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閑話休題


主は私のモノ、私は主のモノ――。
そんな単純な事も、最近は周囲の環境が変わったことで、すっかり皆の頭から抜け落ちてしまった……。
嘆かわしい、あの人は誰彼の共有資産ではない、私だけが意識していい存在なのだ。
ああ、まったく腹立たしい……。

そう――、嘆くのは何時も決まって「ミュウツー」だった。
旅を続けるメンバーの中で、異質中の異質であり、いわゆる“病んだ”思想の持ち主である。
それは既に、彼女の嘆く「姿勢」から見て取れた。

爪を噛んでは、引き剥がし。そして脅威の再生力で爪が修復すると、また噛み始める……。
まったく周囲から見れば、怖気が走って堪らない異様な習性だ。
彼女は、ふと考え事に執着すると、決まって爪をかじった。
ひとたびかじり始めると、思考の答えが見つかるまで絶対に止めない。

血が滲み、それから滴り、唇を伝って顎に一筋の赤い線を引く。
儚くて、今にも消えてしまいそうな印象が、その赤い色によって彩が添えられる。
美しく、誰よりも強いからこそ、何かしらの欠点があるのだ。

この世に完璧なものは存在しない。
それは、この世界において、何よりの真実だった。

さて、自傷行為にふける彼女だが、今日は一体どんな一波乱を呼び込むのか。
それも、やはり「神のみぞ知るところ」であろう。
多分――。



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「めんどくせ~、めんどくせ~……」

始まりを知らせる汽笛としては、何とも色気の無い野太い男の声。
それが呑気に言葉を口走り、桶に布切れを押し込んで、丁寧にあわ立てている。
少々、気味の悪い光景だが、カメックスの担う役割はこれ以上に大きい。
だから、今の脱力感溢れる鼻歌は、忘却の彼方に押し込んであげよう。

「あー、腰がイテェーよう」

中腰のまま洗濯を行ったものだから、当然の痛みが腰に走って彼は大げさに声を上げる。
手には黒のレースのショーツが握られて、あからさまに勝負下着だと窺えた。
勿論、これはカメックスの所有物ではない。

では、誰のものか? 答えは簡単、一緒に旅を続ける仲間の持ち物だ。
それも、カメックスが世界で“二番目”に恐れている存在の持ち物。滅多な扱いは自身の命を縮める要因になった。
それを意識して、彼はすぐさま手に持つショーツを桶に戻し、再び洗濯に戻る。

「あ~、なんなのよ、このパワーバランス……相性だったら俺のが有利でしょ?」

ぶつくさ言いつつ、カメックスは溜まった洗い物の消化を進める。
今日は周囲に邪魔ものの気配がなく、お陰で心労の面でも楽だった。

一応の目処が立ち、とりあえず決めていた量が終わると、彼は暫くの休憩を挟んだ。
川原の石垣に腰掛けて、おやつに持ってきたポフィンを口に入れる。
今日はいっぱい働いたので、すっぱい味のものがとても美味しく感じられた。



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休憩を終えて、彼は石垣から降りると今度は別に用意した桶に水を溜め始めた。
不可解な行動が続き、次は桶に洗剤が入り込んで、そこへ洗い物が随時投下される。
洗い物は、先程の物よりもずっと扱いが軽く、擦り付けるように汚れを落していく。

これには当然、理由がある。
先程の洗い物は全て女性もので構成されていた。
しかし、今回は完全に“男物”で構成されている。つまり、青年と彼のものだけなのだ。

――因みに、イーブイは、女物と一緒に洗っています。

「野郎の汚れモンは丁重に扱わなくていいから、ホントに気が楽だぜ」

男物の下着を桶から引き上げ、カメックスはその状態から笑みを浮かべた。
得も言われぬ気色悪さを演出するが、彼からすれば嬉しいのだ。
毎日仕事に明け暮れていると、何か日々に潤いが必要になってくる。

それが、彼にとって気を張らなくて済む“男物”の洗濯だったのだ。
せめて、否定しないで温かく見詰めてあげよう。それだけで、彼は救われるのだから。

カメックスは下着を桶に戻し、頻りに擦って汚れを落していく。
一通り、桶に入れた分は洗い終えたので、彼は腰を上げて次の洗濯物に手を伸ばした。
――瞬間、

「ぬわッ!?」



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殺気を感じ取り、カメックスは咄嗟に腕を引いて頭部全体を隠した。
直後、引いた腕に強力な念動の球体がぶつかり、火花が散って爆ぜる。
カメックスの身体がのけぞり、衝撃の余波が洗濯物を洗いざらい川原にぶちまけた。

――「波動弾」。念を極限まで凝縮し、高められた球体は“意思”を持つかのように対象を追尾し続ける、「ポケモン」の究極の奥義。
これを扱える存在は、あまりに少なく捨象をする手間が省けた。

つまり、今の波動弾は……カメックスのよく知る“女性”が放ったもの。
そう解釈して、カメックスは発射地点を睨み上げた。

「しゃれになってねえぞ、ミュウツー!?」

さすがに悪戯の度を越えた行為だ。珍しくカメックスが怒っていた。
波動弾の射手を呼び、彼は登場を待ちながら、律儀に洗濯物を拾い上げていく。
そこへ、もう一発の波動弾が森の影から撃ち込まれる。

ちょうど、カメックスが身を屈めた瞬間をねらった必殺の一撃。
避けようの無い、完璧なタイミングの球体は、吸い込まれるように彼の背中へ直進する。
しかし、その強力な殺傷力を持った技も、“二度目”となると迫力に欠ける。

「フンッ!」

振り向き様に暗拳を繰り出し、カメックスは迫ってくる球体を掻き消した。
目を疑うばかりの攻防を繰り広げてなお、彼は頻りに散らばる洗濯物を拾っていく。
そして、全部集めたところで、ようやく腰を伸ばして森の方角に視線を向ける。

「三発目は、さすがにキツイんじゃねえの?」
「……スッポンの分際で」

図星を言い当てられたか、森の隅から忌々しげに吐き捨てる女性の声がする。
女性は隠れても無駄だと悟り、その全身を川原の中に現した。
全身から色素が全て抜け落ちてしまった、儚く華奢な体躯が風に揺れる――。



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「いきなり何すんだよ。こちとら仕事中だったんだぜ?」
「何が……仕事中だ!」

弁解の余地無く、やってきたミュウツーは三発目の波動弾を両手に形成し出した。
わけがわからず、カメックスはただ、目を白黒させるばかり。首を傾げた。

「何が、何が!? 俺が何をしたってのさ?」
「しらばっくれる気か! いい度胸だ……」

怒りに額を歪めて、ミュウツーは片手に球体を残し、もう片方の手でカメックスを指す。
咄嗟にカメックスは周囲に目を向けて、それが自分に向けられている事実に落胆した。
ミュウツーは濃厚な殺意を匂わせて、指の先端が微妙に揺れ動く。

一体なにが理由で彼女は怒っているのか、カメックスには理解出来ない思考だ。
彼女が怒る理由は大抵、青年が関係しており、その中に自分は絶対に含まれないはずだった。
それが、今回はどういう理由でここまで見境がなくなったのだろうか。

その理由を、彼女は説明してくれるらしい。
震える指が止まり、同時に深紅の瞳がカメックスを捉える。

「貴様、主の……ぱ」
「『ぱ』……?」
「ぱ……『パンツ』……眺めて笑っていただろう!」

発言の直後、ミュウツーを取り巻く波動のエネルギーが暴走し、周囲の次元を狂わせ始める。
しかし、そんな環境変化より、もっと衝撃を受けた存在が居た。
「カメックス」その人だ。

青年の『パンツ』がどうとかで、彼は波動弾の餌食にあっていたらしい。
もう、どう表現していいのか分からなくなっていた。
楽しく洗濯物をしていただけなのに。



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「貴様! 不埒な輩め、主の“貞操”は私が守ってみせる!」
「すんげー誤解があるんですけど!?」
「問、答、無、用!」

三発目にして限界を超えた波動の球体は、さすがのカメックスも防ぐ手立てが無い。
彼は素早く踵を返して、足早に鬱蒼と茂る森の中に飛び込んだ。
そして、息も絶え絶えに走った。とにかく走った――。

だが、波動弾の特性は心を持った“追尾能力”、あっという間に追いつかれ、凄まじい衝撃が甲羅を打ちのめす。

「バイツァダスト(負けて[ピーーー]!)!」

遥か前方から爆発と悲鳴が轟き、ミュウツーは決めゼリフと同時に親指を真下に振り下ろす。
排除完了――、彼女の中に一つの仕事を遣り遂げた達成感が芽生えた。
そして、改めて散らばる洗濯物に視線を這わせる。

「あ……!」

一点、そこへ意識が集中して、彼女の心が完全にとりこになる。
駆け足で傍によって、“それ”を間近で観察する。手に取ろうか、葛藤が生まれた。

「亀……彼奴もやっていたんだ、私がやっても誰も咎めない」

素早い自己解決を行って、彼女は川原に散らばる――、一枚の「下着」を手にとった。
ごく一般的な安物の男性用下着、それを両手で摘んで顔の前に持ってきて、凝視する。
次第に、その表情は笑みに染まり出した。

「主の……ぱ……『パンツ』だぁ~」



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先程の論点を獲得して、彼女は優越感に浸り、頬を紅色に染めて薄ら笑う。
愛する人間が日頃から着用する、もっとも身体に密着した生活用品。
それが、いま自分の手の中に……。

「ああ……主の匂いが染み付いた、私だけの香り……」

鼻を近付け、洗剤の泡に塗れた下着から、必死に青年の匂いを感じ取ろうとする。
一種、犯罪者の片鱗が窺える性癖を覗かせて、彼女は完全に自分の世界に入って妄想を続ける。
愛する人の匂いを嗅ぎ、恍惚に震えて、遂には興奮のあまり鼻血を垂れ流す。

「ああ~、主……大好きだぁ」
「うん、俺もだよ?」

「…………」
「…………」

時が止まった。何が要因なのか、すぐに分かった。
妄想に更ける彼女の思考に、現実世界から強烈に呼びつける“男”の声。
表情が固まり、首が軋む音を立てて声の向きに直る。

そこで、柔和な表情を浮かべた――青年の無垢な視線が飛び込んできた。

「あ……あ、主? なんで……どうして、ここ、ここにいるの!?」
「さっき、すごい音がしたからね。でも、洗濯物をやってたなんて感心だな」
「ああああああ……」

完全に動揺し、彼女は立ったものか、座ったものか思考が混ぜこぜになって混乱した。

「い、いつからここにいた?」
「さっき、君が俺のパンツを掴み上げたところかな?」
「オワタ!」

聞き取りづらい悲鳴のような雄叫びを上げて、彼女はパンツを掴んだまま森の奥へ走り去った。
目にも止まらない猛スピードで駆け抜けて、川原に青年だけが取り残された。
頭頂部に疑問符を浮かべて、何気なく周囲を見渡すと、彼は思い出したように声を上げた。

「あ、俺のパンツ?」


<了>