※上記の広告は60日以上更新のないWIKIに表示されています。更新することで広告が下部へ移動します。

詩篇#には我々が住んでいる実際の現代社会と同じような世界が存在している。
この世界を現実界や物質界、あるいは現世と呼ぶ。
現実界とは異なる世界として異界と呼ばれる世界も存在している。
現実界をその構成要素から物質界と呼ぶように、それぞれの世界もその構成要素からエーテル界、アストラル界と呼ぶことが有る。

エーテル界は物質世界に融けこむように存在しており、アストラル界はエーテル界に融けこむように存在している。
別の言い方をするならば、現実界はエーテル界を内包しており、エーテル界はアストラル界を内包している。
従来のオカルト観では現実界を取り巻くようにエーテル界が存在しており、さらにそれと取り巻くようにアストラル界が存在しているような説明を行ってきたが、詩篇#世界では、逆の構造になっている。
これはエーテル界やアストラル界は、現実界無しでは存在し得ないことを表している。




1-1.現実界

我々の住む実際の現代社会と同じような物理法則が当てはまり、同じような国や地域に分かれ、同じような民族が暮らし、同じような歴史を繰り返してきた。
詩篇#でのほとんどの冒険の舞台で、様々な神族が覇権を争う場でもある。
この世界は我々が住む現代社会と同じような歴史を歩んでおり、同じように様々な国や地域に分かれている。
そして諸国、民族間の紛争の種は絶えない。
それどころか、我々の住む現代社会よりその状況は深刻である。
世界はまさに一触即発状態で、いつ大規模な戦争がおこってもおかしくは無い。
不況は世界的なものであり、失業率も高い。街には犯罪が溢れ、凶悪事件が後を絶たない。
また環境破壊も致命的なものとなっており、異常気象は毎年のようにどこかで起こっている。




1-2.異界

異界はその構成要素からエーテル界と呼ばれる世界とアストラル界と呼ばれる世界に分類できる。
それ以外にもマナス界という世界も存在する。
エーテル界やアストラル界は現実界のように1つの繋がった世界ではなく、複数の独立した世界から成り立っている。
またそれぞれの世界も、現実界と同じように国や地域に分かれている。

エーテル界は現実界とアストラル界との橋渡し的存在の世界である。
エーテル界は階層構造となっており、一番現実界に近い世界を低層エーテル界と呼び、その姿は現実界とほぼ同じであり、現実界の影、あるいは鏡のような世界である。
アストラル界に近づくごとに高次エーテル界と呼ばれるようになりエーテル界は各々のアストラル界に対応した分化をはじめ、同じ階層のエーテル界同士でも、似ても似つかぬ世界になっていく。
最もアストラル界に近いエーテル界は、アストラル界の影や鏡のような世界となる。

アストラル界はエーテル界よりも高次な異界として位置付けられ、いくつにも分化している。
アストラル界には、それぞれその世界の主たる存在がいる。いわゆる主神と呼ばれる神々のことで、そのほとんどがその世界を形作った存在である。
(中にはその世界を乗っ取ったという存在もいるが、それでもその世界にとって中心的な存在であることには変わりは無い)

彼らは現実界に住む人々の”想い”を集め、そこから自らの世界を創造しているのだ。
彼らにとって自らの世界とは、すなわち自分自身に相当する。そのため彼らは自らを強化するために、現実界に影響を与え、人々の”想い”を集めるべく画策するのだ。
アストラル界の住人は、ほぼその世界の主人たる存在の分霊たちによって占められている。
そのような分霊たちは、アストラル界にて何かしらの権能を与えられ、同時にそれに従った責務を負っている。

マナス界はアストラル界より高次な異界として位置付けられ、複数のアストラル界を支配している。
この世界ではすべての存在が、意識としてのみ存在しており、肉体は有していない。
すなわち、生命の本質たる魂そのものの姿でいられる世界で、魂にとって一切の枷の無い最も自由な世界といえる。
マナス界を形成しているのはひとつの魂であり、同時にその魂こそマナス界のすべてである。
かなり高い〈霊格〉の持ち主でなければ、マナス界は形成できない。
しかしエーテル界やアストラル界とは異なり、マナス界は純粋なる意識の産物であるため、エーテル界やアストラル界のように管理維持に特別なエネルギーは必要としない。
だがエーテル界アストラル界が存在しなければ、マナス界の存在が現実界に影響を与えることはできない。
またマナス界に閉じこもっているだけの存在は、やがて現実界そのものへの興味を失い、消え去ってしまうとも言われている。

なお、高次・低次といっても現実界に近い方を低次、遠い方を高次と呼んでいるに過ぎない。
世界そのものに位階があるわけではない




1-3.神界

すべてのアストラル界およびそれに付随するエーテル界を神界とよび、その世界を統べる神族たちの領域となっている。
中にはアストラル界を持たず、エーテル界のみで構成された神界を持つ神族もあれば、より高次なマナス界まで含めた巨大な神界をもつ神族もある。
また1つの神界だけではなく、複数の神界が連合を組んだ神族も存在している。




1-4.異界の誕生プロセス

神々は人々の”想念”を集め、異界を創造し、拡張させる。

第一段階として”想念”を凝縮させエーテルを生成する。
そのエーテルを材料にエーテル界を創造するのだ。

続いてそのエーテル界からアストラルを抽出し凝縮させることで、次なるアストラル界の材料とする。
アストラル界を成立させるために必要なエーテルは莫大な量となるため、通常ひとつのエーテル界だけではその量をまかないきれない。
そのため、複数のエーテル界が現実界とアストラル界の間に存在することとなる。

一度創造され安定化した世界は、エネルギー(”想念”)の供給が続く限り、存在しつづける。
だがエネルギーの供給が切れると世界は荒廃をはじめ、ゆっくりと縮小しはじめる。
すべてのエネルギーが無くなると、世界そのものが消失する。

また世界はエネルギーの質にも影響を受け、喜びや楽しみといったポジティブな”想念”に支えられている世界は楽園のような世界となり、怒りや恐怖といったネガティブな”想念”に支えられている世界は地獄のような様相となる。

上記は神々が世界を形作る際のプロセスであるが、人々の”想念”が凝縮することにより、異界が誕生することもある。
そのように自然に人々の”想念”が凝縮した結果誕生した異界は数多く存在する。
いやむしろ、エーテル界の半数近くが自然発生的に誕生したと考えてよい。

ひとつの異界が誕生すると、そこに霊的な空白地帯が発生する。
生物は空白地帯が発生するとそこへ進出し繁栄していくものだ。
霊的な生命体である超常体もその例にもれず、霊的空白地帯に進出を図る。
やがていずれかの神族が、そうやってできたエーテル界を自らの神界の一部として吸収していくことになる。
むろん、そこでは激しい奪い合いが発生することとなる。




1-5.電脳界

現在不可思議な異界が形成されている。
人間たちが作り上げた電脳網(インターネット)が、人間の渇望や欲望を吸い上げ始め、異界と変容したのだ。
ほとんどの人間は気がついていないが、この異界は確実に成長をしている。

コンピュータ同士を繋げるという目的のもとで作られたこのネットワークは、現在その目的通り様々なものと接続されている。
コンピュータは言うに及ばず、携帯電話や家電とも接続をしているのだ。
そしてそのアクセス先は、異界と呼ばれる他の世界にも伸びていった。

電脳界と呼ばれるこの異界は、エーテルでもアストラルでもない情報(データ)のみで形成されている。
そういった意味ではマナス界に近い。
しかしエーテル体やアストラル体のままでも、その世界を行き来することが出来る。
それでいて、現実会やエーテル界、アストラル界にもその接続先を伸ばしている不可思議な世界である。

それはちょうど各世界をつなげるゲート(門)のような存在である。
一説によれば、ヘブライ神族のルシファー神派が作り出したとも言われているが、この異界を支配している神族はいまだ存在していない。




1-6.世界は誰がつくったか

様々な神話において創世神話が語られている。
”光あれ”から始まる創世神話もあれば、卵から生まれたという創世神話も有る。
各神界においては、それら創世神話は正しく、まさに世界はそのように誕生したのだ。
だが現実界や動植物をはじめ、人間までも創造したのは別の存在である。
「詩篇#」においての真の創造主は、その世界の住人が理解している神々よりもさらに超越したところに存在しているものである。

”それ”(便宜上このように呼ばせてもらう)は、この詩篇#世界そのものであり、”それ”の”想念”が、詩篇#世界の材料となったのだ。
”それ”は如何なる神格でもない。
”それ”は神すらも超越した存在である。
”それ”を表現すべき言葉は、詩篇#世界において存在しない。

なぜ”それ”が世界を創造したのかは不明である。
また”それ”が一人なのかそれとも複数なのかも、一切不明である。
神々は知ってか知らずか”それ”の模倣をして自らの世界を創造しているのである。

神々の行動から推察するに、”それ”が世界を創造したのは、自らの力をより強めるためかも知れない。
または”それ”は世界を創造したのでは無く、ただ存在しているだけなのかもしれない。
(結果として世界が存在している)

”それ”は世界を創造したが、世界を広げているのは紛れも無く人間たちである。
人間が認知することにより世界は広がっていき、今では地球を中心に150光年まで世界は広がっている。
これは”それ”が人間の要求に答え、今でも世界を創造しつづけている証拠ともいえるかもしれない。