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『行け! ヘルガー! 噛み砕け!』
 ヤマブキシティのポケセンのテレビでは、ジョウト地方でのリーグ戦が放映されていた。俺は控え室でミ
ュウツーの治療を待ちながらそれを何とはなしに見ている。
 最近のポケモンの研究によって、新たなタイプが発見されたということが巷での話題だ。今もテレビでは
エスパータイプのフーディンをあくタイプであるヘルガーが圧倒している。何でも異常なまでの環境適応能
力が生息している地方によって新たな影響をなんたらかんたらで、一度、オーキド博士に教えに貰いに行こ
うとしたけれど、ミュウツーの強固な反対によっておじゃんになってしまった。
『火炎放射!!』
 新たなポケモンの台頭により、新時代のトレーナー達が続々と表舞台へと出ている。きっと俺なんかは古
株の類に入るのだろう。
 ただ、それによりトレーナーのマナーというか、ポケモンの扱いというものが問題になっている。ゲーム
的な感覚が増していった一方で、生物であるポケモンを簡単に捨ててしまったり、あまつさえ能力の低いポ
ケモンを殺してしまう、なんてニュースが日々流されている。
 確かに、タイプには得手不得手があるから有利にしようという気持ちは分かる。ただ、それじだけじゃあ
ないんだよなあ、となんかジジくさいことも考えてしまうわけで。

「どうした、主よ。ずいぶんと悩んでいるようだが」
「ん? ああ、今日は随分と早いんだな」
「もう直ってる。遅いのはアイツらだ」

 ミュウツーの後ろでは慌ててラッキーがこちらに向かって来ている。しかし、彼女が一睨みすると回れ右
して帰っていく姿が可愛かった。

「さあ、行くぞ。主よ」
「そうだな、ミュウツー」

 彼女はミュウツー。最強にして最高の、俺のポケモンだ。


 ポケセンを出ると、俺は真っ直ぐシオンタウンへ向かう。目的地はここからでも見える、周囲の建物より
も頭一つ高いポケモンタワーだ。今の俺の仕事先であり、調査先である。
 カントーリーグを制覇した俺は、特にすることもなくポケモン図鑑を埋める旅を続けていた。そして、以
前お世話になったグレンジムのカツラさんの所を訪ねた時に、件の話を持ちかけられた。内容は急増するポ
ケモン霊と周辺地域への影響の調査だった。亡くなったポケモンは、大抵、成仏しない場合はゴースとゴー
ストとして現世に現れるのだけれど、最近では全く新種のゆうれいポケモンも現れているという報告を貰っ
ているらしい。ジョウト地方以下、各地方からの外来種による変化と見当はついているのだが、やはり現地
での詳細な調査がしたいということで、その辺りにパイプを持ち、ミュウツーというちょっとやそっとじゃ
やられないポケモンの主人ということで白羽の矢が立った。

「どうした、主よ。悩みでもあるのか?」
「ああ、いや、そうじゃないんだけど」

 足りない頭を使って悩んでいる俺をミュウツーが何を思ったのか、声をかけてくる。以前の一件以来、随
分と彼女も丸くなったのだが、それでも何かと俺の心配する性分は全然直ってない。むしろ、酷くなったと
いうか、輪をかけたというか。
 主はすぐに無茶をする。これぐらいの心配でもまだ足りない方だ。
 そこに注文をつけるたびにミュウツーはそう返して全く相手にしない。ただ、そういう時の彼女は大抵、
上機嫌で、今も特徴的な丸みを帯びた尻尾が左右にリズムを刻んでいる。
 まあ、これも彼女なのだろう。俺はそう納得することで歩を早めた。



 ポケモンタワーに着く。見上げると、相変わらずの曇天が空を覆い、不気味さというか寂しさというか、
普通の建物とはまた一線を画していることをより強調される。
「また行くのかい? 盛んなこって」
 聞きなれた声に俺とミュウツーが振り向く。そこにはカントー四天王の一人、キクコさんが立っていた。
彼女もまた、ゴースト系のポケモンの専門家としてこの地に呼ばれて調査チームの一人として活躍している。
オーキド博士とも親交があるのか、そのポケモンへの深い造詣はチームでも遺憾なく発揮されているのだが、
いかんせん俺とは、というか隣の彼女とは相性が最悪だ。

「主は調査に来ている。部外者は黙ってもらおう」
「おやまあ、相変わらずだねえ。アタシもこのボクちゃんのお仲間なのに」
「だからその呼び方で主を呼ぶなと……!」

 だめだこりゃ。
 俺はミュウツーの手を取ると、さっさとタワーの中へと進む。手を握るとミュウツーはあっという間にお
となしくなる。遠くからキクコさんの茶化し声が聞こえるが、今は聞こえないことにしよう。
 しかし、キクコさんの姿が見えなくなる寸前、彼女はどうも引っかかる言葉を投げかけた。

「気をつけな! ゴーストタイプのみのポケモンが確認されたってさあ!」

 手を引っ張り階段を登っていく中、俺はただその言葉だけが何度も頭を駆け巡った。

 調査は順調、というか何も起こらなかった。あっという間に最上階へと着くと、ガラガラ、カラカラの親
子が眠っているというお墓に手を合わせる。ついつい毎回やってしまうのだが、最近ではミュウツーも共に
している所を見れて嬉しく思う。
「主の意思は私の意志だ。そこに幾分の隙間も無い」
「そうか」
 一時間程うろつくが、出てくるゆうれいポケモンといえばゴース、ゴースト程度でミュウツーの敵ではな
い。いい加減、お互い退屈し始めていた。
「帰るか。ミュウツー」
「ああ」
 急いでやることでもない。息をひとつ吐いて階段を下りようとする。しかし、そこで空気が変わった。い
や、彼女が戦闘態勢に入った。
「ミュウツー」
「おそらくババアが下で言っていた新種だ。主、シルフスコープを」
 駆け巡る緊張。ババアなんて言い方を訂正する暇も無い。俺は黒い瘴気のようなものにスコープをかざす。
スコープの解析により、徐々にそのポケモンが姿を現す。同時に、ポケットに入っていた図鑑が自動的に反
応する。
『新種のポケモンです。よなきポケモン、ムウマ』
 ふわふわと、ゆうれいポケモン特有の質量を感じさせない浮遊感。初めて見るポケモンに心臓がイヤに跳
ねるが、それはどちらかと言えばもっと違う問題を孕んでいた。

『更にムウマを確認。その数、三十五』

 まるで黒い群体のように目の前にゾロゾロと出てくるムウマ。明らかにおかしい。何かがおかしい。
「十出ようが百出ようが構わない。私の目的はただ一つ、主に勝利を」
 一歩前に出るミュウツー。その背中は変わらず孤高という文字が似合ってる気がした。
 俺は残りのポケモン五体を全て出して迎撃する。しかし、元々弱点の少ないムウマに圧倒的に有利となる
ようなポケモンは俺は持ち合わせていない。今も決め手を欠いている俺のポケモンたちが、徐々に数に圧さ
れ始める。
「失せろ悪霊どもめ。私が全てを無にしてくれる……!」
 ミュウツーのサイコキネシスが場を占める。空間ごと歪んでしまいそうな攻撃も、どこかゴース、ゴース
トよりも効きが悪い。地力の差で何とか追い払っているが、彼女も闘いづらいことは確かだった。
「このぉ……!」
 サイコキネシスを収めたミュウツーの手が、黒い波動を放ち始める。まるで電流のようにバチバチと黒い
雷が彼女を覆う。
「やめろ! それは」
 破壊光線。しかも片手で一発ずつと、同時に二発も放つデタラメ! 余りの衝撃にじしんを放ったときの
ような振動が起こる。
「どうだ……!」
 馬鹿野郎。そんな声が出したくとも、彼女の表情から全てを悟ってしまった。ムウマは変わらずふわふわ
と漂っているのだ。そう、ノーマルタイプの技である破壊光線がゴーストタイプのポケモンに効くはずが無
い。完全なミス。彼女も、そして止められなかった俺も。
 けれど悔いている暇は無い。俺は同時に二発も撃つなんてデタラメをしたことで、その場から一歩も動け
ない彼女を助けようとリザードンに命令を下す。
 焦りは判断力、観察力すら奪う。どこかから放たれた黒球がミュウツーに直撃する。
「うわぁぁぁぁぁぁぁ!」
『シャドーボール。ゴーストタイプの技』
 断末魔が響く。次の瞬間には、あられのように振るその黒球の群れが彼女を覆い尽くす。

「やめろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!」




「血液をもっと! 早く!」
 ヤマブキシティのポケモンセンターではジョーイさん以下、スタッフ達が慌しく動いている。
 ミュウツー重態。その報せはカントー地区並びに全国のポケモン研究の関係者に伝わった。更にどこから
伝わったのか、センターの外ではマスコミでごった返しているようだ。
 シャドーボールで倒れたミュウツーは、その後もどこかから湧いてきたゴースやゴーストに執拗に攻撃を
受けていた。おそらくゆめくいか何かなのだろう。床をのた打ち回る彼女を見て、目の前が何度も真っ暗に
なりそうだったのを覚えている。
 破壊光線は失敗に終わったのだが、不幸中の幸いか、不審に感じたキクコさんが助けに来てくれるまでミ
ュウツーは痛めつけられていた。まるで最初から彼女だけを狙っていたかのように、何度も、何度も。
 その光景を思い返すたびに、全身から燃えるように怒りが沸き立つ。
 なぜ助けられなかった。なぜ彼女を止められなかった。なぜ、なぜ、なぜ。
「あの、男さん、男さん……」
 項垂れていた頭上から声を掛けられていることに気づいて顔を上げる。ジョーイさんだった。報せを聞い
て各タウンから集まってきているので、どのジョーイさんかは見分けはつかない。
「男さんに話があるという方が……」
 話をしている最中、彼女はずっと怯えるようにこちらを見ている。そんなに俺は酷い顔をしているのか、
鏡を見る気も起こらない今ではどうでもいいことなのだが。
 誰ですか? とジョーイさんに訊ねる。すると、その話のある方からコチラに来ていた。
 目を向ける。すると、一羽のカラスのようなポケモンが見えた。

「貴方が男さんね。はじめまして、私はジョウトリーグ四天王のカリン。よろしく」

 あとこの子はヤミカラスね、とカリンの肩に乗ったヤミカラスが鳴き声を上げた。

 手短に言うわ、とカリンは俺の隣に腰掛け、すらりと伸びた足を組む。なんとなく目を逸らしてしまう。
「……随分と暢気なのね。自分のポケモンが瀬戸際だっていうのに」
 その通りだ。俺はカリンに向き直る。もうここからはトレーナーとしての話だ。
 カリンの話の内容は、ポケモンタワーの調査の引継ぎだった。ジョウトリーグも新たなチャンピオンが
台頭し、そろそろ四天王としての地位を退こうとしたこと。またゴーストタイプに有利なあくタイプの使い
手だということが理由らしい。
 元々、ゴーストタイプのみのポケモンの出現は以前からも界隈では話に上っており、相性の悪い俺とミュ
ウツーの存在をどこかで危惧していたらしい。それでも最強のポケモンだからと、どこかで油断していた上
層部の判断ミスも話してくれた。
「すまなかったわ。私が謝ってどうにかなることではないけど、代表して謝罪させて欲しいの」
 そう言って頭を下げるカリンさんに、俺はただ惨めさを募らせるばかりだ。
 いくら相性が悪いとはいえ、それをどうにかするのがトレーナーとしての、主人の役目だ。それを俺は全
く出来なかった。一方的にやられるミュウツーをただ指をくわえて見ることしか出来なかった。
「俺も……どこかで油断していました……そうでなければ、アイツがあんな……」
 言葉が続かない。握り締めた拳の、どこにもぶつけようのない悔しさや怒りがぐるぐるとない交ぜになる
ばかりだ。
 しばらく何も言わない時間が続いた。それもカリンさんが立ち上がることで終わった。

「悪いけど私はこれで失礼するわ、あの馬鹿騒ぎする連中は私が何とかするから……だから、頑張りなさい。
 何よりも誰よりも、今一番辛いのはミュウツーのはずよ。貴方がそうやって俯いてちゃ良くなるものも良く
 ならない……貴方は、強さでミュウツーを選んでいるわけではないでしょう?」

 頷く。今はそれが俺の精一杯だ。
「そう……それが分かってるなら大丈夫よ。また会える日を期待してるわ」
 そうしてマスコミの待つ正面玄関から出るカリンさん。その背中はまさしく四天王を背負う力強さに満ちて
いた。


 明かりも消えたセンター内、俺はただひたすら病室脇の椅子に腰掛けていた。
「あの……男さんも寝たほうがいいですよ」
 ジョーイさんが話しかけてくる。もう三度目でどこか諦めているのか、毛布をわざわざ持ってきてくれてい
た。俺はそれを受け取り、自分の体を包む。正直、少し肌寒さを感じていた為に有難かった。
 手術は一応は成功した。攻撃を受けたものの、同時に自己再生を行っていたのが幸いしたという。ただ、ゆ
めくいによる精神汚染が酷いらしい。手術中も脳波が一定せず、ショック死すら懸念されていた程だという。
 何も出来なかった。その言葉が俺を押し潰そうとする。でもカリンさんに、自分に誓ったはずだ。俺が、俺
が頑張らなければならない。ミュウツーはあんなに頑張った。だから、今度は俺がアイツを助けなければなら
ない。体の芯が少しだけ熱を帯びた気がした。
 空が少し白んできた頃に少しだけ居眠りをしてしまった。俺はジョーイさんに起こされると、眠い目を擦り
ながらミュウツーの容態を聞く。
「あの……目を、覚ましました」
 頭が一気に冴える。俺はそのまま駆け出してアイツのいる病室へと駆け込む。背後でジョーイさんが何かを
叫んでいるのも気にしない。走る。走る。走る。
 ドアを開けるのも面倒なほど勢い良く開ける。怪我人に対して失礼かとも思ったけれど、きっとアイツは苦
笑いで迎えてくれるだろう。そう信じる。信じてる。
「ミュウツー!」
 元気良く声を掛ける。あとは、アイツの笑顔が。
「え……? あの……?」
 ミュウツーは困惑していた。俺の顔を見て、どう反応して良いのか、どうすべきなのかを迷っていた。その
時、気づいてしまった。彼女が纏っている雰囲気、こちらに向ける瞳、態度。全て、全てが違う。

 誰だ、こいつは。

 呆然としている俺にミュウツーの格好をしたソイツは、決定的な言葉を投げかけた。

「あの……誰ですか? あなた……?」


「おそらく精神汚染が原因だと思われるかのう……」
 サングラスを拭きながら、テレビ電話越しのカツラさんはそう答えた。思考を巡らす時は必ずそうするらし
い。普段は見えないその眼は、トレーナーであり研究者であり、一人のポケモンを愛する人間の眼だ。
「高レベルのポケモンからゆめくいされた人間が、その前後の記憶に混乱をきたす事例も確認されておる。お
 そらくはそれが関係していると思われるが、混乱以上に失うのはちょっと聞いたことがないのう、それも丸々」
「そうですか……」
「それに気になるのは知能は依然と変わらないままということだ。つまり記憶喪失の中でも健忘症というこ
 とになるのう」
 記憶そのものが無くなるということは、それまで蓄積した知識まで失うということだ。けど、ミュウツーは
ただ自分の生い立ちや俺のことなど、所謂“思い出”だけが消えている。それが一層、謎を深めていた。
「正直、ミュウツー自体が謎だらけのポケモンだからのう。ゆめくいに対する精神防護とも考えられる。オー
 キドはもうそっちに行っておるんだろう?」
「ああ、はい。今、ミュウツーを診ています」
「出来るならワシも行きたいところだが、なに、ああ見えてオーキドは超一流だ。協力してやってくれ」
 頷く。続けて、話そうとしたのだが、それは背後からの轟音で途切れることになった。
「行ってやれ!」
 はい、と返事をしてミュウツーの病室へと俺は駆け出した。

「いやぁ……! おじさん、いやぁ……!」
 病室に入ると、オーキド博士が宙に浮いてジタバタともがいていた。ベッドの端で小さくなっているミュウ
ツーと目が合うと、そのまま博士は落下した。


「博士!」
 ジョーイさんが駆け寄る。幸いにも気絶しているだけのようだ。俺は同じように吊られる事を覚悟で彼女に
近づいた。
「あ……」
 記憶は戻ってないのか、まだ警戒は解いてないのだが、それでも彼女からほんの僅かではあるけれど笑みが
こぼれたのを俺は見逃さなかった。
「……お前がやったのか?」
「……だって、おじさん、イヤ、です……」
 すまなそうに俯くミュウツー。そういえば記憶を失う以前からミュウツーは博士を毛嫌いしていたのを思い
出す。博士には悪いが、俺は彼女の頭を撫でた。
「え……?」
 怒られると思っていたのか、彼女は不思議そうにこちらを見上げる。普段の彼女とは程遠い、どこか幼子を
思わせるあどけない表情に笑みを漏らす。
「大丈夫。怒ってないから……な?」
「……はい」
 そのままモゾモゾと動き、俺の体に抱きつく。
 今は全てを忘れてる。でも、その芯だけは忘れてない。そう信じることにした。
 窓の外を見る。泣き出しそうな曇り空。俺はその先にあるポケモンタワーを見ていた。


よろしくなあ。

 モニタの向こう、一人の老人が一体のポケモンに話しかけている。その異形な身なりとは裏腹に、恐る恐る
といった様子で老人の質問に答えている。
 俺はただその様子を別室のモニタから眺めるしかない。これしか、有効な手立てがないと無理やり納得させて。

 それで、お前さんの名前は?


「ドクトル・フジ?」
 テレビ電話の相手であるカツラさんがうむ、と大きく頷く。俺は全く聞き覚えの無い名前に困惑した。
 ミュウツーの記憶喪失については、様々なトラブルを考慮し戒厳令が敷かれている。それでも一部の、俺とミ
ュウツーに協力的な人々にのみ情報は回された。今、こうして話しているカツラさんもその一人だ。
「わしの古い知り合いでな。今はポケモンハウスという、捨てられたポケモンを保護する団体の長を務めておる
 んだが、フジ老人という名前なら聞き覚えあるだろう?」
 フジ老人。確かにその名前ならば知っていた。なんでもポケモンタワー建設にも関わったという人物だという
ことも今ここで付け加えておく。
「それでなあ……これは、その、トップシークレットなんだが……」
 カツラさんはその性分には珍しく何かを言いあぐねている。俺は誰にも言わない、という約束のもと、彼の次
の言葉を待った。

「奴は……ミュウツーの生みの親なんだ」


 直ぐにフジ老人を呼び出し、俺自ら協力を仰ぐ。周囲には彼がミュウツーの生みの親だということを話せない
為、なぜ彼を召集したのか皆一様に首を捻ったのだが、ポケモンの生体科学を専門としていた実績により大きな
問題にはならなかった。
 フジ老人もそこは心得ていたのか、自身のポケモン研究の一環という建前により快く引き受けてくれた。
 そうしてこの老翁とその娘の再会が叶ったわけである。

「お前さんの名前は?」
「……」
「じゃあ、眼を覚まして、今まで見た中で見覚えのある顔はあったかのう?」
「……」
「ふむ」

 予想通りというか、案の定、再会は無意味なものに終わりつつある。果たして彼女の生い立ちはどんなものだ
ったのか、今となっては知ることすら難しい上に長年顔を会わせてすらいない人間がひょっこり出てきたところ
で、果たしてどんな結果がついてくるのか、たいして考えなくとも分かっていたのかもしれない。
 しばらく沈黙が続く。焦りだけが募っていく。

「何か、憶えている言葉はないのかい?」

 無駄だ。隣にいたオーキド博士がマイクを手に取ろうと手を伸ばした時だった。

「……イ」
「ん?」

「アイ……」



「随分と懐かしい名前を聞いたのう……」
 病院の控え室。他の人が全員出払った所を確認した所で、フジ老人が切り出した。
 アイというのは彼の娘のことらしい。奥さんを早くに亡くし、せめて娘だけでもと無二の愛情を注いでいた。
 けど、彼はミュウに出会ってしまった。
「その時からワシの全てはミュウになった。寝食も忘れ、娘も忘れてミュウに没頭していった」
 “気づいたら”娘さんは亡くなっていたという。
「これは神の与えた罰じゃと、ワシは改心すべきだったのかもしれん。ただ、ミュウツーという新たな生命を生
 み出し自分を神だと勘違いしていた。ワシは悪魔に魅入られていた……人として、禁忌の域に手を伸ばしてし
 まったんじゃ……」
 新たなるヒトの生成。彼は娘の遺体から遺伝子を取り出し娘を造ろうとした。ミュウツーと同じ手順で。
 そうして、アイ・ツーが出来た。
 父としての悲嘆は続く。
「それも結局は人の業……新たな娘が崩壊することでミュウツーも崩れた。何もかもが崩れた」
 その時、気づくべきだったのかもしれない。老人の手が何故かボールに伸びていることに。そのボールが展開
されていることに。言葉とは裏腹に彼の顔が笑みで満ちていることに。

「だがミュウツーは生きており、娘も生きていた……そう、あの化け物の中になあ」


 不意に後頭部に激痛が走る。俺の意識はそこで途切れた。


 眼を覚まして初めに映ったのは白い天井だった。
 直ぐに体を起こすが眩暈がする。まるで寝すぎてしまった時の様な、少し頭がクラクラした。
「皆さんっ、男さんがっ!」
 いつの間にか部屋に入っていたジョーイさんが慌てた様子で出て行く。しばらくして戻ってきたジョーイさん
の後ろには、ナツメさんとカツラさんがついてきていた。
「ナツメさん。それにカツラさんまで」
「流石に心配した。二日も寝られたのだからな」
 以前の騒動により、左目に眼帯をしているナツメさんがサラリと言う。だからこんなに眩暈が酷いのか。
「ご丁寧に奴さん、さいみんじゅつまでかけてトンズラだ。なんでこうワシの友人にはロクな奴が……」
 ため息を漏らすカツラさんに俺はその後の経緯を尋ねた。二人のジムリーダーは当日その場に居合わせていな
かったのだが、この二日間に相当話が進展しているらしい。

 まずフジ老人はミュウツーと共に逃亡。既にミュウツーの人格は“アイ”の人格と取って代わっているらしく、
警備している対象がその警備を倒してしまう事態に陥った。おまけにあのポケモンタワーでの出来事の数ヶ月前、
フジ老人がロケット団と思しき人間と内通していたかもしれないという情報まで出て来たのだ。

 つまり、全て仕組まれていたのだ。

「相手もまさか、こうまで都合よくいくとは思わなかっただろう。それだけに厄介極まりない事態になっている」
「でも、どうしてミュウツーの中にフジ老人の娘の人格が?」
 そう、そこがどうしても分からない。そして何故、ロケット団がフジ老人を利用したのかも。
 オホン、とカツラさんが取り直す。いつも何かを説明する時の彼の癖だった。
「それなんだが、どうも“ドわすれ”に仕掛けをしといたらしいんだ。あの後、警察がフジの家を捜索したときに
 奴のレポートが見つかったんだがのう」
「ドわすれって、精神防護のわざですよね? それがどうして」
 疑問ばかりの俺にナツメさんが続ける。

「ドわすれは瞬間的に忘我、恍惚、いわゆるトランス状態になることで外部からの精神攻撃を受け付けない状態
 を作り上げる、というのが研究者の中では一番有力な説だ。私もそこに異論はない。つまり、ミュウツーがド
 わすれを使用した瞬間、今まで眠っていたアイの人格が引き出され、ゆめくいにより弱っていたミュウツーの
 人格と強制的に交代、もしくは憑依するよう、おそらくプログラムでもされていたのだろう」

 プログラム。生物であるポケモンにそんな事が可能なのか。納得していない顔でもしていたのだろう。カツラ
さんが「相手は一個の命を作り出してるんだ。それぐらいの無茶も可能かもしれん」と締めた。

 何も言えなくなる。まさか二日のうちにこんなことになっているなんて。
「あの、とりあえず検査をしたいんですが……」
 黙っている三人の脇から、今までタイミングを取りあぐねていたのだろう、ジョーイさんが切り出すことで一
応はその場はお開きとなった。