太平洋上にぽつんと浮かんだ、国連軍の軍事基地。フロンティア転送基地、あるいは単にFベースと呼ばれるその軍事基地は、地球上のあらゆる国家で導入された学兵徴収制度に従って集められた少年少女が、まず最初に訓練地獄を見る場所だ。

 基礎体力錬成、各種銃器扱い、爆発物運用や格闘教練、模擬演習。それらが半年もの間延々と繰り返されるのが、ここFベースだ。夜中でも、演習の大声と射撃場から漏れる発砲音が絶えることはない。

 敷地面積でいえば、大輔の故郷である日本の北海道丸々3つ分。その中には広大に過ぎる演習施設と兵宿舎、学兵の娯楽施設を内包した都市が点在していて、中央部に異世界――ツァラント世界の本星テラートと直通のゲートがある。

 ゲートの周りには、即応防衛大隊とゲート施設の警備部隊駐屯施設があり、空港よろしく民間人の星間旅行ターミナルもある。民間人の旅行者やビジネス渡星者は旅行ターミナルでパスポートなどを掲示せねばならず、その隣の軍関係者移動ターミナルではパスポートの代わりに身分証明チップを使う必要がある。

 そして大輔は、Fベースの公共交通機関を使用してそのゲートターミナルへ向かうところだった。中央のゲート付近から木の根のように張り巡らされたモノレール路線は今日に限ってはゲートステーション直行に切り替えられ、訓練校を卒業する学兵たちは一路駅へと急いでいる。

 そんなわけで、区画整備された歩道には、濃緑色の海兵服や陸、航空宇宙軍人の制服を身に着けた学兵たちがあふれかえっていた。それぞれ腰に拳銃を下げて手荷物を持ち、学生徽章を輝かせている。

 その中に紛れるようにして、大輔は駅へと足を進めた。
 学兵たちはさまざまな国家から集められたため人種は多彩だ。白人、東洋系の黄色人種、黒人もいる。
 駅が見えてくると、自分のポケットからクレジットカードを取り出した。Fベースに着た学兵たちはまず認識用ナノマシンといくつかの生体リンクを体内に埋め込まれる。それらの兵士個人把握措置と同時に渡されるのがこのクレジットカードで、月給は自動チャージとなるのだ。

 生体リンクとナノマシンがクレジットカードに情報を流し込み、カードが小さく起動音を鳴らす。
 駅の改札でクレジットカードをかざすと、一瞬でデータ読み取りが行われてゲートが開く。ちなみにこのクレジットカード、本来は身分証明などを行うIDカードが本職である。

 階段を上ってホームに入ると、ほどなくしてモノレールが到着した。がらんとした20両編成の車両に入り、適当に腰掛ける。バッグは網棚へ押し込んでおいた。

 発車までは幾分時間がある。それに、到着までは30分はモノレールに乗ったきりだから、幾分時間が余ってしまう。そんなわけで、大輔は端末にたまったメールの処理を始めた。
 といっても作業は簡単だ。親しい友人へのメール以外は返信済みだし、返すべきはせいぜい5、6人だった。
 3人分送ったところで、電子音アナウンスが流れてモノレールが発車した。それに構わずさらに2人分を済ませ、手早く送信。最後に残した一人分を開き、返信ボタンを押して書式テンプレートを展開する。

 そして、そこで指が止まった。
 何を書けばいいのか、先ほどまでとは違いとんと浮かんでこない。
 当たり障りのない適当な内容で埋めるのも手だったが、それんなことはしたくない相手、というかそんなことをするのを自身が容認できない、それほどに大輔にとっては大事な人物だ。

「何を書くべきなんだ……。素直に全部書いたら詩織を不安にさせるだけだし……」

 音咲詩織は大輔が徴兵される前に通っていた学校で同級生であった少女で、こちらに来てからは専門の衛生兵養育コースへと進んでいた。気性の穏やかな子で、なんというか、実のところ大輔と交際関係にある。ガニーが言っていた彼女というのは詩織のことだ。

 いつまでも筆を止めるわけにはいかず、大輔はゆっくりと指を走らせた。まず挨拶から始め、所属先を教えておく。海兵隊は志願制の部隊で危険が常に伴う部隊ではあるが、自分のことは心配いらない、とも書き記すことを忘れない。

 そんなこんなで書き終えるころには、モノレールは終点ゲートステーションへと滑り込んでいた。
 ざっと目を通しなおして、変なところがないことを確認してから送信する。端末をしまってバッグを持ち、いつの間にやら増えていた乗客の流れに従って車両を下りた。

 ホームは満員とは言わないまでもにぎわっていた。その全員が学兵であり、多種多様な人種と制服が入り混じっている。
 はてさて自分の行き先はと端末からマップを呼び出して、枝分かれした中から割り当てられた海兵隊員のブースへの直通出口へ向かう。

 ブースでは、ランダムに数十列に分けられた学兵たちが、その先に並べられた機械の前で、各種ナノマシンやマイクロチップ、そして赴任先行き輸送機への誘導カードを渡される。
 大輔もその列に加わろうとしたとき、端末が軽快な着信音を上げた。
「……?」
 端末を立ち上げてメールボックスの新着メールを開き、大輔は片眉を吊り上げて立ち止まった。

差出人:音咲詩織
宛先:有坂

大輔さんも海兵隊ですか?
私もです!

「はい?」
 思わずつぶやいた。海兵隊はよほどの成績優良者以外は基本的に志願制、たとえ優良でも強制されるわけではなく、気性の穏やかな彼女はてっきり後方の軍事病院勤務になるものだとばかり思っていた。
 取り敢えず、「いま海兵隊のブースに入った」と返しておく。と、20秒と待たずに返信がきた。

差出人:音咲詩織
宛先:有坂

あ、見つけましたよ~

「……え」
 顔を上げ、周囲を見回す。人種入り乱れたブースでは同じ東洋系を見つけることすら困難な状況にあって、知人の顔が見分けられるわけもない。

「大輔さんおはようございます!」

 人ごみに目を凝らした大輔の背後から、聞きなれた女性の声がやってきた。あわてて振り向いた先には、女性用海兵服の腰にUSP拳銃を下げ手荷物を持った、大和撫子という形容がしっくりくるような美少女が立っていた。

「ん、ああ、おはようさん」

 とりあえず、返事をしておく。

「よかった、ガニーさんから大輔さんが出たって聞いてあわててきたんですよ」

 尋ねようと思っていた疑問が、その一言で解決された。直前まで伏せておいた海兵行きを彼女――音咲詩織に漏らしたのはあの老人軍曹に違いない。

「あのじいさんなんつーことを……」
「あの、大輔さん、どうかしましたか?」

 豪快なスマイルと共に親指を立てる老人の姿を脳裏から振り払い、大輔は「いや、なんでもないよ」と返す。

「海兵隊には志願?」

 受付へと流れてゆく列に紛れ込み、大輔は尋ねた。詩織はコクリと頷き、「いちおう、医療成績優良だったので推薦もいただきましたけど……」とはにかむ。

 体格に不似合いなほど大きな手荷物を苦労しながら運び詩織をちらりと見遣り、彼女が肩に担いだバッグに大輔は手をかけた。

「持つよ。重いだろ?」
「あ、そんな気にしなくていいのに。大丈夫ですよ、訓練ぐらい受けましたから」

 えへん、とそれなりに発育のいい胸を逸らせた詩織をよそに、大輔はバッグを担いだ。

「それでも重そうだし、担ぐと言ったからにはメンツとかいろいろあるのよ……男ってのはその辺気にする生き物なの」
「む~、わかりました。じゃあお願いしますね」

 列に入り、大輔と詩織は誘導カードを受け取った。そして血圧検査機に似たリング状の機械へ手を入れ、無針注射によってIDナノマシンを体内へと注入される。

「大輔さん、赴任先はどこですか?」
「ん? 海兵第773基地」
「あ、私もです。すごい奇遇です!」

 世の中不思議な縁があったもんだ、と呑気な思考を浮かべていられたのは一瞬だけだった。あまりにでき過ぎの状況にはてと首をかしげてみる。しかし考えても答えが出てくれるわけもなく、ここで運を使い果たしたのではないだろうなと考えをめぐらせる程度で、大輔は誘導カードに従って輸送機のある滑走路へと足を向けた。

 輸送機、一昔前の大気圏内輸送機はC130が使用されていたそうだが、今ではMDファミリーと呼ばれるパラジウム触媒常温核融合炉を供えた輸送機が基本となっている。

 前線への兵員展開は小型のMD600番台の機体が。大規模な物資や兵員輸送はMD700番台の機体が行う。
 誘導に従い大輔がたどり着いた先にいたのはMD723と呼ばれる大型の輸送機で、同じ海兵第733基地へ配属される学兵たちがぞろぞろと乗り込んでいた。

 大輔と詩織は隣り合った空席を確保し、荷物を座席下のスペースに押し込んでおく。電車のように頭の上に大荷物を置くことはない。不安定な飛行を行うこともある軍用機で、もし頭上の重量物が落ちてきたら大惨事になるからだ。

「あと少ししたらフライト開始だとさ」

 100名近くを収容できる貨物室の座席は早くも埋まり始めていた。貨物室には学兵のほかに必要物資も詰め込まれ、ダークグリーンの塗装に黄色い文字がペイントされた弾薬箱などが、ネットで床に固定されている。

「何時間のフライトプランでしたっけ?」
「2時間ぐらいだったはずだけど」

 誘導カードの予定には2hと書かれていた。安全のためのシートベルトをして、暇つぶしの手荷物だけをポケットに押し込む。

『機長より貨物室の新兵諸君、フライト開始5分前だ。トイレは機首側にあるが、離陸して安定してからにしてくれ、オーバー』

 MD723のフライトは安定していた。VTOL、つまり垂直離陸を行えるこの機体に滑走路は必要なく、常温核融合炉から送られる安定した電力とよく整備された最新エンジンは快適な2時間の空旅行を提供するに十分な性能を持っていた。
 2時間の間、大輔は詩織としばらくぶりの長い会話を楽しみ、これからどんな部隊へ振り分けられるのだろうかという話をした。せっかく基地まで同じになったのだから、同じ小隊、せめて中隊ぐらいは同じところがいいな、とも。

『機長より積荷諸君、そろそろ終点だ。各員持ち物を確認し、着陸後は誘導に従い行動するように。諸君らの軍隊人生に幸あれ』

 機長のアナウンスにしたがい、全員が手荷物を一つにまとめ始める。大輔は個人端末だけポケットに押し込み、制服や装具を詰め込んだバッグに残りを戻しておく。

 MD723が降下を開始した。後部ハッチが俄かに解放され、外気が流れ込んでくる。やがて滑走用のタイヤが設置し、軽い揺れと共に機体が停止する。

『ハッチ完全開放、さあ下りた下りた』

 開け放たれたハッチの外へと、大輔と詩織は駆けだした。赴任前のかるい説明会で、輸送機から下りたら直ちに駆け足で整列させられると聞いていたからだ。

 そしてそれは事実だった。

「駆け足っ! 走れ走れ、早く整列せんかぁ!」
「ちゃっちゃと並べ! 貴様らがちんたらするならこちらにも考えがあるぞ!」

 基地飛行場に大声が響き渡る。本部施設の隣に用意された集合地点の、演説台めがけて学兵たちは大急ぎで向かう。
 基礎訓練期間で教官からの怒声には慣れていたつもりだったが、この基地の正規兵たちは格が違うように思えた。まず気迫が違う。そして目つきが異様に鋭い。

「は~、これが正規兵の皆さんなんですか~」

 小走りで整列誘導に従いながら、詩織が呑気な声を上げる。大輔は苦笑いしながら列の最後尾にたどり着き、足元に荷物を下して気を付けの姿勢をとる。

「とりあえずは」背後に立った詩織をちらりと見遣り、「下手なことはしないが吉だ」

 アテンション! と基地正規兵たちが一斉に唱和して大輔は前に向き直った。見ると、すこし高めの演説台に一人の若い士官が昇ってきた。

 どこかで見た顔だなと、大輔はそう思った。目つきの鋭い東洋系の男で、左目を縦断する大きな切創が目立つ。遠目であるからそれ以上はわからない。

「よく来た新兵諸君」

 よく通る声だった。士官はぐるりと整列した学兵たちを眺め、続ける。

「海兵隊第733基地へようこそ。君らの記念すべき初赴任地だが、残念ながら私は君たちを徹底的にしごきあげるよう厳命されているために時間が惜しい。余計なことは抜きにズバリ言おう、ここでの君らの訓練への打ち込み具合が、実戦での生死を分ける。全員手を抜くことなく訓練に邁進しろ。さもなくば死ぬ。以上だ」

 拍子抜けするほど短い訓示が終わり、ずらっと並べられた学兵たちは係員とホログラフの誘導に従ってぞろぞろと、そして迅速に移動を始める。

「装備受領完了……所属中隊は……」
「私と大輔さん、同じ部隊ですね~」

 どうやら、同じ輸送機に乗ったものは同じ部隊になるらしい。輸送機内で見た覚えのある顔が、おなじ中隊宿舎へと向かうのを見ながら、大輔は受け取ったばかりの装備を肩に担ぐ。訓練期間中の旧式戦闘服ではなく、海兵隊モデルのACUカラー迷彩服、そして支給品のポーチや部隊章などを入れた袋は思ったよりも重い。

「宿舎棟は同じでも、男女分けはされてるんだな……ま、あたりまえか」
「いちおう消灯時間までの出入りは可能みたいですね」

 宿舎棟に入ると、大輔はいったん詩織と別れた。それぞれの部屋に装備を置かねばならないからだ。階段を駆け上がり、割り当てられた部屋へ向かう。四畳半あるかないかといった洋室に装備群を置き、あらかじめ指示されていた通り、ACUに着替えて軍服を壁にかける。そしてベッドにシーツを張り、使用頻度の高い荷物を下して棚に押し込む。昔は兵士に完全な個室など与えられなかったのだが、今では一人一部屋が当たり前の時代だ。

 時計を見ると、再集合時刻が目前に迫っていた。しかし、あわてずにシーツを整える。不備があればあとで罰則を与えられるし、部屋を出ている間に巡回がないわけがないからだ。

 手際よくシーツを整えた大輔は駆け足で宿舎棟を飛び出し、宿舎裏手のグラウンドへ出る。すでに部隊ごとに学兵は分散されているので、グラウンドに集まっているのは最初の10分の1ほどになっていた。

「ただちに整列しろ! 順番は無作為で構わん、整列完了した列から、森林コースを20kmランニングするする急げ急げ!」

 教官の声に急き立てられて大輔は列へ滑り込む。今日はまだ始まったばかりだ。


感想くださいな
  • 読みました、私がお話の中にいる...!! 大輔さんも私もそのままで、ほんとにすごかったです お疲れさまでした! また次も楽しく読ませて頂きますねっ! -- 詩織 (2012-08-22 23:58:39)
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最終更新:2012年08月22日 23:58