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※本キャンペーンのストーリーは「甲賀忍法帖」(山田風太郎/1958年/講談社刊)及び、「バジリスク~甲賀忍法帖~」(せがわまさき/講談社ヤングマガジンアッパーズ)を参考にしています。

慶長十九(一六十五)年……

 自分が老い先短いことを悟った徳川家康には二つ、頭を悩ませる問題があった。一方は大阪の豊臣。そしてもう一方が息子にして二代将軍・秀忠の後継者問題。

 長男でありながらどもりで愚図の竹千代か、次男ながら文武に優れた才覚を見せる国千代か。

  秀忠の妻で二人の母、江与の方は国千代を推し、竹千代の乳母阿福は竹千代を推す。
  二人の女が先頭に立ち、臣下たちの家々も巻き込んだ跡目争いに徳川家は真っ二つに割れていた。

 戦国を生き抜いた家康には豊臣という大敵を討滅してもこの問題の決着如何で徳川家が容易く崩壊することがわかっていた。

 長子相続制に基づき暗愚な長男か実のある次男か。両派を納得させる解決法を求め、天海大僧正を家康は呼び寄せた。自分より老齢なこの妖怪じみた僧ならば何か妙案をくれるのではと思ってのことである。

 初めに天海が示した案は

「剣の十番勝負にて決すべし」

とのこと。なるほど如何にも武門の長にぴたりと思われ悪くは無い。
が、両派の家々にまたがり十人の剣士を選ぶとなれば結果はどうあれ凄惨なものとなり、豊臣方に跡目争いを感づかれる可能性も自然高くなる。
  そう難色を示す家康に、ならばと天海は続けた。江戸からそう遠くない、武蔵国と相模国にそれぞれ「魔人」の里があると言う。

  武蔵国に番長(ban-tion、追放されし者たちという意味の英語)、相模国に生徒会(say-to-x、神の御子への言葉という意味の英語)。

  あるキリシタン大名がそう名付けたという二つの里は、名も無き頃、遥か源平の昔から憎みあい、相争ってきた。

  戦国の世が終わりを告げ泰平の世とあいなってもその力を大いに利用される「魔人」であるが、両里とも大名家に魔人の力を重用されながら決して手を取り合うことはなく、初代服部半蔵と交わした「不戦の約定」を以って戦わぬことのみを守ってきたのである。

  それを解き、剣士たちの代わりに徳川家の世継ぎを決するために闘えと命じればよいと天海は言う。

  徳川の都合で争いを禁じた魔人たちに、徳川の都合で争いをさせる。なんとも勝手な話であり、そしてその提案をしてきた天海自身また魔人なのである。

「彼奴らは服部殿との約定以後も相手方への憎しみを絶やしたことは無いとのこと。喜んで応じましょうぞ」

「それに」

「魔人なぞ幾ら死のうとも徳川や仕える家々には痛くもありますまい」

きひひと嗤うその老僧に家康は寒気を覚えた。

✝✝✝✝✝

 獣もそうそう立ち寄らぬ秘境の地を天海の結界術で囲い、作り上げた戦場。そこに入る前に馳せ参じた双方の頭領に家康が手渡した巻物には以下のように書かれていた。

「服部半蔵の下交わしたる不戦の約定はここに解かれ了わんぬ。生徒会、番長十人衆及び二方の増援の者のいずれか、先にこの秘巻を携え敵陣の最も奥深くに至ることを以って勝ちとし、勝たば一族千年の永禄あらん。    慶長十九年四月 徳川家康」


 魔人同士の二陣営に分かれた殺し合い。現代では「ハルマゲドン」と呼ばれるそれの先駆けとされる戦いの幕開けである--。