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1 車で進入できる!?

上は、タワー・オブ・テラーの画像です。そして、右下に道路が見えます。
そして左下にも道路のようなものが見えるのですが、この道は広域Google Mapで見てもらうと分かるのですが、右下の道路へつながっています。左下の道路は、実はスロープになっていて、上まで車で上がることができるようになっているんです!!どっしりとしたホテルの裏側に、トラックが止まっているなんて驚きですね。車をゲストに見せないため、道路は一段低くなっています。

2 ストーリー

1835年生まれのハリソン・ハイタワー3世(Harrison Hightower III)は、ライバルであるエンディコット3世をおさえ、ニューヨークで1番の大金持ちでした。彼は、世界中から骨董品を収集するのが趣味でした。そして、1892年にオープンしたホテル・ハイタワーに、それを飾っていました。
1899年、彼は、コンゴのムトゥンドゥ族から、呪いの偶像だといわれる、シリキ・ウトゥンドゥを強奪します。しかし、この像は恐ろしい像で、これを所有している部族には、はじめ幸運が訪れますが、しだいに災いが起こるようになってきます。ひどいときには、部族まるごと、地上から姿を消してしまう、ということもあったようです。部族の老人は、このとき、「偶像の目には気をつけろ!」と言ったそうです。
そのシリキ・ウトゥンドゥのお披露目パーティーが、19世紀の最終日にあたる1899年12月31日の夜開かれました。パーティーで、ハイタワー3世は、この呪いをあざ笑いました。このパーティーの終盤、0時近く、彼は、自分の部屋に像を飾るため、エレベーターに乗りました。彼が、エレベーターで、像にタバコを押しつけたとたん……。
午後0時ちょうど、ホテルは停電になり、エレベーターは緑色に包まれ、ハイタワー3世の悲鳴がホテルに響き渡りました。エレベーターは、そのまま下まで落下したのですが、このエレベーターにあったのは、シリキ・ウトゥンドゥと彼の帽子のみで、ハイタワー3世の姿は消えていました。これ以来、人々に「恐怖のホテル(タワー・オブ・テラー)」と呼ばれ、恐れられることになったのです。
1912年、ハイタワー3世のライバルであったエンディコット3世が、ハイタワーの跡地に自分のホテルを建造しようとしていました。しかし、ニューヨーク市保存協会のベアトリス・ローズ・エンディコット(エンディコット3世の娘、ハイタワー3世にあこがれる)は、「建築物の歴史的価値が高い」と、取り壊しに反対し、ホテル改修工事を行います。ちょうど、事件に居合わせた記者のストラングは、このとき取り壊しに賛成しています。
さらに、同年9月4日、ニューヨーク保存協会は、ホテルツアーを実施します。このツアーには、東京ディズニーシーのゲストが参加します。さて、どうなるかは、ツアーに参加してのお楽しみ!!

3 失踪事件の怪しい箇所

以下のようなことをしないと、シリキ・ウトゥンドゥに呪われます。
★崇拝すること
★燃やすこと
★閉ざされた場所にしまわないこと
★おろそかにしないこと
★馬鹿にしないこと
★他の人にわたさないこと
★放置しないこと
★恐れること
★崇拝の掟を破らないこと
★風雨にさらさないこと
★屋内に置かないこと
事件発生時は、以上の条件を全て破ってしまっていることが分かります。
  • ハイタワー3世は、シリキ・ウトゥンドゥを崇拝していません。
  • 事件発生時、シリキ・ウトゥンドゥにタバコを押しつけました。
  • 閉ざされた場所(自室)へしまおうとしました。
  • パーティーでハイタワー3世は像をおろそかにし、さらに馬鹿にしました。
  • 像はムトゥンドゥ族から強奪し、同族はその後ほかの部族に滅ぼされたそうです。
  • ハイタワー3世は、像を放置していました。
  • 恐れてなんかいるはずもありません。
  • 正しく崇拝するどころか、崇拝すらしてません。
  • 持って帰るときに風雨にさらしていたでしょう。
  • ホテル内においていました。

データ

英名 Tower of Terror
オープン 2006年9月4日
スポンサー なし
所要 約2分(エレベーター)
定員 22名(1台)
利用制限 3歳以上
身長102㎝以上
FP 対象
SR 対象