奏者の宣告

「では、行って参ります」
「はい、よろしくねー」

赤月の電話から約二時間後。
王族護衛官サジェル=ダータネルスはエリオット=ワンダーを討伐するために出撃した。

「本当にあいつ一人に任せて大丈夫なのか?アカツキの言葉が正しければ敵は概念所有者。サジェルの専門じゃないだろ」
「大丈夫よー。あの娘は"護衛官最強"なんだから」
「そもそもソコが疑問なんだけどな――確かに生き残った中でアイツは強い方だったが、ハーレクインやらクレメンスとかもいただろ?」
「私の肝煎りじゃないと配下に置けないじゃないー」
「……あっそ」
「それに、あの娘は強くなる目的がある。ああいうのは本当に強くなる可能性があるよね。ここら辺は君にも通じると思うけどねー。チャルコーシュ卿?」
「かもな。……まあ、俺はもう帰る。用があればベレンに働かせろ」
「はいはい。じゃ、お休みー」

曲がりくねった山道を行く車が一台。そして、その車内には一組の男女がいた。

――久し振りのイギリスだけど、あんまり変わってないよねぇ――
「久し振りと言っても、まだ半年よ?」
――その時は一週間といなかったからさ。あんまり印象に残ってないんだよね――
「まあ、確かにコンサートだけだとあんまり自由時間が無いしね」
――それなのに、たまのオフでこんな山奥まで来ることになるとはね――
「お師匠さまの偏屈ぶりにも困ったものよね」
二人は談笑していたが、ふと運転手――女性の方がブレーキを踏んだ。
路肩に停車する車。
女性の表情には、談笑していたときの笑みなど微塵も存在せず、厳しい表情でシートベルトを外す。
――どうかした?――
助手席の男性――薄い灰色の瞳に金髪の青年は穏やかな微笑みを浮かべている。
「……ごめんなさい。何か来るわ」
女性はその栗色の長髪をゴムでくくりつつ、固い声で告げた。
しかし、車の外は月もない暗闇に包まれており、車のエンジンを切っても何の音も聞こえない。
――逃げられない?――
「無理ね。車より移動速度が速いわ――それにどうやら、見境無しみたいだし」
女性は懐から慣れた手つきでベレッタを取り出し、安全装置を外す。
――僕の助けはいる?――
「これは私の仕事よ」
きっぱりと断定し、彼女はドアを開け、暗闇へと足を踏み出した。
――よろしく――

女性は一寸先も見えないような暗闇をしかし、見えているような確かな足取りで歩みを進め、道の中央に立つ。
と、遠くから凄まじい早さで何かが近づいてくるような音が聞こえてくる。
「――行くわよ」
自らに言い聞かせるような宣言と共に、女性はベレッタを両手で構える。

――ダン!
道路を揺るがすような音が響き、数メートル先に何かが落ちたような砂埃があがる。
その時を測っていたかのようにまったく同時に女性は引き金を引いた。

―Slash Bullet―

瞬時そんな"音"が響き、
「――ちっ」
女性は舌打ちする。
「……キル、キル、キル、キル――」
やがて砂埃の向こう側から現れたのは譫言をぶつぶつと呟く男――エリオット=ワンダーだったが、女性がそんなことを知るわけもない。
女性が視認したのは彼の右腕が大剣のように変質しており、彼の周囲を守護するかのように飛び回る八本の白い細剣が存在していることのみだった。
「交渉は無意味みたいね……憑かれてるわ」
しかし、女性はろくに相手の姿すら見えないにも関わらず適切に相手の精神状態を把握していた。
「――キル!」
一際大きな叫びと共に、エリオットは大剣と化した右手をタクトのごとく振るう。
それに応じて命有るように四方から女性に襲いかかる八本の細剣。
その全てをしかし、女性は分かりきっているかのように最低限の動きでかわしていく。
そして、避けつつもカウンターで銃弾を放つが、それは彼の右腕の大剣に切り裂かれる。

―Wind Slash―
右腕が数度閃くと、その軌跡に合わせて白い光が現れ、女性に襲いかかる。
「っ!」
細剣に加えて光線、そのあまりの数の多さに逃げ道は最早なく、光線の一本が女性の腹部をかすめた。
「――っ!」
身を焼かれる痛みに顔をしかめ、
「ガッ!」
何故かエリオットも苦悶の声を上げた。
その隙に、女性は顔をしかめつつもベレッタを放つ。
しかし、エリオットの右腕はまるでソレ自体が生きているように蠢き、銃弾を弾く。
「――オートガードかしら」
恐らく、彼の右腕は近づいたものは無差別に切り裂くのだろう。
「ベレッタ一丁じゃ不足ね……」
明らかな不利を知りつつもしかし、彼女は退かない。
襲い来る細剣と光線をギリギリでかわし続け、最善のタイミングで――しかし事実無意味な反撃を続ける。
そんな攻防――いや、エリオットの一方的な攻撃が数分続き、
「来たわね」
女性が呟いた。
瞬間、
――ドガガガガガッ!――
エリオットを薙ぎ払うように銃弾が正しく雨のように降り注いだ。
「そこの人、逃げなさい!」
天上から女性の声が響き、見上げる。
そこには、大きな数枚のウィングを背負い、両手に人が振るうには到底不釣り合いなほど巨大なガトリングガンを構えた――メイドがいた。
「……えー」
女性はメイド服の女性、つまりサジェルの異様を見て絶句。
いや実際、夜空に翼を持って両腕にガトリングガンを持ったメイド服の女性がいるってのは中々に破壊力がある。
「――キル!」
と、叫びと共に巻き上がった砂塵で汚れた、しかしそれのみでかすり傷も負っていないエリオットの姿が現れる。
そして、八本の細剣、そして光線が空のサジェル目掛けて放たれた。
サジェルの背中のバーニアが火を吹き、急旋回を繰り返して直線軌道の光線を掻い潜り、尚も追いすがる細剣を両手のガトリングガンの連射で破壊する。
「――キル!」
エリオットの右腕が光輝き、彼の周囲に無数の白い大剣が現れた。
「――ガアアッ!」
大剣が一斉にサジェルに襲いかかる。
再び、サジェルはガトリングガンで大剣を破壊しようとしたが、

―Slash Bullet―

そんな音と共に、大剣が弾かれたように動き、襲いかかる大量の銃弾を切り裂く。
大剣は襲いかかる銃弾を切り裂きつつも徐々にサジェルに接近していく。
「――"アイギス"!」
サジェルの声と共に彼女の背後のバックパックから二本のアームが伸び、プラズマのシールドが造られる。
シールドに先行する数本の大剣は弾かれる。

―Slash Electricity―

しかし、後続の数本がプラズマを切り裂いた。
「――ちっ!」
バックパックのバーニアが火を吹き、急旋回して襲いかかる大剣を避ける。
しかし、追尾した一本がサジェルのウィングの一枚を切り裂いた。
サジェルは空中でバランスを崩し、躊躇無くウィングのバックパックを脱却する。
大剣は空に残されたウィングに襲いかかる。
瞬時、ウィングのバックパックが爆発し、大剣を破壊した。
その間にサジェルは音もなく着地。ガトリングを放棄して、膨らんでいるスカートの下から象狩りにでも用いるような両手持ちの長大なライフルを取り出した。
「――キル!」
ブンとエリオットの右腕が振られると、無数の白い大剣が現れ一斉にサジェルに襲いかかる。
「"アキレス"!」
ガチャンと、彼女の安全靴にタイヤが現れた。
まるでローラースケートのようにタイヤが高速で回転し、サジェルは道路を風のように走る。
そして、止まること無くサジェルは避け続け、それでもなお手のライフルの照準をエリオットに合わせ、発射する。
当然、エリオットの右腕が閃き、弾丸を切り裂くが――
エリオットの左肩に大穴が空いた。
「――ガ?」
エリオットが疑問の声を上げる。
その間にもサジェルは高速移動で大剣を避けつつも正確無比な射撃でエリオットに穴を開けていく。
当然、エリオットの右腕の大剣によるオートガードは働いているが、それでもサジェルの銃弾は彼を抉る。
その秘密は簡単。二点バースト――同時に二発の弾丸を発射しているがゆえである。
オートガードは先行する弾丸を切り裂くが、しかし後続する弾丸は先行する弾丸を切り裂くまで感知できず、結果的に右腕の大剣の対応が間に合わず命中する。
そんな風に、身体に無数の穴が開き常人ならば遠い昔に死んでいてもおかしくないほどの負傷――しかし、エリオットは倒れない。
「――キル!」
ズン!とエリオットの右腕の大剣が地面に突き刺さる。
と、地面から十メートル近い大剣が幾つも生えた。
「ラアッ!」
大剣が、道を切り裂きつつサジェルに襲いかかる。
「――っ!」
さすがのサジェルも巨大すぎる大剣に驚愕する。
が、即座に長大なライフルを放棄、大剣の群の針の穴のような隙間に滑り込み、かすり傷のみで回避。
しかし、それを待ち構えていた白い光線が、サジェルの脇腹を抉った。
「痛っ!」
サジェルの顔が歪み、サジェルは倒れた。
しかしその間に目標を外した大剣の群れは、そのまま直進を続ける。
それまで逃げるタイミングを窺っていた女性にも大剣は襲いかかり、女性は慌てて横っ飛びに路外に逃れ――
「――ニコラ!」
しかし、彼女が車内に残した青年は逃れていない。
そんな車にも大剣は襲いかかり――

―"八十八の宣告"―

そんな音が宵闇に響く。
瞬間、大剣の群れが一つ残らず消滅した。
「――え?」
苦悶に顔を歪めつつ、サジェルは疑問の声を上げ、エリオットも血走った目を見開く。
一刹那の沈黙の後、
ガチャリと助手席のドアが開く。
現れたのは、白杖を持った青年――彼は、やや危なっかしい足取りで路上に降り立つ。
そして、夜にも関わらず彼は黒いサングラスをかける。
そんな彼の周囲には、指よりやや長いぐらいの白と黒の直方体が無作為に何十本も浮かび上がっていた。
彼は、スッと杖を持っていない左手を上げ、
彼の左手を女性の両手が自然に握り締めた。


―さあ、行こうか―
女性の握り締めた手から、青年の"言葉"が伝わる。
―ええ―

「逃げなさい!」
「キル!」
サジェルの悲鳴と、エリオットの叫びが同時に響く。
そして、エリオットの右腕が閃き、無数の細剣が放たれた。

二人はしかし、恐れること無く、迷い無く一歩踏み出す。
――キィン――
そんなピアノにも似た幾つかの澄んだ音が響くと、白の直方体が音と同数消え――
青年の背後にエリオットの放ったのと全く同じ細剣が現れた。
エリオットの細剣と青年の造り出した細剣がお互いの中点で交錯し、お互いを切り裂いて対消滅する。
「――キル!」
エリオットの右腕が閃き、次は白の光線が何本も撃ち出された。
――キィン――
先ほどとはやや音色の異なる音が幾つか響き、今度は黒の直方体が消える。
同時、光線が全て消滅した。
「……なっ!」
サジェルは目の前で繰り広げられる光景に絶句し、そんなサジェルを女性は下らなそうに一瞥をくれる。
「邪魔よ、下がってなさい。サジェル=ダータネルス」
――え?
なぜ自分の名を知っているのかと疑問に思ったが、それきり女性はサジェルを見ず、青年と共に歩みを進める。
「キル!キル!キル!キル!」
無数の剣が現れ、青年に襲いかかるが、その度に音が響き全く同じ剣が現れお互いを対消滅するか、もしくは何の痕跡も残さず消滅する。
そして、二人は狂乱するエリオットに近付く。
「キル!」
エリオットはついに自らの右腕――大剣を振り被り、直式に二人を切り裂かんとする。

―分かったわ―
―ありがとう―
青年の手が、杖を離し周囲に浮いていた黒い直方体の一本を掴み取る。
――キィン――
音が響き黒い直方体は形を変える。
それは黒金一色の鈍い輝きを持つ手のひら大の短剣。
それでエリオットの大剣に挑む。
二つの剣は交錯し、

――パリン
白銀の大剣は硝子のように砕け散った。
「……え?」
彼は全身から血を吹き出しつつ気絶した。

―じゃあ、帰ろうか―
―ええ―
倒れ伏したエリオットを見ることもせず、二人はそのまま踵を返す。
「待ちなさい!」
そのまま退場しようとしていた二人を軽く応急処置をすませたサジェルが呼び止める。
女性は鬱陶しそうに振り返り、青年は口許に柔らかな笑みを浮かべた。
「何?――あ、そっちの人はまだ死んでないから救急車でも呼びなさいよ」
そんなことはどうでもいい!
「あなた達は何者ですか!答えなさい!」
女性は顔をしかめ、しかし青年が軽く首を縦に振ると苦笑した。
「……仕方無いわね。
彼の名はニコラス=レクール、私の名はティナ=マルティーアよ」
それだけ言って、二人は車内に乗り込み、何でもなかったかのように車は去っていった。
「……」
サジェルはしばらく呆然としていたが、やがて携帯電話を取り出す。
『あ、終わったー?』
「はい、終わりました。が――申し訳ありません、他者に介入され宝具は破壊されました」
倒れ伏すエリオットの右腕は傷一つ無い普通人のそれへと戻っていた。
『……へえ。一体誰が介入したのー?』
やや怪訝そうな調子をこめたセシリアにサジェルは答えなければならない。
「……"ニコラス=レクール"と名乗られました」
『……へえ。まあ、詳しい話は帰ってから教えてよ。取り敢えず"清掃係"を派遣するから帰還してねー』
「はい。後、すみませんがエリオット=ワンダーはまだ生きています」
そうエリオットは虫の息だが、今すぐ治療を始めれば助からなくもない。
『あ、殺して』
「はい」
――タン!
即座サジェルの手に握られていた拳銃が火を吹き、エリオットの頭を吹き飛ばした。


「……"ニコラス=レクール"ね」
セシリアは私室でパソコンを開いており、
「"二重苦の天才ピアニスト現る!"。そうだね、いつか招待状が来てたかなー行けなかったけど」
とある辞書サイトにてピアニスト"ニコラス=レクール"の紹介ページを見ていた。
「イギリス――コーンウォール出身。今年二十三歳。九年前のウィーン音楽祭でウィーンフィルと共演してデビュー……当時は十四歳だよね、凄いなぁ。
生まれつき弱視、またエポックの最中に戦禍に巻き込まれ言葉を失う――ね。」
一般のサイトであるから当然と言えば当然であるが――経歴を見た限り、魔術師か魔族であるとは思えない。つまり、
「……"魔法使い"ね」
セシリアは面白い玩具を見つけたと言わんばかりに瞳を輝かせていた。
最終更新:2010年06月06日 22:00
ツールボックス

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