「ID:P9mFYCUe0のSS」の編集履歴(バックアップ)一覧はこちら

ID:P9mFYCUe0のSS」(2007/06/16 (土) 14:12:23) の最新版変更点

追加された行は緑色になります。

削除された行は赤色になります。

**247 ID:P9mFYCUe0 ―ワタシヲトリマク“カンキョウ”― 故あり、私は晴れて人間の「所有物」に成り下がった。いや、表現に問題があるか……。 私は自身で望み、この『青年』と行動を共にする事を懇願して、その許可を勝ち得たのだ。 けして「彼」が私に強要を用いたのではない。 彼は人間であって、私の知る汚らわしい物欲に塗れた害悪とは生体面から既に異なる。 彼は私を有するに相応しい、唯一無二の「トレーナー」。私は貴方に「勝利」を約束しよう。 伝説を凌駕する圧倒的テレキネシスが、貴方を絶対の君主にすることを望んでいる。 私に「不可能」は存在しない。貴方がそれを望めば、今すぐにでも世界を蹂躙してみせる。 全てを足下に降し、世の理を貴方が制定すればよい。その資格があるのだから。 さあッ!? 命令してくれ! 我が「主」……共に愚劣なる者共を薙ぎ払おうではないか? 私達が暮らしやすい、「平穏」の大地を創り出そう。何者の介入も許さない、理想郷を……。 ――と、息巻いてみたのはよいが……この状況は一体何を意味するのだろうか? 別に、待遇に関して異議を申し立てているのではない。 参入当初から、我がトレーナーは私を常に気に掛けてくれている。 数日前に負った傷の事を心配してくれているようだが、代謝機能が回復すれば「じこさいせい」が可能だ。 貴方が気を回す必要は無い。 ---- **628 ID:P9mFYCUe0 ―ワタシヲトリマク“カンキョウ”― 故あり、私は晴れて人間の「所有物」に成り下がった。いや、表現に問題があるか……。 私は自身で望み、この『青年』と行動を共にする事を懇願して、その許可を勝ち得たのだ。 けして「彼」が私に強要を用いたのではない。 彼は人間であって、私の知る汚らわしい物欲に塗れた害悪とは生体面から既に異なる。 彼は私を有するに相応しい、唯一無二の「トレーナー」。私は貴方に「勝利」を約束しよう。 伝説を凌駕する圧倒的テレキネシスが、貴方を絶対の君主にすることを望んでいる。 私に「不可能」は存在しない。貴方がそれを望めば、今すぐにでも世界を蹂躙してみせる。 全てを足下に降し、世の理を貴方が制定すればよい。その資格があるのだから。 さあッ!? 命令してくれ! 我が「主」……共に愚劣なる者共を薙ぎ払おうではないか? 私達が暮らしやすい、「平穏」の大地を創り出そう。何者の介入も許さない、理想郷を……。 ――と、息巻いてみたのはよいが……この状況は一体何を意味するのだろうか? 別に、待遇に関して異議を申し立てているのではない。 参入当初から、我がトレーナーは私を常に気に掛けてくれている。 数日前に負った傷の事を心配してくれているようだが、代謝機能が回復すれば「じこさいせい」が可能だ。 貴方が気を回す必要は無い。 **629 ID:P9mFYCUe0 それはそれとして、状況のことだが……本当に信じ難いことだ。 何故、「バトル」を――しない? 私は「最強」だ。生態間において遅れを取る事は断じてない。 そもそも、戦って勝利を収める事は、トレーナーの本懐ではないのか? リーグ優勝を目指し、その為に彼等は私のような「強力なポケモン」を求め、さまよい歩く。 ……だが、貴方がそれを望むなら……私は従うのみだ。何か意図があるのだろう。 私は貴方の「所有物」。すべての権限を貴方に委ねた。「戦うな」と言うなら、戦わない。 しかし――「暇」だ。 「カァーーッ、カッカッカッカッ!」 「うぬ?」 主が荷物を置いて、私にそれらの監視を願って町へ買出しに出かけた頃。 彼の帰宅を悠々自適に待つ傍ら、自生する巨木の幹に背を預けてまどろんでいる私の意識を、 強烈に呼び覚ます甲高い老人の笑い声が森に反響した。 周囲に警戒を張り巡らし、私は何時でもその“異質”に対して迎撃を行えるよう体勢を整える。 上半身を斜めに逸らし、全身を低く構えて体面積を制限する。 洞穴に篭って多くのポケモンを相手にしてきた経験が生んだ、私独自の「型」だ。 相手がどれほど素早くても、この体勢ならすべてを避けきれる自身がある。 さあ、こい……。飛沫にしてくれる。 五感の全てを発揮して、私はやがて来る未知の敵に対し、鋭利に尖った牙を剥いた。 --- **631 ID:P9mFYCUe0 「――お嬢ちゃん……わし、こっちにおるんじゃけども……」 「背後」から掛かる老人の戸惑う声。瞬時に熱を帯びる鼻先。 ……別に恥かしくない。うん。何時の間にか後ろに立っていた貴様が悪いのだ。私の所為ではない。 振り返ると、引っくり返された主の鞄から一つの「モンスターボール」が転がり落ちた。 それが進む終着点、老年のポケモン「スターミー」が、やや困った表情で私を見ていた。 「あ~、面と向かって話をするのは始めてじゃの? ――『新入り』さん」 この老人が、主のパートナーポケモンであることを知ったのは、夕暮れの時刻。 彼が戻ってきてからの事だった。 ――主が帰宅して、それから例によって夕食が開始される。 今晩の献立はレトルトのカレーライスのようだ。スパイスの香りが中々、芳しい……らしい。 主は早速出来上がったそれを窪みの浅い皿に盛り、野木のように立ち尽くす私に差し出した。 食べろ、ということのようだ。 ……いただきます。「辛い」という先入観があったが、どうやらそれほどのモノでもないらしい。 私はそれを完食すると、汚した食器を持って清流に向かった。 特に決められたことではないが、彼に汚物を弄らせる事が個人的に許せなかったのだ。 だから、これは私の役割として定着した。水の純度も問題ない、極めて綺麗なものだ。 ---- **632 ID:P9mFYCUe0 「――それ以上、私に接近すれば『命』を絶やす事になる」 スポンジ片手に汚れを落す私の「結界」に、どうやら無断で近付く愚か者が現れたようだ。 それも――、すでに記憶の中に納まっている不届きなポケモン、「スターミー」。 体の中央に煌き輝く深紅の宝石が、潜む水面の奥で無用心に輝いている。 観念したのか、彼は隠れていることを止め、堂々と水の中から身を起こして私に対面してきた。 「あれま、感づかれてしまったかのう……」 「そもそも隠れるつもりがあったのか? 要件を言え」 間髪要れず、私は目の前の老人を捉まえて用事の言葉を要求した。 誰かと会話をすることが私は好きじゃない。だから、早々にそういう状況を終わらせたいのだ。 だが、スターミーは上品に笑うばかりで何も言い出そうとはしない。 次第に私の中で苛立ちが募ってくる。 たかが「マイナー」の分際で、この世に唯一無二の「私」をおちょくるとは度胸のいい。 「――『死ぬ』か?」 返答を待たず、私は即興で「サイコカッター」を嫌味なジジイに向けて放つ。 初速から音速を超える私のアレンジ技は、瞬きの間に眼前の環境を切り取っていく。 ---- **633 ID:P9mFYCUe0 見事、私の目の前から「スターミー」が姿を消していた。 愚かしい、興味本位で私に関わろうとするからだ。 「……いきなり酷いのう?」 「なに!?」 耳に入り込んでくる囁きは、さきほど消し飛んだはずのスターミーの声。 私は咄嗟に狼狽してしまった。殺したはずの相手が、耳元で余裕の言葉を漏らしているのだ。 苛立ち以上に……これは、「恐怖」だというのか? 震える奥歯を噛み締め、初めて身に刻まれる感情を押し殺し、私は無我夢中で技を繰り出した。 サイコキネシス、れいとうビーム、スピードスター、メガトンパンチ、10まんボルト。 そして「はかいこうせん」さえもが、空振りに終わった。 単なる「マイナー」は、既に「マイナー」の領域を突破していた。 その事に気付けなかった私の理解力の無さ……迂闊だった。 空が茜色から紫の夜空に変わる頃、スターミーは――私を「倒して」いた。 産まれて始めて味わう「敗北」の苦渋、辛酸……喉が枯れそうなほど呻いた。 私は――今まで、自分こそが「至高」であると考えていた。 それが、惨めにも惨敗を帰し、こうして情け無い醜態を晒している。 ---- **634 ID:P9mFYCUe0 ようやく気付かされた。 私も所詮は一介の「ポケモン」に過ぎないのだ。そこらに溢れている「ポケモン」なのだ。 何も特別な事はない、私も彼等と同じ、ただのポケモン……。 「そのとおり……『ポケモン』じゃよ?」 「……」 スターミーは殊勝な心がけで、敗北して穢れた私の腕を取ろうと腰を折った。 何が、「ポケモン」だ……。当たり前な事じゃないか。 そんな意味の無い言葉で、私に感動を求めているのか、糞ジジイめ……。 敵意に満ちた私の視線を真正面に捉え、尚もスターミーは微笑んでいた。 その眉根は、皺によって刻まれて、老練とした生涯の生き様を物語る。 細められた目元は何かを伝えようと、僅かに――揺れた。 ――そのとおり……『ポケモン』じゃよ? 「あ……」 「気付いたかね? なら、もういいじゃろう?」 スターミーは全てを見通したように呟いて、そっと優しく私を助け起こしてくれた。 正面に向き合って、ようやく私は本当の意味で彼の「顔」を見た。 笑っている。一切の敵意が感じられない、私を……恐れていない? ---- **635 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/06/15(金) 17:57:07.21 ID:P9mFYCUe0 「当たり前じゃろう? ただの『ポケモン』を怖がっておる者がいるかね?」 「……スターミー」 「それにしても随分派手に遊んでしまったのう」 スターミーは先程の激闘を「遊び」と称して、その結果が招く穿たれた河川の岸を呑気に見渡した。 彼は実力を発揮せず、私を倒したというわけか……。 本気でやられたら――かなり不味いぞ。 「カッカッカッ、新しい『仲間』のことが気になってしまってな? 不快にさせてしまったことは謝るわい」 甲高い笑い声は、もう煩く聞こえない。私を不安にさせない、愉快な響きに変わった。 スターミーは先導して私を『仲間』の元へ誘ってくれた。 そして、彼らは私を恐れず、一匹の例外なく「笑顔」を向けて受け入れてくれる。 余談だが、実はスターミーは最初から私の実力を「試す」つもりで近付いていたらしい。 それは旅の仲間からの要望で、私の性格を把握するために已む無くだったようだ。 上手く付き合えるかどうか、やはり不安だったのだろう。 まったく……どいつもこいつも、いい性格をしている。お陰で私の自尊心は滅茶苦茶だ。 たかが、スターミーに……本当に「世界」は広い。 ---- **636 ID:P9mFYCUe0 色々あったが、今日は非常に得る分の大きかった一日だ。 私は生涯、この日を忘れないだろう。初めて苦渋を舐めさせられた日。 そして、初めて『仲間』として受け入れられた日を……。私は忘れない。 「おまえさんはメンコイからの? 『小僧』との相性がバッチリじゃ!」 最後に訳のわからない事を言われた。 自分の主人を「小僧」扱いとは、それだけ付き合いが長いと言う事なのだろう。 少し、羨ましい気もする。 私の歓迎の催しも終わると、皆はそれぞれ自分のモンスターボールに戻っていった。 スターミーも自分のボールに戻り、焚き火の照らす暗闇の森の中で私と「主」が二人きりになる。 まだ私に帰るべきモンスターボールは無いので、普段から彼の隣で寝袋に包まって睡眠をとる。 今日も、彼の隣を陣取って、その横顔を盗み見ながら寝るのだ。 最近の、私だけに許された「特権」。既に寝入った彼の整った寝息が聞こえる。 不意に焚き火が消え、夜の闇が私たちを覆って盛大な静寂を送ってくれる。 まどろむ目は抵抗感無く閉じ、私の意識を「夢」の中へ誘っていく。 おやすみ、我が「主」。明日も良き日であることを願わせてもらう。 私の意識は夢に、落ちた。 <了>
**247 ID:P9mFYCUe0 ―ワタシヲトリマク“カンキョウ”― 故あり、私は晴れて人間の「所有物」に成り下がった。いや、表現に問題があるか……。 私は自身で望み、この『青年』と行動を共にする事を懇願して、その許可を勝ち得たのだ。 けして「彼」が私に強要を用いたのではない。 彼は人間であって、私の知る汚らわしい物欲に塗れた害悪とは生体面から既に異なる。 彼は私を有するに相応しい、唯一無二の「トレーナー」。私は貴方に「勝利」を約束しよう。 伝説を凌駕する圧倒的テレキネシスが、貴方を絶対の君主にすることを望んでいる。 私に「不可能」は存在しない。貴方がそれを望めば、今すぐにでも世界を蹂躙してみせる。 全てを足下に降し、世の理を貴方が制定すればよい。その資格があるのだから。 さあッ!? 命令してくれ! 我が「主」……共に愚劣なる者共を薙ぎ払おうではないか? 私達が暮らしやすい、「平穏」の大地を創り出そう。何者の介入も許さない、理想郷を……。 ――と、息巻いてみたのはよいが……この状況は一体何を意味するのだろうか? 別に、待遇に関して異議を申し立てているのではない。 参入当初から、我がトレーナーは私を常に気に掛けてくれている。 数日前に負った傷の事を心配してくれているようだが、代謝機能が回復すれば「じこさいせい」が可能だ。 貴方が気を回す必要は無い。 ---- **628 ID:P9mFYCUe0 ―ワタシヲトリマク“カンキョウ”― 故あり、私は晴れて人間の「所有物」に成り下がった。いや、表現に問題があるか……。 私は自身で望み、この『青年』と行動を共にする事を懇願して、その許可を勝ち得たのだ。 けして「彼」が私に強要を用いたのではない。 彼は人間であって、私の知る汚らわしい物欲に塗れた害悪とは生体面から既に異なる。 彼は私を有するに相応しい、唯一無二の「トレーナー」。私は貴方に「勝利」を約束しよう。 伝説を凌駕する圧倒的テレキネシスが、貴方を絶対の君主にすることを望んでいる。 私に「不可能」は存在しない。貴方がそれを望めば、今すぐにでも世界を蹂躙してみせる。 全てを足下に降し、世の理を貴方が制定すればよい。その資格があるのだから。 さあッ!? 命令してくれ! 我が「主」……共に愚劣なる者共を薙ぎ払おうではないか? 私達が暮らしやすい、「平穏」の大地を創り出そう。何者の介入も許さない、理想郷を……。 ――と、息巻いてみたのはよいが……この状況は一体何を意味するのだろうか? 別に、待遇に関して異議を申し立てているのではない。 参入当初から、我がトレーナーは私を常に気に掛けてくれている。 数日前に負った傷の事を心配してくれているようだが、代謝機能が回復すれば「じこさいせい」が可能だ。 貴方が気を回す必要は無い。 **629 ID:P9mFYCUe0 それはそれとして、状況のことだが……本当に信じ難いことだ。 何故、「バトル」を――しない? 私は「最強」だ。生態間において遅れを取る事は断じてない。 そもそも、戦って勝利を収める事は、トレーナーの本懐ではないのか? リーグ優勝を目指し、その為に彼等は私のような「強力なポケモン」を求め、さまよい歩く。 ……だが、貴方がそれを望むなら……私は従うのみだ。何か意図があるのだろう。 私は貴方の「所有物」。すべての権限を貴方に委ねた。「戦うな」と言うなら、戦わない。 しかし――「暇」だ。 「カァーーッ、カッカッカッカッ!」 「うぬ?」 主が荷物を置いて、私にそれらの監視を願って町へ買出しに出かけた頃。 彼の帰宅を悠々自適に待つ傍ら、自生する巨木の幹に背を預けてまどろんでいる私の意識を、 強烈に呼び覚ます甲高い老人の笑い声が森に反響した。 周囲に警戒を張り巡らし、私は何時でもその“異質”に対して迎撃を行えるよう体勢を整える。 上半身を斜めに逸らし、全身を低く構えて体面積を制限する。 洞穴に篭って多くのポケモンを相手にしてきた経験が生んだ、私独自の「型」だ。 相手がどれほど素早くても、この体勢ならすべてを避けきれる自身がある。 さあ、こい……。飛沫にしてくれる。 五感の全てを発揮して、私はやがて来る未知の敵に対し、鋭利に尖った牙を剥いた。 --- **631 ID:P9mFYCUe0 「――お嬢ちゃん……わし、こっちにおるんじゃけども……」 「背後」から掛かる老人の戸惑う声。瞬時に熱を帯びる鼻先。 ……別に恥かしくない。うん。何時の間にか後ろに立っていた貴様が悪いのだ。私の所為ではない。 振り返ると、引っくり返された主の鞄から一つの「モンスターボール」が転がり落ちた。 それが進む終着点、老年のポケモン「スターミー」が、やや困った表情で私を見ていた。 「あ~、面と向かって話をするのは始めてじゃの? ――『新入り』さん」 この老人が、主のパートナーポケモンであることを知ったのは、夕暮れの時刻。 彼が戻ってきてからの事だった。 ――主が帰宅して、それから例によって夕食が開始される。 今晩の献立はレトルトのカレーライスのようだ。スパイスの香りが中々、芳しい……らしい。 主は早速出来上がったそれを窪みの浅い皿に盛り、野木のように立ち尽くす私に差し出した。 食べろ、ということのようだ。 ……いただきます。「辛い」という先入観があったが、どうやらそれほどのモノでもないらしい。 私はそれを完食すると、汚した食器を持って清流に向かった。 特に決められたことではないが、彼に汚物を弄らせる事が個人的に許せなかったのだ。 だから、これは私の役割として定着した。水の純度も問題ない、極めて綺麗なものだ。 ---- **632 ID:P9mFYCUe0 「――それ以上、私に接近すれば『命』を絶やす事になる」 スポンジ片手に汚れを落す私の「結界」に、どうやら無断で近付く愚か者が現れたようだ。 それも――、すでに記憶の中に納まっている不届きなポケモン、「スターミー」。 体の中央に煌き輝く深紅の宝石が、潜む水面の奥で無用心に輝いている。 観念したのか、彼は隠れていることを止め、堂々と水の中から身を起こして私に対面してきた。 「あれま、感づかれてしまったかのう……」 「そもそも隠れるつもりがあったのか? 要件を言え」 間髪要れず、私は目の前の老人を捉まえて用事の言葉を要求した。 誰かと会話をすることが私は好きじゃない。だから、早々にそういう状況を終わらせたいのだ。 だが、スターミーは上品に笑うばかりで何も言い出そうとはしない。 次第に私の中で苛立ちが募ってくる。 たかが「マイナー」の分際で、この世に唯一無二の「私」をおちょくるとは度胸のいい。 「――『死ぬ』か?」 返答を待たず、私は即興で「サイコカッター」を嫌味なジジイに向けて放つ。 初速から音速を超える私のアレンジ技は、瞬きの間に眼前の環境を切り取っていく。 ---- **633 ID:P9mFYCUe0 見事、私の目の前から「スターミー」が姿を消していた。 愚かしい、興味本位で私に関わろうとするからだ。 「……いきなり酷いのう?」 「なに!?」 耳に入り込んでくる囁きは、さきほど消し飛んだはずのスターミーの声。 私は咄嗟に狼狽してしまった。殺したはずの相手が、耳元で余裕の言葉を漏らしているのだ。 苛立ち以上に……これは、「恐怖」だというのか? 震える奥歯を噛み締め、初めて身に刻まれる感情を押し殺し、私は無我夢中で技を繰り出した。 サイコキネシス、れいとうビーム、スピードスター、メガトンパンチ、10まんボルト。 そして「はかいこうせん」さえもが、空振りに終わった。 単なる「マイナー」は、既に「マイナー」の領域を突破していた。 その事に気付けなかった私の理解力の無さ……迂闊だった。 空が茜色から紫の夜空に変わる頃、スターミーは――私を「倒して」いた。 産まれて始めて味わう「敗北」の苦渋、辛酸……喉が枯れそうなほど呻いた。 私は――今まで、自分こそが「至高」であると考えていた。 それが、惨めにも惨敗を帰し、こうして情け無い醜態を晒している。 ---- **634 ID:P9mFYCUe0 ようやく気付かされた。 私も所詮は一介の「ポケモン」に過ぎないのだ。そこらに溢れている「ポケモン」なのだ。 何も特別な事はない、私も彼等と同じ、ただのポケモン……。 「そのとおり……『ポケモン』じゃよ?」 「……」 スターミーは殊勝な心がけで、敗北して穢れた私の腕を取ろうと腰を折った。 何が、「ポケモン」だ……。当たり前な事じゃないか。 そんな意味の無い言葉で、私に感動を求めているのか、糞ジジイめ……。 敵意に満ちた私の視線を真正面に捉え、尚もスターミーは微笑んでいた。 その眉根は、皺によって刻まれて、老練とした生涯の生き様を物語る。 細められた目元は何かを伝えようと、僅かに――揺れた。 ――そのとおり……『ポケモン』じゃよ? 「あ……」 「気付いたかね? なら、もういいじゃろう?」 スターミーは全てを見通したように呟いて、そっと優しく私を助け起こしてくれた。 正面に向き合って、ようやく私は本当の意味で彼の「顔」を見た。 笑っている。一切の敵意が感じられない、私を……恐れていない? ---- **635 ID:P9mFYCUe0 「当たり前じゃろう? ただの『ポケモン』を怖がっておる者がいるかね?」 「……スターミー」 「それにしても随分派手に遊んでしまったのう」 スターミーは先程の激闘を「遊び」と称して、その結果が招く穿たれた河川の岸を呑気に見渡した。 彼は実力を発揮せず、私を倒したというわけか……。 本気でやられたら――かなり不味いぞ。 「カッカッカッ、新しい『仲間』のことが気になってしまってな? 不快にさせてしまったことは謝るわい」 甲高い笑い声は、もう煩く聞こえない。私を不安にさせない、愉快な響きに変わった。 スターミーは先導して私を『仲間』の元へ誘ってくれた。 そして、彼らは私を恐れず、一匹の例外なく「笑顔」を向けて受け入れてくれる。 余談だが、実はスターミーは最初から私の実力を「試す」つもりで近付いていたらしい。 それは旅の仲間からの要望で、私の性格を把握するために已む無くだったようだ。 上手く付き合えるかどうか、やはり不安だったのだろう。 まったく……どいつもこいつも、いい性格をしている。お陰で私の自尊心は滅茶苦茶だ。 たかが、スターミーに……本当に「世界」は広い。 ---- **636 ID:P9mFYCUe0 色々あったが、今日は非常に得る分の大きかった一日だ。 私は生涯、この日を忘れないだろう。初めて苦渋を舐めさせられた日。 そして、初めて『仲間』として受け入れられた日を……。私は忘れない。 「おまえさんはメンコイからの? 『小僧』との相性がバッチリじゃ!」 最後に訳のわからない事を言われた。 自分の主人を「小僧」扱いとは、それだけ付き合いが長いと言う事なのだろう。 少し、羨ましい気もする。 私の歓迎の催しも終わると、皆はそれぞれ自分のモンスターボールに戻っていった。 スターミーも自分のボールに戻り、焚き火の照らす暗闇の森の中で私と「主」が二人きりになる。 まだ私に帰るべきモンスターボールは無いので、普段から彼の隣で寝袋に包まって睡眠をとる。 今日も、彼の隣を陣取って、その横顔を盗み見ながら寝るのだ。 最近の、私だけに許された「特権」。既に寝入った彼の整った寝息が聞こえる。 不意に焚き火が消え、夜の闇が私たちを覆って盛大な静寂を送ってくれる。 まどろむ目は抵抗感無く閉じ、私の意識を「夢」の中へ誘っていく。 おやすみ、我が「主」。明日も良き日であることを願わせてもらう。 私の意識は夢に、落ちた。 <了>

表示オプション

横に並べて表示:
変化行の前後のみ表示: