陰陽師の国について


※上記の広告は60日以上更新のないWIKIに表示されています。更新することで広告が下部へ移動します。

  • 明らかに(現実の世間一般で言う)巫女の格好をしていても、立場は陰陽師、ということは可能でしょうか?
構いません。
「陰陽師」や「巫女」に関しては、前衛と後衛を区別する名称ですので、それによって服装が指定されている、というものではありません。
また、公式から「これが陰陽師・巫女の服装です」といわゆる「制服」が提示されることもありません。

  • 「陰陽師としての素質があるが、家の方針で巫女に配属される」ということは可能ですか?
できません。
霊力の効率的な運用のため、陰陽師も巫女も強制的に適した方へ配属させられます。

  • 陰陽師の式は、複数でも構いませんか?
構いません。
式は術者の内面を写すものでもあるので、術者の二面性が激しいとそれがそのように現れることもあります。
ただし、「式を二体持てる」というわけではありません。この場合、二体で一体換算です。
そのため、片方ずつ式を動かすことはできますが、片方の式が消えるともう片方の式も消えてしまいます。

  • 式を使う陰陽師でも、符を使って戦うことはありますか?
あります。
ただし、霊力の運用効率が大きく落ちるのは、式を使える陰陽師も使えない陰陽師も同じです。
式を使うと霊力を80%~100%(時にそれ以上)使いこなせるのに対し、符では頑張って50%がいいところ、くらいに思ってください。

  • 式に反映されるものとして「心の傷」がありますが、それがなくなった場合どうなりますか?
心の傷がなくなった場合をはじめ、精神的にパラダイムシフトが起こった場合、式の外見が変わることがあります。
また、それと共に式の能力が強化されたり、炎を使って攻撃していたのが水を使って攻撃するようになる、といったように能力が変化することもあります。

ただし、攻撃的能力が補助的能力になるという変化はなく、補助的能力については基本的に能力強化(霊力をより効率的に運用できるようになる)が起こります。

  • 隈取とは、歌舞伎のメイクのようなものでしょうか?また、歌舞伎では女形は隈取をそれほど持たなかったように思いますが、式が女性の場合、隈取はなくてもいいですか?
隈取については、その通りです。
ですが、歌舞伎のそれにこだわることなく、色・形共に自由にデザインしていただければと思います。

また、隈取については歌舞伎の設定を下敷きとしたものではありませんので、女性の式であっても必ず隈取は施してやってください。

  • 式は、動物型のみですか?
いいえ、人型も存在します。
詳細にもある通り人型もあれば動物型もあります。(君主・晴臣の式は狼の姿をとっています)
ですので、術者の性格や術の特性を反映させながら、自由にカスタマイズしていただければと思います。

  • 普段は人型だけれど、状況に応じて武器の形に変わる、という設定はアリですか?
アリですがナシです。
式の姿が変わるのは、精神的なパラダイムシフトがあった時のみとなっています。
(ただし、式によっては「大きさが変わる」という変化は可能です)
ですので「式の姿が変わる」のではなく、「寄り代にしていた物の中に姿を収める」といった認識でお願いします。

例:刀を寄り代に召喚。普段は主人と別々に行動するが、状況に応じて武器の中に収まり、主人の手の中で戦う。

なお、「一定時間、別の姿に変化できる」という設定は構いません。

  • 素質的霊力があまりない「落ちこぼれ」陰陽師はあり得ますか?
有り得ます。
修行しだいで霊力は伸びるものですが、霊力の運用が極端に下手だったり勘が鈍かったり、といった要素があると
修行をいくらしてもなかなか伸びない、ということはある話です。

また、特に「もともと武人」の家系に生まれた子供だと、親(沙更に来てから生まれた子)が、

○家に陰陽師として培ってきたノウハウが無い
○学び舎から帰ってきて復習をしようにも、親が陰陽術を扱えないため、子供の学習内容を理解できず、アドバイスもできない

といったような、そのほか様々な理由から「霊力運用の不器用さ」を発揮してしまい、それが代々血として受け継がれてしまって、
霊力的落ちこぼれの家系が出来上がる、ということもあります。

なお「修行しだいで伸びる」といっても、当然限界があります。
人によって限界値は違い、もともと備わっている限界を超えて霊力が伸びることは、ほぼありません。

  • 落ちこぼれの陰陽師が、前線としては役に立たないため、回復や防御能力に優れてはいなくとも後方支援型の巫女になることはありますか?
そのような場合でも、霊力の効果的な運用のため基本は陰陽師となり、学び舎で学ぶ内容も陰陽師のものとなります。

ただし戦時中や大規模な討伐任務がある場合のみ、特例(実質、陰陽師としては足でまとい扱い)として巫女に回されます。
巫女の中でも防御能力に優れた、いわゆる「盾役」として配備され、治療行為にあたる巫女や怪我人を戦火から守り、安全に治療行為ができるよう務める形となります。

  • 生まれ変わる一人の陰陽師の魂を、ずっと見守っていた式神という設定は可能ですか?
式神というのは、陰陽師がこれまで生きてきて感じたことや体験したこと、そうして形成された性格が反映されたものです。
なので、所謂「前世」の記憶も何もかも引き継いできた、という条件での生まれ変わりであれば、その時の式神がそのままでてくることもあります。

ですが、そうでなければたとえ陰陽師が前世と同じ性格であっても、育ってきた環境が異なりますので、
前世とは異なる式神(前世のことなど全く知らない・関係のない式神)が生み出されます。
ただし、外見が前世と似ている、というのはあるかもしれません。

ちなみに、他人の式神に強く憧れた結果、それが「願望」として式神の外見に反映される、ということもありますので、
たとえば「かの有名な○○は、白い龍の式神だったそうよ」などと聞かされて育った子が、それに強く憧れた結果、白い龍の式神を手にする、ということもあります。

  • 例えば妖力を吸収して、霊力に変換し使う、ということは可能ですか?
できません。
妖力は霊力と対局の存在にあり、妖力を吸収した場合その変換に同等の霊力を使う必要があるため、プラマイ0となります。

  • いわば「充電をしながら携帯電話を使っている」状態で、式を出しっぱなしにしておくことは可能ですか?
不可能ではありません。
ですが、「充電しながら使用する携帯電話」状態とはいえ、充電コードをさしている先は「コンセント」ではなく、「コンビになどで売っている充電器」ですので、
充電器の方の電気(術者の霊力)を、式の形を保っていられるラインまで消費してしまえば式は消えてしまいますし、術者も大きく疲労することになります。

逆に言えば、「四六時中、式を出しっぱなしにしていられる」というのは、「力のある術者である」ということを周囲に示すための、いわばステータスとなります。

  • 術者が死亡した場合、強い負の感情を抱いた式が妖怪化する、ということはありえますか?
ありえません。
自由意志を持っている式ですが、それは術者ありきの話であり、意思にしろ姿にしろなんにしろ、式のさまざまな根源は術者です。
ですので、術者が死ねば式は完全に消滅することとなり、「術者の妖怪化」はあっても、「式の妖怪化」は起こりません。

  • 隈取り必須ということですが、翅に模様を入れるかたちで『蝶』は許可範囲に入りますか?
お話を聞く限り、かなり一匹が小さいことになるようですので、そういうことでしたら翅に模様を入れていただく形で構いません。

  • 「複数の場合、一体消えると全て消える」とありますが、例えば群という形で一個体とし、何割損傷で全体消失というのはありますか?
はい。群れという形でしたら何割損傷により全体消失、で構いません。

  • 13歳から式神を持つのが好ましいとありますが、なにか13歳の時に式神をもつ儀式的なものがあるということでしょうか?
はい、その通りです。
ただし、「13歳から」とはなっているものの、あくまで「13歳」が最低限の年齢というだけですので、
親が「まだ精神的に未熟」と考えれば、13歳でも行われません。
家の面子のために行われる場合もありますが、そのせいで式が暴走し死亡に至った、という例もあります。

  • 霊力の強さでは御巫家がトップ扱いになっていると考えてもかまいませんか?
表向きには、霊力の強さ(総合力)・高さ(霊力限界値)ともに御巫家、もとい晴臣が一番、ということになっています。
同じく、巫女の中では東雲が一番、ということになっています。
年齢を鑑みることはありましたら、一番強い人間が御巫家をついできました。
ちなみに市井では「攻撃力だけで言えば貴彦様も負けていないのだけれど、性格がねえ……」という認識です。

  • 沙更民の霊力は、土地に依存するものなのでしょうか?
土地+血統といった感じです。
基本的に沙更で陰陽師たちが生まれるのは、土地整備により「霊力がその身に宿りやすい土地」となっているためです。
それプラス血統により、遺伝的に優劣要素が加わる、といった感じです。(勿論この血統による優劣にイレギュラーはありますが)
ほかの土地に移り住んだときに霊力が無くなる、というのは「なぜそうなるのかわからない現象」なのですが、
基本的に「陰陽師の国を捨てた」と認識されるとそういう現象が起こります。

  • 陰陽師に弱点はありますか?
陰陽師の弱点は「陰気」です。
そのため、そういう気をぶつけることで霊力を強制的に消費させたり、陰気で作った結界に閉じ込めることで能力を低下させることはできますが、
そのような行為を行った場合、行った本人が陰気に飲まれる可能性が非常に高いため、特に後者に関しては武人にはかなり難しい行為となります。

なお、武人の攻撃(伝家の宝刀によるもの)は基本的に全て陽気。
陰陽師の攻撃は、全て陽気。(ただし、場合によって陰気になることもあります/霊力消費が大きくなります)
妖怪の攻撃は全て陰気。
付喪神の攻撃は、感情依存で陽気と陰気が切り替わります。(基本的には陽気)

  • 花散里から移り住んだ陰陽師が、伝家の宝刀を所持していた場合、その家系の人間が伝家の宝刀を使用することはできますか?
はい、可能です。
ただ、設定上あまり周囲からは良い評価を受けない、という場合もあります。
また、花散里に移り住む際に「宝刀を捨てた(壊す、質に出す、他人に譲る)」という者もいます。

  • 式神は、陰陽師本人の影響を受けるとありますが、陰陽師が意図的に、忘れたい過去を消す等、式の記憶を操作することはできますか?
陰陽師本人が忘れていれば(記憶を閉ざしていれば)、式も同じように忘れます。
そうでなければ式も同じように覚えていますが、そういったものは陰陽師にとって「触れられたくないこと」ですので
式がそれに不用意に触れるような発言をすることはありません。

  • 何かを代償にするなどして霊力の増幅を行う、という描写はしても構いませんか?
はい、構いません。

  • 霊力を何らかのアイテムに蓄積しておいて、大きな術を使ったり一時的に霊力の増幅をするということは可能ですか?
はい、構いません。
ただしお国柄、「そんなことをしないと、大きな術が使えないなんて」と名家になればなるほど否定的です。
とは言え、晴臣はちょっとした理由から、東雲はもともとの性格から、それぞれ特に否定的ではありません。

  • 式神が怪我を負った場合、術者はどうなりますか?
神が怪我を負った場合における術者へのダメージについてですが、基本的にはかなり軽減されます。
(ほぼゼロと考えていただいて構いません)
ただし、この「軽減」のために霊力を消費しているため、ダメージを負えば負うほど霊力も消費することになります。
「軽減」は無意識下で行われる処理ですが、これが下手なために式神と同等の激痛を受けてしまう術者もいますし、
「軽減」しきれないダメージであった場合、術者にも傷がいくことがあります。

  • 式神を再召喚する際、消えた時点で再び召喚されますか?それとも、手元で再召喚する形になりますか?
式神が消えるのは術者が式神を意識的にしまった時か、気を失った時、
あるいは、式神を使えるだけの霊力を使い果たした時か、
式神が「世間一般的に見て【死ぬ】と判断できるだけのダメージを与えられた時」です。
(心臓を貫かれる、頭を落とされる等、「普通の生き物なら死ぬな」というようなダメージを受けた時)

また、眠った状態にある場合でも基本的には消えますが、
ある種の「暴走」(よく言えば『式神判断』、悪く言えば『術者の言うことを聞かない』)という形で
召喚し続けたままの状態になる場合もあります。(この場合、霊力の消費はかなり大きいものとなります)

ただし、たとえ式神が大怪我を負っても、術者の目視できる範囲にいれば、
自分の式神であるなら(陰陽師・巫女に関わらず)、霊力によってそれを治癒することが可能です。

といったところで質問の本題に話を戻しますが、再召喚する場合は術者のもとに再召喚される形となります。

  • 「体力と霊力はニアリーイコール」というのは、どういう意味でしょうか?
体力がもっとも霊力に変換しやすい、ということです。
体力→霊力への変換は、ほぼ無意識(勝手に)かつ変換にコストをほとんどかけることなく行えます。

  • 国を抜けると霊力を無くす陰陽師ですが、本編期間内における「陰陽師の国を捨てた」というのは、「巡り巡って沙更の国益に繋がる行為を放棄した」という意味でしょうか
「国を捨てた」とみなされるのは、基本的には(例えば)「私は今日から花散里民として生きていきます!」と、口に出す・心に秘める問わず、
そういう覚悟をしている状態が該当します。
「沙更の人間(あるいは陰陽師・巫女)として生きていく、という道をやめる」と決めた状態、といえばよいでしょうか。

ですので、例えば君主である晴臣に刃を向けたとしても、それがイコール【沙更を捨てた】となるとは限りません。
また、【沙更を捨てた】という状態になっても、おそらく本編期間内であれば霊力が無くなるという状態にはならないかと思います。
(無くすまでに期間があるため/弱体化はあるかもしれません)

  • 妖怪の体力を奪って霊力に変換することはできますか?
妖怪に限らず可能です。
自分の体力ではなく他人の体力を使うことになるので、「ほぼコスト0」ということはないですが、考えるほどの数字ではありません。