第3章 爆発せよ穢れた世界

 

 「もう、いらない」

 朝飯の時間、武蔵がいきなりなにか言い出した。

 いらないというのは、もう腹一杯だという意味ではなく、このバレンタインデーやら、ホワイトデーやら、クリスマスやらはもういらないという意味らしい。

 「どうした武蔵? 朝飯だというのに浮かない顔してよ」

 そして美合が武蔵の暗い表情を察したのか、声をかける。しかし反応がない、ただの屍のようだ。いや、マジで口から魂が抜けつつ飯を食い続けてる、ものすごい光景だ。

 「………はぁ、こいつぁどうしようもないんじゃねえのか」

 とりあえず俺は全てを放り投げてみた。俺はその容姿故に男からも女からも好かれる勢いだから、こういうのは正直慣れてない、武蔵には悪いけど。

 紀伊はもう我関せずな顔で飯を食い続けている、変態のくせに受けはいいしなあ。

 「………誰か助けてくれよ」

 そしてまた武蔵がなにかこぼした。どうやらなにかが臨界点に達しそうなので、もう面倒だから俺が応対してみる。全て放り投げるんじゃなかったのかって? 気が変わったんですよ。

 しかし、慰めるつもりで言った言葉は、彼にとどめを刺すことになってしまった。

 「あー、その、なんだ。武蔵よ、キミにもいいことあるよ」

 ………いうことを完全に間違えたのは言うまでもない。なんかもう「いいことなんか一つもねえよ………」って言い放つ始末だ。南無三。

 

 いまの世間は、どいつもこいつもチョコレート一色だ。甘すぎて舌が疲れてしまう。

 俺のような男子どもは「チョコ何個もらった?」などという声が、女子どもは「誰にあげる?」なんていうことを話あっている。

 まぁ俺らの方もいつもどおりと言ってしまえばそうなんだが、でもやっぱり俺らも外に出る人間なのでそういうのは結構気にするものである。

 でも俺の場合はさっきも言った通り見た目と声が正に「美少女」と呼べるものらしいので、わりと多くの女子(大体は百合入ってるが)から貰えてるし、紀伊は変態のくせに何現象が発生したのか、女子からの受けはいい。

 関目の場合だといわずもがな、誰からも貰える人だし、逆にかなりの人数の男子にチョコをご提供するという技もやる、俺が今いる高校に在籍してたころは全校の男子にあげるという離れ業もやってのけたらしい。

 天童もそう、百合ということで女子からかなり貰いやすいし、逆にみんなにチョコをご提供なんてのもやっている。もっとも、そのみんなというのは全員女子なのだが。

 美合はそのボーイッシュというべきか何なのか、という感じだがその性格でやっぱり他と同じく周りからの受けはいいものになっている。

 んじゃ武蔵はどうなのか、これは結構貰える時と貰えない時がある。

 こいつの場合紀伊がチョコたくさんもらえる現象よりも不可解な現象が発生していて、非常に面倒な事になっている奴だと思う。

 さて、今年もチョコの処理に困りに困って発狂したくなるような日が来る。

 

 「あー帰ってきたぞ野郎どもがー……ってだれもいねーか」

 一人かよ。みんななにしてんだと思ったが、もう気にしてられないので、チョコの処理をゆっくりしようと思う。

 

 さて、晩飯タイム。武蔵はどうやら今年はもらえたらしいが、ついでに大変なことになった。

 「俺、告白された」

 もう、なんかのタイトル(なんかってなんだ)になってもおかしくないその突然の一言に俺らはドリフみたくずっこけるしかなかった。こういう状況ほどドリフのあのネタの凄さに感動することは多分ないだろう。

 「………え? もう一回言ってみて?」もう問い直すしかできなかった。

 「いやだから、告白されたんだって、相当可愛い子に」

 「それって罰ゲームなんてことは………ハッ!」

 忘れてた、すっかり忘れてた。こいつ一応心が読めるんだった。

 『……………』

 『うわぁぁぁぁぁぁぁあああああああああ!』

 もう皆で驚愕、これほど心のつながりを感じたことはたぶん無いだろう。でもこれって武蔵にすごく失礼なんじゃないかと俺は思っている。

 「おいおいお前ら、俺が一人や二人に告白されてもおかしくないだろ?」

前言撤回。こいつ相当調子に乗ってるからもう気を遣う必要なんて無い。

 「私としてはどちらかと言うと天六のほうが告白されると思うけどな!」

 「そりゃ男にだろ? まぁ女にも告られるだろうけどな」

 男にとは失礼な、と思う前に俺は(多分)この上なく美しい笑顔で武蔵をSATSUGAIしてやった。みんなからはGJの意味が入った親指立てをいただきました。

 

 武蔵より、最後(最期?)に一言。

 「お………お前ら………にも………いいことは……ある………から………ガフッ」

 はい、ありがとうございました。来世で会えたら会おう。

 「いや、俺まだ死んでないんだけど」

 おっと、キサマ生きていたのか、なんてしぶといやつなんだ。

 「しぶといやつとは失礼なッ!俺はこんなんだぞ!」

 すげえ、俺の心を読みやがった。やっぱり心がつながってますね。

 「でもあなた、今完全に死ぬ雰囲気だったじゃない? 最終段階までいっちゃえばよかったのに………」

 そして関目さん、さらっと恐ろしいこと言ってますからね。とアイコンタクトで伝える。

 しかしその返事は「いいじゃない、そういうもんでしょ?」とのこと(ちなみにアイコンタクトの話である)。そういうもんってなんだそういうもんって。意味がわからねえよ。

 

 ……結局、武蔵は後日、なぜかフラれたらしい。まぁ学校の日以外は基本引きこもりな奴じゃ長く続くとは最初から思ってなかったんだけどね。

 

 様々な思想が蠢くバレンタインデー。

あなたは、この日について、どう思いますか。

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最終更新:2013年02月09日 01:03