螺旋と黒白


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―哄笑が部屋の中に響いている。何かに捻り取られたような肉片が散らばっているその中で。笑っているのは、その部屋で唯一息をしている存在。それはただ立ち尽くして、楽しくてしょうがない、とでも言うかの様に、ただひたすら、笑っていた。
「さて、ゲームの始まりだ。」
その存在はそう言って、尚も笑い続けていた―

日本の何処かで男女会わせて18人分の肉片がある一軒家の中で発見された。彼等の身分とか、発見された状況とか場所とか何かは正直どうでもいい。重要なのはただ一つ、彼等の身体は生きたまま、まるで"捻り切られた"ように解体されたという事のみである―

島根県出雲、そこには世界最高の魔術師一族である白心の屋敷がある。で、その家の中の和室に今、4人の男がいた。
一人は真っ白い肌にまるで死装束のような白い和服を着たまだ少年と言ってもおかしくは無い美しい男。
彼の名は現在の白心家総代にして、現在最強の魔術師である"真っ白な黒"白心司(はくしん つかさ)。現在19歳。
もう一人は金髪に白い肌を持った30代ぐらいの西洋系の男。男の目は真っ黒い大きなサングラスで隠されており、その瞳を伺う事は出来ない。
男の名は"真理の瞳"ジュアン・ペルキアス 異能犯罪者のうち、"生死問わず"と認定された、I級犯罪異能者を狩るのが専門であり、オリンピュア最強の機関とも噂される特級異端調査局の局長である。
残り二人はどちらも純粋な日本人で、内一人はかなり長い手足を持ち、どこか危なげな光を目に浮かべている長身の男。名を金宮鋏(かなみや はさみ)といい、最後一人は対象的に小柄な体格、しかし、その指はまるで木の枝のように長く、細かった。彼の名を木宮枝条(もくみや しじょう)という。
ジュアンと金宮・木宮は各々、自身の勢力から"ある存在"を追うように言われており、そして、彼等は各々の理由を持って白心家を訪問した―というのが今の状況である。
「さて、手前等が追ってんのは"スパイラル"だったな」
誰も何も言わないのにも関わらず、司は自信たっぷりに断言する。
「そういう事だ―どうやらそちらの天皇も追っているようだな。」
ジュアンは、そう言って木宮、金宮の方を向く。
現在、日本の裏側は天皇を主とした、七宮(日・月・木・火・土・金・水)とその属家にほぼ牛耳られており、鋏、枝条の二人はその中でも異能専門の始末屋として知られている。
「あーまあなー」
鋏が面倒そうに返事をして、ぐたっと高価そうな畳に倒れ込む。
「一応聞いてやるが、お前等何でここに来た?―ジュアンはオリンピュアから協力要請が来たから分かるがお前等まで助けを求めている訳では無いだろう?」
―だったら違う意味で面白いが。とか言いつつ、司はニヤリと笑う。
「いやいや、単純な事を聞きに来ただけですよ。」
枝条はそう言って、その長い指でピン!と煙草を弾き、口でくわえる。
「あの事件―そちらが"スパイラル"の仕業と言っているそれ―の犯人ってあなたじゃないんですか?」
司を真っ直ぐに見て、枝条は軽く笑いかける。
「正直、"スパイラル"とか言う詳細不明の奴より、白心の仕業と考えた方がよっぽど簡単なんですがねー」
枝条は軽くケタケタと笑いつつも目だけはしっかりと司を見据えている。
しばらく沈黙―やがて、司はゆっくりと笑い出す。
「成る程!俺がスパイラルだったのか―」
そして、司は誰にも聞こえないように小さく呟く。
「あながち嘘とも言えないんだなあ―ふう」
その後、司は枝条を見て言う。
「んな訳無いだろう?何で俺がんな詰まらん事しなきゃいけないんだ?おいおい。」
クックッと笑って見せるが、その笑みはほんの微かに歪んでいた。
「ま、これは半分ぐらい冗談なんですがねー本題は伝言です。我らが皇曰く、"スパイラルが初めて確認されたのは、9年前の香港です。"だそうですよ。―まあ、意味は解りませんが、どういう意味です?」
枝条が暢気に尋ねるが、司は軽く笑って、
「さあて、な」
と普通通り、返しただけであった。
―ジュアンがこっそり苦笑しているのは気にしない。
「そうか、あいつも知ってやがったか―」
ハァ―と大きく溜め息を吐いた。
と其処で、部屋の障子ががらっと開かれ、コップを載せたお盆を両手に持って、金髪、碧眼、白っぽいヒラヒラの服を着たまるで童話の世界から抜け出てきたような無邪気そうな表情を浮かべた少女が入ってきた。少女の名は白心メアリ(旧姓マーティン)去年、あのエポック(天使対悪魔対人間)の時に司に惚れてしまい、そのまま無理矢理司と結婚してしまったという素晴らしい少女で恐らく現在司が最も怖れている人である―
「ツカサ!コーヒー持ってきたよー」
甲高い声でそう言って、メアリは四人の前にコップを置く。
「あ、どーも。」
鋏はそう言ってコップの中を覗き込み、そのまま硬直。
それを見て、司はコップの中を一瞥する。そして心底疲れた調子で一言。
「何でこのコーヒー沸騰してるんだ?」
コップの中身はグツグツと煮えたぎる謎の黒い液体が溢れんばかりに注がれている。
「あれ?ホットが好きとか言ってなかったっけ?」
メアリが可愛らしく首を傾げる―しかし、これがヒトの飲み物だと思う奴は皆無だろう。
「あ、いやあの"熔岩"ならそうでも無いか。」
しかし、白心司はいくら最強の魔術師と言っても肉体的は一応ただのヒトである。
「…」
しかし、司は何も言えない。いや、だって滅茶苦茶いい笑顔でこっち見てるんですよ?飲まないなんて言ったらどんな目に遭うのか―想像したくない。
緊張が和室を覆い尽くす―と、司は焦った様に手を叩いた。
「さて、話は終わりだな!それじゃジュアン行くか!」
それだけ言って、司はジュアンを引き摺り、メアリの方を見ないようにしつつ、和室から凄い早さで出ていこうとする―
ガシッ!司の体がメアリの隣に顕れた司と同じぐらいの大きさの熊のぬいぐるみに押さえ込まれた。
「飲まないの?」
顔は笑ってますが声に怒りが感じられますよ?
「あーいや、ほら一瞬一秒を争う重要な仕事だし…」
「じゃあ、早く飲んで」
そう言ってぐいっと目の前に差し出されるコップ。
(ああ、終わった俺の人生―)
襲い掛かる黒い液体を前に、司はただ固まるより他に無かった―
御愁傷様

数時間後、かろうじて生還した司はジュアンと共に家の近くの喫茶店でマトモなコーヒーを飲んでいた。
平和な時を満喫していると、いきなり、ジュアンが手を挙げた―と、次の瞬間、喫茶店のカウベルが鳴り、二人の男が入ってくる。二人は手を挙げているジュアンを認めると、一人が軽く手を挙げ、口を開く。
「ああ、ここに居たか。探したぞ」
口を開いたのは高価な服をだらしなく着崩し、傷んだ赤髪を肩まで伸ばした、澱んだ瞳を持つ頽廃的な30歳位の男。
彼の名は"奇霊"ンノァヘムロツォン。
「言われた通りのデータは持ってきました~」
もう一人はきちっとスーツを着たしかし、全然似合っていない小柄な童顔の青年。彼の片手には古ぼけた黒いトランクが、もう片方の手にはトランクよりは小型の片手持ちの鞄があった。
こっちの名は"武装機詞"ヨアニス・メルヴェール
お気づきのように共に特級異端調査官である。
「おお、それが"スパイラル"の記録か。」
司はそう言いつつ、ヨアニスから小さい方の鞄を受け取りその中から書類の束を取り出す。
「いやぁ、大変だったぜ。全く、エポックのせいで大体のデータが紛失してよーまあ、霧丘が居て良かったが。」
ンノァはカラカラと薄く笑う。
「ふーん。中々面白い。成る程―」
司は真剣な目で何かを考えながら書類を行ったり来たりさせつつ読み続ける。
「何か参考になったか?」
ジュアンが訊ねると彼は書類から顔を動かさないまま答える。
「まあ、な―流石にこれだけでスパイラルの現在位置を特定する事は難しいが、ある程度は検討がつく。序でにこいつの能力も大体は分かった。」
当たり前のように司は言うが、彼の読んでいるのはこれまでの事件の報告書。ただそれだけである。
「アンタの頭ん中ってどうなってんだかね~」
ヨアニスが呆れ八割で言って、司の前に置かれているコーヒーを当たり前のように飲み干す。「うえ、苦~これブラックじやん。全く未成年のくせに粋がっちゃって~」
舌をべーっと出して見せるが、特に誰も相手にしない。

司が書類に向かって十二分後、ンノァが頼んだレモンティーを飲み干し、ヨアニスがオレンジジュースをちびちびストローで啜っていてジュアンがココアの二杯目を飲んでいる時、ようやく司は顔を上げ、ただこれだけ言った。
「Dixi(解き終わった)―」

数分後、司は携帯で"あるヒト"に連絡をとった。
ガチャ―電話を取る音は聞こえたが、それっきり何の声、それどころか気配さえ感じられない。しかし、気にしないまま司は話始める。
「ボイスチェンジャが"呑まれ"てるぞ、秋瀬―ああ、まあ良いさ。仕事の依頼だ。"スパイラル"は知っているな?そいつの詳しいデータを送るから、そいつが今何処に居るのか調べてくれ、出来るだけ急ぎでな。前のメアドは生きてるから其処に送ってくれれば良い。じゃ任せたぞ。」

さて、ここで"スパイラル"の起こした事件を簡単に纏めておこう。
まず、始まりは九年前の香港。
九月の暑い日の話。あるビルの中から轟音がした、と警察へ通報があった所から始まる。
そのビルは当時人身売買組織のアジトではないかと疑われており、通報を受けた警察はこれ幸いと本気の部隊を整え、ビルに突入した。
結果は想像の通り。第一陣の三十名は無惨に全滅。遅れて突入した第二陣は第一陣の三十名を加えて約200名ばかりの"捻りきられた"死体を発見しただけだった―
その後、二年間は中国全土で同様の事件が発生。被害者は約400名を数えた。勿論、中国も数人の狩人を派遣したが、そのたびに全滅、オリンピュアからも数人異端調査官が送られたが、彼等も不意を突かれたらしく僅か一週間後には派遣された五人の異端調査官は棺に乗って帰っていった。
尚、蛇足であるが中国当局は当初、そういう殲滅を専門とする魔術血統"燕"家を犯人だと考えていた為、初動捜査が遅れたと考えられる。
その後は世界全土に出現。更に約500人を被害者にプラスして、現在、スパイラルに殺されたのは約1000人を数える。
約、と何度も言っているのは被害者は肉片しか残っていないためである。
勿論、捜査側も出来るだけの手は尽くした。しかし、遺体から記憶なり、なんなりを採ろうとしても全て"捻れ"ており、データは採取不可、世界に出没するようになってからはパスポート等を徹底的に調べたが該当者は無し。目撃者は全て死体

―かくして、正体不明の殺人鬼"スパイラル"は産まれた―

―数日後―
とある駅前通りにあるオープンカフェ。そこのテーブルの一つに三人の男が座っていた。
一人は悠然と椅子に座って、ホットコーヒーをブラックで飲んでいる死装束のような白い和服を着た若い男。勿論、白心司である。彼の椅子の横には針のように細く、先端に十字架がついた白い石製のロッドが立て掛けられている。
もう一人はオレンジジュースをストローで楽しそうに啜っているヨアニス・メリヴェーズ。彼の傍らには古びた黒いトランクが置かれている。
そして最後の一人はココアの入ったカップを持ったまま、サングラス越しに道行く人々を"視て"いるジュアン・ペルキアスである。
「ホントにここに"スパイラル"が来るんですかぁ~」
ダルそうにヨアニスはそう言ってズズッとジュースを啜る。
というのも、ヨアニスとジュアンは今朝いきなり司からの連絡を受け、詳しい説明も無いままここに呼び出されたのである。
「ああ、来るって。間違いない。何せ秋頼のやつが言ったことだからな。」
当たり前の様に司はそう言って、コーヒーを優雅に飲む。彼としては秋頼―秋頼奈津美はそれほど信頼の置ける"情報屋"なのである。
「大体その"アキヨリ"とかいうのが何者なのか知らないんだけどね~」
その言葉にジュアンが答える。
「"幻銀狼"秋頼奈津美―異能に"喰われた"情報屋、だ。今年で二十七歳。国連異能者リストには七年前からⅠ類No.32で登録されている。危険度は最低のD、所属組織は現在まで一切無し―と、まあこんなところか。後、こっちは未確認だがどうやら現在の"NOISE"のメンバーの一人らしい。一応彼女の存在位は知っておいてやれ。いくら―存在が感じられないとは言ってもな。」
その言葉に反応したのはヨアニスではなく、司だった。
「へえ、良く知ってんな。ひょっとしてお前はあいつが見えるのか?」
通りの人々に目を離さないまま、ジュアンは軽くかぶりを振る。
「そんな訳が無いだろうが。私の眼はただの魔術に過ぎん。"門"の異能には到底及ばんよ―精々、"そこに居る"と解る程度だ。」
逆に今度は司が苦笑する。
「それだけでも十分凄いがな?全く―」
そこで軽く溜め息を吐いて見せ、立ち上がる。
「ちょっと行く所が有るから後は任せたぞ。」
それだけ言ってロッドを手にする。
「何処に行くんですか~」
ヨアニスの暢気な言葉で司の顔が強張った。
「向こうのビルで時間限定の化粧品が売られているから買ってこいってメアリが…」
それを言うのが苦痛であるかのように司は、それだけ言ってそさくさと人混みの中に消えた。
「まあ、お気の毒とぐらい言ってあげるべきですかね~」
ヨアニスはそう言って、半ば空になったオレンジジュースを啜る。
「しかし―今更だがここは目立ちすぎるな。」
ジュアンはボソッと呟いたが、そんなもん当たり前である。男が三人揃って座っている(今は二人だが)のも変なら、内二人は完璧な外国人でしかも、実はさっきからずっとヨアニスに合わせてドイツ語で話していれば目立たない方がどうかしているという物である。まあ、座っている三人が各々いい男とかいうのも有ったかもしれないが、まあそれはそれ。
「ま、いいじゃないですか~そっちの方が相手に早く見つけて貰えそうだしね~」
ジュアンの顔の色が少し変わる。
「…気付いていたか。」
それに対し、ヨアニスはやれやれと言うかの様に手を広げる。
「そりゃまあ気付きますってね~貴方、自分を囮にするつもりだったんでしょう?そうでもなきゃこの忙しい時に一々動かないでしょ~」
ケタケタとヨアニスは笑う。
「まあ、な。事実、正体も解らんのを相手にするのはこれが数段簡単だ、私なら攻撃を察知するのは容易いからな。」
「それじゃ、僕は今回は楽させて貰いますかね~って、だったら何であの"幽霊"を待機させてるんです?仕留める気なら無駄じゃないですか~」
ヨアニスの言葉にジュアンは軽く返す。
「まあ、念のためだな。アイツなら殺される事もあるまい。」
「ああ、そうですね~アレなら後から唯一の目撃者になれるでしょうし~」
軽く自分達が死んだ後の事を話し合う―彼等が居るのはそういう世界なのである。
「更に言えば、アイツは尾行に向くからな。まあ、そういう事―!」
そこでジュアンは片手で思い切りヨアニスを突き飛ばす!
グニャリ―次の瞬間、ヨアニスを突き飛ばしたジュアンの手が軽く一回転"捻れ"た。
「来たぞ!」
ジュアンはそれだけ言うと、残った片手でヨアニスの襟を掴んで近くの植え込みに隠れる。
「ンノァ。南西方向から襲撃を受けた。確認に向かえ。」
隠れたまま、ジュアンはポケットから黒い通話機を取りだし、別の位置で待機しているンノァヘムロツォンに連絡する。
『サー、イェッサー』
そんなおどけるような短い声を残して、通話は切れる。
「ああ、トランク~」
置きっぱなしになっているトランクを見て、ヨアニスは泣きそうな声をあげる。
「諦めろ。今の状況、どうせ有っても目隠し代わりにしかならん。大体、お前はこういう市街戦向きではないだろう。」
そこでジュアンは軽く笑う。
「まあ、まだ隠している術が有れば話は別だが?」
意地悪く言ったジュアンにヨアニスは苦笑せざるを得ない。
「はいはい、分かりましたよ~それじゃ、今は少し休ませて頂きま~す」
そこまで言ったとき、ジュアンはゆっくりとサングラスに覆われた眼を攻撃がやってきた方向に向ける。
「やはり、スパイラルは"門"の異能だったようだな。恐らく視線によってその"ねじ曲げる"力を送っているのだろう。」
と、不審な行動をし始めた二人の外国人に勇気ある一人の従業員が近寄ってきた。
「あのーお客様?」
その途端、ジュアンはスパイラルが力を発したのを確かに"視た"。
「この、バカ!」
その言葉と共に、ジュアンの眼がサングラスごしに金色に輝いた!
と、従業員の眼前にヨアニスのトランクが現れ、次の瞬間バキッ!と、二つにトランクは捻り切られた。ドン!と鈍い音を立ててトランクが落ちたが、不思議なことに其処からは何も出てこなかった。
「ああ…」
「ひぃっ!」
上、ヨアニスの悲哀に満ちた声。下、従業員の情けない悲鳴。と、この段階で初めて他の客も異常に気付いたらしく、あちらこちらでどよめきが聞こえる。
「異端調査官の捕り物だ!巻き込まれたく無ければとっとと逃げろ!」
荒々しくジュアンが日本語で言うと、人々は悲鳴と共に一斉に散っていく。
「うう…僕のトランク…」
悲しげにぼやき続けるヨアニス。
「やれやれ、此処まで大袈裟になるとはな…ヨアニス!」
いきなり呼ばれてヨアニスはビクッと体を震わせる。
「何です~もうトランクが壊れたから何も出来ませんよ~?」
魔術師の"悪癖"を思い出して、ジュアンは溜め息を吐いた。
「隠すな、お前は金属ならは何でも良いんだろうが。」
たはは、と気まずそうに笑うヨアニス。魔術師全般の"悪癖"として、ギリギリまで切り札を隠しておきたがるということが上げられる。大体さっき言った事だって、前回の任務でヨアニスと共に行った"嘘吐き"から間接的に聞いたというだけなのである。
「バレてましたか、しかし金属は有りませんよ?」
辺りを見渡すが、植え込みの方に隠れた為、手に届く範囲に有るのは土と植木ぐらいしかない。ジュアンがさっきみたいにモノを移動させてくれるならともかく、きっとそんな無駄な事はしてくれないだろう。
「財布だ。」
ああ、とヨアニスは気付き財布を出して、その中の硬貨をありったけ左手に握る。
「経費で落ちるんでしょうね?」
本当に心配そうに言ったヨアニスの右手には、いつの間にか小さなニードルが握られていた。
カ・カ・カ・カ!とヨアニスの右手のニードルがそれこそ、眼にも止まらぬ早さで左手の硬貨に何かを彫り込んでいる。
その間、ジュアンは眼を攻撃の来た方向に向け、"門"の持ち主を探す。が、誰がそれなのか解らない。
彼の弱点はこういうところにある。ある程度はサングラスで制御しているといっても、"視え"過ぎるのである。しかも人間の認識能力には当然限界がある以上、"視え"ていても認識出来ないモノも出てくる。
よってこのようなモノ探しは逆説的に彼の最も苦手とする所であった。
「ほい出来ました~。一応空をフワフワと飛んで任意で爆発出来るようにしてみましたよ~」
そう言って、ヨアニスは左手の何かの紋様を彫り込んだ硬貨をまとめて放り投げる―と、硬貨は地面には落ちず、フワフワと空中を漂っていった。
これが、"武装機詞"ヨアニス・メルヴェーズの使う魔術"Eisen buch(アイゼン・ブッフ ドイツ語で 鉄の本)"錬金術の応用であり、金属に彫り込んだ紋様によってその金属に様々な属性を付加出来る。
つまり―ヨアニス・メルヴェーズとは万能の金属使いである。
「タイミングはこちらで合図するぞ。」
ジュアンは満足そうに頷いて、体をやや沈ませる。
「早めに終わらせなければな。」
疲れたようにそう呟く。切られこそしなかったものの、彼の左腕は綺麗に一回転しており、使い物にならないばかりか、今も激痛をジュアンに与え続けている。
と、暫くして、ジュアンはヨアニスの放った硬貨の一つが"あるモノ"の上を通ったのを見た。
「何?」
低く疑問の声をあげて、ジュアンは立ち上がり、植え込みの陰から体を出した。
―しかし、無防備なジュアンの体には何の変化も起こらない。
「…逃がしたか。ヨアニス、行くぞ。」
やや、乱暴そうに、ジュアンは歩き始める。
「あ、待ってくださいよ~」
二つのトランクの破片を持ったまま、ヨアニスはジュアンの向かった先、さほど遠くない位置の人のいない路地裏に向かう。

其処には、ンノァヘムロツォンだった数十片の肉体が路地一杯に広がっていた。
「あっちゃ~ドジ踏まれた様ですねえ…いや、計画通りなんですかね?」
目の前に自分達の味方の死体が有るにも関わらず、ヨアニスは暢気に言う。
「さて、な。何にしろこれが起こったのが、此方が二回目の攻撃を受けた直後のようだ、どうやら、逃がしたらしいな。」
そして、ジュアンはついと空を見上げる。
「後はアイツに任せて、こちらは一旦引かせて貰おう。」


「ヒュウ、バレちまった。まあ、いいけどよ。」
あるビルの中のトイレに白心司がいる。彼の見ている鏡には、ンノァヘムロツォンの肉片、そして、それを見ているジュアンとヨアニスを上から見た映像が映っていた。
というのも、そこには司が予めンノァにつけておいた、白い鳥型の"式"が上空から一部始終を現在進行形で見続けているのである。
「さて、これで異端調査官は失敗、か。まだ俺が出るには早いしな…では次の手を打とう。」
ニヤリと怪しく笑って司は携帯を取り出す。
「んーと。どこやったかなー」
山程あるアドレスからある一人を探す。
「ああ、あったあった。」
携帯のディスプレイには、ただ"解体者"という文字だけがあった…

―電話をかけ終えて、司は一人笑う。
「いやぁ、しかし自分の計算が当たっているのを見ると、例え当然とはいえ気分が良いものだな。やはり、スパイラルとはアレだったか。道理で今まで正体不明な訳だ」
上機嫌に笑いつつ、司は一人、語る。
「さて、それでは第二戦。スパイラルのお相手は、鬼のお二人さんだ。どうなるかね?」
可笑しそうに黒白は一人笑い続ける―

―バン!
荒々しく、鋏―金宮鋏は携帯を閉じる。そして、携帯を地面に勢い良く叩きつけ、踏み潰そう―とした所で、流石に思い止まった。
「後で番号変えておこう…」
静かな怒りを秘めて、鋏はゆっくりと携帯を拾った。
「何だった?」
傍らに立っていた枝条―木宮枝条はそこでようやく口を開いた。
「あの白い"化物"からだよ!―何でアイツ俺の番号知ってやがんだ!」
ドン!と苛立ち紛れに近くの電柱を蹴っ飛ばす。―ちょっと傾いたような気がするが気にしない。
「"白い化物"?―ああ、白心司か。で?何の用だって?」
枝条の方は冷静に煙草を一本くわえる。
と、そこで再び鋏の携帯が鳴った。
凄く嫌そうな顔をして、鋏は携帯のディスプレイを見る。と、途端に顔色を変え即座に出る。
「鏡花さん。何か分かりましたか…はあ…ちっ、あの野郎も真実を言ったらしいな。…あ、いやこっちの話です。はい、分かりました、では探索にかかります。」
一礼して、今度は丁寧に通話を切る。
「鏡花さんか、何が判ったと?」
先程、鋏に掛けてきたのは、恐らく金宮家現当主、金宮鏡花だろう。彼女は金宮家の十八番である、情報収集を専門としており、戦闘能力は皆無だがそれを補って余りあるだけの情報収集力と解析力の持ち主だ。
「司の野郎と同じ用件だ、異端調査官がちょっと前に"スパイラル"とぶつかって撤退したとさ。」
それなりにびっくりする内容だったと思うが枝条はただ、口の煙草を器用に上下させてみせただけであった。
「何処で、だ?」
「此処から500mの位置にある駅前のカフェだとよ。」
鋏はそう言ってフン!と鼻を鳴らす。恐らく司に教えられたのが気に食わないらしい。
「成る程、ではやはり金宮の情報網は正しかったらしいな。」
そもそも、この二人。先程のように鏡花から知らされてここに来たのであるから、スパイラルと会うのは予定通りと言える。まあ、先に異端調査官がぶつかったのは以外だったが、結局こちらに機会が巡ってきたので良しとしておこう。
「当たり前だろうが。ウチは手前等のような引きこもりとは違うんだよ。」
誇らしげに鋏が言う。
―それを否定する気は無いが、劣等生のお前に言われたくはない―
よっぽどそう言いそうになった枝条であったが、流石にそれを言わないだけの賢明さはあった。
「俺の仕事はスパイラルの始末だからな。」
自分に言い聞かせるように、枝条は一人呟いた。
「あ?何か言ったか?」
「気にするな、大したことじゃない。」
微妙に息の合わない会話をしつつ、枝条はゆっくりと自身のその長い指を軽く動かす。
「さて、探索を始めるか。」
枝条がそう宣言すると、鋏が口を開いた。
「そういやな、白心の奴が面白い事を言ってたんだよ。」
「―何だ?」
不機嫌な顔をしつつも、枝条は鋏をみやる。
「いや、スパイラルは実は―」…
「成る程。では、それを計算に入れておこう。」
そう言って枝条はビッ!と指を広げる―と、枝条の指が段々短くなっていく。そう、まるで指がほどかれていくかのように―
「一応、三十分だ。それだけ経ったら"起こして"くれ。」
と、枝条は眼を閉じて、まるで寝るかのようにガクンと首を折った。
「りょーかい。」
どうせ聞こえていないから鋏はおざなりに返事をして、枝条の指―厳密にはそこから伸びている蜘蛛の糸のようなそれを見る。これが木宮代々の異能"森掌"力は見た通り自身の腕をまるで木の枝か何かのようにバラし、また自在に編み直す力。―と言っても枝条のそれは目視出来ないほど細い訳だが。
更に言うと、木宮、そして金宮は、日本最大勢力である七宮の一つであり、それぞれ特有の異能を持っている。日宮の日眼、月宮の月眼…まあ、今はその事を覚えておく程度でいい。
やや脱線したが、枝条はその森掌によって自身の指を極小の糸と変え、この辺り半径2~3kmを覆い尽くしている。大抵の人間が触れた事など感じないそれは、枝条の五感の代わりになり様々な情報を収集する。また、そればかりではなく、理屈は解らないが異能者を識別する事すら出来るらしい。
「ま、気長に待つか。」
そう言って、鋏は固まった枝条の隣に腰を下ろした。
……
二十分ほど経った時、枝条がいきなり目を開けた。
「見つけた!―成る程、これまで正体不明だったのはこれが理由か…白心も嘘は吐かないようだな。」
一人、熱っぽく独白する枝条。そんな彼を見てやや退屈し始めていた鋏は目を輝かせる。
「何処だ?」
興奮を抑えるように鋏はゆっくりと立ち上がる。
ピッ、と枝条は短くなった指で北を指差す。
「ここから大体2km先―好都合な事に段々郊外に向かっている。急ぐぞ。」
そう言って、枝条はヒョイと上空―のビルの壁面まで軽く跳ね、そのまま音も立てずビルの壁を蹴って自身が指差した方向にまるで猿のように向かっていく。
「やれやれ、木宮って猿みたいなのな。」
呆れたように、そう呟くと鋏はまるで一陣の風の様に猛スピードで普通に走っていった。
その直後―
「さて、面白くなってきたな。」
そんな声が虚空から幽かに響いたが、それを聴いた者は居なかった


市街地郊外。人が滅多に来そうに無い荒れ果てた自然公園の中、金宮鋏と木宮枝条は遂に"スパイラル"を前にしていた。
「初めまして、初めまして!俺の名は金宮鋏!泣く子も黙る金宮の始末者だ!」
ハイテンションにそこまで言って、鋏は目の前に立つ中国風のやや日本人とは印象の違った顔立ちの―
少女、長い髪を後ろで二つに束ね小綺麗な身だしなみをした、いくら見積もっても十歳前後にしか見えない少女を見る。
「所で言葉は通じるんでしょうね?もし無理なら英語ぐらいは出来ますが?」
枝条が余所向きのどこか見下したような口調で話す。
しかし、少女は無言で力を発す―
「―!」
瞬間、二人の姿が消えた。
慌てて辺りを見渡すと、二人はギリギリ―しかし、余裕を持ってスパイラルの視界から外れる位置に立ち位置を変えていた。
「どうやら、交渉は無意味らしいぜ?」
とても愉しそうな笑みを浮かべて、鋏はポケットから小さなナイフを取り出す。
その小さいナイフを振りかざし―
ズッ!と鋏は自身の左腕を勢い良く切り裂いた!
「―?」
流石にスパイラルも目を丸くする。
と、鋏が自身につけた傷から出た血がまるで命持つかのように、ズズズッと鋏の左手に集まっていく。
これが金宮代々の異能"鋼血"。能力は、体外に出た自身の血を自身に触れている間は自在に操作出来る力。そして、鋼血の硬度は文字通り鋼の如き!
「さあて、往くぜ?」
鋏は自身の左手に出来た、1m近い長さを持つ、真っ赤な大鋏をまるで重さの無いかのように軽々と回す。
「では、任せた。」
鋏が戦闘体勢になった事を確認すると、枝条は猿のような身のこなしで森の奥に姿を隠した。
―と、そこでスパイラルの瞳が紫に変わる!
(おっと、アブね。)
その事を視認すると同時に、鋏は斜め上空に飛び上がり、スパイラルの視界から外れる。
グニャリ!嫌な音を立てて、鋏の背後に立っていた木が捻りとられる。
「よいしょ」
飛んだ勢いのまま、気の抜ける声と共に、鋏は大鋏をスパイラルの頭に叩きつける。
グニャリ―スパイラルがその紫の瞳を向けた途端、大鋏は歪な形に捻れ、スパイラルには当たらない。
「甘いぜ~」
スパイラルの眼前に着地した鋏が呑気な声を出すと同時、歪な形に捻れた彼の大鋏が一瞬でスパイラルにその鋭い先端を向ける形に変化した。
すかさず、大鋏が開かれ、スパイラルの首をまるごと断ち斬ろうとする!
「はい、おしまい。」
遂に大鋏が閉じられようとした瞬間―
「何!」
今度はスパイラルの姿が文字通り、"かき消えた"。
「後ろだ!」
枝条の声がして、鋏は咄嗟に左に跳ぶ!
一瞬遅れで別の木が歪に捻れる。
そのまま、鋏は後退し、咄嗟に近くの木に隠れる。
(ちっ、どうやら空間移動も出来るらしいな。全く難しい。)
そう思いつつも、鋏の顔には深い笑みが浮かんでいる。そう、まるで面白いクイズに挑戦する子供のような。
「ま、思ったより分かりやすい異能だな。」
鋏はそう一人呟く。なんせ、発動する際に目が紫に変わるんじゃあねえ、バレバレじゃん。
と、彼等が知っているのは司からの電話にあったからだが、当然鋏はそんな不名誉なことは忘れている。
「しかし、守りに入られると崩すのは難しい。何せ、見るだけで捻れるんだからな。」
枝条が言うと、鋏は暫くどうしようか考え込むが、十秒ももたず
「ま、援護は任せた。」
それだけ言って、木の陰から飛び出した。
「あのバカ…」
呆れたように枝条が呟くにも関わらず、鋏は何の作戦も持たず単純に突っ込む。
当然、スパイラルがそれを茫然と見逃すはずは無く、スパイラルの目は紫に変わる。
そして、突っ込む鋏を捻ろうとした時、
ガサッ―スパイラルの背後からそんな草が擦れるような音がした。
「―!」
驚いて、咄嗟に振り返るスパイラル。しかし、そこには何もない、ただ木が一本立っているだけだった。
「はい、ただのフェイクでしたあ!」
斬!すかさず振るわれた大鋏が避けようとしたスパイラルの左肩を薙ぐ。
「くっ!」
僅かに怯みつつもスパイラルは無謀に突っ込んできた男を捻ろうとする。が、既に鋏は木々の陰に隠れていた。
尚、さっきの音は枝条が森掌を用いてスパイラルの背後の木を揺らした音である。
「はい、これでダメージ1、ナイスコンビネーションじゃねえの?」
「お前が勝手にやっているだけだろうが…」
呆れたように枝条は呟くが彼自身に攻撃能力が無い以上(細くするあまり硬度が足りないのである)任務を達成するには嫌でも鋏のサポートをするより他に無いのである。
「まあ良い。趣味は良くないがこのまま削りとらせて貰おう。」
枝条の言葉と共に鋏は再び、スパイラルに向かって突撃。
それと共に、枝条は自身の"指"を数本束ね、スパイラルの眼前に叩き込む!当然、元々かなり脆いので例え直撃しても逆に"指"が折れるだろうが、それでもそれを知らないスパイラルには十分な脅威となり、同時に鋏の姿を見えづらくさせる。
そして、スパイラルは飛んでくる"指"を防ごうと力を発する。
「何?」
"指"は全て、スパイラルの左右に曲がった。
「空間操作か!」
恐らく、スパイラルは自分の目の前の空間を曲げたのだろう。
「それがどうかしたかあ!」
鋏は止まらず、そのままスパイラルの傷ついた左側から回り込んで、鋏を振るう!
スパイラルはまだ顔を鋏に向けていない―大鋏が首を狩る方が速い!
遂にスパイラルの首に大鋏が刺さろうと―
グニャリ。
「え?」
鋏は不思議そうに自身の奇妙に捻れた左腕を見る。
「バカ野郎!」
その間にスパイラルは嘲笑しながら、鋏の方にその紫の瞳を向けた。
「くそっ!」
枝条は隠れていた木の上から飛び下りる!
と、即座に鋏の体に"指"が巻き付けられ滑車の原理で、鋏は右足を捻られるだけに止まり、枝条と入れ違いに木の上に上がる。
「やあ、初めまして。私は木宮枝条という―まあ、どうでも良さそうだけどね。」
枝条はさっき鋏を運んだ際、既に半分近くの"指"を失っている。更に元々彼は攻撃専門では無い。よって、今スパイラルの前に立つのは唯、鋏が逃げる時間を稼ぐという意味しか持たない。
「やれやれ。」
こんな良い奴だったかな―と枝条は自嘲した。
そんな彼に容赦無く、スパイラルはその紫の瞳を向ける―
と、暗闇が現れ、スパイラルを覆う。
数秒後、スパイラルを包んでいた闇が消えた時、既に鋏と枝条の姿は消えており―
代わりに真っ白い魔術師が当然のようにロッド片手に立っていた。
「よう、×××。」
その男は流暢な中国語で彼女の昔の名前を呼んだ。
「終わりの時だぜ。」
―魔術師はワラった―

数年前、香港。
"少女"は孤独だった。日々の食事にも困り、衰弱し、ただ死ぬのを待つのみだった時、"少女"の前に一つの手が差しのべられた。
「君、大丈夫?」
手を差し伸べたのは街の工場で働く少年だった。"少女"は少年の差し出したパンを夢うつつのまま受け取り、気が付いたら少年の差し出したパン一斤を丸々食べきっていた。
「あはは、よっぽどお腹が空いていたんだね。」
そう言って、少年はとても明るい微笑みを浮かべた。
―とても陳腐ではあるが、多分"少女"はその時少年に恋をしたのであろう。
もし、そうでなかったら"スパイラル"は産まれなかった筈だから―

枝条と鋏がスパイラルと激突する前。白心司は更に一人の男を呼び出していた。
「で?結局お前は何で俺を呼んだんだ?」
で、その男はそんな不機嫌な言葉を言う。男は小柄に黒い肌をしており、更に忍者にも見えそうな黒い装束を纏っている。
「まあ、簡単に言うと、あの二人を回収して欲しいんですよね。多分あの二人じゃスパイラルには勝てませんよ。」
司は彼にしては丁寧な言葉を使う。それはつまり、この男の実力を認めているという事を表す。
「ふん、まあ、お前が言うならそうなんだろうな。で?何で俺を呼ぶんだ?」
男は冷静に言って、その輝けんばかりの右目で司を睨む。
「おお、怖い怖い。いや、あの二人は多分ほっといたらどっちかが死ぬまでやりますよ。しかし、それだと流石に可哀想だし、大体彼等の使い道はまだまだ有りますからねえ―」
使い道が無くなればこいつは助けないんだろうな―そう思って、男は苦笑する。
「と、言うわけで彼等を頃合いで助けたいんですけど、やっぱ俺が助けたら、例えそれが正しくても怨まれるでしょう?」
其処で司は冷酷な笑みを浮かべる。
「まあ、確かにお前は七宮―というか大抵の勢力から恨まれているからな。」
―性格が悪いんだよテメエは。と男は聞こえるように呟いたが、司は聞かなかったフリをして手にしていた細い石製のロッドをぐるりと回す。
「ま、そういう事で、納得されたのなら行きましょうか。"暗黒の太陽"日宮暗里さん?」
暗里は軽く口を歪める。
「へいへい、ま、ヤバくなるまではお前も手を出すなよ。もし、勝つんであればそれはそれで良し。だろ?お前の本来の目的は"アレ"の回収だもんな。」
司は芝居がかった調子で軽く手を広げただけだった―

で、鋏と枝条の二人は想像通りスパイラルに殺されそうになり、結局、当初の読み通り暗里によって回収された。

そして今―白心司はスパイラルの前に立っている。
「よぉ、初めまして。俺の名は"真っ白な黒"白心司だ。まあ、短い間だが宜しくよ、×××。」
司の正体を知って、微かにスパイラルの顔色が変わる。
「おお、良かった。どっかの誰かみたいに知らないって言われなくてよ。」
ハハハ、と司は笑う。
と、スパイラルの目が紫に変わる!
「おっと。」
そんな暢気な声と共に、司の姿は文字通り消えた。
慌てて、スパイラルは辺りを見渡すが何処にも司の姿は見えない。
「まあ、そんなに焦るなよ―という事で、じゃあ少し無駄話をしてやろう。」
何処からともなく司の嘲るような声が響く。
「では、まず、×××の生い立ちを軽く。」
声は語り始めた―

"少女"が産まれたのは、香港の最下層のスラム街。父親とは産まれてこの方一度も会ったことは無く、また母親は少女が三歳の時に出掛けたきり帰ってこなかった。
で、孤独となった少女は最下層でそれなりに生きていたが―
ある日、"少女"は近くの工場で働くとある少年と会い―そして、恐らく恋をした。

「これに関しては俺は何も言う気は無いな。」
司が本当に苦々しく言う。
「まあ、良いか。せっかくだから、肝心な"あの日"何が起こっていたかについて説明してやろう―

九年前、九月のある暑い日、その日の早朝の日本、出雲。白心家には二人の少年しか居なかった。一人は白心司、そしてもう一人は彼の唯一の同い年の友人である界切八(さかい きりや)。尚、当時の当主であった白心雷司とその息子で司の親である白心透司等、当時の白心家のほぼ全勢力はある事情によりオリンピュアに向かっていた。
で、二人は前日の未明からずっと"物置"(という名の宝物庫、空間を歪めているから全貌の把握は難しいが軽く家一件分の大きさはある。)を漁っていた。
「ホントにあんのか?"神眼"何てよ~」
切八が疲れきった声を出して埃っぽい床にドタッと倒れた。彼等が何故こんな事をしているのかと言えば、現在、家から脱走して白心家に匿われている切八に司がいきなり、
「宝探しするぞ!目標は"神眼"だ!」
と言って、無理矢理"物置"の中に連れてこられたのである。
「なあ、どうして俺等こんなことしてんだ?」
切八の疲れきった声に対し司の答は単純明快。
「何と無く。」
ドサッ!完璧に切八は沈没した。
「もう少しマシな理由は無いのか?…無いんだろうなあ…」
切八の呟きに対し司は明るくこう返す。
「人間の探求心が文明を発達させて来たんだぜ、"したいからする"、なんて人間的な理由じゃないか!」
そこまで言って司は、ニヤリと例の悪人の笑いをした。
「ああ、そうかい。でも、人には迷惑をかけないで欲しいがな…」
無理なんだろうなあ―厭世的になりつつ辺りを何の気なしに見渡した切八はふと"物置"の端の方に安置されていた"あるモノ"を見つけた。
「何だこりゃ。」
これまで"物置"にある様々な奇妙なモノたちを見てきたが、それの奇妙さは群を抜いていた―いや、違う。それは何故か切八をどうしようもなく惹き付けたのだ。
それは、直径5mはあろうかという、ガラスにも似た半透明な物質で造られた巨大な球。そして、その中には見えないが確かにナニかが蠢いているのが感じ取られた。
「まあ、お前の異能(チカラ)はこれと近いモノだからな惹き付けられるのも無理はないのか…ん?何か俺矛盾した台詞を言っているような気が…」
司が面白そうに口を開いた。
「で?コイツは何だ?」
切八はそれだけ言うと、更に一歩近寄り、球に手を触れようと―
「わー!ちょっとタンマ、タンマ!幾らなんでも、お前が触れたら"八つ裂き"にされちまう。んな事なったらマジ大事だから!全く。―ああ、んでコイツは結局、"門"の欠片の保管庫だ。冬司の時代からコツコツ貯めてきて、確か今は―」
慌てた調子で切八を取り押さえた司はそう言いつつ、保管庫の横に置かれていた巻物を取る。
「325片か、結構集まっているよな。一応全部で1000片だから。」
司の言葉にしかし、切八は首を傾げる。
「"門"って何だ?」
ガクッ、珍しく本気で脱力した司。
「そこからかよ―分かった、軽く教えてやる。」
そこまで言って司は、手にしていた巻物をヒョイと明後日の方向に投げる。
「"門"ってのは界家が奪い取った"レコード"と同じく神代に製作された"神器"の一つだ。この破片を体に取り込んだモノは、別の世界への"門"を開く能力や、それの上級編として、そのままズバリ世界を擬似的とはいえ創り出す能力を得る。―さて、此処で一つ質問だが、世界を世界たらしめているのは一体なんだと思う?」
突然の問に切八は考える。
「世界を世界たらしめている―か、何とでも考えられそうな気がするが―そうだな、あえて言うなら、その世界独自のルールの存在、とでもしておくか。」
そこで切八は司の言わんとする事に気付く。
「成る程、つまり"門"とは別世界のルール、法則をコチラに持ってくると言う事か―おいおい、それってかなり万能じゃねえか?」
それに対し、司は当たりだと示す様に、一度深く頷くと、一転してお決まりの人を小馬鹿にしたような笑みを浮かべた。
「所がそうはいかないんだなあ~と言うのも、基本的に持ってこれる法則は一片につき一つだし、それだって本家の劣化コピーにしか過ぎない、ま、それだって十分な異能(チカラ)なんだけどな。それと、これが"門"の異能の最大の問題なんだが―」
そこで、とても面白そうに更に口の端を釣り上げる。
「あいつ等は大抵、能力を使う度に身体が変調していくんだよ。まあ、その変調は人それぞれで、異能に呑まれちまったり、精神がイカれたり、身体が異常をきたしたり、とな。まあ、"神器"は人間が体に持つには強すぎるんだろうな―って、これをお前に言う必要は無かったか。」
そうではない、"適合者"と呼ばれる本物の人外もいるが、この時点では司はその存在を知らない。
そこまで言って、司の顔色が少し変わる―即ち、"喜"に。
一転して、ウンザリとした顔になる切八。
「何か凄く聞きたくないんだが、聞かないともっと酷い目に合いそうだから一応、聞いてやる。―何が起こった?」
司は可笑しくて仕方がない、とでも言うような表情を浮かべつつ、近くに置かれていた見るからに禍々しいロッドを手に取る。
「何、敵襲だ。」
当たり前の様に司が言うと同時に、"物置"の扉が粉微塵に切り開かれた。
「ハロー、ハロー。どうも今日は~通りすがりの強盗犯で~す。」
そんな気の抜けた声と共に、十人程度の男達が"物置"にドタドタと足を踏み入れた。
「はあ…何か疲れた…」
切八がとても悲しそうにぼやいた…

「謎の襲撃者達の狙いは何と!白心家が集めてきた"門"の欠片であった!襲撃者に対し、白心司と界切八は精一杯の抵抗を試みるが、遂に及ばず、"門"の欠片は世界に放たれてしまった…」
この芝居がかった台詞の半分以上は嘘である。しかし、今の話にあの戦いの原因、過程は関係無いので、結果、"門"がばら蒔かれたという事だけ分かってもらえば良い。
「ということで、それは白心の物なんだよなあ。だから返してくれる気は無いかな?お嬢さん。」
声が薄く笑ってみせるが、当然スパイラルが頷く筈も無い―スパイラルが軽く首を左右に振ると同時に、彼女の目が紫に変じ、周囲の木々があっという間に捻り取られる!
「やれやれ、交渉は決裂のようだな―まあ、しかし。まだ始めるには早い。"あの日"お前に起こった事を説明しないとな。」
未だ姿を見せぬまま司は尚も語り続ける。
それは―紫の怨恨の産まれた理由―

その日、"少女"は少年に会いに行こうと、路地裏を走っていた。"少女"が少年に会いに行くのは勿論これが初めてではなく、既に何回か会いに行っていたし、また逆に少年が"少女"に会いに訪れた事も何回かあり、まあ一般的な目から見ても二人は付き合っていると言えただろう。まあ、それにしては二人とも随分と初々しかったが。
そして、勿論これが最後だとは"少女"も少年も思っていなかった―
路地を曲がったとき、"少女"はある男とすれ違った。
"少女"は気付かなかったが、その男は彼女の顔を見て、小さくこう呟いた。
「対象、発見。」
その男は香港最大級の犯罪組織"天狼星"所属の元Ⅱ級魔術師、孟凱銅だったが、勿論"少女"はそんなことを知る余地もなかった。
―そうして、静かに日常は崩れていく―

"少女"は少年と近くの店を見て回ったりなどして一日を過ごし、その後誰も待つ人のいない静かな部屋に帰ろうとしていた。その時、人気の無い路地裏で彼女は声をかけられた。
「×××。」
"少女"は咄嗟に声のした方を振り返り―
(えっ?)
そのまま"少女"の記憶は消え失せた。
「任務、完了。」
"少女"の名を呼んだのは、赤茶けたローブを纏った小柄な中年男性。もし、"少女"がよく男の顔を見ていたなら、気付いたかもしれない。朝、すれ違った男だ、ということを。
その男―孟凱銅はそのまま意識を失った"少女"の体に懐から取り出した白い布を被せる、と、白い布はみるみる広がり、"少女"を覆い尽くしたと思うと、"少女"ごと、手のひら大の大きさの包みとなった。
その包みを片手で掴み、もう片方の手で携帯を取り出し誰かと会話を始める。
「回収、終了。今後、指示…了解。」
短い会話を終え、孟は悠々たる足取りで立ち去った―少年が見ているとも知らず。

"少女"が目覚めたとき彼女は徹底的に鎖によって縛られ、更に猿轡まで噛ませられるという完璧な拘束状態にあった。
すると、目の前にあったドアが音もなく開き、緑のチャイナ服を着た男が現れた。
「ああ、起きた起きた。こんにちは、こんにちはお嬢様。」
おどけて言いつつ、男がひょこひょこと"少女"の前に歩いてきた。
「ああ、いやそんな目で見ないで下さいよ。しばらく大人しくしていただければ、何にも危険は有りません。」
そう言って男は軽く笑う。
「まあ、軽く数日ここに居ていただくだけ、貴女が逃げようとしなければ三度の食事とその他は保証しますよ。ま、高級ホテルとはいきませんが、そこんとこは御了承下さいね。まあ、私達も無駄に殺す気は有りませんから、じっとしといてくださいねえ~」
それだけ言って、男はまたドアの向こう側に消えた。
何が起こったのか、当然"少女"には分からなかった―ので取り敢えず、じっとしておく事にした。

数分後か数時間後か経った時、再び緑のチャイナ服がドアを開けてやって来た―誰か人を連れて。
(…!)
男が連れていた―いや違う、両手を後ろ手に縛られ、猿轡まで噛まされ、どう見ても拘束されているのは、あの少年だった。
"少女"は戒めを解こうともがくが、鎖はびくともしない。
「いやぁ、夕食にはやや早いですが、お嬢様の御尊顔を拝謁したく参上致しました―って、それはこちらのナイトですがねえ。」
そして、男は軽く笑う。
「正直貴女は特に危害を加える気は無いんですけどね、こちらの少年はそうはいかないんですよねえ~ほら、ここの場所とかバレてしまいましたしねえ、まあドジの孟は後できちんと叱っておきますが、さてこのナイトはどうしましょうかねえ、お嬢様?」
そこまで言って、男はその澱んだ真っ黒な目で真っ直ぐに"少女"を見つめる。
―そして、男はある言葉を口にする。
―"スパイラル"を産む事となった呪文を―
「と言うことで、恋人と自分―好きな方の命を助けてあげましょう。選んでください―自分なら首を縦に、恋人なら首を横に。
―さあ、どちらを選びますか?」

"少女"は

微かに

首を

縦に振った―

男は満足そうに笑い、少年の顔が恐怖に変わった瞬間、手をサッと振り、少年を肉片の山に変えた。
「アハハハハハハハ」
哄笑する男は気付かなかった、"少女"の瞳が紫に変わったことに―そして、自分が少年と同じように、肉片の山に変わったことに―
そして、"スパイラル"は戒めを全て捻り切って、立ち上がった―

その紫眼が浮かべていたのは、怨念か、愉悦か、悲哀か―知る者は誰もいない―


◆ ◆ ◆

そして、司は姿を見せないまま語りきった。
しかし、スパイラルの顔には何の表情も浮かんでいなかった。
「こりゃ、時間の無駄だったかもしれねえな。」
そんなスパイラルの様子を見て、司は小さく日本語で呟いた。
「ま、折角だ、お前が狙われた訳を教えてやるとな、お前、"燕"家の当時の当主である燕奇賛の子なんだよ。で、天狼星は"燕"家と戦争に入ろうとしていた。そこで、手札の一つとして、当主唯一の子供であるお前を入手しようとしたって訳だ。」そこまで言って、スパイラルの前方10mぐらいにいきなり司が現れた。
「んじゃ、無駄話も終わったし、そろそろ始めるか~」
面倒そうにそう言って、司は手にしたロッドで無造作に空をスイングする。
カキーン!といい音を立てて、ロッドの前に現れた透明な塊は明後日の方向に消えた。
「悪いな、見せてやる気はしねえんだ。」
司はニヤリと不敵に笑うが、逆にスパイラルは状況が分からず眉を潜める。まあ、仕方がないことだ、自分が殺したはずのンノァヘムロツォンが実は霊体が本体であり、今まで自分はずっと監視されていたなど、到底スパイラルには分かり得ない事だから。
「さあて、往くか!」
そんな声と共に、司は三人にぶれた。
「!」
驚いたものの、スパイラルは即座に元居た位置に最も近い位置に立っている司を捻る!
しかし、それは捻ると共に消え、逆に司は更に増える。
「お前はどうやら眼に頼りきっているみたいだからな、ちょっと目眩ましさせてもらうぜ。」
一人の司が笑いながら言う、次の瞬間、その司は捻れ―二人に増えた。
「何、極々単純な幻術だよ。まあ、魔術師以外には見破られないだろうけどな!」
全員の司のロッドが輝き、幾つもの鉄矢が四方八方からスパイラルに襲いかかる!
しかし、スパイラルのすることはたった一つ、軽く視界を一振り―ただそれだけで全ての鉄矢は捻り切れて地面に転がった。
「ヒュウ!凄い凄い。だが、それだけじゃ甘いな。」
司達が一斉に笑うと、捻り切られた鉄矢は小さな殆んど点の様にしか見えない無数の鉄球に形を変え、中空に浮かび上がる。
それを見て、スパイラルは顔色を変える。
「さて、これはどうする?」
鋼鉄の弾丸は猛スピードでスパイラル目掛けて撃ち出される!
しかし、スパイラルは鉄球を捻る事が出来ない―当たり前だ、眼に頼っている以上、眼では点にしか見えない物は捻れない。点をどうやって捻れば良いと言うんだ?
咄嗟にスパイラルは自身の周囲の空間を捻り、鉄球の軌道を変える。
―ドン。鈍い衝撃と共に、スパイラルの脇腹が一つの鉄球に抉られた。
思わず血を吐きスパイラルはよろめく。
「ははは、驚くなよ。こんなもん簡単じゃねえか、お前が空間を歪める事を計算に入れて、軌跡をコントロールすれば良いだけだろう?」
そんな軽く言っても実際、誰が見えもしない空間の歪みを計算出来ると言うのか。
「さて、このままじゃあ次の俺の攻撃で終わりだが?さあ、どうする?」
スパイラルは口を歪める―即ち笑みに、とスパイラルの傷口が一瞬で消滅した。
(あー忘れてた。そういやコイツ鋏のつけた傷も治してんだよな。全く、どうやってんだか。だから"門"は嫌いなんだ。)
とか考えつつも、司は再び鉄球を発射しようとする。
しかし、スパイラルの瞳が一層強く紫に輝き、周囲の司がほぼ同時に捻れる!
全ての司は消え―入れ違いにスパイラルの前にロッドを振りかぶった司が現れた!
「はい残念!皆フェイクでした!」
ヒュン!と、司がロッドを振る―
と、次の瞬間司は二瞬前のポーズ、即ちロッドを振りかぶった状態となっていた。
「あ、やべ。」
スパイラルの紫眼がこちらを向いたことを確認して、司はすかさず目眩ましの煙幕を放ち、飛びすさる。
「アブね、アブね。後一瞬遅ければ怪我するとこだったな。」
煙幕が晴れた後、そう言って、無数の司は一斉に苦笑す―
「あ、」
司は数秒前に自分が立っていた、スパイラルの前にただ一人立っていた。
しかし、司が驚いたのは本当にほんの一刹那。しかも、それと同時に司は次の手を打っていた。
スパイラルの紫眼が向けられると同時、司のロッドからスパイラルの眼目掛けて鉄球が放たれた!
グニャリ!視界を塞いだ鉄球は一瞬にして幾つもの破片に捻られた。

しかし、既にその時、司はスパイラルから遠く離れた地点に居た。簡潔に言うと撤退である。
「いやぁ、予想外だな。空間どころか時間まで歪めるとは、流石"門"の異能という所か。いや、戦いで鍛えられるタイプなのかな?だったら時間が許す限りやりたいが…まあ、あんま遅くなるとメアリに殺されるしな…」
そこで司は大きく溜め息を吐いた。
しかし、次の瞬間には気をとり直し、これ迄の過程を回想する。
「ま、大体アイツの力は解った。じゃ、サッサと終わらせるか。短い道化劇はこれにて終演、だ。全く、もうやらねえぞ。こんな詰まらん芝居。」
そんな事を愚痴りつつ、司はロッドの先端―その十字架を右手で握る。
「ん~まあ、今回のテンションからして"剣"かな?」
そんな言葉と共に、右手で思いっきり十字架を引っ張った!
ロッドはあっという間に形を変えた。先端はまるで剣の切っ先のように鋭く尖り、その両端は僅かに湾曲した鍔。やや柄が長いがそれは一本の長槍だった。
「それでは、それでは。ある"少女"の矛盾を片付けに往きましょう。まあ勿論――この上無く無慈悲に。」

スパイラルが司を見失い、どうしようか考えていると―
「よう、待たせたな。」
そんな声と共に司はスパイラルの20mばかり前方に無造作に現れた。
その顔には何が可笑しいのか、この上無い笑みが浮かんでおり、そのまま司は一歩踏み出す。
スパイラルの紫眼は確かに司を捉えた!
ヒュッ―軽い風切り音が一度鳴る―起こった事は、ただそれだけ。司の体には何の変化もなく、更に彼は一歩踏み出す。
「!」
何が起こっているのか分からないまま、スパイラルは再び力を発する!
ヒュッ―そんな音と共に彼の長槍を持った右手がぶれる。
そして、彼はまた一歩踏み出す。
三度、四度、五度―何度となくスパイラルは力を発する。
しかし、彼はただ長槍を振るうだけ―ただそれだけで、力は消滅する。
ザッ、ザッ―その間にも彼は一歩一歩、スパイラルに歩み寄る。
と、彼はゾッとするような冷徹な笑みを浮かべて口を開いた。
「俺が何をやっているのか、不思議だろうなあ。何、折角だ。教えてやろう。」
ヒュッ―またも放たれるスパイラルの力、しかし司は手の長槍を振るのみ―ただそれだけで螺旋の怨恨は無為なる白に変換される。
「簡単な事だ―お前の力は流石にこの世界の魔術じゃねえ消せねえがな。しかし、その力は指向性はこの世界の人間であるお前の視覚に依存している。つまり、俺はその力に付随した指向性を叩き切っているだけのさ。」
軽く彼は言って見せるが、スパイラルは驚愕に目を見開く。
当たり前だ、誰がそんな形の無い―それどころか見えも感じもしない物をどうやって斬るというのか。
「ま、そんな否定したい気持ちは分かるけどよ、本人が言っている事、それと実際起こっている事を否定しちゃいけませんよ?」
そして、彼は酷薄な笑いと共に更に一歩踏み出す。
「大体な、俺が感じている世界は手前等とは全然違うモノなんだからよ。」
そして、遂に彼はスパイラルの眼前に立った。
「さて、スパイラル、一体どうする?」
あまりにも冷ややかにスパイラルを見据える。
「……」
しかし、スパイラルは自身の拠り所であった異能を完璧に無効化され、最早何も打つ手は考えられない。
―それなのに、"少女"の顔は何処か嬉しそうだった。
と、スパイラルは紫の目を一際強く光らせ、周囲のありとあらゆる物を捻り切ろうとした瞬間―
ヒュッ―あまりにも冷酷に響く風切り音―そして、スパイラルは自分がこれ迄してきたように、無数の肉片に分解された。

―ああ、やっと死ねた―

分解される直前、司は微かに、しかし確かにそんな声を聞いた。
それは、スパイラルの声では無かった筈だ。何故ならスパイラルは異能の力を得るために、既に言葉を捨てた筈だから―

―だから、きっとあの声は"少女"の声だったのだろう―


司は一瞬だけ嫌な顔をしたが、直ぐに取り直し肉片の一つを蹴っ飛ばす。
と、そこから淡く輝く石の欠片のようなモノが現れ、フワフワと中空を漂う。
「うーん、しかし、ちっとも面白く無かったな。最後なんざただの力業じゃねえかよ。しかも、全然本気に行ってねえし―まあ、ヒトならこんな物か。」
空恐ろしい事を呟きつつ、彼方へ飛び去ろうとした石片を軽く掴み取る。
「やれやれ、これは多分当たりだとは思うがな。」
空いた方の手で元に戻ったロッドを振ると、司の前に巻物が現れ凄い勢いでスクロールされていく。
「ああ、あった。」
司が止めると其処には司の持っているのと同じ形をした石片が描かれていた。
「No.282、命題"回転"―回収完了っとお。」
そして、司は手にした石片を巻物の中にズブズブと押し入れた。
「さて、これで…後150ぐらいだったかな。うわ、まだまだだ~」
巻物を消した後、司は情けない声を上げて、クルリと踵を返す。
そして、二、三歩歩いた所でふと立ち止まり、スパイラルだったモノを見て言った。
「じゃあな。―韓白美。」
司が二度と振り返ることは無かった―

◆ ◆ ◆

蛇足

スパイラルの遺体をオリンピュア日本支部の人間に処理させた―所謂後始末を済ませた後、司はある男に電話をかけた。
『はい、どなたでしょう。』
陰気な男の声が受話器の向こう側から聞こえてくる。
「よう、霧丘。俺だ、白心司だよ。」
『…!』
霧丘―現特級異端調査官の一人、霧丘白夢は思わず息を呑む。
「んな驚くなよ。お前の携帯番号を知ってたぐらいでよ。―まあ、何、大した用じゃないんだ。ただ、この話を終わらせちまう前に解体しておかないとな、俺がただの道化になっちまう。」
『…何が言いたいのかは分かりませんが、別に私にそれを話す理由は無いと思いますが?』
口調から微かに恐れが感じられ、司はとても意地の悪い笑みを浮かべた。
「まあなあ、しかし天承のやつは携帯持ってねえし、志野崎の番号は知らねえしな。まあ、他の奴に言う意味もねえし―ま、んな長く話す気は無いからよ、ちょっと聞いてくれ。折角道化踊ってやったんだからな。」
そう一方的に捲し立てた上、返事も待たず司は語り出す。まあ、元から霧丘には返す言葉は無かったのだが。
「今回の件は結局ただのお掃除だ。スパイラルがそろそろ邪魔になってきた"門番"がスパイラルを始末するために、わざわざ志野崎の奴にコピーキャット(模倣犯)やらせて、撒き餌として…他の奴等は騙せたようだが、流石に傷口が違いすぎたぜ。で、そして特級異端調査官に七宮、序でに俺と。誰でもいいから公的に始末させようとしたってことだ。まあ、理由としては今の"門番"の配下では始末は難しいだろうってのが半分、ジャランダラと片岡は死んだし、志野崎の闘えるようなタイプでも無いからな、お前は論外だし。そして半分は俺に恩を売るため…いや冗談だが?まあ、結局目立ちすぎたんだろうな、殺しすぎというか。
と、まあこれが今回のお前等"門"の異能の管理者側の思惑か。で、それをサポートする為にお前が色々と情報を小出しにしたということ。何か言うことはあるか?」
暫くの沈黙の後、ゆっくりと霧丘は問うた。
『そこまで分かっていて何故踊ったのですか?』
その問いに司は少しだけ、笑みを潜める。
「なに、単純な話だ。アイツが殺した一級異端調査官の一人は元白流会だった―ただ、それだけだ。
んじゃ、もう切るぞ―次はもっと巧くやらねえと踊ってやらねえぞ?」
クックッと笑いながら司は通話を切った。

そして、吐き捨てるように一人呟いた―
「くっそ、後味ワリい!結局、"自殺"を手伝っただけじゃねえか!んなもん一人でやれっての!」
不機嫌そうにそう言って
―司は静かに舞台から降りた―

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