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ミッションをロードするときの英文和訳

※行き過ぎた意訳および誤訳が多いと思います。修正、加筆の程よろしくおねがいします。

MISSION 01 - Invasion!(侵略!)

ソ連軍は我々に奇襲をかけてきた。

およそ4か月もの間、アメリカは戦火にみまわれ何が起こっていたのか理解できなかった。
砲弾が人々がいるシアトルの道の上に降り注いでいるというのに、多くの人々はただそこに立っていた――ショックと驚きで、立ちつくしていたのだ。

戦争は、テレビで見るなら面白いかもしれない。だが全体ではなく個人の視点で見ると、全く違ったものになる。
あなたの職場が粉々に砕け、車が捨てられたボールのように散らかり、友人が道に倒れ血まみれに引き裂かれているのを想像してみるといい。

それは実際に悲劇の1989年にシアトルで起こったことだ。陸軍はヨーロッパや他の場所で戦い、海軍は
我々を侵略から守っていただろう。しかし打ち破られ、彼らの策略の前に侵攻を許してしまったのだ。

だが最初のソ連戦車が貨物船から上陸したとき、一部は決死の防衛を試みた。
我々は戦いなしに諦めることはできなかったのである。

MISSION 02 - Reunion(再会)

我々は東に退却した。

暗黒の空が背後に広がり、たくさんの砲火が街を照らした。
後に、よく統率された退却だったと言った人がいたが、実際はそう見えただけで、みんなで同じ方向に逃げていたのだった。
港に船が入ってきた瞬間にシアトルは陥落した。実際町を防衛できる可能性は少しもなかった。
私は街に残さざるを得なかったものについて考えないようにしている。

バノン大尉は命令らしきものを出し続けたが
我々が実際に彼の命令に従ったのか、彼の命令が偶然我々が最良と考えたこと一致したのかはわからない。

高速道路を辿って、戦禍が眼と鼻の先に近づいてる田舎町についた。いくつかの砲弾はすでにこの町を襲っていた。
そして私は黒色のクレーターの横に壊れたブランコが横たわっていたのを鮮明に覚えている。
私がそれを見たときに「私たちは侵攻され、そして、二度と同じことが起こってはいけない」と思った。

MISSION 03 - Battle for Pine Valley(パインバレー攻防戦)

橋を破壊した後、ソ連軍の侵攻を遅らせることに成功した――ほんの少しだけ。

大佐が我々を南に進軍させる間、道中で敵との交戦がしばしあったが、バノンとチャーリー中隊は遅れていた。
バノンはぬかるむ道を理由としていたが、私は彼がひそかに大佐から逃げたかったのだと思う。

そして、我々はパイン盆地(Pine Valley)と呼ばれる小さな町に行き着いた。
そこに待機して援軍を待つことにしたのだ。

しかし最初に我々が先にいた空挺部隊から町を取り戻したとき
大半の兵士は二、三日もの間、一睡もしていなかった。
大佐はたった数時間だけの休憩を兵士に与えたが、不満は耳にしなかった。
誰もが危機的状況を知り、戦う相手は何であるのかを知っていたのだ。

MISSION 04 - Into the Mountains(山脈へ)

パイン盆地(Pine Valley)での戦いの後、ソ連軍はシアトル周辺に後退し、周辺を固めた。
我々は攻勢をかけることができず、待機し、軍備を立て直しながら次に何が起こるかを予想し
クリスマス前のそう遠くない時期にソ連軍は次の戦闘を仕掛けてくると考えた。

いくつかの敵の連隊がシアトルから東のカスケード山脈(Cascade Range)を上り、攻めてきていることがわかった。
彼らの目的は戦略防衛構想――俗に言う“スターウォーズ計画”の司令部があるフォートテラー(Fort Teller)であることは明白である。
我々が知っている(彼らは知らないが)ことはスターウォーズ計画はでたらめだということだ。

もしソ連軍がたどり着いたら、彼らは計画が根本的に詐偽であることに気がつくだろう。
つまり、我々は彼らの核ミサイルから街や基地を守れる手立てはないという事実が露顕してしまうのだ。

それを彼らに知られるのを阻止するために、我々はさらに東に向かった。
山中での戦闘に持ち込み、ソ連軍の侵攻を遅らせ、その間にできるだけ時間稼ぎし、ウィルキンズ大佐の避難を助けようというのだ。

MISSION 05 - Last Stand(最終防衛戦)

我々はフォートテラー(Fort Teller)からそう遠くないカスケードフォール(Cascade Falls)という小さな町でウィルキンズ大佐と会った。
町の人々はつい今しがた避難し、ウィルキンズ大佐が南に避難する間、我々が町を防衛するということに決まった。

SAWYER大佐はソ連軍を、我々が有利に防衛できるように町の中心地に誘い込む計画を立てたが
ソ連軍が数の上で優勢なのに対し、こちらの数はそう多くなかった。

以前と異なり、我々は後退できなかった。なぜなら、もし我々が後退するようなことになれば
フォートテラーは陥落し、世界の終末――ハルマゲドンが次々と起こるからである。

我々はみな、それが何を意味するか知り、そしてたとえ何があろうと死守しようと決心した。
バノンでさえ彼の進むべき道をついに見つけたかのように映った。
彼は普段より口数も少なく、私は彼が心の中で何を想っているのか思いをめぐらせた。

MISSION 06 - Seeing the Elephant(大西洋を越えて)

カスケードフォール(Cascade Falls)から避難した軍隊は、1989年の初秋にフランスから誇り高き大隊としてやってきた。
シアトル侵攻の数か月前には、第三次世界大戦の猛火がすでにヨーロッパで数週間に渡って繰り広げられていた。

第三次世界大戦の発生は予期できないものではなかった。
ソ連軍の戦車部隊がフルダ峠(Fulda Gap)を横断し、西ドイツに向かっているときに外交のトップ会談がまだ行われていたが
外交官は失敗し、ソ連軍が攻めることとなる。

アメリカ第六艦隊は最初の戦いで撃沈し、ソ連軍は着々と水陸両用車両でマルセイユ近辺を侵攻していった。
フランス軍は決死の思いで対抗し、アメリカの援軍もまもなく到着し、侵攻してくるソ連軍に地中海まで後退するように反撃した。
我々はみな、ソ連軍を打ち返そうとする志を持った兵士である。たとえそれが、今だかつて実証されていない兵士の集まりであろうと。

MISSION 07 - Deep Strike(侵攻作戦)

ソ連軍はタフな敵であるということを証明させられた。彼らは絶対に退却しなければいけない時にならないと退却せず
そのせいで我々は1ヤード進むごとに甚大な損失をこうむらなければならなかった。

しかし数日後、ソ連軍の戦線は次第に打ち破られ、SAWYER大佐はいくつかの中隊を進軍させるよう命じた。
ソビエト司令部を見つけ、我々はそれをできるだけ素早く破壊しなければならなかった。
もし成功すれば、ソビエト防衛は崩壊し、フランスは解放されるだろう。しかし失敗すれば、我々は孤立し、そして全滅させられることになる。

これは大胆な作戦であり、大佐特有の作戦でもあった。
「常に逆風に向かっていけ。他の全ての行動は時間と労力のムダだ。」大佐は我々に向かってかつてこういった。
そしてこのモットーは彼の決断すべてにおいて浸透しているように見えた。彼は常に確信していたのだ。

しかし世界は違った。バノン大尉がその例だった。彼は身持ちの悪い大砲のように行動していた。
我々はみんな、彼をその気にさせるのにどうすればいいのか考えをめぐらせた。

MISSION 08 - Beyond the Iron Curtain(鉄のカーテンの向こう)

バノンは公式には一度もSabatier司令官の死の責任を問われることはなかった。
その代りに、我々がノルウェー行きの飛行機に乗る直前に大佐は彼を呼び出した。
二人が戻ってきたとき、バノンは思い煩っているように見えたが、果たして
大佐の言葉が効果を与えたのか否かはわからない。

我々の作戦は最高機密であった。
ノルウェーにあるキルケネス(Kirkenes)に到着し、ブリーフィングを受けた。
我々はソ連領域のムルマンスク(Murmansk)近辺に降り立ち、ステルス爆撃機を探し出すというものだ。

おそらく、その爆撃機はいくつかの機密情報を有しており、それはソ連軍よりも先に我々が
たどり着かなくてはならないことを意味する。

ノルウェーの特殊部隊数チームが我々をサポートすることになった。
彼らの指揮官、ヨハンセン(Johannessen)大佐はすでに作戦でソ連国境を越えたこともある強靭な男であった。
彼は口数は少なかったが、その能力は知られており、我々みんなが極寒の敵国にいるという状況において
彼に対しガイドとして全幅の信頼を置いていた。

MISSION 09 - Lair of the Bear(熊の巣穴)

沿岸にあるソビエトの中心工場に向かえとの命令を受け取ったとき、我々はかろうじて脱出することができた。

ステルス機から回収された情報によれば、いくつかの原子力潜水艦がそこに停泊しているとのことだった。
いつもにない数で、まるで彼らが何か特別な準備をしているかに見えた。

我々がすでに近くにいるとの理由でこの作戦が決定された。
できるだけ多くの潜水艦をソ連軍が行動を始める前に破壊するのが目的である。

私は大佐がいつものようにこの作戦での切り札を持っていると考えた。
それは何度も作戦の中で行われてきた方法である。
敵の不意を突き、壊滅的なダメージを与えた後、彼らが何が起きているか把握する前にそこから脱出するのである。

再び我々は味方の支援なしに自分達だけで敵の領域の中に入っていく。
まるでいつもどおりの日課のように。

MISSION 10 - Liberty Lost(失われた自由の女神)

予想していたとおり、ソ連軍は数日後に我々のリトルクリーク(Little Creek)とノーフォーク(Norfolk)にある中心工場を攻撃した。
しかし敵は限られた潜水艦で戦わなければならなかったし、攻撃してくる前からこちらは警戒していたため、被害はそれほど大きくならなかった。

もちろん、我々は数日後に彼らがシアトルに奇襲をかけてくることなど思ってもいなかったのだが・・・
いや、この戦い以来我々は勝利したのだとさえも感じ、家に帰れると思っていた。
続けざまに何週間も戦っていて、ほとんど眠っていなかったので多くは緊張から解き放された。

バノンは戻ってきてもほとんど口を開かなかった。
一つの噂が広まった。彼は民間のロシア人を殺した責任で大佐によって異動させられるというものだ。

だが、我々がニューヨークに近づくまで何の変化もなかった。
ニューヨークではいくつかのレンジャー部隊がソ連の特殊部隊、スペツナズの激烈な奇襲に対抗している最中であった。

MISSION 11 - Aftermath(その後)

後ろでカスケードフォール(Cascade Falls)に出来たキノコ雲がゆっくりと消滅していった。
熱線によって木々が黒焦げ、不毛地帯になるであろう場所で我々は戦い続けた。
しかし少なくとも我々は生きていた――バノンとその戦友達を除いては。

彼らの犠牲はソ連軍の侵攻を食い止めるのに貢献し、今やフォートテラー(Fort Teller)は安全になった。
しかし、フォートテラーを救うために、一つの町を犠牲にしなければならなかった皮肉に苦しんだ。

核爆発で生じた電磁パルスは無線を使えなくし、残された部隊は周辺に点在し続ける破目になった。
我々はすぐには大佐と連絡が取れなくなった。それはソ連軍の残りを掃討するために部隊を再編成する上で足かせとなった。
人のことなど構っていられなくなったのである。

核爆発は誰もがそれまで思っていたイメージよりかはるかに強大であった。
我々はその光景を目の当たりにして、ひょっとすると大変なことが起こってしまったのではないかと思った。
我々がどうなる運命なのか、ほとんどわからなかった。

MISSION 12 - Once More Unto The Breach(再び西海岸へ)

我々が散らばった部隊を再編成しようとしているとき、ついに中国がソビエト側としてこの戦争に参戦したとの知らせがきた。
中国軍の艦隊はシアトルに向けて出発し、ソ連軍の陣地を利用して岸に上がる計画だろう。

ミズーリ戦艦は一週間前にカナダ、ブリティッシュコロンビア州の沿岸で沈没され、攻め入る中国軍に対抗する戦艦はそれほど残されていなかった。
なので我々はソ連軍の主な防衛線である東のシアトルに向かった。

WEBBは少なくとも丸一日の休憩が兵士には必要であると言ったが、大佐は、我々は手遅れになる前に事態を収拾させなければならないと反論した。
後になって大統領のバックアッププランを知ったとき、その理由を理解した。

MISSION 13 - Before the Storm(嵐の前触れ)

我々はシアトルに全速力で向かい、司令部が停止するように命じたとき、実際にスペースニードルを見ることができる位置まで来れた。
司令部は我々の軍隊と援軍を合流させてより強固な部隊にしたかったのだろう。
それに対し大佐は、すぐに攻撃しなければ時間だけが流れていきシアトルの街は灰と化してしまうと反論した。

しかし司令部は代わりに我々をピュージェット湾(Puget Sound)に行かせた。島を取り戻すためだ。
ソ連軍は対艦防衛陣地をそこにつくっていて、我々がそこを制圧すれば中国軍に対抗するのに使えると考えたからである。

この間、大佐は相談の為に呼び出され、ウェブは――彼は今や少佐である――この任務を任された。
全員がシアトルでの戦いが持ち越されてこの任務に当たることにむず痒さを感じていた。

しかし、まず第一に、島を取り戻さなくてはならない。
我々は大佐のように行動するだろう:素早く、無慈悲に。

MISSION 14 - One Last Fight(最後の戦い)

我々は攻撃部隊が集まっているシアトルの郊外まで戻った。
大佐は指揮を再び執り、どんなに損失が出ようともシアトルを再び取り戻せとの命令を出した。
我々すべて作戦失敗の代償がどんなものかを知っていたのである。

そしてついに、月曜の朝、遠くから砲弾が鳴動する音が聞こえた。攻撃が始まったのだ。
援軍があっても軍備の上では敵が勝っていた。だが、たとえこちらが劣っていても、我々は決心したのだ。

我々はやっとの思いで突破口を開きながら、大佐はソ連軍の基地がある街の中心にまで誘導した。
いつものように我々は敵のまっただ中にいることに気付かされた。補給線はない。

大佐が最後のブリーフィングのために我々を集まらせたとき、ウェブ少佐は私の脇に来て言った。
「大佐は今回、我々をあまりに深くまで来させすぎたのかもしれない、パーカー。 それで・・・くれぐれも気をつけてくれ。」と。