247 ID:P9mFYCUe0

―ワタシヲトリマク“カンキョウ”―


故あり、私は晴れて人間の「所有物」に成り下がった。いや、表現に問題があるか……。
私は自身で望み、この『青年』と行動を共にする事を懇願して、その許可を勝ち得たのだ。

けして「彼」が私に強要を用いたのではない。
彼は人間であって、私の知る汚らわしい物欲に塗れた害悪とは生体面から既に異なる。
彼は私を有するに相応しい、唯一無二の「トレーナー」。私は貴方に「勝利」を約束しよう。

伝説を凌駕する圧倒的テレキネシスが、貴方を絶対の君主にすることを望んでいる。
私に「不可能」は存在しない。貴方がそれを望めば、今すぐにでも世界を蹂躙してみせる。
全てを足下に降し、世の理を貴方が制定すればよい。その資格があるのだから。

さあッ!? 命令してくれ! 我が「主」……共に愚劣なる者共を薙ぎ払おうではないか?
私達が暮らしやすい、「平穏」の大地を創り出そう。何者の介入も許さない、理想郷を……。


――と、息巻いてみたのはよいが……この状況は一体何を意味するのだろうか?

別に、待遇に関して異議を申し立てているのではない。
参入当初から、我がトレーナーは私を常に気に掛けてくれている。
数日前に負った傷の事を心配してくれているようだが、代謝機能が回復すれば「じこさいせい」が可能だ。
貴方が気を回す必要は無い。


628 ID:P9mFYCUe0

―ワタシヲトリマク“カンキョウ”―


故あり、私は晴れて人間の「所有物」に成り下がった。いや、表現に問題があるか……。
私は自身で望み、この『青年』と行動を共にする事を懇願して、その許可を勝ち得たのだ。

けして「彼」が私に強要を用いたのではない。
彼は人間であって、私の知る汚らわしい物欲に塗れた害悪とは生体面から既に異なる。
彼は私を有するに相応しい、唯一無二の「トレーナー」。私は貴方に「勝利」を約束しよう。

伝説を凌駕する圧倒的テレキネシスが、貴方を絶対の君主にすることを望んでいる。
私に「不可能」は存在しない。貴方がそれを望めば、今すぐにでも世界を蹂躙してみせる。
全てを足下に降し、世の理を貴方が制定すればよい。その資格があるのだから。

さあッ!? 命令してくれ! 我が「主」……共に愚劣なる者共を薙ぎ払おうではないか?
私達が暮らしやすい、「平穏」の大地を創り出そう。何者の介入も許さない、理想郷を……。


――と、息巻いてみたのはよいが……この状況は一体何を意味するのだろうか?

別に、待遇に関して異議を申し立てているのではない。
参入当初から、我がトレーナーは私を常に気に掛けてくれている。
数日前に負った傷の事を心配してくれているようだが、代謝機能が回復すれば「じこさいせい」が可能だ。
貴方が気を回す必要は無い。


629 ID:P9mFYCUe0


それはそれとして、状況のことだが……本当に信じ難いことだ。

何故、「バトル」を――しない? 私は「最強」だ。生態間において遅れを取る事は断じてない。
そもそも、戦って勝利を収める事は、トレーナーの本懐ではないのか?
リーグ優勝を目指し、その為に彼等は私のような「強力なポケモン」を求め、さまよい歩く。

……だが、貴方がそれを望むなら……私は従うのみだ。何か意図があるのだろう。
私は貴方の「所有物」。すべての権限を貴方に委ねた。「戦うな」と言うなら、戦わない。
しかし――「暇」だ。

「カァーーッ、カッカッカッカッ!」
「うぬ?」

主が荷物を置いて、私にそれらの監視を願って町へ買出しに出かけた頃。
彼の帰宅を悠々自適に待つ傍ら、自生する巨木の幹に背を預けてまどろんでいる私の意識を、
強烈に呼び覚ます甲高い老人の笑い声が森に反響した。

周囲に警戒を張り巡らし、私は何時でもその“異質”に対して迎撃を行えるよう体勢を整える。
上半身を斜めに逸らし、全身を低く構えて体面積を制限する。
洞穴に篭って多くのポケモンを相手にしてきた経験が生んだ、私独自の「型」だ。
相手がどれほど素早くても、この体勢ならすべてを避けきれる自身がある。

さあ、こい……。飛沫にしてくれる。
五感の全てを発揮して、私はやがて来る未知の敵に対し、鋭利に尖った牙を剥いた。

631 ID:P9mFYCUe0


「――お嬢ちゃん……わし、こっちにおるんじゃけども……」

「背後」から掛かる老人の戸惑う声。瞬時に熱を帯びる鼻先。
……別に恥かしくない。うん。何時の間にか後ろに立っていた貴様が悪いのだ。私の所為ではない。

振り返ると、引っくり返された主の鞄から一つの「モンスターボール」が転がり落ちた。
それが進む終着点、老年のポケモン「スターミー」が、やや困った表情で私を見ていた。

「あ~、面と向かって話をするのは始めてじゃの? ――『新入り』さん」

この老人が、主のパートナーポケモンであることを知ったのは、夕暮れの時刻。
彼が戻ってきてからの事だった。


――主が帰宅して、それから例によって夕食が開始される。
今晩の献立はレトルトのカレーライスのようだ。スパイスの香りが中々、芳しい……らしい。
主は早速出来上がったそれを窪みの浅い皿に盛り、野木のように立ち尽くす私に差し出した。
食べろ、ということのようだ。

……いただきます。「辛い」という先入観があったが、どうやらそれほどのモノでもないらしい。

私はそれを完食すると、汚した食器を持って清流に向かった。
特に決められたことではないが、彼に汚物を弄らせる事が個人的に許せなかったのだ。
だから、これは私の役割として定着した。水の純度も問題ない、極めて綺麗なものだ。


632 ID:P9mFYCUe0


「――それ以上、私に接近すれば『命』を絶やす事になる」

スポンジ片手に汚れを落す私の「結界」に、どうやら無断で近付く愚か者が現れたようだ。
それも――、すでに記憶の中に納まっている不届きなポケモン、「スターミー」。

体の中央に煌き輝く深紅の宝石が、潜む水面の奥で無用心に輝いている。
観念したのか、彼は隠れていることを止め、堂々と水の中から身を起こして私に対面してきた。

「あれま、感づかれてしまったかのう……」
「そもそも隠れるつもりがあったのか? 要件を言え」

間髪要れず、私は目の前の老人を捉まえて用事の言葉を要求した。
誰かと会話をすることが私は好きじゃない。だから、早々にそういう状況を終わらせたいのだ。
だが、スターミーは上品に笑うばかりで何も言い出そうとはしない。

次第に私の中で苛立ちが募ってくる。
たかが「マイナー」の分際で、この世に唯一無二の「私」をおちょくるとは度胸のいい。

「――『死ぬ』か?」

返答を待たず、私は即興で「サイコカッター」を嫌味なジジイに向けて放つ。
初速から音速を超える私のアレンジ技は、瞬きの間に眼前の環境を切り取っていく。

633 ID:P9mFYCUe0


見事、私の目の前から「スターミー」が姿を消していた。
愚かしい、興味本位で私に関わろうとするからだ。

「……いきなり酷いのう?」
「なに!?」

耳に入り込んでくる囁きは、さきほど消し飛んだはずのスターミーの声。
私は咄嗟に狼狽してしまった。殺したはずの相手が、耳元で余裕の言葉を漏らしているのだ。

苛立ち以上に……これは、「恐怖」だというのか?
震える奥歯を噛み締め、初めて身に刻まれる感情を押し殺し、私は無我夢中で技を繰り出した。

サイコキネシス、れいとうビーム、スピードスター、メガトンパンチ、10まんボルト。
そして「はかいこうせん」さえもが、空振りに終わった。

単なる「マイナー」は、既に「マイナー」の領域を突破していた。
その事に気付けなかった私の理解力の無さ……迂闊だった。

空が茜色から紫の夜空に変わる頃、スターミーは――私を「倒して」いた。
産まれて始めて味わう「敗北」の苦渋、辛酸……喉が枯れそうなほど呻いた。

私は――今まで、自分こそが「至高」であると考えていた。
それが、惨めにも惨敗を帰し、こうして情け無い醜態を晒している。

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ようやく気付かされた。
私も所詮は一介の「ポケモン」に過ぎないのだ。そこらに溢れている「ポケモン」なのだ。
何も特別な事はない、私も彼等と同じ、ただのポケモン……。

「そのとおり……『ポケモン』じゃよ?」
「……」

スターミーは殊勝な心がけで、敗北して穢れた私の腕を取ろうと腰を折った。
何が、「ポケモン」だ……。当たり前な事じゃないか。
そんな意味の無い言葉で、私に感動を求めているのか、糞ジジイめ……。

敵意に満ちた私の視線を真正面に捉え、尚もスターミーは微笑んでいた。
その眉根は、皺によって刻まれて、老練とした生涯の生き様を物語る。
細められた目元は何かを伝えようと、僅かに――揺れた。

――そのとおり……『ポケモン』じゃよ?

「あ……」
「気付いたかね? なら、もういいじゃろう?」

スターミーは全てを見通したように呟いて、そっと優しく私を助け起こしてくれた。
正面に向き合って、ようやく私は本当の意味で彼の「顔」を見た。

笑っている。一切の敵意が感じられない、私を……恐れていない?

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「当たり前じゃろう? ただの『ポケモン』を怖がっておる者がいるかね?」
「……スターミー」
「それにしても随分派手に遊んでしまったのう」

スターミーは先程の激闘を「遊び」と称して、その結果が招く穿たれた河川の岸を呑気に見渡した。
彼は実力を発揮せず、私を倒したというわけか……。
本気でやられたら――かなり不味いぞ。

「カッカッカッ、新しい『仲間』のことが気になってしまってな? 不快にさせてしまったことは謝るわい」

甲高い笑い声は、もう煩く聞こえない。私を不安にさせない、愉快な響きに変わった。
スターミーは先導して私を『仲間』の元へ誘ってくれた。
そして、彼らは私を恐れず、一匹の例外なく「笑顔」を向けて受け入れてくれる。

余談だが、実はスターミーは最初から私の実力を「試す」つもりで近付いていたらしい。
それは旅の仲間からの要望で、私の性格を把握するために已む無くだったようだ。
上手く付き合えるかどうか、やはり不安だったのだろう。

まったく……どいつもこいつも、いい性格をしている。お陰で私の自尊心は滅茶苦茶だ。
たかが、スターミーに……本当に「世界」は広い。


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色々あったが、今日は非常に得る分の大きかった一日だ。
私は生涯、この日を忘れないだろう。初めて苦渋を舐めさせられた日。
そして、初めて『仲間』として受け入れられた日を……。私は忘れない。

「おまえさんはメンコイからの? 『小僧』との相性がバッチリじゃ!」

最後に訳のわからない事を言われた。
自分の主人を「小僧」扱いとは、それだけ付き合いが長いと言う事なのだろう。
少し、羨ましい気もする。

私の歓迎の催しも終わると、皆はそれぞれ自分のモンスターボールに戻っていった。
スターミーも自分のボールに戻り、焚き火の照らす暗闇の森の中で私と「主」が二人きりになる。
まだ私に帰るべきモンスターボールは無いので、普段から彼の隣で寝袋に包まって睡眠をとる。

今日も、彼の隣を陣取って、その横顔を盗み見ながら寝るのだ。
最近の、私だけに許された「特権」。既に寝入った彼の整った寝息が聞こえる。
不意に焚き火が消え、夜の闇が私たちを覆って盛大な静寂を送ってくれる。
まどろむ目は抵抗感無く閉じ、私の意識を「夢」の中へ誘っていく。

おやすみ、我が「主」。明日も良き日であることを願わせてもらう。

私の意識は夢に、落ちた。

<了>