※上記の広告は60日以上更新のないWIKIに表示されています。更新することで広告が下部へ移動します。

分遣命令


 惑星からの撤収戦闘における規定書には、機密および表層処理の方法が事細かに記してある。
 惑星間移動のためのワープ使用に必要になる各惑星の座標データは、抹消したのち保存した端末を焼夷爆薬で処理。そして施設を爆破するのが取決めだ。

 そして惑星本体については、敵に機密や鉱山資源などを与えないために、核兵器や広域電磁パルス兵器、対地攻撃衛星群などを使用した、表層の焦土化が、いまでは当たり前のことになりつつある。

 あまり気分のいい話ではないなと、処理の瞬間を延々とリプレイする壁面ディスプレイを見ながら僕は思った。どうせ、こちらが処理せずとも敵が地表をガラス化させるのだろうが、それでも自分たちが手を下したことに変わりはない。

「で、そろそろこの命令の意味を教えていただきたいのですが」

 僕は視線を対面のソファで酒を呷る軍服の老人へ向け、手首に巻いた個人端末を操作して、人事部から押し付けられた転属命令書を彼に送りつける。シックなデザインの調度品で調和した執務室に電子音が鳴り響き、液晶に送信完了の文字が躍る。

 僕の対面で、クラヴィス・J・ロックウェル中将は重々しいため息をついた。国連軍海兵隊の重鎮にして、海兵時代の僕の元上官である彼は、それなりの疲労を忍ばせた顔を自身の端末に向け、緩慢な動作で電子書類を開く。

 片眉を吊り上げ、ロックウェル中将は手を伸ばしてテーブルの上のディスプレイコントローラーを操作する。
 ディスプレイで繰り返されていた処理映像が切り替わり、最新トピックスを並べ立てるニュース番組が映し出される。国連直営の後方ニュース番組では、ちょうど先の戦闘の報道がなされていた。
 戦場になる前の、鉱石採掘施設に覆われたオーガスタスの衛星軌道上からの映像が流されている。次いでそれは突如軌道上に現れた、卵を引き延ばしたような形の艦隊の映像になり、最後には陸戦の様子を収めた資料写真に変わる。

『植民惑星オーガスタス地上で1ヶ月継続されていた戦闘は今月4日の12:35時をもって終了命令が下され、カルケント戦闘規定条約にしたがい機密処理が施されました』

 地表を舐めまわした戦略兵器の起爆シーンが再生される。先ほど見ていたものとは別地点での処理の様子だったが、指し示すところに変わりがあるわけでもない。

「今回もよくやってくれたよ、大尉。君のおかげでオーガスタス駐屯の陸軍人が4……」
「話を逸らしてもいずれ本題にたどり着きますよ?」

 言いつつ懐に手を突っ込み、内ポケットの煙草を取り出す。一本振りだしてロックウェル中将に差し出し、自分も煙草を咥える。と、自前のライターで火をつけたロックウェル中将がその火を僕の煙草へと触れさせた。

「……どうして君はそう結末を急くのか…………兵士は我慢が肝要だと習わなかったのか?」
「迅速な行動を心がけよと僕に教え込んだのはあなたでしたが」

 紫煙を吐きだして僕は言い切る。ロックウェル中将は大仰に肩を竦め、煙草を挟んだ指を口元にあてた。ごつい造りをした手の向こうに苦々しげに歪んだ唇を見ながら、僕も肺一杯にニコチンとタールの混合煙を吸い込む。

「そういえば、きみは学兵ではなく特志幼年士官校の出だったな、大尉」

 学兵制度、とは長引くこの戦い――レギオン戦争における深刻な戦力不足を補うために導入された制度のことだ。文字通り、第二次大戦中に日本が行ったように学生を強制徴兵、訓練を施し戦場へ送ることを示し、導入時は大反発を受けた。特志幼年士官校とは、志願制で士官候補を養育する学校のことだ。

「ぺーぺーの新米軍曹の僕を引っ捕まえて戦場を走り回ったのは、あなたでしょう?」
「そうだな、ああ、そうだとも。昔はかわいげのある坊主だったというに」

 今はどうしてこうなったやら。そう言いたげな目を受け流し、僕は持ち歩いている携帯灰皿に吸い切った煙草を突っ込む。新しい一本に火をつけると、ロックウェル中将にも新しい煙草を薦めた。

「で、依頼業務を完遂したと思ったら、いきなり本社から海兵隊への一時分遣を命じられたわけですが、理由をお聞かせ願いたい」
 早い話が本題に移ろうという催促だ。僕はこの話をしにここにたわけであり、かつての恩人と語り合うために時間を割いたわけではないのだから。

「まったく、命令書は読んだろう? その文面通りだよ」

 言って、彼がテーブルの端をたたく。すると内蔵されたホログラフィック投影機が作動して、僕の眼前に立体映像が投影された。転属命令書類一式と、新規任務の概要説明書だ。




送信者:AMS人事部 人事管理責任者アレッサ・ベルディヴェンス少佐
宛先人:特殊戦術旅団 第1中隊長 ユーリ・マクドゥガル大尉 (認識番号 DES‐SPEC OPS A47587DS)
カテゴリ:転属辞令
機密レベル:B 本人以外の開封を禁ず

 AMS戦術旅団属 ユーリ・マクドゥガル大尉 殿
 契約要綱第3項および命令服従義務のもとに、転属ないし一時分遣をここに命ずる

2030年 4月4日 午前12:00を持って、貴官の戦術旅団中隊長の任を解く
これに代わり、同年4月10日付で貴官に、国連軍海兵隊 海兵特殊作戦師団 第7教導大隊への分遣を命ずる

本辞令到着後は、可及的かつ速やかに別紙記載情報に従い着任準備を整え遂行すべし




「僕に訓練教官をやれ、と?」
「そうだ。そこにもそう書いてあるだろう」

 だからどうしたといわんばかりの表情で、ロックウェル中将がそう返す。彼はテーブルの端に寄せてあった酒瓶の中身をグラスに注ぎ、こちらの様子をうかがいながらちびちびと口をつける。

「だからですね、なんで僕を分遣させたのかをお聞きしているんですよ、サー」

 皮肉を込めた語尾の敬称はしかし、眼前の将官には効果がなかったようだった。ロックウェル中将は大仰に肩をすくめ、新しい煙草をよこせとこちらに手を伸ばしてくる。

「煙草を箱ごと差し上げるから答えてください」
「銘柄はなんだ?」
「いつも通りのスモーキンジョーですよ」

 よしよこせ、と手招きしたロックウェル中将の手のひらに、まだ3本しか吸っていない煙草の紙箱を乗せる。中将ともなれば高級葉巻吸い放題、というのが世間の認識だろうし、それは事実だったが、ロックウェル中将に関して言えば、彼の副官が中将の健康のために禁煙を命じているので、こういった嗜好品の類は渡すと喜ばれるものの一つだ。

「で、なんで僕を?」
「……ん、ああ、それがな、国連軍参謀本部の会議で、腕のいい兵士を教官に当てるから私のツテからも数人出すように、と言われてな。真っ先に君が思い当った」
「またきな臭い話ですな。上がなにか企んでるんとか?」

 深々と紫煙を吸い込み、ロックウェル中将がにやりと笑む。

「あまり詮索はしない方がいいと昔教えたろう」
「どうせ任務地につけばわかる内容、隠すものじゃないでしょう。からかいすぎると顰蹙を買うと前に忠告したはずですが」

 指先でテーブルをノックして催促する。ロックウェル中将は不満げに唇を突出し、すねた子供の顔をマネして見せた。

「海兵の戦力不足が著しいのは知っているな?」

 ええ、と僕は頷く。海兵隊は2年ほど前の大規模な惑星防衛戦で戦力の3割が要再編部隊になってしまった。人的損失でいえばそれは軽く億単位の損害で、予備役の非常招集を行ってなお補充しきれていない。

「その穴埋め案で、新品ピカピカの学兵に高度な軍事訓練を施すことが決まった。まだ試験段階の話だがな」
「で、僕を、と」
「骨休めのようなものだと思え。それに、もう一つの計画も決定されつつある」

 PiPiと電子音を発して、手首に巻いた端末が鳴り響く。メールボックスに送り付けられた文章ファイルを開くと、何かの計画案の書類データが展開された。

「『魔導兵』を運用できる部隊も不足気味だ。今更正規部隊に組み込むだけの余裕もない。よって、学兵から成績優秀者などを引き抜き、魔導兵配備の特殊部隊を編成する」

 データを一読して僕は顔を上げた。煙草を咥えた中将の顔には、苦笑いの表情が張り付いていた。

「無茶苦茶な計画だ。学兵など、せいぜいが空挺やレンジャーを排出するのがやっと、正規の特殊部隊員になどできるわけがないからな」
「時間をかければ別でしょうが、まあ、いまは時間なんてありませんしね」
「だがやれというのが上の意思だ。よって、君に計画の推移を託す」

 大げさな、と僕は笑い飛ばし、

「ほかにもいくつかの駐屯基地で計画を進めるんでしょう? たった一人で何かを成せるほど世の中甘くはない。ほかの教官担当で引き抜かれた連中に期待してください」

 僕は時間を確認し、持ってきた鞄とコートに手をかける。ではしつれいしました、といって退出しようとした僕の背中に、声がかけられた。

「それでも私は、君に期待するよ、大尉」



 執務室を出て、簡素としか形容できない清潔な廊下を抜ける。いくつかのオフィスや会議室が設けられた国連軍海兵隊(UNMC)本部施設の中は大勢の制服組が歩き回っていて、喧噪もそれなりのものだ。よく磨かれた強化液晶パネル内蔵の床にはいくつもの誘導表記が躍っていて、壁面や宙空にもホログラフの誘導文字が浮かび上がっている。

 まるで情報の海だ、と僕は思う。よりスマートでシンプルな経路紹介をコンセプトに作られたこれらの誘導措置が、かえって清潔な雑多感を現出しているのは不思議な光景。壁には等間隔にゴミ箱が並んでいて、禁煙を呼びかける文字も添えられている。何となく肩身が狭い思いを感じながら僕は足を進めた。

曰く「予算関連会議員会」
曰く「戦力増強案会議室」
曰く「海兵特殊作戦旅団新規編成案会議室」


 いくつもの会議室が立ち並ぶ区画を抜け、僕はエレベーターが整列させられたエリアへたどり着いた。そこには高速エレベーターが2、30基並んでいて、半数近くが使用されている。

 ボタンを押して呼び寄せると、最寄りの一基が10秒と待たずにここ地下30階へと到着した。1階のエントランスフロアへ行くコードを叩き込み、ドアが閉じると、間もなく電子表記が1階を示してドアが開く。

 エントランスフロアはその名の通りUSMC本部の玄関口だ。民間人の見学人を案内する係員や、書類を抱えて歩き回る制服組、端末で忙しそうに通信しながら行きかう職員の合間を抜け、僕はセキュリティに保護されたガラス張りの大きな玄関口へと近づいた。
途中据え置かれていた個人照合端末に手を触れると、血流に紛れて体内を移動する軍用ナノマシンが端末と情報を照合し、通行止め用のバーが解除された。最近ではセキュリティが厳しくて、どこでもこういったものを目にする。

 玄関の外には優に百台近い車両を収められるロータリーが設けられていて、僕は停車した車と利用客の海に目を通し、乗ってきた車へと近寄る。

 軍用車両ナンバーを下げたシンプルな屋根なしジープの隣には、タイトスカートタイプの軍服を身に着けた、アリシア・ユリアス・シェパードのほっそりした立ち姿があった。

 眼鏡型のHUDデバイスをかけ、しなやかな四肢を制服で包んだ彼女は、理知的でクールな美貌のおかげで清楚な雰囲気を醸し出している。彼女は僕に気づくとヒールに収まった踵を打ち鳴らし、形式通りの最敬礼を捧げてくれた。

「待ったかい?」
「いえ、大尉。まだ30分も経過していませんよ?」

 そう微笑み、アリシアはジープの運転席のドアを開ける。僕は助手席側に回り込み、座席に置きっぱなしにしていた鞄を後部座席へ移して乗り込んだ。

「大尉、どうでしたか?」

 緩やかにジープが走りだした。僕はドアに頬杖を突き、窓の外を見遣る。ざらに7、80階建ての高層ビルが立ち並ぶこの街区は、建築物の灰色と植え込みの緑に、ホログラフの青白い輝きで埋め尽くされている。

「僕らは海兵隊の試験的計画に投入されるとさ」
「試験計画が、私たちの教官任務に関係が?」
「高水準の訓練を施して練度の底上げを図るんだと」

 へぇ、とアリシアがあいまいに頷く。僕はグローブボックスに手をかけ、中に納まっている未開封の煙草を取り出した。ロックウェル中将を訪ねる際は、必ず予備の箱を用意している。

「大尉、吸いすぎでは?」

 アリシアがたしなめるように言う。

「おいおい、まだ今日4本目だよ」僕は梱包のビニールを解きながら、「それに、君は僕の担当医じゃあないだろう?」
「私は大尉の副官です。健康管理も……」
「職務規定では僕の健康管理は君の任務ではないよ」

 咥えた煙草に火をつけて隣を見遣ると、ハンドルを握ってフロントガラスのHUD表示に目を向けながら、多少不機嫌そうに頬を膨らませたアリシアの横顔があった。

「まあ、なに。今日はこの一本で終わりにしようかな……」
「……いまさら機嫌取りなんてむだです」

 完全にすねた口調だった。僕は肩を竦めて肺一杯に吸い込んだ紫煙を吐きだし、頬をなでる風とビルの合間から覗く陽光に目を細めた。正午まであと半時間まで迫りつつある街並みは朝の倦怠感を振り払い、いよいよ活発に動き出しつつあるように見える。通勤時間が終ったとはいえ交通量が増しつつある民間道路を横切り、軍用車道へ入ったジープは、ビル街から軍事駐屯施設が立ち並ぶ方面へと近づきつつあった。

 国連陸軍の練兵施設や海兵隊の宿舎、衛兵詰所、車両訓練エリア。それぞれの施設へと誘導する電子看板のアーチをくぐり、ジープが民間軍事企業AMS隊舎へと続くレーンへ入る。
 検問ゲートの前で停車すると、詰所からM4カービンを携えた憲兵が出てきた。彼は認証端末を僕らに突出し、「認証お願いします」と接触認証画面を呼び出す。液晶に手を当てて静脈パターンを照合すると、ゲートを封鎖する柵が解除された。

 ジープがゲートを越え、直通の地下駐車スペースへと入り込む。ここに割り当てられている駐車位置に車を止めて、僕らは荷物を担ぎエレベーターへ乗り込む。

『こんにちは、マクドゥガル大尉、シェパード中尉。あなたたちには本日付で分遣命令が下されています』

 滑らかだがどこか電子じみた声が、定型文のあいさつと個々のトピックを連絡してくれる。施設のメインコンピュータを制御する人工知能『ジェーン』の声だ。

「ありがとうジェーン。僕らはこれからいろいろな書類の提出と最後の所用があるんだ」
『……確認しました。では、よい一日を』

 エレベーターのドアが開いた。僕は廊下へ出て、窓の向こうで日差しの中佇立しているビルの山を見つめる。
 そのビルの山々の向こうには、大きな四角いゲートがあった。石門のように重々しく、そして威圧感を放つソレ。幅2km、高さ400m近くにもなる、人類の建築技術を無視した遺物。門の中からは青白い輝きが漏れ出していて、どこか幻想的な彩りを添えている。
 単にゲートと呼ばれるそれは、1960年に地球ともう一つの世界を繋いだすべての始まり。レギオンとの戦争に地球人類を巻き込んだ、その端緒だった。

名前:
コメント:

-
|