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Introduction

「ケンタロス戦闘不能! よって男選手の勝利!」

 ジャッジが高らかに宣言すると共に、歓声がそこかしこから上がる。いつの間にか握っていた拳は少し
汗が滲んでいる。力を緩めトレーナーゾーンから出ると、俺はこのバトルの一番の功労者に近づいた。

「よくやったな。凄かったよ」
「何てことは無い。私は主の命に従っただけだ」

 そう言うと彼女はスタスタと控え室のほうへと行ってしまう。ポケモンには珍しくモンスターボールに
収納されることを嫌う彼女は、バトルが終わっても人間のようにただ休むだけだ。もちろん、俺なんか
が無理やりモンスターボールに収納できるはずもないし、バトルに支障も無いので特に咎めることもしな
い。
 俺がそんな背中を見つめていると、彼女は顔だけをこちらに向けてきた。

「どうした、主よ。早く控え室に戻ろう。ここは少し五月蝿い」
「ああ、そうだな」

 彼女の名前はミュウツー。唯一無二にして伝説のポケモン。そして俺のポケモンだ。

 ジムから出ると、途端に俺とミュウツーの傍に人の波が押し寄せてきた。
 次は僕と闘ってくれないか? サインしてください等、そこかしこから湧き出る言葉に俺はただただ目
を丸くするしかない。ここ数ヶ月、ミュウツーをゲットしてからというもの、俺の喜び以上に周囲が色め
きたっていた。
 確かにポケモン図鑑に登録だけはされているものの、その存在は殆どと言っていいほど未知のものだっ
た。最強、幻、最終進化形態。彼女を形容する言葉ならいくらでも出てくる。それをバッチもろくに集め
終わっていない中途半端なトレーナーがゲットしたというのだから、ある程度の報道規制はなされている
ものの毎日がお祭のように騒がしい。寄ってくる人は大抵がその伝説のポケモン見たさに寄ってくる人た
ちばかりだ。バトルして欲しい、データだけでも良いから欲しい、中には手持ちのポケモン全てを譲るか
ら交換してくれなどという人も珍しくない。
 とにかく、そこらのアイドルよりも有名になってしまった俺は人波に揉まれて辟易するだけなのだけれ
ど、渦中の彼女はともかく冷静だった。

「消えろ。目障りだ」

 よく澄んだ声が周囲を圧倒する。比較的、ポケモンは知能が高く人語を解するものは多いのだけれど、
このように人語を操るポケモンはミュウツー一匹だけだ。それだけに彼女から発せられる一言は何よりも
重く感じられる。

「去れ。主の邪魔だ」

 次の瞬間にはモーセの十戒のごとく、一本の道が出来ている。俺はまたも先に行く彼女を追おうと、な
ぜだか周囲にペコペコと頭を下げながら通った。
 なぜ頭を下げるのだ、主よ。もっと胸を張り堂々とするべきだ。
 孤高とも言うべき背中がそう語りかけてきている気がした。

「そう、それは大変だったわね」

 そう言ってジョーイさんはコロコロと笑う。どうにもその笑顔に慣れない俺は、手渡されたジュースを
ぐいっと傾けた。久しぶりの水分に生き返る気がした。
 あの後、なんとかポケセンに着いた俺はいつものように手持ちのポケモンを預けると、ジョーイさんと
世間話に華を咲かせていた。本来なら直ぐに終わる作業なのだけれど、ボールに入りたがらないミュウツ
ーの治療に少しばかり時間を取られる為だ。

「それにしても、ゴースに怖がっていた男君がまさかこんな有名人になるなんてねえ」

 また言ってきたよこの人は。全員同じ顔のジョーイさんの中でも、ここヤマブキシティのジョーイさん
とは仲が良い俺はいつもこんな風におちょくられる。まだシルフスコープを持っていない時にこの人に泣
きついたのが運の尽きだったのだろう。それでも親切に教えてくれたので頭が上がらないのも、原因の一
つと考えられる。

「そういえば、ナツメさんはどこにいるの?」
「ああ、リーダーなら少し私用があるからって。多分、そろそろ戻って」

 こっちを見ていたジョーイさんの視線が俺の背後に移る。俺もそれを追って後ろを振り向いた。
 始めに見えたのは誰かに抱えられたケーシィだった。相変わらず気持ちよさそうに寝ているソイツから、
徐々に目線を上に上げる。

「やあ、男。さっきのバトル、見事だったわ」



 ミュウツーの治療にはまだ時間が掛かりそうだった。

「すいません。ジムまで借りてしまって」
「いいわ。私も一人のトレーナーとしてミュウツーが気になったし」

 表情の変化に乏しいナツメさんだけれど、長年の付き合いからか、最近は彼女がどういう感情の元、
言葉を発しているのか何となく理解していると思う。今も胸元で眠るケーシィの頭を撫でているその姿
は、どこか優しげなお母さんのようにも見える。
 ヤマブキシティのジムリーダーであるこの人とはバッチを巡ってバトルした時からの仲だ。まだミュ
ウツーをゲットしておらず、散々彼女のフーディン以下、エスパー系のポケモンに苦しめられたのも今
となっては良い思い出だ。

「次が最後のジム戦らしいわね」
「ええ。先日、やっとトキワシティのリーダーが帰ってきたと連絡があったので」

 ミュツウーをゲットしてからは順調過ぎると言っていいほど俺の旅は進んだ。ただトキワシティのリ
ーダーが留守である為、今はそれを待つ傍ら、先ほどのようにジムを借りてのポケモンバトルをしてい
る。

「オーキド博士はどうだった? 気さくな方でしょう?」
「ええ。ミュウツーを見せたら凄い興奮して」

 トキワジムが肩透かしに終わったため、マサラタウンにも寄った俺はあのオーキド博士にも会った。
それはもう子供のようなはしゃぎ振りで、ミュウツーですら驚いていたのだからよっぽどなのだろう。
 しばらくオーキド博士の変人ぶりを話し、ミュウツーの治療も終わりに近づいた頃、ナツメさんがあ
る提案をしてきた。

「少しだけ、ミュウツーを貸してくれない?」


 また目を丸くする俺。返事をしようとなんとか口を開いたとき、思いもがけない方向から反論が起こる。
 ミュウツー本人だった。

「ちょっとっ、まだ治療は」
「黙れ」
「ひっ……!」
「借りるだと……? ふざけるな……! 私の主は主一人だけだ。それ以外、他の誰にも私は従わない。
 人間風情が、この私を御せると思っているのか……!」

 場にいる全員が凍りつく。それこそ彼女が本気を出せば、この場にいる全員を縊り殺すと言った具合
に怒気と殺気を露にする。
 誰かの息を飲む音すら聞こえる静寂の中、なんとかナツメさんは続ける。

「い、言い方が悪かったのは謝るわ。別に交換したいとは言ってないの。ただエスパー系ポケモンの専
 門家としては、その頂点ともいえるミュウツーを、貴方を扱ってみたいとも思うの。けして悪いよう
 にはしないわ。無理なバトルはしないし、それなりに腕もある」
「黙れ!!」
「いいえ。貴方は全トレーナーの夢だもの。少しでも貴方に近づきたい、扱ってみたいと思うのは当然の」
「それが人間の驕りだと言っているのが分からないのか……! ポケモンを物のように見て……! 貴様
 もまたあの屑どもと同類かぁ……!」

 ヤバイ。そう思った瞬間には、既に俺はミュウツーに飛び掛っていた。


 ミュウツーと一緒に床を転がる。耳はとんでもない轟音と衝撃が鳴り響いている。頭も割れそうに痛い。
滅茶苦茶だ。滅茶苦茶だ。
 衝撃が済むと直ぐに体勢を立て直し周囲を見渡したのだが、酷い有様だった。機器類が見事に弾けとび
所かしこにボールが転がっている。同時に出した精神攻撃をモロに喰らってか倒れている人やポケモンた
ち、それでもジョーイさんとラッキーは直ぐに医療活動に入るところには、場違いだが感動すら覚えた。
 そして、やはり俺と同じタイミングで置き上がった彼女はやはり俺に噛み付く。

「なぜだ主! なぜ邪魔を」
「当たり前だ! なにやってんだよ!」

 ひっ、と小さく息を吸う音が聞こえる。まるで暴風のような力を振るうミュウツーも、なぜだか俺には
滅法弱い。こうして大声で怒鳴るだけで、年端もいかない子供のように身を縮こませる。

「だって……私は、主のため……」
「俺の為でこんなことをするのか! 俺の為にこんなに関係の無い人たちを滅茶苦茶にするのか!」

 未だに頭は割れる様に痛い。それでも幼子の様に、縋るような目でこちらを見てくるミュウツーに気ま
でおかしくなりそうだ。
 周囲はまだざわついているものの、比較的軽傷で済んだ人たちで倒れている人間やポケモンの救助活動
をしている。それなのに、それなのに。

「主……私は」
「五月蝿い! お前なんかいるもんか!」
「あああ……主……私は、だって……主と離れたく……離れたくない……主の為に……私の全て、主だか
 ら……ああ……ごめ、ごめんなさ……あ、ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめん
 なさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいご
 めんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさ
 いごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめ」

 どうしようもない喧騒の中、彼女の謝る声だけがどこまでも続いた。


「本当に良いの? ミュウツーをナツメさんに預けて」
 はい、とピジョットの背中に乗ったまま俺はジョーイさんに頷く。ポケモンタワーを見上げると、曇天
の空と一緒に悲しみに俯いているようにすら思える。いや、それはただ俺の気分なのかもしれない。
 あの後、また暴れださないようにヤマブキジムのエスパーポケモンを総動員してさいみんじゅつをかけ
た。ただその時にはナツメさんのポケモンは出てこなかった。ナツメさんはミュウツーの精神攻撃から周
囲の人々を守るため、自分の精神防護そっちのけで力を使ってしまったからだ。まだ、病院で治療は続い
ている。
 そしてミュウツーは眠りについた。今もジョーイさんが持っているボールの横でスリーパーがブツブツ
とさいみんじゅつを平行してかけている。
「ジムリーダーに事情を話して、一番に相手してくれるよう配慮してくれましたから」
 ミュウツーをゲットした当初、俺がトキワバッチを持っていないことは界隈では問題視された。ただで
さえ高レベルのポケモンを完璧に扱えないことは法的にも一部制限がかかっているというのに、ミュウツ
ーという究極のポケモンを扱えないということは国家的な危険すら配慮される。噂では四天王が動くとま
で言われていたのだけれど、結局、ミュウツーがなぜか俺に従順ということで話は丸く収まってしまった。
これもまた噂で聞いたのだけれど、最後のバッチですら扱えないのでは、というのもこの話がうやむやに
なった一因であるそうだ。
「とにかく、トキワバッチを手に入れてミュウツーを完璧に扱えるようにしてきます」
「そう……」
 正直、俺はミュウツーをゲットしてからというもの、彼女に頼りっぱなしだったかもしれない。もちろ
ん、他の手持ちのポケモンもなるべく育ているけれど、絶対に信用出来るポケモンがいるかといえば答え
に窮する。ミュウツーはもしかしたら信用という言葉すら使えないのかもしれない。
 全ては俺の怠惰。怠慢。

「行ってきます」

 ピジョットが勢い良く翼をはためかせる。分かれる間際、ジョーイさんが「貴方はもう一人前のポケモ
ントレーナーになったわ」という言葉に、少しだけ頬が熱くなった。


 トキワシティに着くと、黒いスーツに身を包んだ人が既に待っておりジムへと連れて行くそうだ。
 ジムに入り、この先にリーダーがいると通された部屋はどこまでも暗い。本当にこんな所にリーダーが
いるのだろうか。妙な胸騒ぎだけが大きくなる。
 不意に世界が白くなる。いや、急に強い明かりがつけられた為、目が追いつかなくなっているだけだ。

『ようこそ。トキワジムへ』

 部屋一杯に響く。どうやらここのリーダーらしき声だと思われるが、姿はどこにも見あたらない。おま
けに機械でいじっているのか、キンキンとした音が耳に痛かった。
『君の噂は聞いているよ。全てのバッチも持たずにミュウツーを操る男。世界の全てを握った男』
 何かが引っかかった。いや、本当に感覚的なものなのだろうけれど、どうにもこの声から発せられる悪
意というものが俺の頭にひっきりなしに纏わりついてくる。いったい、なんだこれは。
『実は私も世界の全てに興味があってね。というよりも、全てが欲しいんだよ、私は』
 ガシャン、とどこかで金属音が響く。腰のボールに手を持っていくと、目の前から何かが高速で襲って
くる!
「う、うわあ!」
 なんとか寸前で避ける。しかし、なんとか体勢を立て直したところで肩口から血が出ていることに気づ
く。気づくことで追いかけてくる鈍痛に顔をしかめる。
『突然の挨拶失礼。そうだ、自己紹介がまだだったね。私はトキワジムリーダー、サカキ』
 傷を見ていると前方からシャーっと、威嚇音が聞こえる。顔を向けるとそこにはペルシアンがいた。こ
の傷はコイツだったのか。そして周囲を見ると、ゴローニャ、キングラー、サイドン、ニドキング、カイリキーが俺に襲い掛からんと爪を、牙を研いでいる。
 その時、ようやく気づいた。この男は、嫉妬しているのだ。ミュウツーが欲しい。欲しくてたまらない。
そんなガキみたいな野郎だということを。

『そして、ロケット団のボスだ。憶えていてくれたまえ。まあ、ここで死んでもらうがな』


 ロケット団!?
 突然の名詞に体が固まる。なんでそんな世界的な犯罪組織がジムのリーダーなんて。しかし、そんなこ
とを悠長にも思ってる暇は無い。今もまたペルシアンがその鋭利な爪と牙を持って襲い掛かってくる!
「バリヤード!」
 すかさずボールを目の前に落とす。バリヤードも既にバリヤーを展開しており、寸でのところでペルシ
アンの攻撃を防ぐ。
「カイリキィィィィィィ!!」
 敵のカイリキーを咆哮をあげる。なんとゴローニャを持ち上げてそのまま上空まで投げ飛ばした。落下
地点はもちろん、俺とバリヤード。
「くぅ! サワムラー!」
 今度はゴローニャに向かってボールを投げる。空中で展開されるボールからサワムラーが出てくると、
全力でゴローニャの脇に回し蹴りを叩き込む!
 直後に轟音。軌道を外されたゴローニャはそのまま明後日の方向へ転がっていく。敵も続く。今度はサ
イドンとニドキングのダブル突進。俺も負けじと二つのボールを投げる。
「力比べだ! リザードン! カビゴン!」
 そのままがっぷり四つ。しばらく動く気配はない。手詰まりかと思うがまだ手は残っているようだ。サ
イドンとニドキングの背後からキングラーが出ると、こちらにその巨大なハサミを構える。
「ダグトリオ!」
 出すと同時に自分の真下に穴を掘る。落下しながら頭スレスレにバブル光線が通り過ぎるのを感じる。
「カブトプス!」
 おそらく追撃してくるであろうポケモンに対してボールを投げてカブトプスを出す。案の定、バリヤー
ドのバリアーを掻い潜ってきたペルシアンが噛み付こうと歯を立てるが、カブトプスの爪が迎撃。
 お互いの初手は全て相殺。ミュウツー無しでやれたことに対する安堵と、ミュウツーがいなければこの
程度だという不安が押し寄せてくる。

『ほお。さすがはミュウツーが傅く男。楽しめそうだよ。本当に』

 いつの間にか作っていた握り拳に力を込める。
 見ていてくれ、ミュウツー。お前を必ず迎えに行くよ。

 初手こそ合わせた戦いだったが、それでも地力の差とも言うべきか、徐々に雲行きは怪しくなって来る。
「リキィィィィィ!」
「カビゴンッ!」
 カイリキーの地球投げが決まる。脳天から落とされたカビゴンが意識を失う。これでバリヤード、カブ
トプス、サワムラーに続いて四匹目だ。
『やはりこの程度か。がっかりだ。ミュウツーもさぞ退屈だったろう。こんな男が主人でな』
 機械的な声で述べられる、機械的な言葉。それが一段と悔しさを跳ね上げる。どれだけ口の中が血の味で
染み込むのだろう。
『どうだ? ここで取引をしよう。ミュウツーを渡すというのなら命だけでも保障してやる。お前もあの化
 け物には手をこまねいてるのだろう? 丁度良いじゃないか? なあ?』

 化け物。

 その言葉が俺の胸に刺さる。アイツは確かに化け物だ。ありとあらゆるものを破壊する力がある。いとも
たやすく色んなものを。大切な人を、モノを。目の前はいつも真っ赤な世界。すえた、汚らしい血の匂いし
かない世界。
 だけど。だけど。
 だけど。

『さあ、今こそ主を変えようではないか。ミュウツーの! 世界の!』


俺は、ゆっくりと隠し持っていた三つのボールを落とした。


 それは今までの戒めから解かれるように、各々が極上の翼をはためかせる。
 ファイヤー。
 サンダー。
 フリーザー。
 アイツが、初めて俺にくれたモノだった。

『なっ……。伝説の鳥ポケモンが三匹だと!? 貴様! 一体』

「なあ、俺さあ。アイツに会いたいんだ。一目で良い。そしてアイツにごめんって言いたいんだ。こんな馬
 鹿で使えない主人でごめんって。お前たちが俺の言うことなんて聞かないなんて分かってる。分かってる
 けど、それでもアイツに会いたいんだ。今更、お前らに頼んだってダメだと思う。だけど、俺はアイツが
 大事なんだ。大切なんだ。コレが終わったらどこへなりとも行ってくれ。だから、だから、アイツを自由
 にしてくれないか?」

 輝きを増す三つの伝説。そして、なぜだか頷くように羽ばたいた。


 ロケット団壊滅のニュースを知ったのは、グレンシティのある病院のテレビでのことだった。
「まだ、気になるもんか?」
 いつの間に入ってきたのか、グレンシティでジムリーダーをしているカツラさんがわざわざ食事を運んで
きてくれていた。
 あの後、逃げ惑う途中で意識を失った俺は伝説のポケモンに背負われながらグレンシティに運ばれたらし
い。俺を運び終わった三体の鳥ポケモンは、ふたご島の方へと飛び立ったという。
「実に美しい姿だった。これだからポケモンというのは分からんなあ」
 禿げ上がった頭をペチペチと叩きながら窓の外へと目を向ける。俺もまた同じように視線を追う。綺麗な
水平線が眼前に広がっていた。
「まだ、退院出来ないんですか?」
「君をむざむざアイツ等に渡しとうないからのう」
 怪我はたいしたことなかったものの、ロケット団の残党が今でも俺のことを狙っているらしい。そういう
意味ではあの鳥ポケモンがこの島に運んでくれたのは僥倖と言えたろう。
「そういえば、ミュウツーはどうした? お前の手持ちには無かったんだが」
「それは……」
 まだミュウツーのことは言えずにいた。話したところでこの人に迷惑しかかけないだろうし、何より、ミ
ュウツーのことを考えることだけで辛くなる。

「男さん、いらっしゃいますか?」

ガラ、とジョーイさんがドアを開ける。「ノックぐらいせんか」と嗜めるカツラさんを他所に、ジョーイさ
んは俺に続けた。

「ヤマブキシティのナツメさんから電話が来ているんですけど」

 俺の鼓動が、再び強く鳴った。


 慌てて俺が電話口に立つと、お互いがテレビ電話越しに目を丸くする。
「そんなに慌てなくていいわ」
「いや、その傷どうしたんですかっ?」
 見るも悲惨な状態だった。まさかまたミュウツーが、グレンシティの陽気とは正反対の寒気が全身を駆け
巡る。ナツメさんは俺の顔を見て、僅かに口角を持ち上げる。
「……君の思った通りよ」
「あぁ……」
 頭を抱える。考えていた最悪の事態が起こった。それだけが頭を、心を締め付ける。
「でも気にしないで。むしろ、こっちが……不味いことをしたわ」
 淡々とした口調の中に苦渋が滲む。珍しく感情を露にするナツメさんは、その後のことを話してくれた。


「……そうですか」
「シルフスコープを改良して作ってみたんだけど、やはりまやかしが現実を超えることなんて無いのね」
 何も言えなかった。ミュウツーはエスパーポケモンのさいみんじゅつで再び眠りについている。今回は実
に簡単にかかってくれたそうだ。それだけでどこか湿っぽくなってしまう。
 沈黙が続いた。廊下の窓からはどこまでも青く清々しい空と海が続いているというのに。それなのに。
 突然、背後からバタバタとした足音が近づいてくる。勿論、振り返った。
 カツラさんだった。そして、またこの物語は急に加速しなければならなくなった。

「ロケット団がこっちに来ておる! ミュウツーの場所も気づかれたぞ!」

「すまんな! これしか今用意できるものがないんだ!」
 グレンジム前、俺はカツラさんの用意してくれたオニドリルの背中に乗っていた。ピジョットを転送しよ
うと思ったのだが、既に回線は切られていると言う。
「ここから真っ直ぐ飛べばヤマブキにつくはずだ。あと、サカキからこれが来ておる。くそっ、あんの馬鹿
 野郎が、目の色変えおって」
 カツラさんから手渡されたのは最後のバッチだった。
「あやつも昔はポケモンに正しい情熱を向ける奴だったんだがのう。すまんな、君みたいな若いもんにまで
 迷惑をかけて」
「いいえ、ここまでしてもらえてお礼も言い切れません」
 そのままバッチを胸元につける。バッチには短く何かが書かれているようだ。それをチラリと見る。
「ここはワシが食い止める。なあに、久々のガチンコだのう。燃えてくるわい」
 カツラさんがドンと胸を叩くと後ろにいる炎ポケモンたちが一斉に唸り上げる。大丈夫だ、信じよう。
「本当にありがとうございます! それじゃあ、あの、行ってきます!」
「行ってこい! そんで全てを片付けて来い!」

 バッチにはこう書かれていた。

『さあ、ラストダンスといこうか』


 加速度はどんどん増していく。青い青い空を一直線に切るように飛んでいく。ヤマブキには確実に近づ
いている。もう少しでミュウツーに、アイツに会える。
 ただ近づくごとに暗雲が眼前に広がっている。いや、暗雲じゃない。ピジョット、オニドリル、カイリュ
ー、リザードン、ギャラドス、あらゆる飛行可能のポケモンが待ち構えている。あまりに多いポケモンの群
れが一つの郡体のように、こちらを飲み込まんと待ち構えている。
 飛んでいるオニドリルの速度が落ちる。怖がっているようだ。無理も無い。あれほどの数、殺気を前にし
て怖気づくなという方が無理な話だ。
 俺はオニドリルに話しかける。

「……ごめんな。俺のせいでこんなとこに。怖かったら戻っていいぞ? 俺を降ろして、そのままカツラさ
 んがいる島に戻ったって良い。お前にとってカツラさんは大切な人だもんな。きっとカツラさんもお前の
 こと大切に想ってるよ。だから、だからこそな。お前を俺を運ぶって言う危険な役目を任せたんだと想う。
 お前だったらやってくれる。お前だったら信じることが出来る。カツラさんはそう信じたんだ。そしてこ
 こまで来てくれた。……だから、ありがとうな。ここで十ぶ」

 高らかにオニドリルが鳴く。怖いものなど無い。信じてくれる人がいれば怖くない。信じる人がいるから
こそ強くなれるのだ。誇り高きポケモンは更にその速度を速めた。

「……ごめんな、ありがとう」


 破壊光線、だいもんじ、たつまきおこし、ありとあらゆる刃が、凶刃がこちらを刺し貫かんと襲い掛かっ
てくる。それをギリギリで、本当にギリギリにオニドリルは避ける。頑張ってる。凄い頑張っている。かす
るだけでも激痛が走る攻撃の嵐を、それでも頑張ってる。頑張れ、頑張れ。
「止めろぉ! なんとしてでもだあ!」
 方々から怒鳴り声が聞こえてくる。もう既にヤマブキの街が遠いながらも見え始めていた。それでもやま
ない攻撃に果たして進んでいるのかどうかすら分からなくなってくる。
 もう限界だった。小さい傷が何度も何度も重なって、避けるのだけで精一杯だ。悔しい、何も出来ない自
分が悔しい。ギャラドスの口が大きく開き、こちらを捉える。思わず目をつぶった。
 ……攻撃はこなかった。恐る恐る目を開ける。そこにはギャラドスに飛び膝蹴りを浴びせているサワムラ
ーが見えた。
「え?」
 気づけば腰のボールが全て無くなっていた。代わりに、眼前には俺のポケモン達が闘っていた。
 数匹の飛行ポケモンにしがみつき、動きを取れなくしているカビゴン。同種を同時に数匹相手にしている
リザードン。それぞれ飛び移りながら必死に戦うバリヤード、カブトプス。
「ダグ、トリオ?」
 いつの間にか俺の隣にいたダグトリオは、オニドリルと何か話し合っている。何か合点したオニドリルは、
そのまま地面に向かって急降下し始める。
「おい! おい!」
 必死に引きとめようとするが聞こうとしない。ダグトリオも地面が近づくと我先に飛び降りて地面の中に
消えていく。
 そこで、やっと彼等の思惑が理解できた。
 理解出来た瞬間、地面と激突する瞬間、巨大な穴が空き地中の世界が広がった。



 必死にダグトリオは地中の世界を掘り進めている。オニドリルと人間一人が通れる穴を掘るだけでも相当
なのにそれを必死に、ヤマブキシティまで必死に続けてる。
 情けないトレーナーだと思う。情けない人間だと思う。
 俺が、俺だけがポケモンを信じてあげられなかった。ポケモンはこんなに俺を、人間を信じてくれている
のに、一生懸命信じてくれるのにそれを俺は怖くて、臆病だからそっぽを向いてたんだ。俺じゃ力不足だか
らと言い訳して、耳と目を塞いでたんだ。
「ごめんな……ありがとう……ありがとう……」
 涙が止まらなかった。きっとこんな姿を見たら、アイツどころか俺のポケモン全員が笑うだろうな。
 でも、それで良い。一緒に笑いあいたいよ、お前等と。
「ダグダグ!」
「ドリィィ!」
 共に俺に呼びかける。もうその声すら涸れて、今すぐにでもセンターに連れて行かないといけないのに。
「ダグダグ!」
「ドリドリィィィ!」
 ……そうだ、そうだよな。俺がしっかりしなきゃな。俺は、お前らの主なのだから。
 だから、俺は突然開けた世界で、サカキの前で倒れていくアイツの前で叫んだんだ。


「ミュウツーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!」


「ある……じ……?」
「ミュウツー!」
「あるじ……フフ……にせも……どうせ、このあるじもにせもの……にせものは……にせものはいらな」

 そのままミュウツーを抱きしめた。

「あ……あ……」


「ミュウツー……今まで悪かった。俺はお前の存在に、お前の強さに甘えていたんだ。お前がどこまでも俺
 を信じてくれていたから、俺が信じるって言うことを忘れていたんだ。ごめんな、ミュウツー。お前は俺の
 大事な、大事なポケモンだ。俺はお前をこれからずっと信じる。お前がお前らしくいられるために、お前が
 自分を見失っても俺はお前の傍にずっといる。お前を信じて、俺もお前を信じて、そうして最高のポケモン
 マスターになりたい。その為にお前が必要なんだ。俺が信じるお前がいてくれなくちゃいけないんだ。お前
 が信じてくれる俺でなきゃダメなんだ」



「くっ! おい、こいつらを引き離せ! 男の方は殺して構わん!」
 サカキがそう叫ぶと、ユンゲラーが身構える。しかし、次の瞬間には吹き飛ばされていた。
「なっ……」
「無駄だ……主には触れさせん」
「くぅっ」
 俺を庇いながら、眼光鋭くミュウツーが言い放つ。今度はサカキ自らボールを取り出すが、サカキはそれ以
上動けなくなった。周囲が騒ぎ始める中、センターからケーシィを膝に乗せた車椅子の女性が顔を出す。
 ナツメだった。面食らった一同が先ほど滅茶苦茶になった車椅子へと顔を向ける。そこにはいそいそと逃げ
るメタモンが一匹いた。
「貴様……!」
「ジムリーダーは色々と危険がつきまとうからね。影武者ぐらいはどこでも用意してるわ」
「じゃあこのかなしばりはなんだ……!」
「ああごめんなさい、この子ね、レベル50なの」
「ケェー」

 ハハっと思わず笑みが漏れる。ミュウツーへと視線を移すと、もう安心しきってるのか俺の胸に顔を埋めて
いる。

「ミュウツー、ただいま」
「お帰りなさい、主よ」

 いつの間にかあれほど曇っていた空が晴れていた。ヤマブキには久しぶりの太陽だった。

数ヵ月後

「おーっと! ギャラドスの破壊光線決まったー! ミュウツー苦しそうだー!」
「もういい! ミュウツーもどれ!」
「くっ……! ああ」

 流石のミュウツーも破壊光線は正直、堪えるようだ。なにせ四天王よりも更に描く上のシゲルが相手だ。
 以前までは意地でも退こうとしなかった彼女も、最近は素直に他のポケモンにバトルを譲ることになった。

「行け! リザードン!」
「グォォォォォォォ!!」

 リザードンが咆哮をあげる。気分も乗って絶好調だ。この分ならいける。そう信じてる。

「……なあ主よ」
「行け! ってなんだよ、ミュウツー」
「……あのトカゲも雌だ」
「へ?」
「……一応私は忠告したからな」

 リザードンに指示をする背後、妙におどろおどろしい視線を感じながら俺はポケモンマスターになった。

「おめでとう、主。いや、これからはマスターと呼ぶべきか?」
「いや、主で良いよ」
「フフッ、まあどちらでも構わん。これからもずっと一緒だ、主よ」

おわり