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s_nar04_1 | 鳴歌個別4 シーン4-1 スタート
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;背景(空とか風景?)
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先日はカオルのおかげでちょっとしたアクシデントがあったが、西友との練習は順調に進んでいた。
カオルも練習中にちょっかいを出すことは無くなり、部屋の隅でお人形さんみたいにじっとしていてくれた。
ちなみに西友のことを鳴歌と名前で呼ぶ機会は、あの日以来訪れなかった。
西友が鼻血を出して練習にならなかった日の帰りがけ、学校内や皆の前では名前で呼ばないでくださいと懇願されていたからだ。
2人きりなら名前で呼んでも構わないのだろうが、そんなシチュエーションは1度も訪れなかった。
実際には全く無いということはなく、移動の時間や休憩時に2人きりになる場面もあったが、僅か数分しかないため、なんとなく言い出し辛かった。
どうやらオレの方も変に意識しているらしい。
そうして西友の名を呼ぶことなくカオルの監視ターンは終わり、今度は東泉寺が監視をする番になった。
…………
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;背景(通学路夜)
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;SE(電話呼出し音)
;SE(電話に出る音)
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<坂本 隼人>
「はぁ! なんだって?」
<東泉寺 晶>
「あはは、だから暑いから行きたくないって言ったんだよ。電波遠いの?」
<坂本 隼人>
「あのな。暑いのはお前だけじゃないんだぞ?」
<東泉寺 晶>
「知ってるよ。でもねハヤトン。この炎天下、アタシみたいなちっさいのが外をうろつくと熱中症になるよ? そうなったら大変じゃん?」
<坂本 隼人>
「まあ東泉寺がそれでいいってんなら別にいいけど、監視しなくていいのか?」
<東泉寺 晶>
「あはは、大丈夫だよ。リンコや変態王子から聞いた限りじゃ、変なことしそうにないし、アタシはそこに居たってことにしといてくれればいいよ」
<坂本 隼人>
「いい加減な奴だな」
<東泉寺 晶>
「エアコンとコタツは魔性の家電なんだよ。付けたら最後、もう抜け出せないんだよ」
<坂本 隼人>
「わかったよ。冷房効かせすぎで風邪とか引くなよ」
<東泉寺 晶>
「わかってるって、ありがとハヤトン。そんじゃ頑張ってね~」
;SE(電話を切る)
……というわけで、今日の練習は西友と2人で行うことになった。
まあ結騎はともかく、カオルが居た時は完全に人形というか置物状態で、実質2人きりみたいなものだったから大丈夫だろう。
本当に大丈夫なのか?
<西友 鳴歌>
「あの~」
部屋の隅で電話の成り行きを見守っていた西友が、恐る恐るといった感じで尋ねてきたので、オレは事情を説明した。
東泉寺が来れないことを聞いた西友は、少し驚いた表情を見せたものの、
<西友 鳴歌>
「それなら仕方ないですね」
と言って微笑んだ。
くそ。なんだ。かわいいじゃね―か。このやろう。
…………
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s_nar04_2 | 鳴歌個別4 シーン4-2 スタート
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;背景(自室)
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オレは西友と2人きりだということを、なるべく顔に出さないよう気を付けて、練習を開始した。
10冊あった台本も一通り読み合わせを終え、いまは感情的に表現するのが難しい箇所や、息継ぎなしの一気読みみたいに、技術的に困難な箇所に重点を置いて練習を行っている。
<西友 鳴歌>
「あ、あの。坂本さん」
<坂本 隼人>
「ん~、なんだ?」
<西友 鳴歌>
「い、いま、ふたりっきりですね」
<坂本 隼人>
「そうだな~」
などと、どうでも良さそうに答えたが、実際はかなり意識している。
<西友 鳴歌>
「坂本さんは緊張とかしてないんですか?」
<坂本 隼人>
「してないけど? 鳴歌は緊張してんのか?」
<西友 鳴歌>
「うん。……えっ? ええ~~っ!」
相変わらず、名前ひとつ呼ばれただけで、リアクションが大袈裟だな。
<坂本 隼人>
「あまり騒ぐな。興奮するとまた鼻血だすぞ」
その言葉を聞いた西友は、慌てて両手で顔を覆い、鼻血がでてないことを確認する。
<坂本 隼人>
「大丈夫か?」
<西友 鳴歌>
「だ、大丈夫、みたいです。そ、それにしても暑いですね」
<坂本 隼人>
「そうか? エアコンもう少し効かせた方がいいか」
<西友 鳴歌>
「あ、いえ、大丈夫です。それよりも坂本さん。前回のリベンジをお願いします」
<坂本 隼人>
「リベンジ? なんかあったっけ?」
<西友 鳴歌>
「えっと。その。お互いの名前で読み合わせをするという奴です」
あれか。あれはちょっとな~。
いまとなってはかなり恥ずかしいんだがどうしよう。
<坂本 隼人>
「え~と。まぁあれだ。そのうちにな。というか普通に名前で呼んでいいんだぜ?」
<西友 鳴歌>
「無理です。どうしてそんな意地悪を言うんですか?」
名前で呼べっていうことが、どうして意地悪になるのだろうか。実に謎だ。
<坂本 隼人>
「えーと。それじゃ薩摩隼人って10回言ってみて」
<西友 鳴歌>
「薩摩隼人ですか?」
<坂本 隼人>
「そう。それなら言えるだろ?」
西友は怪訪そうな顔をして首を縦に振る。
<西友 鳴歌>
「薩摩隼人、薩摩隼人、薩摩隼人、薩摩隼人、薩摩隼人、薩摩隼人、薩摩隼人、薩摩隼人、薩摩隼人、薩摩隼人」
<坂本 隼人>
「それじゃ今度は坂本隼人を10回言って」
<西友 鳴歌>
「坂本隼人、坂本隼人、坂本隼……あっ!」
<坂本 隼人>
「言えるじゃないか」
<西友 鳴歌>
「こ、これはその、反則みたいなものじゃないですか~」
確かにそうかもしれない。
…………
それからしばらくは練習の繰り返しで、声優志望の西友の声を聞いて、良いと思ったところは褒め、うまく言えてないと思ったところには遠慮なく駄目出しをした。
練習中、オレが西友のことを鳴歌と何度か呼んだが、流石にもう驚いたりはしなかったが、口元がだらしなく緩み、なかなか面白い顔になる。
<坂本 隼人>
「おい鳴歌。かなり変な顔になってるけど大丈夫か。鏡を貸してやろうか?」
<西友 鳴歌>
「ううぅ。坂本さん。ひどいです」
本人のためと思って指摘したのだが、西友は拗ねてしまった。
そんな雑談を挟みながら練習を行っていたら、いつの間にかすっかり日が暮れてしまった。
時計を見ると、午後7時を少し過ぎている。
<坂本 隼人>
「鳴歌の最寄り駅って、ここから何駅くらいだっけ?」
<西友 鳴歌>
「えっと、3駅目です。そんなに遠くないです」
<坂本 隼人>
「そうだな。それじゃ鳴歌の最寄り駅まで送ってやるよ」
<西友 鳴歌>
「えっ! いえ、大丈夫です。そんなつもりで遠くないとか言ったんじゃないんです」
<坂本 隼人>
「バカにしてんのか? それくらいわかってるよ。この時間帯だと痴漢とか遭うかもしれないだろ?」
<西友 鳴歌>
「そ、それこそ心配ご無用です。痴漢なんて殆ど遭ったことないです」
<坂本 隼人>
「殆どって、全くないわけじゃないんだろ?」
<西友 鳴歌>
「うぅ……うん」
<坂本 隼人>
「それとも鳴歌は痴漢に遭いたいのか?」
<西友 鳴歌>
「そんなことあるわけないです! 痴漢なんて大嫌いです!」
<坂本 隼人>
「そ、そうか」
<西友 鳴歌>
「そうです!」
<坂本 隼人>
「オレも鳴歌に痴漢に遭って欲しくない。だから送ってゆく。断っても付いて行くぞ?」
<西友 鳴歌>
「わ、わかりました。送ってください。わたしからもお願いします」
<坂本 隼人>
「強引なのは謝る」
<西友 鳴歌>
「と、とんでもないです。とても嬉しいです。嬉しくて立てそうにありません。え? あれ?」
どうやら本当に立てないようだ。
今日はほとんど休憩なしで座りっぱなしだったので、タフな西友も足が痺れてしまったようだ。
オレは西友に足を崩して貰い、痺れが無くなるのをしばらく待った。
…………
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s_nar04_3 | 鳴歌個別4 シーン4-3 スタート
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;背景(通学路夜)
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外に出ると、辺りは真っ暗になっていた。
<坂本 隼人>
「もうすぐ8時か。なんか悪いな」
<西友 鳴歌>
「いえ、わたしのせいで遅くなって申し訳ありません」
<坂本 隼人>
「鳴歌は悪くないよ。それより行こう」
<西友 鳴歌>
「うん」
街灯があるとはいえ、夜道である。
女性のひとり歩きは危険と言っても過言ではない。
これはあれだ。西友の家まで送った方がいいだろうな。
いま本人に話すと遠慮されるだろうから、電車に乗り、最寄り駅に着いてから話せばいいだろう。
オレがそんなことを考えていると、沈黙に耐え切れなくなったのか、珍しく西友の方から声をかけてきた。
<西友 鳴歌>
「あの、坂本さんの夢ってなんですか?」
<坂本 隼人>
「いきなりだな」
<西友 鳴歌>
「ご、ごめんなさい。気になっただけですから。言いたくなければいいです」
<坂本 隼人>
「そうだな。オレの夢は、稼ぎのあるカミさんに養われて、好きなことだけやってダラダラと過ごすことかな」
<西友 鳴歌>
「そ、そうですか。稼ぎのある女性。なるほど。わかりました。頑張ります」
なにを頑張るのか分からないが、とりあえず冗談だと気付いて貰えないのが悲しかった。
<坂本 隼人>
「あのな鳴歌。冗談だから。確かに選択肢のひとつしては憧れるシチュではあるよ。でもそんなのが夢っていうのは流石にクズすぎるだろ」
<西友 鳴歌>
「そ、そうですね。確かにそうでした。でもわたしはそれでも構いません。うん。いざとなったらわたしが稼ざます」
<坂本 隼人>
「いや、オレが構うっていうか働かせてくれ!」
うーん。この得体の知れない不安感はなんなんだ?
なんとなくだが、鳴歌と付き合う男性は、この献身的な性格によって骨抜きにされるんじゃないかって気がしてきた。
<坂本 隼人>
「オレのことはいいよ。それより鳴歌の夢は声優になることでいいんだよな?」
<西友 鳴歌>
「う、うん。“声えん部”に入る前はなれたらいいなっていう程度でした。だけどいまは、いまは本気で目指してます」
<坂本 隼人>
「なれるといいな」
お前ならなれるさ。なんて気休めは言わない。
<西友 鳴歌>
「……そうですね。ありがとうございます」
今度はオレの気持ちを理解したのか、西友は軽く口元を緩ませた後、真剣な表情に戻った。
…………
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s_nar04_4 | 鳴歌個別4 シーン4-4 スタート
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;背景(黒もしくは電車内)
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;SEループ(電車の音 ガタンゴトン)
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電車といっても、地方都市のローカル線なので、都会の満員電車ほどは混んではいない。
それでもサラリーマンの帰宅時間なので、座ることはできず、立ってる人数と座っている人数がほぼ等しいくらいの微妙な混み具合だ。
もう少し乗車率が高いのかと思っていたが、この程度ならよほどのバカかチャレンジャーじゃない限り、痴漢しようなんて気は起こさないだろう。
なんとなくだが、西友は常習的に痴漢の被害に遭ってるんじゃないかと思っていたので、少しだけホッとした。
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;SEストップ
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…………
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;背景(通学路2夜)
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西友が住んでいる街は、駅前にちょっとした商店街があり、そこそこ賑わっていた。
だがそれも数10メートル程度で、それ以降は静かな住宅街が続いていた。
<西友 鳴歌>
「坂本さん」
<坂本 隼人>
「なんだ?」
<西友 鳴歌>
「あの、本当はひとつひとつ個別に言うべきなんでしょうけど、今日まで色々とありがとうございます」
<坂本 隼人>
「気にするなよ。こんな夜遅くに女の子をひとりで帰したってバレたら、結騎や東泉寺に怒られる」
<西友 鳴歌>
「あ、いえ、そのことではなくて、いえ、もちろんそれも感謝してます。ですが、一番お礼を言いたいのは、その、部活に誘ってくれたことなんです」
<坂本 隼人>
「“声えん部”か。あれは結騎の手腕によるもので、オレはきっかけみたいなもんだ。風が吹いたら桶屋が儲かるってことわざの“風”に相当するな。うん」
あれ? なんか卑下したつもりが、“オレは風だぜ”なんて中2っぽくないか?
しまった。失敗した!
案の定、そういう言葉が好きな西友が、キラキラした瞳でこちらを伺っている。
<西友 鳴歌>
「さ、坂本さんは、“風使い”だったんですね」
<坂本 隼人>
「やめてくれ! もうオレのライフはゼロだ! そういうつもりで言ったんじゃない」
<西友 鳴歌>
「わかってます。冗談です」
こ、このやろう。言うようになったじゃないか。
でもこれは、嬉しい変化だな。
<坂本 隼人>
「いい意味で変ったな。随分明るくなったし、言葉の数もかなり増えてきた」
<西友 鳴歌>
「そうでしょうか? もしそうだとしたら、坂本さんや“声えん部”の皆さんのおかげです」
<坂本 隼人>
「その調子なら声優のオーディションも、ひとりで大丈夫だな」
今度はオレが意地悪なことを言ってみた。
<西友 鳴歌>
「そ、そんなことありません。ひとりで受けに行くとか絶対に無理です! 緊張で倒れる自信があります」
<坂本 隼人>
「それは自信をもっていう言葉じゃないだろ。とりあえず会場付近までは付いてってやるけど、流石に控え室とかは勘弁な」
<西友 鳴歌>
「ありがとうございます。控室は参加者しか入れないので問題ありません。覚悟はできてます」
<坂本 隼人>
「そっか。まあ緊張しないよう気をつければいい線いくんじゃないか? これは気休めじゃないぜ? それにあれだ、オレは鳴歌の声、割と好きだぜ」
<西友 鳴歌>
「ひゃ、ひゃいっ! い、いまなんと?」
<坂本 隼人>
「いや、鳴歌の声が好きだって言ったんだけど? よく響いて耳の奥まですっと届くから聞いてて心地いいんだ」
<西友 鳴歌>
「そ、そんなこと言って貰えたの、初めてです」
<坂本 隼人>
「自信もっていい。ただ、声優志望って多そうだから慢心はするなよ?」
<西友 鳴歌>
「もちろんです。そんな余裕なんてありません!」
<坂本 隼人>
「だよな。ところでオーディションって午前中くらいで終わるんだろ?」
<西友 鳴歌>
「そうですね。順番にもよりますが、わたしは早い方なので恐らく10時か11時には終わると思います」
<坂本 隼人>
「そうか。それじゃせっかく遠出するんだ。オーディションが終わったら、飯食ったり買い物したり、その辺ブラブラと散歩してから帰るか」
<西友 鳴歌>
「ええっ!」
なにを驚いているのだろうか。なにか変なことを言ったか?
<西友 鳴歌>
「そ、それは帰りにデートをしましょうということでしょうか?」
なるほど。そういう風に解釈したか。
<坂本 隼人>
「デート。 うん。デートね。飯食って買い物してその辺ブラブラするのがデートと言うならそうかもな」
<西友 鳴歌>
「あのう。それって立派なデートですよ」
<坂本 隼人>
「細かいことは気にするな。嫌なら別に……」
<西友 鳴歌>
「ご飯を食べて、買い物をして、ブラブラしたいです。して下さい!」
なんか鬼気迫る勢いで顔を近づけて西友は懇願する。
<坂本 隼人>
「お、おう」
情けないことに、オレはそう返事するのが精いっぱいだった。
…………
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;個別4 END
;ジャンプ(e_nar.ks)
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