聖幸女


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脱獄事件から五時間後の幻影牢獄玄関前の広場。
「バルダムフォン大将、陣地の設営完了いたしました」
設営された大将用の幕舎内にいる四十近い中年の男――金色の書と剣を組み合わせたような襟章を着けた正式な軍服を纏う歴戦の軍人らしい傷まみれの顔の彼はオリンピュア軍中将、カウン・ティンリィ。
「は、はい!ご苦労様です!……え、えっと……」
「カウン・ティンリィ中将であります。"大将"」
そんな彼が恭しく接するのは、十歳程度にしか見えない小柄な少女。
まるで似合わない古びた軍服を纏う少女は何処か小動物染みた印象で、ちっとも偉そうには見えないのだが、彼女の襟章は白銀――つまり、オリンピュア軍においては七師団を各々指揮する七元帥に次ぐ大将位に在ることを示していた。
ともすれば、学校の学芸会かと思えるような姿の少女だが、襟章は伊達や酔狂でもなく純然たる事実。
つまり、項亮配下第七師団所属の三人の大将の一人、"聖幸女"ソーニャ=バルダムフォン大将こそが目の前にいる少女だった。
なお、到底信じられないが、彼女は今年二十六歳である。
実力重視のオリンピュア軍において年齢は関係無いにしても、ソーニャの外見は特異に過ぎるし、慌てた、何処か気弱そうな彼女が強いとは到底信じられないだろう。
カウンだって、信じていなかった――あんなものを見るまでは。
「そ、それでは!予定通り、牢獄内の生存者の保護と島内の巡回、脱獄者の捕縛をお願いしまっ……します!」
少し落ち着け。
内心の思いは押し隠して丁寧に応対するカウンはとても人が良い。
「既に、作戦は開始しております。気を安らかにお待ちください」
しかし、少女は不満そうに首を傾げる。
――いや、止めてくれよ――
微かに顔色を青くしたカウンに気付かず、ソーニャは不安そうに尋ねた。
「あの……私は陣頭指揮とか取らなくても良いんですか?」
――無理だから――
さて、どう説得するかと沈黙してしまったカウンだった。


「うーん。完全に逃げ損ねた感があるぜ。これは」
島内の森の中、木の上に一つの人影があった。
「船が無いかと思ってたら、全部沈められちまったしなぁ……」
ぼやく男の名はシュペール=クレロック。一流のスナイパーであり、世界を股にかけて数多くの仕事を果たした彼だったが、五年前に依頼人の密告を受けて敢えなく御用。懲役二十年をくらって幻影牢獄に収容されていたがこの度隙をついて脱獄した一人だった。
が、しかし島外に出るには船がいると港に出たときには既に全船が破壊されており(脱獄者主犯が一、罪桐初夏の容赦無い仕事)、取り敢えずおっかない監守達から逃れるために森に隠れたは良いが、どうするかと考えているうちに今度は"軍"がやってきたのだった。
で、このままなら森にやって来る兵士達に見つかるのは必然――そして、彼らを真っ向から突破できる自信がないというのもまた事実。
「俺って、暗殺者だからな」
一人笑いながら、脱獄の際にくすねてきたスナイパーライフル用の比較的大口径の銃弾をピンと指で弾く。
「妥当なところでは、混乱のどさくさ紛れに軍服纏って撤退かな」
そして、幸いなことに"混乱"の種には心当たりがある。
「……しっかし、あんなんがホントに"大将"なのかよ。……今の軍部ってどうなってんだ?」
彼の瞳――超特化した"鷹の眼"は直線距離にしても数キロは離れている山の麓、幻影牢獄正面の広場に展開された陣地の一つ、張り巡らされていた数多くの結界と、序でに物質的には布を透過して大将用の幕舎内の様子を、小さな襟章が判別できるレベルまで捉えていた。
彼は、ソーニャ=バルダムフォンを知らない。彼女が大将に任命されざるを得なかった三年前には既に獄中にいたから。
だから、自身には一切防衛用の術式を用いていない無防備極まりない彼女に特に疑問を覚えず、ただ単純に狙いやすい獲物だろうと思っただけだった。
そして、彼は懐から次々と銃弾を取り出すが、しかしライフルは無い。
「流石にオリンピュア軍の陣地――即席とはいえかなりの密度だな。そうだな、敬意を示す意味も含めて十発で行くか」
その言葉通り左手に残したのは、十発の銃弾。
そして、彼の伸ばした右手にその内一発を載せ、
「"見えずの魔銃"。展開」
呟きに合わせ、彼の右腕に光の線が走る。
光の線が描いたのはまるで一つの銃身――そう、彼の右腕が一つの銃となっていた。
それ故に、シュペールに銃は不要。銃は自らの腕その物であり、銃弾だけ持ち運べば良い。その利便性ゆえにこれまで多くの仕事を果たしてきたのだった。
まあ、この魔術自体は一般的なランチャーのそれで、威力もそう大したことはないが、連射能力と隠蔽能力は一寸したものだという自負はある。
特に誇るべきは連射能力であり、本気を出せばマシンガンが如く秒速何十発の速度で撃ち出すことすら可能であり、どんな硬い結界でも連射による一点突破で破壊する。
これが、シュペール=クレロックのスタイル。超超遠距離から標的を捉え、スナイパーライフル用の銃弾――時として結界破壊用に更にエンチャントされたそれを連射することによって、超超遠距離からの威力の減衰をカバーし、充分すぎる威力をもって標的が何処にいようと射殺する。
序でに隠蔽能力が高いのと超超遠距離からでも射撃できることから、逃亡もしやすいというのが有るのだが、まあそれは今は関係無い。
ともかく、その"銃口"の先は遥か遠くのソーニャ=バルダムフォン。
「バーイバーイ」
笑いながら、一瞬にして十発の銃弾を放った瞬間、
死亡が確定した。

――パァン!――
結界を突き破った銃弾は、更に幕舎を貫通し、
ソーニャの頭を石榴が如く弾き飛ばした。
「なっ――」
茫然と、カウンは眼を見開く。
ソーニャの亡骸が更に残っていた三発を受け、弾けるように冷たい地面に倒れた。
カウンはその瞬間を為す術もなく見届け――
その顔は化け物でも見たかのように真っ青になっていた。
「……っ!」
明らかな死体と化したソーニャの身体に近づくこと無くカウンは震える手で、しかし素早く襟元に嵌められていた緊急用の全軍伝達用の呪符を発動した。
そして伝えるワードは、ただ二言。
「現状放棄!総員、全力を以て、
 撤退せよ!」
恐怖に満ち溢れた絶叫で、しかし伝えるべき事だけは伝える。
そして、その時ソーニャの亡骸が光輝く。
「"完全石化"っ!」
呪符を投げ捨て、屈みこんだ彼の身体が瞬間的に岩に変わる。
これが、岩を司るカウン・ティンリィの魔術の極致であり、一切の自立駆動を棄てる代わりに鉄壁の防御を誇るただの"壁"のためだけの魔術だが、それに特化したがゆえに、たとえこの瞬間キロトン級の爆弾が直撃したとしても生き延びる自信はある。
しかし、硬直したままの彼の顔は諦歓と悲痛に満ちた泣きそうな顔を浮かべていた。
その間にも、ソーニャの亡骸よりの光はみるみる広がり、幕舎中を包む。

「……何だありゃ」
ソーニャの亡骸よりの光を見てシュペールは本能的な恐怖を感じた。

ソーニャの亡骸が光の中で溶け、

――そして"天使"が顕現する――

「……天使か?」
やがて、光が消えたときソーニャの亡骸は既に無く、代わりに現れるは、
白銀の澄んだ輝きを宿した金属のようなモノで構成されたやや小型なヒトガタ、背には数メートルは有るだろう巨大な数枚の触れれば切れるような鋭い翼、そしてソレの頭上には白紫色の光輪が輝いていた。
ソレはまるで、ヒトの造った天使の似姿。あまりにも似ており"天使"と言うに他無い外見をしているが、しかしソレを"天使"と呼ぶ者はいないだろう。
誰一人として、ソレに聖性は感じない。一つの芸術作品のような美は有っても、それは何処か人を恐怖させるような――そう、似すぎたものを造ってしまったがゆえに神の罰を恐れるような。
そう、ソレは何処までも"天使"に似ているがゆえに、何処までも"天使"から遠いただの"人工物"だということを如実に示していたのだ。
「…………」
"天使"はその白銀の顔を以て狭い幕舎をゆっくりと見渡す。
そして勢い良く広げられた鋼の翼が、幕舎を縦横無尽に切り裂く。
そして、開かれた夕暮れの空へと"天使"は浮かび上がる。
夕闇の中、落日を背後に浮かび上がる鋼色の天使――しかし、絵のようなその光景は神々しさより禍々しさを見るものに感じさせる。
それは、何故か。
「―"殲滅開始"―」
金属音が偶々そういう風に聞こえた、そうとしか表現の仕様がない音がソレの口から紡がれた。
かの姿は"天使"であるが、かの者は偽り無き"悪魔"である。

「……は?」
シュペールは唖然と"天使"を見た。
"天使"――ソレの大きく円を描くように展開された翼の周囲には、
一メートル以上は有る巨大な鋼の弾頭が軽く百は存在していた。
「――え、ちょっと待てよ……」
まさか、あれ全てを自分目掛けて撃つのかと予想し――
事実は予想は更に上回る。
紫煙を吐き出し、轟音と共に弾頭は全方位に無作為に発射された。
瞬間的に音速に達した弾頭はその衝撃波で陣地を抉る、牢獄跡地を削り取る、森の木々をなぎ倒し炎上させる。
そして、爆発した弾頭から大量の液体が飛散、それを受けた布が建材が、樹が、草が、岩が――何一つの例外無く白煙を上げて溶け去った。
「……強酸かよ。ま、何はともあれ、助かったかな」
しかし、シュペールの場所までは弾頭は飛んでこなかったと軽く安堵の息を吐き、
次の瞬間、戦慄した。

"天使"の翼には更に百――いや、それを更に越えて二百、三百もの弾頭が展開され、
その全てが狙いもろくに定めず全方位に無作為に発射された。
「……いや、無理」
弾頭の一つが偶々自分の方向へ真っ直ぐ飛んでくるのを目視した瞬間、
シュペールの身体は隠れていた樹ごと衝撃波で吹き飛び、次の瞬間撒き散らされた強酸で骨も残さず溶け去った。

「……」
しかし、遥か遠くのそんなことに気付いたのか気付かなかったのか、"天使"はその彫刻としか言い様の無い硬質な顔を動かすこともなく、
更に第三陣の弾頭を展開した。
即座、発射される第三陣はまた周囲を破壊し尽くすが、やはり"天使"の表情は動かず第四陣を展開。
更に発射、そして第五陣、第六陣――何百発、何千発と撃ち出された弾頭は島内を荒れ狂い、万事一切の区別無く数時間に渡って蹂躙し尽くした。


脱獄事件当日深夜
"天使"の爆撃によって撒き散らされた強酸で未だ所々白煙が上がっている島の中。
そして、東側に唯一存在している港に動きが見えた。
破壊され溶かされ、どうがんばっても再生は不可能だろう船の残骸が浮くそこに、宵闇においても尚"暗い"と思えるような黒色の潜水艦が接舷した。
酸びたしになっており、一歩足を踏み出すだけで靴はおろか脚まで溶けてしまいそうなそこに、潜水艦からタラップが下ろされる。
そして、タラップに続く扉が開かれる。
現れたのは、寒色系の中国服を纏い、左腕全体を白い包帯で固く縛った男。
彼の襟に輝くのは白銀の書と剣を合わせたような襟章、そう彼もまたオリンピュア軍大将の一人。
彼の名は第七師団所属、"瑕疵無辺"荊子牙(ジン・ツーヤー)だった。
「ソーニャの奴、派手にやったな」
白煙の立ち上る島内を見て、彼は冷笑する。
「これでは全員の上陸は不可能だ。取り敢えず俺と数人が第一陣として先行して状況の確認に向かう。残りは機材の搬入と中和剤の準備。完了次第湾内の中和作業と、先遣隊の船を使用可能にしておけ。後は待機」
命令と言うには小さい、呟きのような声であったし、ドアから伺える彼の背後には誰の姿も見えない。しかし、
「「ヤーボール」」
暗い、闇のような斉唱が艦内から聞こえた、
「大将。誰を連れていかれますか?」
続いて丁寧な声とともに、荊の背後に黒装束に黒い覆面で顔を隠した忍者のような人影が現れた。
「残留部隊の指揮はスォン中将。お前に任せる」
黒装束が僅かに会釈した。
「先行するには取り敢えずここを踏破する必要があるか」
軽く右手で二三度軽くこめかみを叩く。
「ボウ少将、クー中佐、バオ大尉、シェン少尉。ついてこい」
それだけ言ってタラップを降り始める。
「大将。なんで私も行くの?哨戒だけなら私邪魔じゃない?」
いつの間にかタラップの手摺、それも一番下であり、立っていた荊を追い抜かなくては到達し得ない位置に先程荊の背後に現れたのと殆んど同じ黒一色の人影、ただし声は明らかに女性のそれだった。
「一応だ。医者がいるような用事が有るかもしれないからな」
ぶっきらぼうに言って、荊は更にタラップを降りる。
「ついでに、私どうがんばってもここ踏破出来ないんだけど、まさかお姫様抱っこでもしてくれる?」
人影は更に笑う。
荊は嘲るような露骨な冷笑を返す。
「細切れになりたいなら止めないがな――バオ」
「……は」
野太い声を出したのは、既にタラップの下に降りていた黒一色の人影――ただし、二メートル超過の明らかな巨人。
彼の足の軍靴は酸によって既に溶けて、巌のような足を晒していた。
当然、その足も酸で溶けるのだが見た目上は何の以上も見えない――そう、溶けるのと完全な同速度で再生しているから。
「クーを運べ」
「……分かりました」
巨人が微かに頭を動かすと、
「じゃ、よろしく」
女性が手摺を蹴って飛び上がり巨人の右肩に器用に座って見せる。
そうこうしている内に荊はタラップの最下段、酸に侵され初め徐々に溶けているそこから、酸に満たされた地面へと足を下ろす。
と、その瞬間、彼が足を下ろす部分の酸だけが、まるで無数の剣に切り裂かれたように吹き飛び、結果として彼は安全に足を下ろした。
その後も、彼の足の動きに合わせて彼の足下の酸が吹き飛んでいき、まるで酸など関係無いと言わんばかりに無造作に足を進める。
その背後に肩に女性をのせた巨人も続く。
三つの人影は酸に満ちた地獄の大地を悠然と歩き続ける。

「……これだけぶちかまして、後始末はどうするつもりなんでしょうね」
そんな声を発したのは、いつの間にか荊の背後にピタリと貼り付くように立っていた三人目の黒装束。
「それを考えるのは俺の仕事じゃないな。後、鬱陶しい、離れろ」
大した感情も見せず、背後の彼を振り返ること無く蹴り飛ばす。
黒装束の姿は酸の大地に落ちそうになったが、
「……危ないですね。まだ大将には成りたくないのですが」
しかし黒装束の姿は荊より数メートルばかり後ろにいた巨人の空いていた左肩に立っていた。
「……ボウ少将。失礼だが、流石に自分で歩いていただけないだろうか」
巨人がやや困ったように口を開き、
「そですな。自分の事はご自分でっ」
いつの間に現れたのか、空高くに浮かぶ鉄棒に腰掛ける黒装束――しかし、彼の顔は覆面に隠されてはおらず、短く刈り揃えられた黒髪と何処か穏和そうな表情、しかしそれを台無しにするような顔を額から顎まで縦断する斬線を見せつけている。
「君達は、上官に対する礼儀がなってませんよ」
言いつつ黒装束は巨人の肩からヒョイと降り、当然のように空中に足をつけた。
と、荊が上空の男を見た。
「シェン。覆面をつけろ」
しかし、彼は鉄棒に腰掛けたままクルクルと回りながら笑う。
「いじゃないですか。今は"赤死軍"としてじゃなくて第七師団としての活動なんですしっ」
「……ふん。まあ良いだろう」
荊はそれ以上言い争う気は無かったようで、口を閉じた。
「あ、じゃあ外していいですかー?」
「……好きにしろ。今だけなら許可してやる」
女性の言葉にめんどくさそうに手をヒラヒラさせる荊。
わーいとか言いつつ女性が覆面を外す。
同時、彼女の軽くロールした黒い長髪が腰まで降り黒装束の下でも明らかな凹凸が現れ、彼女の顔――色様々な統一性の無いタトゥーに覆い尽くされた顔が露になった。
「よーし、バオのも外してあげよう」
「……いや吾は……」
返事も待たず、女性は巨人の覆面を外す。
すると、彼の巌のような頑強な顔が露になり、
同時彼の体が上下左右更に一・五倍近く膨れ上がった。
「なら、折角ですし、外しますかね」
最後に空中を歩く男が覆面を外す。
現れたのは軟弱者染みた普通の範疇内に入るだろう中年男性の顔。
しかし、彼が覆面を外すと同時、彼の左腕が直立しているにも関わらず足より更に長く伸びていた。
これが、第七師団大将 荊子牙の率いる通称"赤死軍"、それは実力第一のオリンピュア軍においてもなお、実力に関係無く忌避される異常にして異形たる異端の集団だった。

一行は、酸の大地を踏破し、牢獄前の広場――先遣隊の陣地が展開されていたはずのそこに辿り着く。
「ロリの御嬢さん見つけましたよっ」
鉄棒に腰掛ける男が声を上げる。
彼が見る先、何故か一点だけ酸が取り払われているソコにソーニャ=バルダムフォンが、白い裸体を晒して地面に横たわっていた。
「……ふん」
荊は鼻を鳴らし左手に巻かれた包帯を微かにずらす。
瞬間、周囲一帯の酸が一斉に切り裂かれ取り払われた。
「クー」
「はいはい」
荊が声をかけると同時、女性が巨人の肩から音もなく酸の取り払われた地面に降り立ち、動かないソーニャの傍らに立つ。
そして、身を屈めてソーニャの裸体を検分する。
「……うーん。去年からバストサイズ変わってないね。お気の毒に」
「あっそ」
勿体ぶってろくでもないことを言う女性に雑な返事をしつつ、荊は周囲を見渡す。
「……カウン中将、発見」
探していたのは、酸の大地においても未だ輪郭を保っている"岩石"――カウン=ティンリィ。
ただし、彼の下部――足は酸によって削れており、腕は半分溶け落ち、頭部も軽く爛れていた。
「……これなら生きているか。悪運の強い奴だ」
冷ややかに苦笑し、未だ微動だにしない彼に歩み寄る。
「大将。ヴォグン少将の結界が牢獄敷地内に展開されているのを確認しました。接触はしていませんが、あの規模ならば看守と大部分の兵は存命でしょう。ああ、特殊独房も残ってました」
そんな彼の背後に左手が異様に長い男が現れ告げる。
「――そうか、なら、ヴォグン少将と接触し生存者を確認しろ――覆面をつけてな」
「ヤーボール」
微かに笑い、彼は覆面を被ると風に吹かれたようにかき消えた。
そして、荊は右手でカウンをコツコツと叩く。
それは、モールス信号。外部からの干渉を殆んど絶った彼にはこの程度でしかコンタクトが出来ないのだった。
伝える内容は、
――こちら、救援に来た荊子牙率いる第七師団第三分隊。"天使"暴走は終了――
すると、暫くして術が解ける。
半分爛れた顔面――しかし、強い力を持った眼光でカウンは目の前に立つ荊を見上げる。
「どうした?俺が救援に来たのが何か不満か?」
荊はそんな彼を見下ろして嘲るように笑う。
「……復帰したのか、荊大将」
何故か仇敵でも見るようにしつつ、カウンは唸る。
「まあ。あまり潰れている訳にも行かないからな」
カウンの敵意など欠片も気にしていないように飄々と嘯く。
「で、今回ソーニャはどうして"死んだ"?全く、アティンがいないとはいえとんだ失態じゃないか」
荊の言葉にカウンは顔をしかめる。
「超超遠距離からの結界貫通型の狙撃――あれに対応できるのはアティン少将のみだな」
荊が理解したように頷く。
「ふん。陣地と大将用の幕舎の結界を貫通か。設営が不充分だったな」
「……罰は甘んじて受けよう」
苦々しいカウンの言葉に荊は冷えた薄笑いを浮かべた。
「"罰"?イェンの肝煎りの言葉とは思えないな。それよりも後始末をどうするかのほうが重要だろう?」
図星か、カウンは微かに唸り、沈黙した。
「さて、でクー。聖女の容態は?」
沈黙したカウンを捨て置いてソーニャを見る。
「傷一つ有りません!憎たらしいほど若々しく健康体で、肌もピチピチで……ああ、年取らないって良いなぁ……」
「分かった。もう黙れ。おい、シェン。お前の服寄越せ」
愚痴入りかけた女を黙らせ、周囲をフラフラと飛び回っていた鉄棒の男に命ずる。
「え、何でですっ?」
「ソーニャにかけてやれ。流石にこのままじゃ気の毒だろ」
男は荊の言葉にお優しいことでと聞こえるように陰口を叩きつつも自身の黒装束を脱ぎ、そのまま空からソーニャ目掛けて落とす。
そして男の上着はいつの間に纏ったのか黒い軍服に変わっている。
「……」
荊は無言のままソーニャを見下ろす。
傷一つなく綺麗すぎるほど純粋な表情と、安らかな寝息を立てる彼女はしかし、第七師団――いや"軍"が抱える文字通り最悪の"爆弾"。
そんな彼女が大将に任命されたのは前線に出さないことで少しでも死亡の可能性を減らすため、そして彼女が第七師団に在籍しているのは
――"天使"が暴走したとき、ソーニャ=バルダムフォンごと殺すため――
彼女の一切を無視し、時が来たら無慈悲に躊躇無く殺す。
それだけの事が出来るのが"最凶"と皮肉られる第七師団。
そして、その時が来たとき恐らく"処理"するのは荊子牙だろう。
「……」
しかし、彼のソーニャを見つめる瞳には真実何の感情も浮かんでいなかった。

 了
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