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少し迷ったが、俺は結騎の手伝いをすることに決めた。

深い理由はない。

強いてあげるとすれば、人付き合いの苦手な西友に俺だけではなく東泉寺やカオルとも仲良くなって欲しいと思ったからだ。

今まで通り、俺が西友に手を差し伸べて練習に付き合うのは簡単だろう。

でも、いつまでもそれに甘えていたのではきっと西友は声優としてやっていけない。

短い期間だが、共に過ごしてきたからわかる。あれだけの素養があるんだ。きっと西友は声優になれる。俺は友人として、彼女の成功を願っている。

だからこそ友達として西友のことを考えるなら、ここは突き放すべきだ。

それに、その過程で東泉寺とカオルの仲が悪いのも改善すれば良いと思った。

好意的な見方かもしれないが、あの二人。実はそこまで仲が悪いわけではないような気がする。

二人の間に西友という緩衝材が入ることで、もしかしたら何かが違ってくるのではないだろうか。

駄目そうな時には俺や結騎が間に入って仲裁すれば良い。

期せずして出来た部活動だとしても、部員同士がぎすぎすしているのは何か嫌だった。

〈坂本 隼人〉
「明日にでも報告するか」

打算的な考えあっての選択だが、俺は結騎の手伝いをすることに決めた。もちろん、手伝う以上は気を引き締めなければならないだろう。

結騎の手伝いか。

確か結騎はアナウンサー志望だったはずだ。

一体なにをするのだろう、見当もつかない。予想通り、原稿の音読を聞いて駄目だしでもするのだろうか。ううむ……素人の俺に務まると良いのだが。

だけど、まぁ。

結騎のことだし、きっと色々と無茶を言われるだろう。

今こうして考えても詮無いことだ。

俺はベッドに倒れこむと、天井を見上げる。

――明日から忙しくなりそうだ。



……
…………
………………

;背景(屋上)

〈坂本 隼人〉
「やっぱりここにいたか」

鉄扉を開けると、心地よい風が頬を撫でる。

ここは、学校で最も空に近い場所。いわゆる屋上だ。

俺たちの部活……『声えん部』は発足したばかりなため、部室はあるが専用の練習場所が与えられていない。

だから、当然というべきか。

練習場所と言えばここくらいしか思い浮かばなかった。

〈坂本 隼人〉
「よ、結騎」

〈結騎 凛〉
「坂本くん」

グラウンド側のフェンス脇にいた結騎がふり返る。

発声練習でもしていたのだろうか、なにか書籍を手に持っていた。

〈結騎 凛〉
「なぁに? 御社くんでも探しに来たの? 生憎ここにはいないわよ」

〈坂本 隼人〉
「違う違う。昨日の話のこと」

〈結騎 凛〉
「昨日の話……ってああ、私の練習を手伝ってほしいって話ね」

〈坂本 隼人〉
「そう、それ。結騎のこと手伝うことにしたってのを伝えようと思ってさ」

結騎の顔が綻びる。

〈結騎 凛〉
「えっ、ホントに?」

〈結騎 凛〉
「それはすっごい嬉しいけど…………良いの?」

〈坂本 隼人〉
「? 結騎らしくないな、俺は何も問題ないぞ」

俺は訝る。遠慮するなんて結騎らしくない。

〈結騎 凛〉
「いやー、だって坂本くんいつも西友さん贔屓だったから……またてっきり西友さんの手伝いをするのかと思ったわよ」

……うっ、割とマジで根に持っていたのか。

というか、実際のところ別に贔屓というわけではなく、おどおどしている西友を見るとどうにも庇護欲を掻き立てられるというだけのことなのだが。

口に出して説明するのも面倒だし、特に反駁はしない。

〈結騎 凛〉
「でも手伝ってくれるなら素直に嬉しいよ。ありがと」

結騎は屈託なく微笑む。

普段はなにかと割と俺に突っかかってくる癖に、こういう変なところで結騎は真っすぐだ。

基本的にドライな性格を自負している俺だ。こうして面と向かって感謝されることに慣れていないせいか、少し気恥ずかしい。思わず視線を逸らしてしまう。

〈坂本 隼人〉
「いいよ。それに、一番最初に頼まれたのは結騎だしな」

〈結騎 凛〉
「ふーん、坂本くんってけっこー適当なところがあると思ってたんだけど……そういうところはきっちりしてるんだ」

〈坂本 隼人〉
「なんだか酷い言われようだな」

〈結騎 凛〉
「だって、日頃の様子を見てるとねぇ」

含み笑いをしながら目を細める結騎。

確かに思い当るところがないでもないのだが、何も直接言わなくても良いだろうに。

西友の件の意趣返しということだろう。

〈坂本 隼人〉
「んで、西友とか他のやつらは? なんだか居ないみたいだが」

〈結騎 凛〉
「少し遅れるみたい。みんな用事とかで」

〈坂本 隼人〉
「ふぅん、それで結騎は一人悲しく練習中か」

俺はハハハと笑い、結騎の手に持った書籍を指差す。

〈結騎 凛〉
「あ、そうなのよ。はは」

なんだか慌てたような動作で本を背に隠す結騎。

別に恥ずかしがることはないだろうに。

と、思ったが自主練習というのは他人に見られると気恥ずかしいと思ったりするものか。わかるようなわからないような。

〈坂本 隼人〉
「それで、俺はなにを手伝えば良いんだ?」

〈結騎 凛〉
「んーそうねー……」

結騎は親指を顎に当てて思案顔をする。

もしかして、手伝ってほしいと言った割には明確にすることを決めてなかったりするのだろうか。

……ありえる。

部活設立の件もそうだが、結騎は何も考えずに突っ走り過ぎなところがある。

〈坂本 隼人〉
「言っておくが、俺は素人だからどこが悪いとかは明確に指摘出来ないぞ」

〈結騎 凛〉
「わかってるわよ、それぐらい。坂本くんにそういう専門的なことは期待してないし」

〈坂本 隼人〉
「それなら良いんだが」

声優に関してなら少しは知識があるが(とは言っても当然アニメの声優などについてだが)、アナウンサーなんて完全に門外漢だ。
専門的なことを聞かれてもわからないし、助かった。

〈結騎 凛〉
「あ、それじゃー私が小説を朗読するから変なところとか指摘してくれない?」

〈坂本 隼人〉
「素人だから明確に指摘出来ないって言ったばかりだよね!?」

思わず突っ込みを入れてしまった。

〈結騎 凛〉
「だーかーらー、わかってるってば。そういう意味じゃなくてね。素人目線で良いの、何か気になることがあったらなんでも言ってってこと」

〈坂本 隼人〉
「あー、そういうことか。了解、善処する」

なるほど早とちり。
それくらいなら俺にも出来そうだ。

〈坂本 隼人〉
「ん? だけど、アナウンサーなのに小説の朗読なんかするのか?」

〈結騎 凛〉
「そそ、小説は台詞よりも地の文が多いでしょ? だから、原稿を読む練習に近いものが出来るのよ」

言われてみればそうかもしれない。

〈坂本 隼人〉
「伊達にアナウンサー目指してるわけじゃないな」

ポリポリと頬を掻く結騎。

〈結騎 凛〉
「まぁ、本格的にやるならニュース原稿の朗読とかの方が良いんでしょうけどね。それは本を買ったりして自分でやってるから、ちょっと趣向を変えてみようかと思って」

なりたいという想いだけではなく、ちゃんと行動に移してるんだな。
あまり踏みこんで話すことがなかったから今までわからなかった。
俺は結騎のことを、素直に凄いと思った。

〈坂本 隼人〉
「で、小説はなに読む気だ?」

〈結騎 凛〉
「んー……特に決めてないわね、思いつきだし」

〈坂本 隼人〉
「……」

でも、やっぱり結騎は結騎か。
計画的なのか無計画なのか、全く理解に苦しむ。

〈坂本 隼人〉
「……図書室で何か借りてくるか」

〈結騎 凛〉
「……そ、そうね」

俺たちはそうして頷きあうと、連れだって階下の図書室を目指した。

……
…………
………………

;背景(屋上)

〈結騎 凛〉
「あ、あすこ石炭袋だよ。そらの孔だよ」

〈結騎 凛〉
「カムパネルラが少しそっちを避けるようにしながら天の川のひととこを指さしました。ジョバンニはそっちを見てまるでぎくっとしてしまいました」

階下から響く喧騒の中でもはっきりと響く、結騎の声。
図書室でいくつかの小説を見繕ってきた俺たちは、練習のために再び屋上へ戻ってきていた。

〈結騎 凛〉
「天の川の一とこに大きなまっくらな孔がどほんとあいているのです」

〈結騎 凛〉
「その底がどれほど深いかその奥に何があるかいくら眼をこすってのぞいてもなんにも見えずただ眼がしんしんと痛むのでした」

結城はそこで、ふぅと小さく息を吐く。

〈結騎 凛〉
「……で、坂本くん。いまのところ何か気になる点はある?」

〈坂本 隼人〉
「……うーん」

顎に手をあてて考える。
気になったところを見つけるくらい簡単だろうと思っていたが、やってみると実際そう簡単なものではなかった。
気合いを入れて聞き手に徹してみたものの、俺が聞いて気になるような点は特になかったように思えた。

〈坂本 隼人〉
「気になるところじゃないんだが……強いて言うなら、そう。上手いなーとしか」

もはや感想の域だが、正直それくらいしかあげるような点が思い浮かばなかった。
しかし、よくよく考えてみると素人の俺が聞いても特に不自然とは感じなかったのだ。つまり、その点では結騎の朗読は上手いと言えるのではないだろうか。

〈結騎 凛〉
「うー……褒めて欲しくて朗読したんじゃないんだけど」

〈坂本 隼人〉
「とは言われてもなぁ、別段おかしなところはなかったようだけど」

俺は肩をすくめる。

〈坂本 隼人〉
「あーでも、強いて言うなら……なんというか台詞の場面だけ気合い入り過ぎじゃね? とは思ったな」

――そういえば、少し気にかかるところはあった。
結騎の朗読。
地の文に関してはすらすらとはっきり読みあげていたのだが、なんだか台詞になるとやたら芝居掛かった話し方になっていた。
まぁ、小説という感情移入しやすい媒体だ。それも致し方ないように思えるが、通常アナウンサーというのはなるべく聞き取りやすよう平坦に読むものではないのだろうか。
憶測も良いところなのだが、それが合っているのなら感情の入った読みあげ方というのは少し噛み合わないのではないかと思った。

〈結騎 凛〉
「……そう、聞こえた?」

〈坂本 隼人〉
「確実に、とは保証できないがな」

なんだか挙動不審になる結騎。
……?
よくわからないが、俺の耳にはそのように聞こえたのは事実だった。

〈結騎 凛〉
「つ、次からは気をつけるようにする。その、ありがと」

〈坂本 隼人〉
「どーいたしまして」

全く意味のない礼だが形だけこなしておく。

〈坂本 隼人〉
「ああ……あとさ、台詞の場面だけ気合い入ってる~なんて言ったけど別に悪い意味じゃないからな。声優顔負けの演技で普通にびっくりしたってこと」

アナウンサーを目指している結騎にとってはなんの意味もないことなのかもしれないが、なかなか真に迫っていたのでビックリした。
お世辞抜きに、西友に比肩すると言っても過言ではないだろう。

〈結騎 凛〉
「……!」