Hurry Up To Exit

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冷たい石造りの部屋で、壁際の松明が弱々しく揺らめき恐怖と不安を演出する。 部屋の中央には周囲の闇を凝縮したかのような、禍々しい気配を放つ黒々とした怪物が鎮座している。 その正面に、ふわりとした豪奢なドレスに身を包んだ女がひとり。 眼前の暗黒より発せられる圧倒的な気迫にあてられて、女は顔中に恐怖の色を浮かべながらあとじさった。 「助けて……オルステッド……」 か細い声は闇に飲まれ、わずかな希望も潰えるかと思われた――――まさにその時。 今まで固く閉ざされていた扉が、勢いよく開け放たれた。 あらわれた人影は部屋の様子を一瞥すると、すぐさま異形の魔物に斬りかかる。 振るわれるは勇者の剣。 一刃のもとに、魔物は倒れ伏した。 女は今まさに名を呼んだ男が助けに来てくれたのだと悟り、一目散に人影の元へ走った。 男の方も、多少くたびれてはいるものの目立った外傷のない女の姿を見て、安堵の息を漏らす。 男は駆け寄ってきた女をしっかりと抱き留めて、女の淡い紫をした髪を優しく撫でながら、 ようやく訪れた再会の時を喜んだ。 ――しかし次の瞬間、男が女の方に視線を落とした時には。   いつのまにか女は、一糸纏わぬあられもない姿となっていた。 薄闇の中で、女の陶器のように白い肌のみが周囲から浮かび上がっている。 見事に形作られた曲線美は、まるで神の手により特別に生み出されたとでもいうかのように完璧であった。 されど女が衣の代わりに纏うものは、清らかなる天使の風ではなく、 人間を堕落へと誘う、悪魔や魔女の妖気といったほうがふさわしかった。 頽廃的で下卑た、濃密な“女”の気配を漂わせながら高貴な姫は、 平素の楚々とした振る舞いからは全く想像することのできない妖艶な笑みを浮かべる。 テラスで見せたものとも異なる女の様子に対して男が困惑を示すも、 女は構わずにその美しい肢体を蛇のようにくねらせて、ねっとりと男へと絡みついていく。 女の蠱惑的な唇が耳元に触れんばかりに近づけられて、そこから漏れる吐息が男の耳朶をくすぐって。 「あなたのこと、ずっと待っていたのよ……」 甘くとろけるような声で、女は男へと囁いて―――― ◆◆ 男がハッと目を覚ますと、自身の顔をまじまじと覗き込んでいた見知らぬ女と目が合った。 それに気付いた男は、まだ眠りの余韻を引きずっている体に無理やり指示をとばして跳躍し、 一気に女から距離をとって身構える。 男の名はオルステッド。 とある国の剣士であったが、今は国王殺害の罪によって国中の者から追われる立場にあった。 幻術に惑わされたこととはいえ、オルステッドが王の命を奪ってしまったことは事実である。 いつかしかるべき罰を受けることも覚悟していたし、事実一度は自ら出頭したこともある。 だがしかし、今しばらくは――自分のことを信じ待ってくれる者がいる、今だけは。 命がけで牢から出してくれた仲間のためにも、道半ばで斃れた仲間のためにも、 再び捕まるわけにはいかなかった。 今こうしている合間にも姫の身に危険が迫っているかと思うと、ただただ時間が惜しく、 邪魔立てするのならば斬ると、威嚇の意味を込めて剣を抜こうと腰元に手を伸ばす。 しかし掴んだのは空気だけであり、いつもあるはずの場所に柄はない。 ――剣を奪われた!? オルステッドは、目の前で悠々とたたずむ黒髪の女を睨み付けた。 「あら。いきなりずいぶんなご挨拶ね。  言っておくけれど、私があなたの武器を盗ったわけじゃないわよ」 艶っぽい長髪を軽くかき上げながら、女は余裕の表情でオルステッドの視線をいなす。 女の装備は胸元がひどく強調されたドレスのみで、見たところ丸腰のようであった。 「それともあなたは、あの女の子が言うとおりに殺し合いをするつもりなのかしら?」 ――女の子? 殺し合い? 女の口から漏れる身に覚えのない単語に、オルステッドは眉をひそめた。 そもそも、と。ようやく夢の残滓が消え去り、落ち着きを取り戻し始めた頭でオルステッドは考える。 つい今しがたまで、自分は魔王山にいたはずであった。 立ちはだかるモンスター達を次々と斬り伏せていって奥地まで進み、 スライム状のものを身に纏う合成人間を相手に戦っていたところで……オルステッドの記憶は途切れる。 魔物のあまいささやきにより朦朧とした意識の中、足掻いて剣を振るっていたことだけは微かに覚えていた。 しかし、今のこの状況には全くつながらない。 女への警戒を解かぬままに辺りを軽く見回すと、魔王山の岩肌も辺りに立ち込めていた瘴気も消え失せており、 ルクレチアの城下町とも異なる、見たことのない街並みが夜闇の中に広がっていた。 「もしかして……なんで自分がここにいることになったか、わかっていないの?」 男の狼狽ぶりを見て、女は信じられないといったように声を上げた。 オルステッドは改めて自分の状態を確認する。 腰に差していた剣が鞘ごとなくなっているほかは、特段いつもと変わった様子はない。 それになぜか、モンスターから受けていたはずの傷が回復している。 今度はいくぶん敵意を引っ込めて、青い服の女に視線を投げた。 ――女はオルステッドの姿を見ても、怯えも憎しみも見せなかった。 女の顔つきや身なりから推測するに、自分とは違う人種であるように思える。 もしかしたらルクレチアの者ではないのかもしれない。 気絶していた自分に対して特に何も危害を加えられていないことからすると、 少なくとも今すぐにどうこうしようとは思っていないとみて、問題ないだろうか。 何はともあれ、とりあえずは現状を把握しなければならない。 自分の知らないことを、相手は知っていると言う。 全幅の信頼を置くというわけにはいかないが、オルステッドは四肢の緊張を解いて先ほどの女の言葉にうなずいた。 女はそのオルステッドの行動を受けて、口元を緩める。 「――そう。ウフフフフ……怖がらなくても大丈夫よ……。  私の名は、ゆりこ。……あなたのこと、ずっと待っていたような気もするわ」 そう言って女が浮かべた笑みは、夢の中で最後に見たものと全く同じ。 妖しく淫らな、娼婦のそれであった。 ◆◆ この殺し合いの始まりを告げられた場所において。 ゆりこは自身と離れた位置にザ・ヒーローの姿があることを、しっかりと確認していた。 ずっと思い焦がれていた相手である。見落としや見間違いがあるはずはない。 フツオの強さだったら、なにがでてきても大丈夫…………と楽観することはできなかった。 あそこにいたたくさんの人間達が、それぞれどんな思想を持っているかなど知る由もない。 殺人を厭わない者。恐怖に駆られて他者に刃を向ける者。 もし一斉に襲い掛かられたりしたら、ザ・ヒーローでも無事には済まないかもしれない。 そして何より厄介なのは、幼女の言う「契約」の存在である。 あの場所で果敢にも幼女に立ち向かっていった剣士は、次の瞬間にはもの言わぬ死体となっていた。 自身は誰かと契約を結んだ覚えはない――そもそも悪魔同士の契約というものについてゆりこはよく知らない――が、 ザ・ヒーローが自分以外の悪魔となにがしかの取引や契約を交わしていた場合、 悪魔にとって契約とは絶対的な意味を持つものでもあり、ゆりこがその間に割って入るようなことは憚られた。 普段のゆりこなら、ザ・ヒーローに直接力を貸すようなことはほとんどないに等しかった。 そんなことをするまでもなく彼は強かったし、多少の困難も自分で乗り越えられないくらいなら、 私のアダムにふさわしくないとも思っていた。 ……それにザ・ヒーローには今、ゆりこではない、別のパートナーがいる。 本当は私があの人のパートナーになるはずだったのに、彼はあの女を選んだ。 私のものにならないなら、いっそいなくなってしまったほうが―― そこまで考えて、ゆりこはかぶりを振る。 彼のいない世界。それを想像しただけで、胸が張り裂けそうになった。 フツオはこんなところで、無意味に殺されていい人間じゃない。 ……それでももし、彼の命がここで終わるさだめだというのならば。 ――その時は、私のこの手で………… 少なくとも見ず知らずの赤の他人に、その役目を譲るつもりなど毛頭なかった。 そうとなれば、まず自分が為すべきことは参加者の駆逐だろう。 ザ・ヒーローに害をなすかもしれない者の命を、あらかじめ奪う。 それにこの島の出口を見出すには、主催の言うとおりに急ぎ死体を積み上げるのが最も手っ取り早い。 ゆりこは、始まりの部屋で幼女が言っていたことを思い出す。 4日目の0時に突入した時点で参加者が一人以上いる場合、その時点で生き残っている参加者は全員死亡する、と。 この殺し合いから抜け出すことができるのはたったひとり。 彼が生き残るか、私が生き残るか…………遅くともその時までには、覚悟を決めなければならない。 とにもかくにも、ぐずぐずしている暇はない。 ゆりこは確かな足取りで、有無を言わさずに転送させられ着いた、夜の街を歩き出した。 ――そして程なくして、道の真ん中で気絶している金髪の青年を発見したのであった。 始めのうちは、参加者を見つけたら手当り次第に殺すつもりだった。 相手が無防備を晒しているというのならなおさら、これ以上のチャンスはない。 しかし自分の置かれた状況と地図を見て、ゆりこは考え直す。 会場は思いのほか広い。住居や各施設に立て籠もられる可能性も鑑みると、 四日間という時間制限のある中、ひとりで殺してまわるというのは得策でないように思えた。 利用できるものならば、何でも利用すればいい。 かつてある国粋主義者に取り入り、そそのかした時のように。 念のため男の近くに落ちていたデイパックを自分寄りの位置に移動させておき、ゆりこは様子を見ることにする。 デイパックの中身、特にランダム配布の支給品については今のうちに頂いてしまおうかとも思ったが、 あとで難癖をつけられたりすると面倒であるため、とりあえずはそのままにしておく。 いざとなれば力づくで奪えばいいし、それができないほど、ゆりこは無力な女ではない。 ただもし男がしばらく起き出しそうにないのなら、適当に中身を物色して自分にとって役立ちそうなものと あらかじめ交換しておこうかと考えたとき、男の口からうめき声が漏れるのが聞こえてきた。 青年の端正な顔に、かすかに苦悶の表情が浮かんでいる。 ――悪い夢でも見ているのかしら。 男の顔を覗き込みつつ、ゆりこは思いを巡らす。 夢。 運命の絆に導かれるように、ゆりことザ・ヒーローが出会った場所。 この殺し合いの中にあっても、眠りの中でならば彼に会うことができるのかしらとふと思い、 ゆりこはうっとりとした表情を浮かべる。 ……そして同時に、そんな風に逢瀬を望むのは、今の自分のパートナーであるカオスヒーローでないことに 今更ながらに気付いて、ゆりこは後ろめたさを感じた。 ――ごめんなさい、ワルオ。でもだめ……やっぱり、あの人のことは忘れられない。 だから。カオスヒロインであるりえとしてではなく。 初めてフツオに会ったときに名乗った、ゆりことして。 彼のために行動しようと、そうゆりこは心に決めた。 ◆◆ 自身の置かれた状況について尋ねるオルステッドに、女はこの殺し合いについてを語る。 曰く。 この島に集められた人間たちは、「神」と呼ばれる存在と契約を交わさせられていて、 それを完全なものとするために、殺し合いを強要されているのだということ。 主催側は、いつでも自由に参加者の心臓を握り潰せるということ。 禁止エリアや、6時間ごとに行われる放送の詳細について。 もともと持っていた武器や装備は主催者に没収されており、ランダムに再分配されたものが 基本の支給品と共にデイパックの中に入っていること。 そして―― 参加者の大半が無理やり悪魔と合体させられて、精神を支配されてしまったのだと。 そう、ゆりこは血のように赤い唇を動かして、何も知らない青年に騙った。 「私と、近くに倒れていたあなた、それから私の知り合いのフツオという男の子は  何とかそこから逃げ延びられたみたいだけれど、ここにきてはぐれてしまったの」 女はザ・ヒーローの容姿や特徴について、オルステッドに説明する。 「悪魔は、人間と全く区別がつかないような姿に化けることができるわ。  でも一度悪魔と完全に合体してしまったら、もう人間には戻れない」 悪魔と人間の合体。 その光景を想像するとおぞましく、オルステッドにとってすぐには信じたくない話であった。 しかし自分が先程まで戦っていたものも、人間と他の生物や無機物から合成された怪物であったことを思えば、 現実として受け入れざるを得ない。 魔物として不本意な生を晒させるくらいならば、いっそ引導を渡してやるのがせめてもの情けであると、 そう言えるのかもしれない。 そしてこの偶然の一致に、もしやとオルステッドは思う。 この一件にも、自身が倒さんと欲する真の魔王が絡んでいるのではないだろうか。 オルステッドの祖国ルクレチアでは、20年前に国一帯を脅かした魔王がよみがえって王女を攫い、 再び国中を恐怖の底へと押し込めていた。 自分と、かつての救国の英雄二人、そして親友の4人がかりで倒した魔物は、魔王ではなかった。 姫であり――そして自身の妻となるはずであったアリシアを、見つけ出すことも叶わず。 その時の仲間も皆命を落として、今や自分一人となってしまっていた。 ……併せて、街中の人々から向けられた視線や言葉もともに思い出してしまい、胸がずきりとうずく。 ここがもし、ルクレチアから遠く離れた地であるというのならば、一刻も早く帰還し魔王を倒す。 ここにもし、魔王がいてアリシアが囚われているというのならば、刹那よりも早く姫を助け出す。 それこそが故国を救い――――自身に降りかかった悪夢から抜け出すための唯一の道であると、 オルステッドは固く信じて疑わなかった。 一方、自分の話に全く異を唱えることのない青年を見て、ゆりこはほくそ笑んでいた。 ゆりこが聞き出したところによると、どうやらこの青年は悪魔や魔物といった存在に対して あまりいい感情を持っていないようだった。 ガイア教徒でもなければ――あるいはそうであったとしても――まあその方が一般的だろうと思う。 そして男がそういったものを討伐することを生業にしていると聞き、 今しがた自分が語った話を思いついたのであった。 「この場においては、信じられるものなんてないと思ったほうがいいのかもしれないわね。  ……フツオも騙されていたりしないか心配だわ」 男が他の参加者の言葉に惑わされないようにすると同時に、 ザ・ヒーローが誰かと行動を共にしていた場合に備えて予防線を張っておく。 悪魔を仲魔と呼び、ロウもカオスも受け入れることのできるザ・ヒーローのことだ、その可能性は十分考えられる。 悪魔と一緒にいたからと、即襲いかかられてしまってはたまらない。 効果のほどを確認しようと青年の方を見やると、険しい顔をして何事かを考えている。 ……あと一押し。殺し文句となりそうな言葉を、ゆりこは頭の中から選び出す。 リターンを求めるのなら、まず自分から。駆け引きにおける基本中のきほん。 それでいて男が皆持つ独占欲や支配欲なんかをくすぐりそうなものを、トッピングに加えて。 自分の言うことを、信じてほしいというのならば―― 「ウフフフフ。今は私とあなただけ……」 夜魔は瞳を軽く潤ませながら、なまめかしく青年に迫る。 「これからは誰よりも……あなたのことを、信じるわ」 目の前の女は、やはり夢の中の彼女にそっくりであった。 【エリアA-3/市街地/1日目/深夜】 【ゆりこ@真・女神転生Ⅰ】 [状態]:健康 [装備]:なし [道具]:基本支給品、不明支給品1~3 [思考・状況] 基本行動方針:ザ・ヒーローを殺そうとするものの排除 1:利用できるものは利用し、参加者を減らす 2:ザ・ヒーローはこの手で……? [備考] 参戦時期はカオスヒーローのパートナーとなったよりも後 【オルステッド@LIVE A LIVE】 [状態]:健康 [装備]:なし [道具]:基本支給品、不明支給品1~3 [思考・状況] 基本行動方針:一刻も早く魔王を倒し、アリシアを救出する 1:魔王が関与しているのかを見極める。いるのならば打倒、いないのならば速やかな帰還を目指す 2:悪魔となった参加者に引導を渡す [備考] 参戦時期は中世編フェミノフォビア戦より。OPの間は気絶していました。 聞き逃していたルールについて、ゆりこから聞きました。 ただし一部に嘘があり、オルステッド、ゆりこ、ザ・ヒーロー以外の参加者の大半が悪魔と合体させられたと聞かされています。 そのほかにもゆりこの話には嘘や漏れがある可能性があります。 |004:[[Messiah]]|投下順|006:[[力を求める乾いた魂]]| |004:[[Messiah]]|時系列順|006:[[力を求める乾いた魂]]| |初登場|ゆりこ|046:[[救いの手]]| |初登場|オルステッド|034:[[速さがたりない]]|
冷たい石造りの部屋で壁際の松明が弱々しく揺らめき、恐怖と不安を演出する。 部屋の中央には周囲の闇を凝縮したかのような、禍々しい気配を放つ黒々とした怪物が鎮座している。 その正面に、ふわりとした豪奢なドレスに身を包んだ女がひとり。 眼前の暗黒より発せられる圧倒的な気迫にあてられて、女は顔中に恐怖の色を浮かべながらあとじさった。 「助けて……オルステッド……」 か細い声は闇に飲まれ、わずかな希望も潰えるかと思われた――――まさにその時。 今まで固く閉ざされていた扉が、勢いよく開け放たれた。 あらわれた人影は部屋の様子を一瞥すると、すぐさま異形の魔物に斬りかかる。 振るわれるは勇者の剣。一刀のもとに、魔物は倒れ伏した。 女は今まさに名を呼んだ男が助けに来てくれたのだと悟り、一目散に人影の元へ走った。 男の方も、多少くたびれてはいるものの目立った外傷のない女の姿を見て安堵の息を漏らす。 男は駆け寄ってきた女をしっかりと抱き留めて、女の淡い紫をした髪を優しく撫でながら ようやく訪れた再会の時を喜んだ。 しかし次の瞬間、男が女の方に視線を落とした時には。 いつのまにか女は、一糸纏わぬあられもない姿となっていた。 薄闇の中で、女の陶器のように白い肌のみが周囲から浮かび上がっている。 見事に形作られた曲線美は、まるで神の手により特別に生み出されたとでもいうかのように完璧であった。 されど女が衣の代わりに纏うものは、清らなる天使の風といったふうではなく、 人間を堕落へと誘う、悪魔や魔女の妖気といったほうがふさわしかった。 頽廃的で下卑た、濃密な“女”の気配を漂わせながら高貴な姫は、 平素の楚々とした振る舞いからは全く想像することのできない妖艶な笑みを浮かべる。 テラスで見せたものとも異なる女の様子に対して男が困惑を示すも、 女は構わずにその美しい肢体を蛇のようにくねらせて、ねっとりと男へと絡みついていく。 女の蠱惑的な唇が耳元に触れんばかりに近づけられて、そこから漏れる吐息が男の耳朶をくすぐって、 「あなたのこと、ずっと待っていたのよ……」 甘くとろけるような声で、女は男へと囁いて―――― ◆◆ 男がハッと目を覚ますと、自身の顔をまじまじと覗き込んでいた見知らぬ女と目が合った。 それに気付いた男は、まだ眠りの余韻を引きずっている体に無理やり指示をとばして跳躍し、 一気に女から距離をとって身構える。 男の名はオルステッド。 とある国の剣士であったが、今は国王殺害の罪によって国中の者から追われる立場にあった。 幻術に惑わされたこととはいえ、オルステッドが王の命を奪ってしまったことは事実である。 いつかしかるべき罰を受けることも覚悟していたし、事実一度は自ら出頭したこともある。 だがしかし、今しばらくは――自分のことを信じ待ってくれる者がいる、今だけは。 命がけで牢から出してくれた仲間のためにも、道半ばで斃れた仲間のためにも、 再び捕まるわけにはいかなかった。 今こうしている合間にも姫の身に危険が迫っているかと思うと、ただただ時間が惜しく、 邪魔立てするのならば斬ると、威嚇の意味を込めて剣を抜こうと腰元に手を伸ばす。 しかし掴んだのは空気だけであり、いつもあるはずの場所に柄はない。 ――剣を奪われた!? オルステッドは、目の前で悠々とたたずむ黒髪の女を睨み付けた。 「あら。いきなりずいぶんなご挨拶ね。  言っておくけれど、私があなたの武器を盗ったわけじゃないわよ」 艶っぽい長髪を軽くかき上げながら、女は余裕の表情でオルステッドの視線をいなす。 女の装備は胸元がひどく強調された丈の短いドレスのみで、見たところ丸腰のようであった。 「それともあなたは、あの女の子が言うとおりに殺し合いをするつもりなのかしら?」 ――女の子? 殺し合い? 女の口から漏れる身に覚えのない単語に、オルステッドは眉をひそめた。 そもそも、と。ようやく夢の残滓が消え去り、落ち着きを取り戻し始めた頭でオルステッドは考える。 つい今しがたまで、自分は魔王山にいたはずであった。 立ちはだかるモンスター達を次々と斬り伏せていって奥地まで進み、 スライム状のものを身に纏う合成人間を相手に戦っていたところで……オルステッドの記憶は途切れる。 魔物のあまいささやきにより朦朧とした意識の中、足掻いて剣を振るっていたことだけは微かに覚えていた。 しかし、今のこの状況には全くつながらない。 女への警戒を解かぬままに辺りを軽く見回すと、魔王山の岩肌も辺りに立ち込めていた瘴気も消え失せており、 ルクレチアの城下町とも異なる、見たことのない街並みが夜闇の中に広がっていた。 「もしかして……なんで自分がここにいることになったか、わかっていないの?」 男の狼狽ぶりを見て、女は信じられないといったように声を上げた。 オルステッドは改めて自分の状態を確認する。 腰に差していた剣が鞘ごとなくなっているほかは、特段いつもと変わった様子はない。 それになぜか、モンスターから受けていたはずの傷が回復している。 今度はいくぶん敵意を引っ込めて、青い服の女に視線を投げた。 ……女はオルステッドの姿を見ても、怯えも憎しみも見せなかった。 女の顔つきや身なりから推測するに、自分とは違う人種であるように思える。 もしかしたら、ルクレチアの者ではないのかもしれない。 気絶していた自分に対して特に何も危害を加えられていないことからすると、 少なくとも今すぐにどうこうしようとは思っていないとみて、問題ないだろうか。 何はともあれ、とりあえずは現状を把握しなければならない。 自分の知らないことを、相手は知っていると言う。 全幅の信頼を置くというわけにはいかないが、オルステッドは四肢の緊張を解いて先ほどの女の言葉にうなずいた。 女はそのオルステッドの行動を受けて、口元を緩める。 「――そう。ウフフフフ……怖がらなくても大丈夫よ……。  私の名は、ゆりこ。……あなたのこと、ずっと待っていたような気もするわ」 そう言って女が浮かべた笑みは、夢の中で最後に見たものと全く同じ。 妖しく淫らな、娼婦のそれであった。 ◆◆ この殺し合いの始まりを告げられた場所において。 ゆりこは自身と離れた位置にザ・ヒーローの姿があることを、しっかりと確認していた。 ずっと思い焦がれていた相手である。見落としや見間違いがあるはずはない。 フツオの強さだったら、なにがでてきても大丈夫…………と楽観することはできなかった。 あそこにいたたくさんの人間達が、それぞれどんな思想を持っているかなど知る由もない。 殺人を厭わない者。恐怖に駆られて他者に刃を向ける者。 もし一斉に襲い掛かられたりしたら、ザ・ヒーローでも無事には済まないかもしれない。 そして何より厄介なのは、幼女の言う「契約」の存在である。 あの場所で幼女に立ち向かっていった剣士は、次の瞬間にはもの言わぬ死体となっていた。 自身は誰かと契約を結んだ覚えはない――そもそも悪魔同士の契約というものについてゆりこはよく知らない――が、 ザ・ヒーローが自分以外の悪魔となにがしかの取引や契約を交わしていた場合、 悪魔にとって契約とは絶対的な意味を持つものでもあり、ゆりこがその間に割って入るようなことは憚られた。 普段のゆりこなら、ザ・ヒーローに直接力を貸すようなことはほとんどないに等しかった。 そんなことをするまでもなく彼は強かったし、多少の困難も自分で乗り越えられないくらいなら、 私のアダムにふさわしくないと、そうも思っていた。 ……それにザ・ヒーローには今、ゆりこではない、別のパートナーがいる。 本当は私があの人のパートナーになるはずだったのに、彼はあの女を選んだ。 私のものにならないなら、いっそいなくなってしまったほうが―― そこまで考えて、ゆりこはかぶりを振る。 彼のいない世界。それを想像しただけで、胸が張り裂けそうになった。 フツオはこんなところで、無意味に殺されていい人間じゃない。 ただそれでももし、彼の命がここで終わる運命だというのならば。 ――その時は、私のこの手で………… 少なくとも見ず知らずの赤の他人に、その役目を譲るつもりなど毛頭なかった。 そうとなれば、まず自分が為すべきことは参加者の駆逐だろう。 ザ・ヒーローに害をなすかもしれない者の命を、あらかじめ奪う。 それにこの島の出口を見出すには、主催の言うとおりに急ぎ死体を積み上げるのが最も手っ取り早い。 ゆりこは、始まりの場所で幼女が言っていたことを思い出す。 4日目の0時に突入した時点で参加者が二人以上いる場合、その時点で生き残っている参加者は全員死亡する、と。 この殺し合いから抜け出すことができるのはたったひとり。 彼が生き残るか、私が生き残るか…………遅くともその時までには、覚悟を決めなければならない。 とにもかくにも、ぐずぐずしている暇はない。 ゆりこは確かな足取りで、有無を言わさずに転送させられ着いた夜の街を歩き出した。 そして程なくして、道の真ん中で気絶している金髪の青年を発見したのであった。 始めのうちは、参加者を見つけたら手当り次第に殺すつもりだった。 相手が無防備を晒しているというのならなおさら、これ以上のチャンスはない。 しかし自分の置かれた状況と地図を見て、ゆりこは考え直す。 会場は思いのほか広い。辺りにあるような住居や各施設に立て籠もられる可能性も鑑みると、 四日間という時間制限のある中、ひとりで殺してまわるというのは得策でないように思えた。 利用できるものならば、何でも利用すればいい。 かつてある国粋主義者に取り入り、そそのかした時のように。 念のため男の近くに落ちていたデイパックを自分寄りの位置に移動させておき、ゆりこは様子を見ることにする。 デイパックの中身、特にランダム配布の支給品については今のうちに頂いてしまおうかとも思ったが、 あとで難癖をつけられたりすると面倒であるため、とりあえずはそのままにしておく。 いざとなれば力づくで奪えばいいし、それができないほど、ゆりこは無力な女ではない。 ただもし男がしばらく起き出しそうにないのなら、適当に中身を物色して自分にとって役立ちそうなものと あらかじめ交換しておこうかとそう考えたとき、男の口からうめき声が漏れるのが聞こえてきた。 青年の端正な顔に、かすかに苦悶の表情が浮かんでいる。 ――悪い夢でも見ているのかしら。 男の顔を覗き込みつつ、ゆりこは思いを巡らす。 夢。 運命の絆に導かれるように、ゆりことザ・ヒーローが出会った場所。 この殺し合いの中にあっても、眠りの中でならば彼に会うことができるのかしらとふと思い、 ゆりこはうっとりとした表情を浮かべる。 ……しかし同時に、そんな風に逢瀬を望むのは今の自分のパートナーであるカオスヒーローでないことに 今更ながらに気付いて、ゆりこは後ろめたさを感じた。 ――ごめんなさい、ワルオ。でもだめ……やっぱり、あの人のことは忘れられない。 だから。カオスヒロインであるりえとしてではなく。 初めてフツオに会ったときに名乗った、ゆりことして。 彼のために行動しようと、そうゆりこは心に決めた。 ◆◆ 自身の置かれた状況について尋ねるオルステッドに、女はこの殺し合いについてを語る。 曰く。 この島に集められた人間たちは、「神」と呼ばれる存在と契約を交わさせられていて、 それを完全なものとするために、殺し合いを強要されているのだということ。 主催側は、いつでも自由に参加者の心臓を握り潰せるということ。 禁止エリアや、6時間ごとに行われる放送の詳細について。 もともと持っていた武器や装備は主催者に没収されており、ランダムに再分配されたものが 基本の支給品と共にデイパックの中に入っていること。 そして―― 参加者の大半が無理やり悪魔と合体させられて、精神を支配されてしまったのだと。 そう、ゆりこは血のように赤い唇を動かして、何も知らない青年に騙った。 ◆◆ 「私と、近くに倒れていたあなた、それから私の知り合いのフツオという男の子は  何とかそこから逃げ延びられたみたいだけれど、ここにきてはぐれてしまったの」 女はザ・ヒーローの容姿や特徴について、オルステッドに説明する。 「悪魔は、人間と全く区別がつかないような姿に化けることができるわ。  でも一度悪魔と完全に合体してしまったら、もう人間には戻れない」 悪魔と人間の合体。 その光景を想像するとおぞましく思え、オルステッドにとってすぐには信じたくない話であった。 しかし自分が先程まで戦っていたものも、人間と他の生物や無機物から合成された怪物であったことを思えば、 現実として受け入れざるを得ないのだろう。 魔物として不本意な生を晒させるくらいならば、いっそ引導を渡してやるのがせめてもの情けであると、 そう言えるのかもしれない。 そしてこの偶然の一致に、もしやとオルステッドは思う。 この一件にも、自身が倒さんと欲する真の魔王が絡んでいるのではないだろうか、と。 オルステッドの祖国ルクレチアでは、20年前に国一帯を脅かした魔王がよみがえって王女を攫い、 再び国中を恐怖の底へと押し込めていた。 自分と、かつての救国の英雄二人、そして親友の四人がかりで倒した魔物は、魔王ではなかった。 姫であり――そして自身の妻となるはずであったアリシアを、見つけ出すことも叶わず。 その時の仲間も皆命を落として、今や自分一人となってしまっていた。 ……併せて、街中の人々から向けられた視線や言葉もともに思い出してしまい、胸がずきりとうずく。 ここがもし、ルクレチアから遠く離れた地であるというのならば、一刻も早く帰還し魔王を倒す。 ここにもし、魔王がいてアリシアが囚われているというのならば、刹那よりも早く姫を助け出す。 それこそが故国を救い――――自身に降りかかった悪夢から抜け出すための唯一の道であると、 オルステッドは固く信じて疑わなかった。 一方、自分の話に全く異を唱えることのない青年を見て、ゆりこはほくそ笑んでいた。 ゆりこが聞き出したところによると、どうやらこの青年は悪魔や魔物といった存在に対して あまりいい感情を持っていないようだった。 ガイア教徒でもなければ――あるいはそうであったとしても――まあその方が一般的だろうと思う。 そして男がそういったものを討伐することを生業にしていると聞き、 今しがた自分が語った話を思いついたのであった。 「この場においては、信じられるものなんてないと思ったほうがいいのかもしれないわね。  ……フツオも騙されていたりしないか心配だわ」 男が他の参加者の言葉に惑わされないようにすると同時に、 ザ・ヒーローが誰かと行動を共にしていた場合に備えて予防線を張っておく。 悪魔を仲魔と呼び、ロウもカオスも受け入れることのできるザ・ヒーローのことだ、その可能性は十分考えられた。 悪魔と一緒にいたからと、即襲いかかられてしまってはたまらない。 効果のほどを確認しようと青年の方を見やると、険しい顔をして何事かを考えている。 ……あと一押し。殺し文句となりそうな言葉を、ゆりこは頭の中から選び出す。 リターンを求めるのなら、まず自分から。駆け引きにおける基本中のきほん。 それでいて男が皆持つ独占欲や支配欲なんかをくすぐりそうなものを、トッピングに加えて。 自分の言うことを、信じてほしいというのならば―― 「ウフフフフ。今は私とあなただけ……」 夜魔は瞳を軽く潤ませながら、なまめかしく青年に迫る。 「これからは誰よりも……あなたのことを、信じるわ」 目の前の女は、やはり夢の中の彼女にそっくりであった。 【エリアA-3/市街地/1日目/深夜】 【ゆりこ@真・女神転生Ⅰ】 [状態]:健康 [装備]:なし [道具]:基本支給品、不明支給品1~3 [思考・状況] 基本行動方針:ザ・ヒーローを殺そうとするものの排除 1:利用できるものは利用し、参加者を減らす 2:ザ・ヒーローはこの手で……? [備考] 参戦時期はカオスヒーローのパートナーとなったよりも後 【オルステッド@LIVE A LIVE】 [状態]:健康 [装備]:なし [道具]:基本支給品、不明支給品1~3 [思考・状況] 基本行動方針:一刻も早く魔王を倒し、アリシアを救出する 1:魔王が関与しているのかを見極める。いるのならば打倒、いないのならば速やかな帰還を目指す 2:悪魔となった参加者に引導を渡す [備考] 参戦時期は中世編フェミノフォビア戦より。OPの間は気絶していました。 聞き逃していたルールについて、ゆりこから聞きました。 ただし一部に嘘があり、オルステッド、ゆりこ、ザ・ヒーロー以外の参加者の大半が悪魔と合体させられたと聞かされています。 そのほかにもゆりこの話には嘘や漏れがある可能性があります。 |004:[[Messiah]]|投下順|006:[[力を求める乾いた魂]]| |004:[[Messiah]]|時系列順|006:[[力を求める乾いた魂]]| |初登場|ゆりこ|046:[[救いの手]]| |初登場|オルステッド|034:[[速さがたりない]]|

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