子育ての影響


日本は、もう核家族という言葉が改めて言われる時代ではありません。

それだけに、日本人として伝統的にしつけてきた様々なことがおろそかにされたり、全く知らなかったり、また情報のみに流され、今の時代にのみ合う形の生き方になっているなど、悪い面の自由な育て方が浸透してきたことが今話題となっています。昨今の親殺し、仲間殺し、全く関係のない人への殺人など毎日のように報道されていることから、急に家庭、家族、子育てなどについてもテレビや新聞で騒ぎ始めました。その多くは、就学前の家庭教育がその基本にあることが改めて問われています。昔の日本の家族は、異年齢層の同居が(よいにつけ悪いにつけ)多かったので、そこで子供たちは知らないうちに人との関係を学びました。今のようにほとんど母親だけから影響を受ける時代には考えられないような人とのつながりがあったと思います。


罪を犯した人達のほとんどが、「よい人だった」「そんな人に見えなかった」といわれるものですから、表面と内面の差が大きいことが分かります。しかしこれは表面的な人間関係しか持てていなかったことがその原因としてあり、よい仲間とのよい人間関係ができなくて、狭い範囲での人間関係がゆがませたものともいえます。お母さんがたくさんの友人、仲間、範囲の広い友人、仲間をつくり、人からたくさんの事を学びながら子育てをしていき、人が大好きな子どもになるように育てれば、きっと人間関係がスムースにいくのではないかと考えます。「知らない人に声をかけられてもお返事しないのよ」といわなければならない現状の中では、人を大切にし、人を愛することの大切さを教えることができません。この世の中何とかならないかと昔を懐かしく思う今日この頃ですね。


私は長い教育現場経験から、今の様々なよからぬ事態は、20年前から見えていたと考えています。むしろその頃先々のことを考えて私は、現場教育に悩んでいました。ちょうど今の小学生以下の母親たちの20年前の姿です。どうしてこのように学生達が変化してきたのかと昔をたどれば、その母親達は丁度自分たちなのです。日本が豊かさを満喫できるようになった頃で、そろそろ私達の子育てが終わる頃でした。


人は育てたように育ち、それ以上のものにはならないものだと、今、しきりと反省しているところです。その時代時代に合った育て方はあると思います。しかし、人間としていつの時代も教えておかなければならないことや身につけておかなければならないことが普遍的なものとしてあり、それだけははずせないものがあるように思います。それらは時代の変化と関係なく、人が人と関係を持ちながら、心豊かに暮らすために必要なもの、大方は、生まれながらに持っているもの、それを確実なものにし、更に自分のものとして身につけていくことがあると思うのです。それはまさしく日常的な人とのかかわりから学ぶものですから、他人との生活が必要であると思われます。


{幼児対象キッズクラブでは2歳・3歳児、その上のクラスNEXTでは小学4年生まで(今試験的に学年を伸ばしています)、また別に小学生から中学生までの基礎基本を重視しながらからだの使い方を学んでもらう「からだづくり塾」、まさしくからだで学ぶ、あそびを含む体力づくり塾を開催しています。そして成人から高齢者までのからだデザインとしての健康づくりでは多くの人たちに接触し、現代人が抱える運動不足による病にかからないようにと指導しています。自分のからだの変化を楽しみながら動くことが何より大事です。

<最近の活動の中から、子どもの態度についての感想>平成29年8月16日
ある小学校の「からだ塾」指導者が急に辞めたことで、それを支えるために参加しました。子どもは育てたように育つということは、保護者だけにあらず、指導者の指導にもよるものであることを実感しました。今私が行う他の3か所とは大きく異なる場面に出くわし、地域、家庭環境、これまでの指導体制が異なるとここまで子どもが違うのかと驚きとともに考えさせられました。

最近の子どもは注意をしても自己主張が強く自分の非を認めないことが多くあります。自分の態度が他の人の迷惑になっていることなど指示しなければ全く気がついていません。気がついてもその指示に従おうなどと考えない子が増えています。そこで、その態度がどのようにみんなに迷惑をかけているのかについて、逆の立場になり、わが身に置き換えて考えさせなければなりません。時間がかかります。

例えばみんなでリレーをやります。やりたくないといいます。無理にさせればわざとゆっくり走ります。やらないならば見ていなさいと云えばふて腐り不機嫌な態度を見せます。学校教育ではないので来たくなければ来なければよいのですがそんな子に限って休まず参加します。からだを精一杯動かす機会が少ないこともあると思います。そのための活動ですから許さなけれなりません。

わたしたちのNPOとしての活動では、昔のように自由に大暴れできる機会をつくり、元気な子を育てたいと願っていますので、自由度を多くし、自主性を尊重し、汗びっしょりになり笑顔で帰ってもらおうと願っています。限られたスポーツ活動では厳しい制約がありますが、色々なスポーツを楽しむことで知らぬ間に体力がつき明るく元気な子になって欲しいと願って行っています。

子どもにも大きなストレスがある時代だとは思いますが、昔も昔なりに沢山のストレスがありました。兄弟姉妹が多く、おやつの取り合い、おさがりしか持てない、着られないことなど今以上に我慢しなければならないことが沢山ありました。そのように考えると、今の子は恵まれていて、耐え、我慢しなければならないことが少ないために少しのことにも我儘が出たり、我慢できないのではないかと思います。そのような子どもを相手に、頑張る姿を見せながら力をつけさせることは自由度が多いこの活動では無理なのかとさえ思いました。自由を与えながら、やり抜く、挑戦する力をつけさせることの難しさを感じました。

しかしこの活動では、一人一人が頑張り、その姿を見ながら互いに支え合って活動を楽しみ、人間としての成長もしてほしいと願うのであれば指導法を改めて考えなくてはならないと思いました。そのためには保護者の協力、つまり家庭教育、学校教育(学校との連携)による協力、その上での私達のような社会教育、この三者が支えていかなければとても現代っ子の社会教育は難しいと今日ほど実感したことはありません。

長い教育現場での経験だけでは現代っ子の社会教育は難しいと感じました。学習意欲が高い現代っ子の特徴を考えれば、頑張らせる方法を編み出さなければなりません。結果が感じ取れるような指導技術(言葉かけ、注意・指導の方法)が大事であり、これまでの指導体制を人が代わって変えていくにはしばらく時間がかかりそうです。
そんな中で、学習意欲(自分勝手な意欲)も含めて、現代っ子の指導を研究しなければ打開するのが難しいと考えます。しばらく時間をかけた指導者の努力が必要です。

他の場所(真駒内公園、円山陸上競技場)、他校での活動とあまりに異なる子ども達の動きに、指導技術がいかに大事かが分かりました。活動内容、プログラムにも問題があるのかもしれませんので、この現場を他の現場同様に有意義なものに変えていくための努力が必要であると実感しました。子ども達の将来のために!!
布上恭子/ライフスタイル研究所









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