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97 ID:sLDuxilQ0


――薄暗い、平面に生命の息吹を宿す整然とした空間で……ワタシと貴方は出会った。
全ての者に等しく“悪夢”を見させるワタシを、人々は「光る闇」と抽象して呼ぶ。

……『ダークライ』と。


「-DarkRay,begin-」


誰も居ない、要らない生活を営み。
空腹も疲れも知らないワタシは日々の潤いを、忙しいニンゲンの世界に求めた。
連中はワタシに『無い物』を持っている。

空腹、疲れなどは一端に過ぎず、奴らは誰かと“共存”しようとする姿勢を持っていた。
それは同種の男女に至らず、かつては使役する存在だった「ポケットモンスター」にまで及んでいた。
とても興味深い、言ってしまえば「サルとイヌが共存する世界」をニンゲンは作ったのだ。

だが――、それはどうも“特定のモノ”には適用されないらしい。

ヒトは……いや、生き物全ては等しく「苦痛」を嫌う。
当然の心理であり、生命保護を望む知的生命体は自動的に命を守ろうとする。
とすれば、――『悪夢』を見せる存在を連中はどう捉えるだろうか?

答えは単純明快、不快感を煽る存在は「異」であり、『排除』も辞される。
これは何とも困った対応だが、ワタシとて『自己』を確立した一介の生命体。
そちらの事情で勝手に殺される謂れは、無い。

それに、これは「生態」であるから、ワタシとしても無意識の能力を抑えることは出来ない。
仕方ない……争いはワタシの意向に沿わない。

ワタシは――出て行く。

しかし、いざ外界に足を伸ばしたところで、ワタシを受け入れてくれる存在がいるだろうか?
ワタシは生まれついての“悪”であるから、誰も仲間に入れてはくれまい。
そう考えると、不意に胸の中心地から断続的に“痛み”が走った。

寂しがりなのだな……。

結局、ワタシはヒトの喧騒を忘れる事ができず、誰知れず戻ってきてしまった。
隠れ潜むように移動しながら、ワタシは自分が住むのに適した空間を探した。
何件か回り、捨象をしていった結果、ワタシは殆ど出入りの無い古びた劇場に到る。

もう、何十年も昔のモノクロ映画を上映する劇場はひどく空いていて埃っぽい。
忌み嫌われた末路か……まあ、最果ての荒野を放浪するよりは断然いい環境だ。
ここに潜ませてもらおう。可能な限り……館主に迷惑をかけない程度に。

――二日後、なにやら外がうるさいので眠気眼で様子を窺うと、若者が老人を取り囲んでいた。
よく見ると、老人はワタシが厄介になっている劇場の主で、何やら困り果てている様子だった。
若者は「最近、変な夢を見る。お前の劇場が原因だ!」と息巻いており、ひどく喧嘩腰だ。

まあ、「変な夢」に覚えはあるが、それが原因で『家主殿』が脅される謂れはまったくない。
仕方ない……たった「二日」限りの生活だったが、その間に観た映画は実に面白かった。
これは「恩返し」でも何でもない、ワタシが撒いた種を回収するだけのこと。
すまなかったな、ご老体……。

ワタシは興奮する若者の眼前に出現し、驚く彼等に二、三語ったところでダークホールドを掛けた。
元より闘争はワタシの望むところではなく、暫く眠ってもらい、今までの事を忘れてもらう。
これで……ワタシの役目は果たした。軽い会釈を交えて、ワタシは空中に浮かんだ。

……ん? なんだ、元家主殿?
…………耳が不調なのか? 言った意味を把握しきれないのだが。

「『居てもいい』のか? しかし迷惑だろう――?」

駄目だ、居てもいい、駄目だ、居てもいい……。
延々繰り返される押し問答は日が最高点に昇るまで続き、最後にワタシが折れて収拾がついた。
しばらく、厄介になる事にする。

――一ヶ月、ワタシはスクリーンの裏にへばり付いて客の顔を窺っていた。
ニンゲン観察は中々止められないワタシの趣味で、映画を見る連中の顔を見れば大抵の事が分かる。
強面でも涙もろいとか、終始感動して泣いている素振りを見せる女とか、多岐に渡る。
稀に、見れたものではない性格のニンゲンもいるから面白いのだ。

家主は、そんなワタシの趣味を上の窓から覗いて、しようがなさそうな微笑を浮かべる。
当初は中々どうして、笑わないヒトだったが……気のせいか?

――一年が過ぎて、最近ではワタシも自身の能力を故意に抑える術を身につけた。
ますます、ポケットモンスターの生態に磨きをかけたワタシだが、代わって家主殿は元気がない。
老いて、めっきり老いさらばえた印象だ。やはり……ワタシの責任だろう。

能力のコントロールに成功するまでの期間、彼はワタシの生態の渦中にあった。
常人なら、連日続く悪夢に耐えられず、発狂しても可笑しくない。
それでも毎日、衰えた身体に鞭打って、彼はフィルムを差し替えて劇場を開館させる。

彼曰く、「映画を観るヒトがいなくなる日まで、上映は止めない」そうだ。
まったく、彼のプロ意識には頭が下がる。
そうして、今日も終日時代の埃に埋もれた名作が上演されるのだ。

――五年が経ち……十年が過ぎた頃、家主殿はベッドから起き上がれなくなっていた。
ワタシの驕りの所為で、このヒトは死の淵に立たされている……。
すまない……ワタシが居候したばかりに。

しかし、罪の意識に苛まれるワタシの謝罪に、家主は枕元で首を振った。
「違う、これは肉体の“病”なのだ」と、その時、彼は始めてワタシに明かした。
どういう事なのか、突然の告白に混乱していると、彼は掠れ声で語り始めた。
               ・
               ・
               ・
……もう、二十年も昔の事になる。
あの時、ワシにはまだ、省みるべき「家族」がいた。
息子夫婦と孫が一人、たまの休日に遊びにきてくれたものさ。
本当に、可愛い孫だった……。

だが、数年の内に時代は移り変わりを見せて、世界は「戦争」の時代に突入した。
外からの入国制限が厳しくなり、息子夫婦とも連絡が取りにくくなって、ワシは寂しかった。

そして、数年来の戦争に終止符が打たれた頃、ワシは孫の顔を拝みたい一心で、手紙を出した。
だが、返事はまったく返ってこん……そこでワシは悟ったよ。

息子夫婦が戦争に巻き込まれて死んでしまったのだと……。
胸に穴が開いたような……抜け殻の気持ちがして、ワシは毎日に絶望して生きていた。

更に不幸は重なり、一時期は治まっていた持病が再発して、余命幾ばくとなった。
もう、どうしたらいいのか目の前が真っ暗になって、少しの間、自暴自棄に陥っていた。

惰性的に劇場を開いて、入場してくるお客の顔を眺める事で、自分を慰めるのも限界があった。
そんな折に――、“お前さん”と出会ったのさ。『ダークライ』よ……。

驚くかい? ワシにはお前さんが、死んだ孫のように思えたのだ。
まったく性格は異なるし、そもそも孫はポケモンじゃない。変な話だろう?

それでも、ワシは寂しかったのだな……誰か、傍にいてくれる存在が欲しかった。
例え――“悪夢”を見せる存在でも、ワシには欲しかったのだ。

それに、他人には悪夢だろうが、少なくともワシには良い“夢”だったぞ?
だって、『死んだ息子夫婦』と出会えたのだからな。
ありがとう――。
             ・
             ・
             ・
そう言って、全てを語り終えた家主は、次第に生気が失せていって……眠りに入っていった。
家主は最後の“夢”……どんな夢を見ているのだろう?
“悪夢”にはさせない、ワタシは彼から受けた恩恵をまだ返していないのだ。

全勢力を注いで、ワタシはワタシにできる限りの――“おんがえし”を発動させた。
おんがえしの光は家主の身体を優しく包み、ゆっくりと浸透していく。
固かった家主の顔が綻び、最後に……雫が目元をなぞった。

さようなら……おじいちゃん。


――もう、何年が過ぎたのだろう……既に時間の感覚が失せて久しい。
初めて授かった“主”の劇場は埃に塗れ、戸板が跳ねて「幽霊屋敷」となっていた。
嘆かわしい限りだが、ワタシはこれらを修理しようとは思わなかった。

このオンボロ劇場には、埃ひとつ、砕けた木片一片にも、おじいちゃんとの「思い出」が染み付いている。
だから、ワタシは直さない。このまま、劇場と共に朽ちてしまうのもワタシの本懐……。
おじいちゃん……おじいちゃん。

「――?」

急に暗い館内を一条の光が差し込み、ワタシに一抹の驚きを与える。
咄嗟にスクリーンの裏に隠れ、用心深く光の差し込んだ先に視線を走らせた。
逆光が差して全体像は掴めないが、それがニンゲンのものである事は何となく窺えた。

また……誰かが取り壊しの検分にやってきたのか。
ここは、ワタシとおじいちゃんの家だ。容易く他人様に弄って欲しくない。
ワタシは毎度やっている手口を使い、追い払う事にした。

曰く、「ニンゲンは超常現象に弱い」の理だ。

「ココカラ、タチサレ……」

スクリーンの手前までやってきたのを見計らって、突然ワタシは影の中から飛び出した。
当然、青年は驚き、尻餅をついて、来た道へ向かって全力疾走をする――筈だった。

「タチサレェ……タチサレェ、ヒトノハナシハ チャント キケェ……」

どういう神経をしたニンゲンなのか、青年は目の前で脅かしに掛かるワタシを眼中に収めない。
それどころか周囲を眺めては感嘆の息を零した。

「ずっと前、父さんに聞いた映画館ってここのことかな?」
「ナニ……?」
「“幽霊が出る”って流行った映画館さ?」

青年は振り返り、初めてワタシの存在に対して焦点を合わせた。
“幽霊”……間違いなくワタシの事だな。
青年はそのまま崩れた座席を見て回りつつ、それとワタシを見比べ始める。

「ここ、この黄色い染みのついたシート……父さんが子供の時、誤ってジュースを零したらしいんだ」
「ソノ、セキハ……」

覚えている……純真な眼をした子供が、食い入るようにスクリーンを眺めていた。
そして、持ち込んだジュースを零し、慌てふためくそれを放っておけなくて、ワタシはタオルを差し出した。
当時は、なんと思慮の浅い真似をしたものかと、自身を責めたものだが、子供はワタシの行為に礼を言ってくれた。

その子も……時間が流れて、父親となったのか。
今、その子供が父の話を聞いて、発祥の地となったこの場に足を運んでいる。
因果なものだな。

「ねえ、今日は映画を流さないの?」
「ドウシテ?」
「だってここ、“映画館”でしょ?」
「…………」

そう、そうだった……。
ワタシもおじいちゃんを亡くした所為で、生きる喜びを失ったものと考えていたようだ。
でも、ここは映画館だ。

皆がスクリーンに映し出される映画を観て、そこで描き出される物語に自己を投影する。
そして、短い時間の間に喜びと感動を受けて、明日をより良く生きていこうとする。
おじいちゃんも、それに気付いていたから、病魔に冒されても上映を続けた……。

「今日はどんな映画を映すの?」
「……ローマの休日だ」
「古そうだね? 分かるかな……」
「君のお父さんが観ていたものだ。分かるさ……きっと」

ワタシはスクリーンから身体を抜いて、かつて眺めるだけだったそこに入り込んだ。
多量の埃を被ったフィルムが転がり、探すのに手間取るが、目的の映画を取り出すと、すぐさま映写機に掛けた。
まだ、電気が通っている事に驚きつつ、私は一日館主になって、今日の上映を勤めた。

三時間の上映を終えた頃、ワタシは青年と共に劇場を出た。
懐かしい、ワタシの最初の家……だけど、定着していては駄目だ。
だから、おじいちゃん……ワタシはこのヒトと行くよ。

おじいちゃんがワタシに求めたように、ワタシもこのヒトを求めていた。
そう――今は思えるから。


<了>