付いてくる。

「何故付いてくる? いつもみたいに主の手伝いをすればいいだろう」

沸き起こる苛立ちを押さえ、背に感じる星型の気配へ強い許否信号を送る。
しかし、スターミーはそんな私の殺気など、まるで意に介さず――端的に言葉を漏らす。

「あれは『小僧』がやらねばならんことじゃ。ワシは手を貸さんよ」
「……?」



128 ID:bxRNmhA0


よく分からない。
普段なら率先して主の所業に参加していた彼奴が、この期に及んでそんな事を言う。
それに、主が「やらねばならないこと」とは、一体なんだ?

人だかりから十分に離れたところで私は足を止めた。スターミーも足を止める。
考える私の内に、一つ――「疑問」が湧き出ていた。
この旅の「目的」は、果たしてなんであるか……。

考えてみれば、私は一度として主に、その事について言及したことは無い。
彼の指示に従ってさえ居れば、それだけでいいと思い込むようになっていた。
彼の「思惑」は、どこに傾けられているのか……?

或いは、スターミーなら――知っているのかもしれない。
彼は主の「パートナーポケモン」、恐らく手持ちの中では最古参の筈。
きっと、旅の目的は聞かされている。よい機会だ、この場ではっきりさせておこう。

私は振り返り、頭に浮かべた疑問を解消すべく、視線をスターミーに向けた。
しかし――、

「気になるなら、お前さんのテレパシーで『小僧』から直接『吸い出せば』よかろう?」

スターミーはそれだけ言うと、私の驚愕に染まる双眸を見上げ続けた。



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こちらの考えが……読まれた?
いや、もしかすると私の動作の節々にそれを勘ぐらせるモノがあったのかもしれん。
どちらにせよ、彼は既に私の疑問を捉えている。今更、糊塗しても意味は無い。

……だが、ものには「言い方」と言うものがある。

「甘く見るな、私はそんな真似をするほど落ちぶれてはいない……!」

静かな怒りを漂わす声で周囲を席巻し、私は見上げてくる視線に真っ向から向かった。
私は「主」を尊敬している。その相手の考えを無遠慮に覗くなど、愚の骨頂。
馬鹿にするな。

スターミーは視線の対象に落ちて、それから暫く私の眼を見詰めていた。
時折、顎を撫でる動作を織り交ぜて、何か思案を巡らせているようにも見える。
その時間が、数分続き、離れぬ視線を交差させたまま、不意にスターミーの身体が反った。
多分、肩を竦めたのだろう。同時に、身体の天辺が横に傾く。

「その『意識』があるなら、聞かせてはやろうさ? 『仲間』として」

殊勝な心がけでそう言うスターミーは、傾けた天辺を正位置に戻した。首を傾けていたようだ。
ようやく私は彼に認められ、仲間として旅の「目的」を聞くこととなった。
では聞かせて貰おう、主の「目的」とは何か? 何を目指し、何をしようとしているのかを。



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スターミーは、始まりの言葉をこう切り出した。

「『全てを手に入れ』、そして『全てを失った』哀れな男の話をしてやる」

退屈しないで済みそうな、名口上だ……。



――各地で開催されるポケモントレーナーの祭典『ポケモンリーグ』。
それに参加する事は誇りであり、実力者は「名人」などと呼ばれ富と名声を一手に受ける。
歴史ある祭典は、トレーナーの「ステータス」となり、誰もが参加を目指し特訓に励んだ。

しかし、参加資格を得るためには、地方に点在する『ジムリーダー』を倒さなくてはならない。
そして勝利の証として「バッジ」を取得するのが最低条件だった。
過酷なポケモンバトルを潜り抜け、その先に立ちはだかるのは更なる強豪の嵐。
四天王を名乗る「名人」を下して、ようやくその頂に触れることが許されるのだ。

それを――「完全制覇」する若き天才が登場する。
その驚くべきニュースは瞬く間に大陸間を越えて、広く全ての地域に知れ渡る事となった。
たかが「リーグ優勝」程度、何を騒ぐ事があるのか、それは認識の誤りである。

「彼」は、開催される「全てのリーグを制覇」したのだ。
そんな前例は未だかつて在り得なかった。
驚きは更に彼の手持ちポケモンに移る。



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誰もが文献でしかその存在を知らない、三体の――「伝説ポケモン」を彼は従えていた。
氷の巨鳥、炎の巨鳥、雷の巨鳥――全てが揃って彼の指示通りに技を繰り出す。
圧倒的な個体差の力量は彼を押し上げ、自身の卓越した状況分析も勝利への架け橋となった。

伝説を操り、若くして全てのリーグの頂点に登り詰めた偉業は、
それ自体が「伝説」として語られ、生涯に名を残す「神話」として語られる事に……なる筈だった。

彼は「力」を持ち過ぎていた。
期せずして「転機」が――訪れる。

すでにリーグ制覇から数日、彼の名は当然のように人々の語り草となっていた。
伝説の体現者が道を通ると、それだけで大混乱が起こるほど熱気に包まれる。
そんな彼を、是非自分の家の家系に組み込みたいと、躍起になる人間は一人ならず大勢現れた。

だが、彼はそういう話に及ぶと、頑として縁談を断り続けた。
理由は、ごく単純なものだ。彼には、故郷に残してきた「恋人」がいた。
夢の実現、それが達せられたら結婚しようと、まるで映画さながらの誓いが立てられていた。
そして、それは今こそ達したのだ。彼は逸る気持ちを押さえ切れず、一途、帰路に向かう。

フェリーの揺れは帰巣感情を穏やかに呼び起こし、眠気眼の意識へ泥濘を呼びかける。
瞼が落ちるとき、その緩やかな安穏は強引に叩かれる個室のドアが打ち破った。
驚き眼を見開く間も無く、往来客は部屋に押しかけ、焦った表情で事の次第を早口に捲くし立てた。



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――近くの町から連絡があった。町が「火砕流」に呑まれるかもしれない。助けて欲しい。

「神通力」とも呼べる伝説ポケモンの力なら、火山の噴火を鎮圧できると踏んだ町の要請。
それを彼は――断った。力になれない、と。どうしてもやらなくてはいけない事がある。
ボートを寄せるから、すぐにでも力を貸してほしい。彼の願いは本物だった。

だが、どうしても彼には急ぎやらねばならないことがあった。
恋人へ吉報を持ち帰る? 違う、それは手紙で済む問題だ。
では、何故?

最後のリーグ優勝をかけた前夜、彼の泊まるホテルに一通の知らせが届く。
そこには、にわかに信じ難い「現実」が認められていた。――恋人が病に臥した、と。

元から身体の強い女性ではなかったが、虫の知らせとも言える勘が、難病であると彼に告げる。
彼は居ても立ってもいられず、棄権してその日のうちに帰郷しようとさえ考えていた。
しかし、それを思い止まらせる記述が、最後に書かれているのを認め、彼は踏みとどまる。

――明日の試合、観ます。必ず勝ってください、応援しています。

今はどんな刺激も与えたくない。
明日、全国放送される試合で全力を出し切り、必ず勝利を収めて彼女を元気付ける。

そして、彼は見事勝利を収め、歴史に名を残す快挙を成し遂げた。
あとは元気な身一つを持ち帰り、少しでも彼女を安心させたい。


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だから、彼にはこれ以上、誰かの為に時間を割く心的余裕が無かった。

それに論理的に考えて、火砕流の事前察知は現代でこそ容易だ。
何も自分が手を出す必要はなく、住民全てが避難すれば誰も被害がでないはず。
よって、手を貸す必要は無い。

再三の呼び掛けに応えず、彼は土下座すら辞さない船員に怪訝な視線を向けつつ追い払った。
再び静寂が訪れ、僅かに船体が揺れる個室の中で、彼は全身をベッドに横たえた。
すぐに眠気は襲い、意識を持ち去って彼を夢の中に誘っていく。
次の日、目覚めた彼の元に届けられたのは、モーニングサービスと町の壊滅だった。



――死傷者数不明の大惨事、町は見事に一千度を越える火山灰に呑まれて消えた。
フェリーが港に停泊し、下船直後、彼は罪悪感に苛まれていた。
きっと、誰もが逃げ果せているだろうと安易に考えていた自分の認識が悉く外れていた。

「離島」で火砕流が起こったら、一体どうやって逃げる?
火山はなだらかに町を見下ろしている。咳をして、人間には熱すぎる唾を撒き散らす。
あの時、応じていれば、少なくともこの罪悪に悩ませられる事はなかっただろう。

彼は吐き気を催す心地を何とか堪え、長い道のりを消化するべくエアポートに向かった。
その道中、彼は通り抜ける町のそこ彼処から、奇異な視線を向けられている事に気付く。
単なるリーグ優勝者へ向けられる好奇の眼と言うよりは、おぞましいモノを見るような蔑んだ視線。

彼は悟った。
島が火砕流に呑まれた事件が取りざたされ時、恐らく自分の一件が報じられたのだろう。


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そして、それは非人道的で許されざる行為。蔑視されて当然である。

彼は恋人に会えたら、必ずそこへ立ち寄り、出来る限りの謝罪をすると心に誓っていた。
しかし、その機会は永遠に与えられなかった。

エアポートに到着した彼は、突然周囲を警察官に囲まれた。
強引に取り押さえられ、理解出来ない彼の顔に「逮捕令状」が押し付けられる。
驚愕の事実に瞳孔が閉じたり開いたりを繰り返す。

外界との断絶を言い渡され、彼は冷静では居られなくなった。
今はどんな事をしてでも、恋人の下へ帰りたい。帰って、辿り着いて彼女を病床から救いたい。
焦りと怒りに囚われた彼は警官に掴みかかった。
だが、多勢に無勢、彼は警棒で叩きのめされ、次に目覚めた瞬間、独房に入っていた。

それから裁判が始まり、法に則った裁きが下される。
生まれて初めて被告人席に立ち、彼は長々と述べられる訓辞に苛立ちを募らせていた。
早く終わらせて、自分は故郷に戻らなくてはならないのだ。
こんな所で道草を食っている暇は無い。
明らかな怒りの形相を浮かべる彼だったが、検察官が呼び出した証人を見て、絶句した。

それは海を渡る際、乗船したフェリーの船員だった。
この世の者とは思えないほど表情を暗くし、光の灯らない眼は呆けたように虚を見詰める。
その肩に手を置き、検察官が彼に質問を求めた。

――貴方の『家族』を死に至らしめた男は、この青年ですか?



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もう、それ以上は何も聞こえなかった。
自分は取り返しの付かない「大罪」を犯したのだと、この時になってようやく理解できたのだ。
あとで謝罪するだとか、なんと残酷な響きだろう。

裁判が終わり、申し開きをしなかった彼はその日の内に判決が下された。
執行猶予は出たが、海外へ出られない彼はどんな事をしても恋人に会えない。
募る焦燥感が身を焦がし、気が狂ってしまいそうなほど悩んだ。
せめて外国から祈ろう、彼女の無事を。決して諦めず、再び見える日まで元気で居て欲しい。

そして――「訃報」が届けられた……。

愛する者の「死」。
彼の中で、最も大切にしていた「モノ」が砕け散った瞬間。
男は「死んだ」。――死人と同じ、虚脱に浸った抜け殻となった。

生きる希望を失った男は食事を取らなくなり、次第に衰弱していく。
すぐに房から出され、病院に担ぎ込まれると、彼は延々ベッドの上で過ごし続けた。

点滴を打たれ、栄養失調で死ぬ事はなくなったが、どちらにしても彼は死んでいるのと同じ。
瞳に光が灯る事はなくなった。あの船員のように。彼も、この苦しみを味わったのだ。
暗い泥濘の意識の奥底で、男は罪の意識に苛まれ続けていた。

どんなに悔いても赦される事はない。どんなに願っても恋人には二度と会えない。
罪を犯し、リーグ優勝者としての品位を欠くという理由で除名もされた。
もう、何も残っていない……。


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いっそ、死んで「楽」になりたい……そう思うのは、やはり「逃避行」なのだろうか?

夜の闇より、更に暗い深みへ潜っていく意識。
「死」への憧れを抱く彼が再起できる機会は、一切――残されていない。
維持され続ける肉体の「死」を待つだけの、ただの人体模型。

それが、もう何度目かのまどろみを帯びた時、聞き慣れぬ――「鳴き声」を聴いた気がした。



「――それからというもの、彼は『再起』してな? 今ではすっかり生き甲斐を手にいれ……」
「待て」
「んむ?」

私は思い出話に入り込むスターミーの言葉を遮り、暫く頭痛と格闘した。

コイツは何を言っているんだ? そもそも、「鳴き声」がどうとか……理解できん。
なにより、『要点』が完全に抜け落ちている。話として成立していない。
オチの無い落語ほど、詰まらない物がないように、コイツの話も実に整合性に欠ける。

「要するに、その話の男と主は『同一人物』なのか?」
「まあ、そういうことじゃな」
「……それでは話が完全に破綻する」

スターミーは私の質問の意図が分かっていないのか、堂々と胸を張って答えた。
私の頭痛が更に増す。



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「何故じゃ?」
「……分からないのか」

好き勝手にのたまって、要点をすっぽかす老人に有りがちな身の無い話。
韜晦し切って矛盾性に気付けてすらないのだ。不意に肩の力が抜け落ちる。

「『伝説のポケモン』達は一体、どこに『いる』んだ? 影も形も見えないぞ」

私は知っている。主の所有するポケモンの中に、それらしき連中は「一匹」も混じっていない。
世界に唯一つだというのなら、私こそが主の所有する唯一の「伝説ポケモン」になるだろう。
それが私の見解だ。

しかし、そうした私の指摘に対して、スターミーは特に狼狽した様子も無く。
何かを思案する仕草を見せてから、短く溜息を吐いた。

「さて、どこへ行ってしまったのか……彼等も小僧を慕っておった筈なのに」

ひどく物悲しい呟きを漏らし、スターミーは全身を斜めにそらす。
この物言いは、嘘や虚構を証言していない。知識ではなく、感覚でそうだと分かった。
ならば、何故それほどの偉業を為し得たトレーナーが、未だ旅を続けるのか?

……なるほど、人の「業」とは生半可な覚悟ではないということか。
結論めいた事は私には言えない、ただ……それとなく行動の意味は図れた気がする。
主が無償で他者を助けようとする行為の真意、それは心に根付いた一つの思念が問題なのだ。


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「『罪滅ぼし』……これは『贖罪』の旅なのだな」
「そう……彼は未だに赦しを請うて、当ての無い旅を続けておる。ワシ等はそれに付き合わされておるわけじゃな?」

スターミーは棘のある言葉を尾に繋げ、特徴的な空笑いを始める。
とは言え、手持ちの中で今現在も残り続けているのは、暗に『主』の事が心配なのだろう。
もはや「親心」とさえ、言えるのかもしれない。

「お前さんは、小僧の旅に参加するかね? ワシ等にとって、得るものなどないかもしれない」
「愚問だな? 私は既に『主』から、掛け替えのない『恩恵』を授かっている。付いていくさ」

どこまでも、この人に付いていく。そして、その助けになろう。
私の中で心新たに誓いが立てられた頃、スターミーの長話も相俟って、時刻は既に夕暮れに近付いていた。

作業はどうなったのか、視線を河川に傾けると、何やら歓喜に人だかりが沸いている。
興味本位で私達が近付くと、人々は律儀に道を開け通してくれた。

開いた隅から、私は主の姿を追う。始めに、完成した即席の「橋」が視界に飛び込んできた。
世辞にも整っているとは言い難いが、丈夫である事は間違いあるまい。
しっかり釘も打ってある、隙間無く板も敷き詰められている。当面は凌げるだろう。

そんな私達の様子を認めて、河川からあられもない姿の「主」が土手に上がってくる。
泥水に汚れたシャツを脱ぎ、捻って脱水を図るが黄土色は抜けない。
勿体無いことをしたように思うが、何かをやり遂げた時の主の表情はとても清清しかった。

きっと、一抹の単位でも罪の意識が軽くなったのだろう。



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そんな表情を、私はこの先もずっと見続けていたい。それを願う。
相変わらず微笑む主に新しいシャツを渡して、ふと脳裏に先程の話がよぎった。

――「恋人」がいたのだった……。

何故だろう、やけに耳に残る単語は、ひどく私の胸を締め付ける気がした。
気のせいだと、思いたい。
私などが、到底踏み込んではいけない領域がそこにある。

分かっていても、それがもどかしい……。
そして、主を救った「鳴き声」の持ち主も……私には気に掛かってならないのだ。
私の知らない、「主」を知っている者の「存在」。

これは――「嫉妬」なのだろうな……。

茜が空を霞む日、私達は橋の礼として民家に泊めてもらう事になった。
私にとって初めての家屋は、何やら落ち着かない。
大勢の人間の気配を感じる空間は、あまり好きではない。
だから、今日もいつもどおり、主の隣で寝ることにさせてもらった。

……慈善事業こそ、貴方の心を癒す、唯一絶対の手段なのだな。
私が、貴方の心の「救済者」になれればいいのに……無理だろうか?
無理であっても、そうでなくても、私は貴方の為にある。

私は、貴方を救うために――「誕生」した。そう、思い込みたいのだ。

<了>